ADHD(注意欠陥・多動性障害)への誤解と偏見を解消するために。               最終更新日 ’99年9月16日
〜 I've a faith in our bright future. so, We never soaaaar... Please. 〜

== 警 告 2002年11月 ==

ある特定の情緒障害団体内にて本ホームページ管理人を名指しで誹謗中傷する発言がされているとの通報を受けました。
本ホームページに関する意見・抗議等がありましたら直接管理人宛てにお願いします。
団体内とはいえ公の場での誹謗中傷を今後も続けるようでしたら、当方もそれ相応の強い態度で臨まなくてはならなくなる旨、ここに警告いたします。

== 追 記 ==

本ホームページ管理人から被害を受けたとの旨で警察に被害届を提出した者がいます。
その者が本ホームページ対論相手である和田秀樹氏とどのような関係にあるかは定かではありません。
和田秀樹氏の代理人、若しくは関係者でしたら至急ご連絡ください。
法的に問題のある箇所がありましたら善処する用意があります。

== 追 記 ==

2003年6月現在、警察からも被害届を提出した方からも、また弁護士裁判所等司法関係からも何一つ連絡がありません。

まで、至急ご連絡ください。

本ホームページのどの部分に問題があり貴方が「被害」を受けたと主張しているのか当方は解りかねております。

女性セブン28号『元気の処方箋』について

女性セブン28号(1999年7月22日号)P86〜87に、和田秀樹氏が「学級崩壊」とADHDの関連性、およびその対処法について、著しく誤解を招くような表現が明記されておりました。当ホームページはその誤解、およびこの記事を閲覧された方々の持つであろう偏見を解消するためのものであります。
 

        ・(募集)女性セブン28号の記事によって被害を受けた方、募集します。
        ・(お知らせ)女性セブン28号「元気の処方箋」をご覧になれなかった方へ
        ・(資料)ADHDの診断の手引き
        
・ADHD人の世界
        ・記事の概要
        ・和田氏への電話(9月1日一部修正)
        ・原書を見てみると・・・
        
・ADHDはそんな安直な障害じゃない!(1月7日補足追加)
        
・和田氏は、どのような対処をするつもりなのだろう?
        
・「文部省報告・学習障害児に対する指導」にて 
        ・当ホームページに対する和田氏の意見(1月7日補足追加)
        ・私のADHD躾論(あくまでも私個人の意見です)(9月4日更新)
        ・Como10月号にADHDの特集(9月9日更新)
        ・文部省委嘱調査(9月16日更新)

        ・和田秀樹ホームページ

ご意見・ご感想などは  へ。


女性セブン28号の記事によって被害を受けた方、募集します。

女性セブン28号の記事を見た担任の教師やPTA、配偶者や親族などから非難や中傷を受けたADHD児者、または親御さんは、下記メールアドレスにご連絡ください。
なお、ここで受け取ったメールの内容については、投稿者への確認なく使用することはありませんので、ご安心してお送りください。

メール募集は 2002年12月31日 をもって終了いたしました。 多数の貴重な、また勇気ある投稿に心から感謝いたします。

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★女性セブン28号「元気の処方箋」をご覧になれなかった方へ

当方では、今回の問題に際し、ホームページ読者の公平な見解を保つため、当ホームページ上に記事の掲載をすべく女性セブン編集部と交渉を致しました。しかし、残念ながら編集部からは「掲載不可」との返事しかもらませんでした。

その代わり、希望者には無償で記事をお配りしてもよい、との返事をいただきましたので、ご希望の方は下記メールアドレスに「女性セブン記事ください」と明記の上、電子メールを送ってください。折り返し記事をお送りします。なお、メールアドレス等のプライバシーは厳重に保管し、他目的等への転用は一切致しませんので、お気軽にメールをお送りください。

メールによる記事配布は、2002年12月31日 をもって終了させていただきました。

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ADHD(注意欠陥/多動性障害)人の世界

あなたの周囲にぐるっとTV、ラジカセ、ケイタイ、イルミネーション、などがたくさんあると想像してみてください。それらは大音量でかつ煌々と四方八方から聞こえ、そして照らしだされています。
イルミネーションはうっとおしく、TVやラジカセ次々に変わる番組を流しつづける。そしてケータイはいつともなく鳴り出す。
TVに気をとられていたらラジカセの内容は解らない。ラジカセに耳を傾ければケータイの着信に気付かない。

ADHD人は、ごく普通に周囲にあるもの(本や家具、遠くに聞こえる電車の音など)が全てTVやケータイと同じように感じてしまうのです。だから、周囲から見たらなんでもないものでも興味を持ったり、ものすごくうっとおしくなったりするのです。
周りのもの全てが常に五感に入ってくるのだから「集中しろ!」って言われたってできるはずもない。気になって気になってしかたがないから、あちこち動き回ってなんとかしようとする。
そんな周りの雑音なんかよりずっと魅力的なものを発見できたら、それに集中してしまう。
生まれつき、そんな世界で生きているのが、我々ADHD人なのです。

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記事の概要

最近話題の「学級崩壊」は、生徒の精神的未熟さや幼児性に問題がある。
この問題は教員の指導力の問題ではない。子供自身の耐性がなくなってきたからである。
このような子供が増えてきたのは「注意欠陥/多動性障害」と呼ばれる病気が増えてきたからであり、この病気の原因は、親の愛情不足の影響が大きい。
この病気の子供に対して親が「仕方ない」と許すのでは子供はよくならない。
むしろきちんと躾することが大切である。
最近躾を行わない親や充分に愛情をかけない親が増えてきていることは問題にしなければならない。
実際、「お受験」を経験する私立小学校ではほとんど学級崩壊はみられない。

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和田氏への電話

7月15日 

私は、当記事を読んで早速、和田氏の勤務する病院に電話をし、和田氏に記事の内容について何点か質問致しました。その日の夕刻、和田氏本人から電話が来ました。

  私:
  「ADHDは親の愛情不足が原因」との内容であるが、その根拠は?

  和田氏:
  あの記事は
Synopsis of Psychiatry という医学書を参考に書いたものである
  本書には
  「施設で育った子供たちはしばしば多動で注意の持続が短い。これらの徴候は
  長期におよぶ情緒的剥奪の結果である」
  と書いているので、私は間違った事は書いてない。

  私:
  「ADHDは親が行動を許すのではよくならない。むしろきちんと躾をすることが大切」
  との内容であるが、その根拠は?

  和田氏:
  あの記事は
Synopsis of Psychiatry という医学書を参考に書いたものである
  本書には
  「寛大さは子供のためにはならない、ということを親に受け入れさせることである」
  と書いているので、私は間違った事は書いてない。

は原書の版先を和田氏より教えてもらい、まずは原書がどのようになっているかを確認することにしました。

注)実際には、上記水色部分を8分30秒間に渡って付随する内容と共に3回繰り返して述べていた。
  しかし、当該文章に対し和田氏が強い嫌悪を示していると思える記載が後にあり、また、
  本ホームページの意図とは特に関係のない事でもあるため、記載の一部削除を致しました。

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原書を見てみると・・・

7月23日 

待望の原書が手に入った。
さっそく内容を確認してみた。

「親の愛情不足」の部分。(Pynopsis of Psychiatry より引用)

  心理社会的要因
  施設にいる子供は活動過多で、注意の持続が困難な事が多い。これらの徴候は
  情緒的な剥奪が長引いている結果なので、
養子縁組をしたり、里子先が決まる
  などして(情緒的な)剥奪の要因が取り除かれれば消える。
精神的ストレスと
  なる出来事や、家庭内の不安定さ、その他の不安を引き起こすような要因は
  ADHDを発症させたり、永続させる。ADHDの下地となる素因には、子供の
  気質や家族性の遺伝要因、
型どおりの行動や振る舞いを要求する社会
  含まれる。社会経済的地位は素因とはならないようである。

「ADHDはきちんと躾をすることが大切」の部分。(同上)

  ADHD児のおかれている環境を構造化してやると、彼らの不安は軽減される。
  従って両親や教員は
褒美と罰が予測できる構造を準備すべきである。
  そこでは行動療法のモデルを使い、そのモデルを物理的、時間的環境や
  対人関係に適用するのである。精神療法に求められるのは、寛大さは
  子供のためにならないということを両親に受け入れさせることである。
  また、一部の領域には欠陥があるが、それでも自分の行動に責任を
  もたなくてはならないというような、
成長に伴う一般的な課題に子供が直面
  
することも両親は認めなければならない。ADHD児が他の子供に課せられる
  要求、期待、計画から免除されることは何の利益にもならないのである。

さて、ピンク色で示した部分は、和田氏が故意または過失で引用を控えた部分です。この文章を見ても、あなたは「親の愛情不足」が原因、とか「許すのではなく躾が大事」と読みとれますか?

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ADHDはそんな安直な障害じゃない!

8月2日

和田氏はHP上に コメント を発表しました。
相も変わらず同じ事の繰り返しです。

まず第一に、「授業中、歩き回る」というだけで「注意欠陥/多動性障害」と診断されてしまうなんて、精神科医であろうがなかろうが、おかしい話ではないだろうか?
それだったら、日本中に「注意欠陥/多動性障害」の人はそれこそ
星の数ほどいるでしょう。
なぜなら小学校低学年で授業中に歩き回る生徒なんてそう珍しくないからです。
彼はその根拠として、しきりに
「診断基準」を口にしますが、精神科の診断の手引き書を読んでいただくと誰でも簡単に解ることですが、仰々しい病名の下に書いてあるいわゆる「基準」の部分を読むと、「こんな事なら私にも該当する」というものがたくさん出てきます。ですから精神学、心理学の分野では「素人判断は絶対に慎むこと」と言われるのです。
なぜなら素人が手引き書片手に「基準」の部分を照らしあわせていくと、なんでもない人でも
簡単に精神病患者、ってことになってしまうからです。
「注意欠陥/多動性障害」もそうです。項目だけただ単純に埋めていくとあなたのお子さんもきっとこの障害に該当するでしょう。

ですから、実際に診察する現場では「家庭の事情」とか「他の疾患などに伴う多動症状」などは含まず、先天的かつ他の原因に伴ったものではない症例(一次的症例、と言います)のみを「注意欠陥/多動性障害」と呼びます。

それ以前に、もっと単純に考えてみても「躾が充分おこなわれない」子供が「精神障害」になる、っていう事自体が一般的に考えてもおかしいとは思いませんか?

不幸にして「愛情に乏しい環境」に育った子供が精神に何だかのトラブルを起こす可能性がある、というのは考えられます。しかしこのような子供やこのような環境で育った大人たちは「アダルトチルドレン(AC)」と呼ばれています。(追記:この呼び方は誤りでした)
現在のところ、アダルトチルドレンと注意欠陥/多動性障害の関連性、因果関係はどの文献にも
載っていませんし、現場でも全く違うものとして捉えられています。
ただ一人、和田秀樹という医師の発言を除いては・・・

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和田氏は、どのような対処をするつもりなのだろう?

臨床医(病院の診察室で直接患者を診察する、いわゆる「お医者さん」)というのは、大きく分けて2つの仕事をしなければならないのです。ひとつは病気の診断。そしてもうひとつは病気の治療または対処
診断はできてもなんの治療もしてくれないお医者さんのところには誰も行きませんよね。
これだけ自信を持って反論する和田氏のこと。とうぜん、臨床医として「注意欠陥/多動性障害」に対する対処法も心得ているはずです。
しかし、彼の文章からは
厳しい躾お受験を経験する私立小学校という文字しか見えてきません。これが彼の「対処法」なのでしょうか?
この
ホームページの上方にも掲載されていますが、ADHDの下地となる素因には、型どおりの行動や振る舞いを要求する社会が含まれる。とハッキリ明記されています。
子供にとって、「型どおりの行動や振る舞いを要求する社会」とはどういうものでしょう?
少し考えれば、いや考えなくてもすぐ解りますね。

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「文部省報告・学習障害児に対する指導」にて

7月20日

文部省から「学習障害児に対する指導」という報告書が7月2日付けで発表されました。
これを受けて、この報告書の作成に携わった日本LD学会のU氏が講演を行いました。
U氏は講演の席上、「ルーズソックスを履いていた女子高生が母親になる時代ですから・・・」と発言したため、私はU氏に質問しました。

 私:「ルーズソックスを履いていた女子高生」という発言がありましたが、あなたは
    母親の躾不足や愛情不足などが学習障害の原因になる、とお考えですか?

U氏:先ほどの私の「ルーズソックス」という発言は適切なものではありませんでした。
   私は、
学習障害やADHDは両親の躾や愛情不足などでは一次的には発症しない
   と考えます。

「ルーズソックス」発言が出たときには、この発想は東大医学部の伝統なのでは? と一瞬寒気がしました。
(U氏は和田氏の先輩にあたります)
しかし、彼は自分の発言でも不適切なものはすぐに訂正しました。
さらに「一次的には発症しない」とハッキリと、しかも繰り返して発言してくれました。
このやりとりは講演中であったため、この講演に来ていた数百人の観衆が証人です。

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当ホームページに対する和田氏の意見

8月28日

和田氏が自分のHP上で見解を掲載しました。(HP上では2度目になります)

「和田氏への電話」の書き込みに対して、和田氏が強い嫌悪の念を持たれている、と受け取れました。この部分に関しましては和田氏に真摯に謝罪の念を示すと同時に、私の文書の一部修正を致しました。

前置き

まず、これからの文章を読まれる前に、2点、再確認の意味で述べさせていただきます。
1点目は、和田氏が「現役の精神科医」であり、日々患者を診察している立場にある人間である、という事実です。
もう1点は、このホームページはADHDへの誤解と偏見を解消するために作成している、ということです。
つまり、「女性セブン」を読んでADHDを誤解してしまった、あるいは誤解しそうな一般の
(医療関係者や専門家以外の)人々に解りやすく作成しようと私は心がけています。従って、既にADHDを理解されている方々にはあまりにも退屈な内容になってしまっていることは否定できません。また、当然理解しているであろう医療関係者、専門家
向けの内容にもなっていないことも事実です。

「原書」を見てみるとの部分に対する反論? について

先の前置きの再確認の部分にも書きましたが、和田氏は「医師」です。そして「女性セブン」を読まれた方の大部分は、医療関係者ではない「一般」の方々です。
そしてこのホームページも、おそらくは和田氏のホームページも一般の方々にも
読んでもらえるように書かれているはずです。
医師に
「△△的なものも絡んでいるようですが、○○の影響が大きいですね」
と言われたらあなたはどのように受け取りますか?

また、一卵性双生児の件について繰り返し、いえ失礼。和田氏はこの言葉がお嫌いのようですので、私への電話の中でも、抗議をした方々への返事の中でも、そして8月28日付けの和田氏のホームページの中でも述べられていますが、コロラド大学の一卵性双生児ADHD研究によると、最大92%の発症率があったそうです。
この92%という数字が高いか低いかは、読者の判断にお任せします。

なお、和田氏と私宛に悲痛の訴えと共にメールをいただいた方双方のご理解と
ご協力が得られれば、当時の和田氏の返事をここに掲載致したいと思っています。
なお、掲載時には個人情報(名前、住所など)は匿名または伏字とさせていただく
事をご了承願います。

型どおりの行動・・・」の部分の訳が正確ではない、との指摘がありましたが、少なくともこの訳は、複数の医療関係者、心理専門家にチェックを入れてもらって記載していることを前置きさせていただきます。
それでも、和訳というのは答えがひとつに決められるものではありませんので、敢えて和田氏の訳を参考にしてみます。

「行動や振る舞いの型にはまったやり方に固執するような社会の側の強要が含まれる」
(和田秀樹ホームページより抜粋)

これと「躾」とはどこが違うのでしょう?
とはいうものの、「躾」とは何か? と聞かれてすぐ答えられる人間は、まずいません。
日本語の「躾」という言葉の幅があまりにも広すぎるからです。
そこで、困ったときの何某ではありませんが、広辞苑を見てみますと、

しつけ【仕付】
(躾とも書く)礼儀作法を身につけさせること。また、身についた礼儀作法。
れいぎ【礼儀】
敬意をあらわす作法。礼の作法。
さほう【作法】
起居・動作の正しい法式。
ききょ【起居】
立ち居ふるまい。日常の生活。
ほうしき【法式】
おきて。儀式などのきまり。

と、なっています。
辞書が全てではありませんし、これで結論が出るわけでもありません。それ以前に広辞苑に書いていること自体が抽象的過ぎます。
しかし、抽象的ながらも上記の和田和訳に似ている部分も出てきていますね。

一方、和田氏は
「環境を構造化すること」「褒美と罰が予測できる構造を準備すべきこと」「きちんとしたしつけ」と考えているようです。
これに関しては、私は了解しました。
多くの医学関連誌、特に初心者向けの本には、この辺のことが詳しく書いています。
もし、和田氏が言うようにこれらが「きちんとした躾」の常識、であるならなに故にくどくど書く必要があるでしょうか?
私があえて書物を指定しなかったのは、おおよそどんな本でもそうだからです。
本屋に行って、適当にADHDの記載がある本を取って見てみてください。
ただし、公正を期すために、和田氏執筆以外の本をご覧になってください。

ADHDはそんな安直な障害ではない について

まず最初に和田氏にお詫びいたします。
私は「素人判断は絶対に慎むこと」と過去に書きましたが、これは文字通り「素人」のことであり、つまりは医療関係者や専門家以外の、例えば一般教員やたまたま女性セブンや8月2日の和田氏のホームページを見た一般人が「この子はADHDだ!」と決めつけるような判断は絶対に慎むべき、と言いたかったのです。
前述したとおり、私のホームページは一般読者を対象に作成しておりまして、「和田氏が素人」という意図は全くありませんでした。
そもそも、和田氏が本当に「素人」、つまり医療関係者や専門家以外の人なら私はこのようなホームページ自体、作りません。
そのような一般の方々の理解不足による非難中傷はADHD児者およびその親たちはいやというほど日常的に受けているからです。

和田氏は前置きでも書いたとおり「精神科医」、つまりプロです。
精神科の診療をして報酬をもらっているプロです。
臨床経験があるにしろないにしろ、プロはプロです。
社会人として仕事をしている人は皆そうですけど、自分の仕事には自分で責任を取らなければなりません。
その仕事で報酬をもらっているかぎり、これは常識、いや絶対原則です。

ある仕事を上司に依頼されました。自分はその仕事を過去に一度もしたことがありません。
その人は上司に断ることができず、とりかかりました。
仕事が終わったあと、お客さんから抗議の電話が来ました。
上司:「顧客から抗議の電話が来ているが、いったいどういうことかね?」
部下:「やったことなかったので、教科書と運営マニュアルを見てやりました。」
こんな言い訳、社会で通じると思いますか?

精神科に限らず、病院、診療所に行った事のある人は多いと思います。
中には「生まれてから一度も病気をしたことがない!」という健康な方もいるかも知れませんが、、、

胃がキリキリと痛む。A病院に行ったら「あなたは胃炎ですね」と言われて胃薬をもらった。しかし、薬を飲んでいても一向に痛みが治まらない。
そこで別のB病院に行ってみた。すると「うーん。何でもないみたいですよ」と言われてしまった。何でもないと言われても痛いものは痛い。
しかたなく、ちょっと離れたC病院で診てもらった。すると、
「これは進行性の胃ガンです。手術するのですぐ入院してください。」
・・・・これはあくまでフィクションですが、そんなに聞いて珍しい話じゃありませんね。
胃ガン、という現代では客観的判別が可能な病気でも、このようなことは(悲しいことですが)それほど珍しくなく起こっています。
このようなことは、どうして起きるのでしょう?

和田氏の主張どおり(本来はそうあるべき、なのでしょうけど)臨床経験の多い少ないにかかわらず、キチンと診断できるように診断基準が完全に整備されているなら、このような事は起こり得ないはずです。

私は、授業中動き回ってどうも落ち着きがない、という子供は、一度専門医、または専門家に診てもらうべきだと考えます。ここは和田氏と同意見です。

DSM−Wのほかの精神疾患にPTSDが入っていない、と和田氏が述べていますが、これこそ一般的には「まだ定義未定」の分野です。その証拠に

E.(略)他の精神疾患(例えば気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)ではうまく説明されない。

挙げられている病名は、あくまでも例えばなのです。
一般的に「○○(例えば△△)では説明されない」という文章の場合、△△以外は全て○○以外、となるでしょうか?
自動車(例えばクラウン、ローレル、パジェロ、またはアルト)は進入禁止、と書かれた場所に、カローラに乗ってるあなたは進入しますか?

話が比喩過ぎたので本筋に戻します。
PTSDが素因で落ち着きがなくなった患者に対して付けられる病名としては、

「心因性外傷後ストレス障害(PTSD)による多動」

というものが圧倒的に多いはずです。
紛らわしい病名ですが、これはADHDが現在のところ「原因は不明」とされているので、原因がはっきりしている多動と区別するために、敢えてこのように付けられているのです。
「原因は不明」だからといって、基準にあてはまりさえすれば何でもかんでも「障害」としてしまう姿勢は、かつての「精神科暗黒時代」にも通じる恐ろしい発想ではないか、と私は考えるのですけど、これを読まれている方々はどのように感じますか?

ただし、ADHDが素因でその2次障害としてPTSDを生じる、という報告は少なからずあるのは事実です。

※補足:
この部分が「足の引っ張り合い」「水掛け論」ではないか、との指摘がありましたので補足いたします。
医師が病名をつける、いわゆる診断というのは「疾病の分類わけ」作業なのです。これは診断基準とかそういうもの以前の、医師としては常識中の常識です。ADHDというのは「原因不明」の多動であり、「多動」という所見から分類をわけていくと「その他」に該当します。つまり、分類わけという行為の常識から考えて、まず「原因」となりうるもの全てを調べ、そのどれにも該当しないものを「その他」と位置づけるのが正しい判断です。(精神科に限らず、どの科でも「原因不明」の疾病は、その原因になりうるものを調べていき、どの病名にも該当しない場合に適用します。)
「精神科暗黒時代」とは、一部の民間精神病院が度重なる医療改訂の度に減益となっていく病院経理を補うため、診断基準に該当した者を次々と措置入院させ、かつ必要経費の削減のため適切とは思えないほど粗末な措置を患者に施していた時代のことです。’84年に「宇都宮病院事件」がマスコミで大々的に報道され、精神病院の実態や問題が公に取り上げられるようになってからは、少しずつ環境の改善が行われるようになってきました。

私は前に「アダルトチルドレン」という言葉を使いました。
和田氏も述べているとおり、これは病名ではありません。一般的な通り名です。
元々はアルコール依存症の両親を持つ人につけられてた名前で、それがだんだん拡大解釈されてきているものです。
もちろん医学用語でないのでハッキリとした境界線はありません。しかし、「アダルトチルドレン」の素因は、理由が何にしろ「両親に何だかの問題」があった、という部分では一貫しています。
アダルトチルドレンの中心は、和田氏が言うとおり成人、特に自分が子供を持った人達ではありますが、現在はAC(アダルトチルドレン)を子供のうちに発見し未然に防ぐ努力にも注力しています。
この場合の「子供」は、アダルトチルドレンと言わないのであれば、どのように言うのでしょうか?
私は不勉強な部分もあるので、ひょっとしたら別な名前があるのかも知れません。ご存じの方がおりましたら連絡ください。

- - - - - 追記(2001年1月7日) - - - - -

私はこのような不遇な子供達の事をAC(アダルトチルドレン)と書きましたが、正しいと思われる名称はアビューズドチャイルド(abused child)だそうです。アルファベットで略すとACになってしまうので、私自身混同して使っていました。関係者各位にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
なお、アビューズトチャイルドの情報を届けていただいた方に、この場を借りて心よりお礼申し上げます。

最後に、和田氏が言うように「私がDSM−Wの診断にけち」をつけたような書き方は一切していません。もし、この書き込みが「けち」をつけた内容であるなら、私はこのホームページを作るよりずっと以前に、専門医、専門家達のつるし上げに逢っていたことでしょう。
しかし、同意、共感はされても、今まで一度たりとも否定されたことはありません。

「一般の精神科医がこの病気を診てはいけない」という部分は、先の素人判断云々によって生じた誤解、であると私は想像しています。この誤解を和田氏に生じさせてしまった事は、お詫びいたします。

和田氏はどのような対処をするつもりなのだろう?に対して について

まず最初に、ADHDを持って生まれた子供が「お受験」に合格することは極めて困難である、という事実をなぜ和田氏が述べないのか? それが不思議です。
「和田式」と呼ばれるまでの受験方式を研究開発した同氏が、具体的な「お受験」の内容を知らない、とは考えられません。

子供に通常のしつけをおこなって(以下略)の部分は、いったいどのように解釈すればよろしいのでしょうか?

先天的にADHDの素質を持っている人は、どんな躾を行っても発病することがある。
しかし、それは躾のせいで発病したのではない

ということでしょうか?
ADHD児者を落胆させるような表現はいかがなものかと思いますが。。。

「文部省報告。学習障害児に対する指導」にて(原文まま)について について

女性セブンは一般大衆紙だからこそ、現在日本、および米国で一般的に言われている「遺伝的障害」という言い方をされた方がよろしかったのではないでしょうか?
例えそれが「本人や親御さんを苦しめる」と推測された場合でも、カウンセリング的な言語のフォローをつけて記載するべきではなかったのでしょうか?

医学の世界の内側では、様々な見解、意見、実証、データなどからあらゆる病因の可能性を考えることこそ、医学の発展につながると私も思います。
でしたら、まず医学界内部で「ADHDは、親の愛情不足によるところが大きい」と発表されて、そこでの議論、評価を受けてから一般大衆誌に降ろして欲しかったです。
少なくとも、和田氏と同意見、または似たような意見の学説を最近の学会で聞いた記憶がありません。ですから「ADHD和田学説」として立派に通用するはずです。

最後に、私も和田氏も今回の件で色々勉強になった点があることと思います。また、このやりとりを無意味なものにしないためにも、お忙しいでしょうが小児精神科も診察していただけるようになっていただければ、と切に願っています。
和田氏も触れられていますが、小児精神科は全国的に不足しているのです。

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私のADHD躾論

ここからは私個人の意見です。

まず最初に、私は強制的な校則のようなものを「躾」とは思っていません。
ADHDにとって最も重要なことは、患者本人、ならびに周りの社会にADHDというものを受け入れさせることではないか、と考えます。
おおよそ「躾」と「常識」というものは密接に絡み合っています。
しかし、ADHDにはADHDの「世界」があり、ADHDの「常識」があるのです。
それは時には世間一般でいう「常識」とは相容れないものもあります。
しかし、ADHD同志の中では全く問題にならないのです。
ですから、お互いがお互いの世界を容認しあい、受け入れるべきであり、互いの「世界」や「常識」を非難しあうようなことはすべきではない、と考えます。
ですので、結論から言えばADHDには「ADHD風の特別な躾」が必要であり、それを「普通」という美名のもとに躾けるのはADHDの世界を冒涜することに他ならない、と私は考えます。
ただし、生死に関わるような、生きていくための最低限の部分は特別に工夫する必要があると考えます。

繰り返しますが、これはあくまで私個人の意見です。

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Como10月号にADHDの特集

9月6日

主婦の友社から出版されている女性月刊誌「Como」10月号に、8ページにわたりADHDの特集が掲載されています。
編集部の許可が取れましたので、一部をここに転載いたします。

 Como10月号 85ページからの転載です。
←この記事内をクリックすると拡大して見られます。
  (注意:大きいので、少々時間がかかります)

なお編集部には、この記事内容に関する抗議等は、全く来ていないそうです。(9月6日現在)

 

 

 

 

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文部省委嘱調査

9月16日

9月13日、文部省が調査を委嘱した「学級経営研究会」の中間報告が発表されました。13日のテレビニュースでも一部報道されたのでご存じのかたも多いかと思います。
報告内容から「学級崩壊」の原因についての結果を円グラフにしてみました。
(学級崩壊状態の102学級を調査。数字は学級数。複数回答)

教員起因と思われる崩壊が全体の43%、教員を含む学校全体、および学校間連携など教育システム起因と思われるものは18%(両者合計61%)家庭起因と思われるものはわずか27%しかない、という結果になっています。和田氏が参考とした調査内容とはずいぶんと温度差があるように思われるのは私だけでしょうか?

教育の観点からの話は当ホームページの主旨から外れるものですので、深く追求はいたしません。幸いにして、この方面から問題に追求している方を発見いたしましたので、詳しくはそちらをご覧になってください。

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