クモ毒を科学する:
どうしてヒトに効く毒をクモは持つようになったか?



☆はじめに☆

クモといえば「毒蟲」のイメージが強く、映画などでは人間もイチコロのタランチュラ が登場しますが、現実にはそんな強烈な毒をもつタランチュラはいない。むしろ 小型のヒメグモ科に属するLatrodectus(ゴケグモ)属などのほうが強い毒を もっているのだが(第二章参照)、それも、人を一撃で殺すほどのものではない。それ でも、場合によっては、痛み、腫れ、震え・麻痺などの神経障害、内臓の組織破壊、 呼吸困難など、様々な症例を生じさせる、「有毒」クモがいることは確かだ。

クモ毒の詳細な研究はまだまだ始まったばかりだが、種類によってずいぶんと 違いがあり、そもそも人などの大型哺乳類から見れば、とるにたらない小さな 体で、しかも地面の中や網の上でひっそり暮らすクモたちのうちに、<なぜ大型 哺乳類にも効くような毒が生まれたのか?>というのは、結構学者の間でも 議論になる「謎」なのだ。クモにとって、哺乳類は第一義的な餌でもなく、 大型哺乳類は、頻繁に襲い掛かる敵でもないと思われるからだ。

この「謎」に答えるのは、あとまわしにして、まず、クモ毒のいろいろについて、 すこしばかり科学的研究の結果をみてみることにしよう。

threatening T -amimated Gif
● 第一章 ●
(米タランチュラ協会誌「FORUM」'98.5-6月号・Samuel Marshall氏の論文に典拠)

☆タランチュラの毒☆


■防衛としての毒■

キングバブーンの威嚇姿勢 タランチュラは、種類によって、また自分に降りかかる脅威の程度によって、 様々な防衛のメカニズムで応ずる。タランチュラを巣穴から引っ張り出すと、 典型的な威嚇姿勢をとる。上体を反りかえらせ、触肢と第一脚を振り上げて自分を大き く見せる。牙を開きむき出しにすることで、さらに威嚇の演出効果が高まる。 これは、アフリカ産のPterinochilus属のバブーン・スパイダーや 東南アジア産の(地中性)アースタイガー類各種などで、 容易に(ただしケージの蓋を開けずに、細心の注意のもとで)、 観察することができる。じつは、この「威嚇」姿勢は、第一脚の裏側にある 感覚器官を前に向けることによって、敵の動きを(空気の動きで)察知、 加えて、重要な器官のあつまる背甲と柔らかい腹部を敵から隠して守るという、 「防御」姿勢でもある。脚は万一敵に傷つけられても再生するが、その他の部分 に傷をうけるとクモには致命傷なのだ。

敵がこれでもひるまなければ、タランチュラは、第一脚を激しく地面に叩き付けて 相手を脅かすが、これはまるで牙を振り下ろしたかのように見える。これでも だめなら、次は本当に噛み付くしかない。タランチュラを含む原蛛亜目クモの牙は、 上下に動き、他のクモ(新蛛亜目)のは左右に挟むように動く。牙がふれると タランチュラの牙は、驚くべき強力な筋力で釘をさすように食い込む。牙から 注入される毒液の量は、クモ自身の意図によって制御されるが、興奮の度合いと 関連するのかもしれない。

クモというと噛み付く、というイメージがあるようですが、 人間は餌じゃないんだから、あたしたちだって追いつめられな ければ噛ま巨大な(^^;)ヒトに噛付いたりしないのです。クモに とっても噛み付くのは命懸けなの。(み)

実際、タランチュラの牙は、そのサイズだけでも物理的な傷を負わせるに足りる ものだ。しかし、敵に近づき噛み付くというのは、最高の防御とは言い難い。 それによって自分自身も怪我をする可能性が高いからだ(逃げるが勝ち、と いうのは、多くのタランチュラでも第一の選択肢。逃げ場が無い、と判断し たときに噛む)。アメリカ州産のタランチュラには、刺激性の腹部の毛を後脚でけって相手にぶつけるという攻撃 手段をもつ種類が多いが、これをしないアジアのPoecilotheria属・ Selenocosmia属、アフリカのStromatopelma属・Pterinochilus属 などは、もともと性格が攻撃的で、哺乳類の捕食者に出会うと、より噛み付く 傾向が強いようだ。

■餌攻撃のための毒■

もちろん、タランチュラは、防御に毒液を使うだけではなく、餌をとる攻撃にも 使う。毒液には、餌動物を麻痺させ、その体内組織を分解しはじめて、食べやすく する、という効果もあるのだ。30センチ近くなる ゴライアスバードイーター(「巨大生物」HP参照)コオロギを獲ったアジア産アースタイガー ように大型の種になると、他の節足動物だけではなく、カエル、トカゲ、ヘビ、 小型哺乳類まで餌に含むようになった。クモの外皮の硬いクチクラ層は 薄いから、怒ったトカゲやネズミの逆襲はかなり危険になる。このことから、 タランチュラの毒液のもっとも重要な機能は、餌動物を麻痺させることにあるのだ ろう。実際、タランチュラは、特定の脊椎動物をすばやく麻痺させる特別の 毒タンパクを持っている。フェザーレッグ・バブーン(Stromatopelma calceatum griseipes) での実験によると、同種はマウスを3分で殺すことができる。この(マウスに 対する)毒成分の特化と強さは、ヘビ毒に匹敵する。

毒の研究というのは大変面白い分野だ。というのも、動物の毒液は一種の化学成分で なりたっていることはなく、様々な成分を混ぜた「スープ」で、ある成分は大変 特化した機能を持ち、他の成分はまったくあいまいということもある。ある成分は、 それだけで機能し、他のものは他の成分と一緒になって機能する、という具合。タランチュ ラ毒は、分類群によってその成分構成が異なるが、分かっているだけでいうと、 一般的な共通点はある。タランチュラ毒には、神経毒性と消化性がある。分子量の小さい 「ポリアミン」類である毒素成分は、脊椎動物の周縁神経系の神経伝達をになう部分を阻害 し、それによって正常な筋肉の活動ができなくなって麻痺を起こさせる。例えば、小型 哺乳類では、死因はたいがい呼吸困難によるが、これは、横隔膜筋が神経の信号 をうけられず麻痺してしまうためだ。 テキサス・ブラウン(Aphonopelma hentzi)、 メキシカン・ブロンド(Aphonopelma chalcodes)、 メキシカン・レッドニー(Brachypelma smithi)、 メキシカン・レッドレッグ(Brachypelma emilia)、 Harpactirella sp.の各種で調べられたところでは、アシルポリアミン が筋肉を興奮させる神経の部分を阻害する毒素として特定されている。これは、 他のクモの毒液に見出されるものと類似していて、餌動物を素早く動けなくさせる。 毒液によって餌動物の抵抗を減らすというこの戦略は、他にもヘビや海棲貝が 捕食者として採用している。

分子量の大きい酵素である「ヒヤルロニダーゼ」は、ほとんどのタランチュラの 毒液に含まれ、結合組織の主な構成要素であるヒヤルロン酸を分解してしまう。 つまり、消化作用によって結合組織を分解し始め、他の毒の「まわり」を早める というわけだ。この酵素には、昆虫やマウスの組織に壊死をおこさせる毒性も あることが知られている。

「毒、毒」っていうけど、私たちには、餌を食べやすくするた めの消化液でもあるのよ。生きてる餌を食べるのって、結構大変 なんだから。アンタたちだって、ちょっと前まで武器使って野山 の獣を狩ってたじゃないの。(み)


■タランチュラ各種の毒成分の違い■

タランチュラ毒の研究はここ十年で加速した。その理由は、多くの場合、 神経の仕組みを知るための材料に使える毒素を特定することや、昆虫ウィルスに 結合させれば生物農薬として使えそうな成分を特定することが目的だ。タランチュラ の毒自体がどうして進化してきたのか、という謎はほとんど解けていない。

Stromatopelma属:

フェザーレッグ・バブーンの毒液はオスとメスでは異なることが分かった。 メスの毒液は11種の成分、オスの毒液は8種の成分であり、メスにだけある成分に は毒性があるようだ。メスの毒液は、オスよりも少なくとも1.2倍は強く、マウスを 立て続けに3匹かみ殺すことができた。また、同地域に産する他の地上性のタラン チュラ(例えばPterinochilus)に比べると、樹上性のフェザーレッグは毒液の量が多い。どのタランチュラ の毒がもっとも強いかについては、まだまだ研究が必要である。

Pterinochilus属:

タンザニア産のウザンバラオレンジで毒性が調べられた。噛まれたマウスの 示した症状は、強い局部痛、いらつき、不安、感覚過敏、唾液過多、けいれん、 最後に呼吸困難であった。半数のマウスが死ぬ確率の毒液量は、一頭につき 2.2から5.5mgで、ゴキブリの場合にはもっと毒に抵抗力があった(45.5mg)。 同種の毒液は、すくなくとも16種の成分からなっているが、マウスには、第6成分 が効き、ゴキブリには第12成分が効く、という具合に、対昆虫の毒素と対哺乳類 の毒素は、機能的に別々に存在しているようである。

ウザンバラオレンジ 中国香港産Selenocosmia sp.
ウザンバラオレンジ(Pterinochilus sp.) 性格が狂暴なバブーンは魅力的だが、 扱いに注意を要する。 セレノコスミアの香港産一種
中国雲南省のS.huwenaは、ずっとサイズが大きく、 体長10センチ以上になるという。ペット市場に出る ことはまだない。

Selenocosmia属:

中国雲南省で伝統的に「地老虎」(アース・タイガー、そのものだね^^;)と呼ばれ ているS. huwenaからは、フゥェントキシン-1と名づけられた毒素が調べ られている。これは、ペプチド神経毒類で、筋肉の特定の部分(受容器)を阻害 するもので、ヘビのアルファ毒やある種の海棲貝の毒にもきわめて似た作用が見出される (毒素のタンパク構成は全然違うが)。

さらに、この種からは、別のペプチド毒が発見されていて、赤血球を固まらせてしまう 毒性が見られる。ある種のヘビ毒にも見つかっているこの機能は、まだよく分かって いないのだが、おそらく赤血球が運ぶ酸素の欠乏で、組織に速やかなダメージを与えるもの と思われ、脊椎動物に効く毒である。この成分は、タランチュラの中では珍し く、Selenocosmiaは特に脊椎動物を餌とするために特別に優れた進化を とげた、といえそうだ。

セレノコスミアって、やっぱり神秘的なのね。脊椎動物プロパ ーの殺しのトリックもってるなんて、これでセレノコスミア亜 科ファンクラブ(略称:セ亜科倶楽部)の会員がまた増えそ うだわ。(み)

Grammostola属:

神経の末端から筋肉へと伝えられる信号をつかさどる部分を阻害する「ポタッシウム・ チャンネル阻害物質」の一種、「ハナトキシン」が、チリアン・コモン(Grammostola rosea) から発見された。このチャンネル阻害毒素は、ハチ、サソリ、クモ、ヘビなどにも 共通してみられるのだが、一般に哺乳類の神経系にはあまり強い作用を及ぼさない。 ところが、タランチュラのハナトキシンだけは、非常に強力に阻害物質として作用 する。独自に進化適応をとげたことを示している。


■つまり、もしあなたがタランチュラに噛まれたら?■

結論:
もし誤って飼っているタランチュラに噛まれてしまったら、何が起るのだろう。 ペット・タランチュラの数が増えている今日、私たちはそれを知っておくことが 必要だ。

まず、なによりも、私たちはタランチュラが餌にしようとして毒を進化させてきた 「お目当て」の生き物より何百倍も体が大きいということを覚えておこう。それでも 体の仕組みが似ている限りにおいて、割り引いた上で考慮すべき毒の効果はあるわけ だが。加えて、例えばフェザーレッグバブーンが腕に止まっているところを、何も せずに放っておくような危険な真似を、そもそもしてはならない。

大多数のタランチュラの噛み傷は、人間には致命的ではなく、局部的な症状を 示すにとどまる。局部症状とは、赤い炎症、腫れ、しびれ、痛みといったものであり、 これらは全て、外来性の蛋白質やバクテリアの体内侵入によって起る、細胞の 一般的な免疫作用による。これらは、個人の敏感さにもよるが、数日程度でおさまる 場合が多い。

スリランカン・オーナメンタル 最近(1994)のブラジルの病院の報告では、過去25年に病院に報告されたクモに噛まれた ケースのうち、タランチュラによるものは0.5%以下で、死亡例はないという。 全ての報告例は局部症状で、上に述べたものと大差ない。ただし、すべてのペット ・タランチュラの毒の哺乳類に対する特性が調べられているわけではないし、オーナメンタル スパイダー(Poecilotheria)属(右写真)などは、これからの研究が必要な一例だろう。

噛まれた際に、それを軽視せず、慎重に医者の診断をうけることは望ましい。 もし毒タンパク(これは毒でない外来性タンパクも同じだが)に対して、アレルギー 反応が起った場合、深刻な事態になる。アレルギーの感受性は、人さまざまだ。 毒素が直接引き起こす神経毒性(おそらくヒトでは致命的問題には ならない)と、外来タンパク にヒトの体の免疫システムが反応しておこるアレルギーとを、区別することは重要だ。 アレルギーのほうは下手をすると、アナフィラキシー・ショック、そして死に至ること もある。

あなたが性格を熟知しているタランチュラ個体以外は、ぜったい ハンドリングなんかしないでね。こっちも不安だから、おもわず 腕を駆け上がって首筋に熱いキス、なんてことに(笑)。お互い のためにならないから、あくまでストイックなお付き合いで行き ましょ。(み)




● 第二章 ●

☆タランチュラ以外のクモ毒☆

→こちらをクリック


「クモ毒を科学する:どうしてヒトに効く毒をクモは持つようになったか?」 の内容の全責任は、 みるかし姫にあります。有毒研究室に投稿をゆるしてくださった、 トキタさんに感謝します。(み)