クモ毒を科学する:
どうしてヒトに効く毒をクモは持つようになったか?


● 第二章 ●

☆タランチュラ以外のクモ毒☆


fromセアカゴケグモyージ

数年前、オーストラリア産と疑われるセアカゴケグモ(Latrodectus mactans hasselti) の日本移入が確認されたときの騒ぎを覚えておられるだろうか。あれは、忘れも しない、ちょうど大阪でサミット開催の直後に発表があった。「外国の賓客を迎え たなかでの混乱を恐れて」なのであろうが、むしろ、サミットのさなかに発表さ れれば、自治体等のパニックを自粛させる効果があったかもしれない。「なにを そんなに大騒ぎしてるの」と、欧米やオーストラリアの代表たちから笑われた ことは必定だからだ。(誤解なきように付け加えるが、外来生物種の移入に よって元来の生態系がおびやかされる可能性については、みるかし姫は警鐘 をならすものだ。ただし、セアカが毒グモだから困る、という理由ではない。)

実のところ、クモ毒とはどんなものなのか。なぜ、小指の先ほどもない、 こんな小さな(そして大人しい)クモが、人間に怖れられる程の毒を持つに 至ったのか?


■自然界でも有名になった?ブラック・ウィドウ■

クロゴケグモ(Latrodectus mactans)は、アメリカのブラック・ウィドウ(クロゴケグモ, L. mactans mactans)、 南ヨーロッパのジュウサンホシゴケグモ(Malmignatte, L. m. tredecimguttatus)、オーストラリアの セアカゴケグモ(L. m. hasselti)、ニュージーランドのカティポ(L. m. katipo)、 南アフリカのボタンスパイダー(L.m.cinctus)など、黒地に赤の印象的な 模様をした亜種が世界各地にみられる。 さらに詳しい分類はこちら(「セアカゴケグモ」ページ)

クロゴケグモ
L.mactans mactans
from Arachnology homepage
セアカゴケグモ
L.m.hasselti
from Arachnology homepage
カティポ
L.m.katipo
from "Katipo" homepage
ジュウサンホシゴケグモ
L.m.redecimguttatus
と、これは、よく聞く説明。しかし、ゴケグモの小さなサイズと、簡単に陰に 逃げ込める網を考えると、なぜ大型哺乳類にまで脅威となるような毒が必要だ ったのか、疑問である。より出会う可能性の高そうな爬虫類は、果たして、 赤色を派手な警告色として認識できるだろうか。 ゴケグモに擬態したダンゴ ムシ(Armadillidium klugii)やタマヤスデ(Glomeris pulchra)がいるというが、これも果たしてゴケグモ に似ていることで捕食者を避けているのか、はたまた逆に(あまりおいしい餌で ない)ダンゴムシ類ににていることでゴケグモが捕食者を避けているのか、真相は 我々の目にはみえない。クロゴケグモの類縁種は、ブドウの育つ地域に産する。 ともされており、黒光する腹部は、実はブドウの実に擬態しているのに過ぎない のかもしれない。ゴケグモがその見かけにおいて有名な「嫌われ者」であることがハッキリして いるのは、とりあえずヒトの社会においてだけである。それが斑紋の進化に十分 な理由と時間を提供したか、というと、あまり信憑性はない。

■毒グモの色々とヒトへの作用■

タランチュラよりもずっと強い毒をもち、本来「毒グモ」と呼ぶに値するクモは 何種類かいる。上記のゴケグモ類はそのひとつだが、不思議とメスだけが有毒性 が強い。その毒は主に神経毒で、主要な毒素は「α-ラトロトキシン」として特定 されている分子量の大きい。タンパク質である。激しい痛み、吐き気、唾液分泌、 感覚まひなどの一般的な神経毒の症状に加えて、ゴケグモ毒では腹壁に筋強剛 がおこるのが特徴的だ。回復は遅い。セアカゴケグモが大阪に入る以前に、実は八重山諸島 には東南アジアのものが入っていたのが記録されている。また、世界の亜熱帯に 広く分布するハイイロゴケグモ(Brown WidowL. geometricus)も1996年に横浜、福岡 などの港周辺でみつかっている。この属の毒はよく研究されていて、ラトロキシン に対する抗毒血清も開発されており、血清の導入以降、死亡事故はないし、噛まれて すぐに用いれば症状はかなり和らげられるようになったので、米国・オーストラリアなど では、このクモの分布する地域で慎重にはなっても、パニックにはならない

from UNESP page フォニュートリア・ドクシボグモ(左写真:Brazilian Wandering Spider, Phoneutria)属は、 シボグモ科に属するが、南米産のものは徘徊性毒グモとしておそれられている。 P. nigriventerなど、体長3-5センチの大型種も。 これも神経毒で、呼吸筋を麻痺させ、呼吸困難を起こさせる症例が知られてい るが、P.nigriventerでは、トリプシンなどのタンパク質分解酵素も毒液 には含まれている。

from EMEDICINE page 徘徊性種として恐ろしいもう一種は、家グモでもあるイトグモ科のドクイトグモ(右写真: Brown Recluse Spider, Loxosceles reclusa)と近縁種がいる。日本に移入 しているL.rufescensにはヒト毒性はない(Paul Hillyardの「Book of Spider」 では、誤って危険と書かれている)。Recluseとは、lu出家」 の意味で、「後家グモ」といいこのクモといい、変な命名である。イトグモ毒 は、壊死を起こすクモ毒のうちでは最も強いもので、全身症状を示すこともある。 かまれて6-12時間以内にコルチステロイドで壊死の進行をとめる治療が有効である。。 またイトグモには、別に赤血球を破壊し溶血性黄疸をヒトにおこす毒素もある。 不運にも肝臓をやられたばあいは、深刻な事態になるようだ。

コモリグモ(日本には毒性の強いものはいない)、コマチグモ(左写真:日本には、 カバキコマチグモChiracanthium japonicumがいて、昔から子どもの間 でも噛まれると痛い、と知られている)なども、壊死毒をもつが、これらは 局部症状にとどまる。といっても、腫れが15センチくらいまで大きくなり、 潰瘍を2、3ヶ月も残したという症例もある。

from Australian SPIDER page オーストラリアというのは、毒グモが多い不幸な土地だ。上に述べたセアカゴケグモ、 イトグモのほかに、有名な大型のシドニージョウゴ グモ(右写真:Atrax robustus)とキノボリジョウゴグモ(A. formidabilis)がいるが、この種は、 珍しくオスのほうがメスより3-5倍強い毒性をもっている。タランチュラ に近い原蛛亜目の地中性種であるこのクモは、メスを探して徘徊するオスが、 たまたま出会って手を出したヒトに危害を加えることがある。クモが大型で牙も 大きいため毒液量が多かった場合は深刻な事態になる。血清のなかった1950年代までに は、子どもで15から90分での死亡、大人では30時間で死んだ、という記録があ る(ただし、タンパク質一般によるショック症状も含まれるだろう)。主要な 毒素は、「アトラクソトキシン」と呼ばれる低分子量タンパク質で神経毒だが、 不思議なことに生後間もないマウスと、ヒトを含む霊長類にしか効かない。やはり ジョウゴグモ科のホルストジョウゴグモ(Macrothele horsti)は、台湾に いるが、致死的ではないという。

このように本当に怖いクモは限られています。その特徴を知り、 何よりも手を出さないことが最善の防御です。性質の大人しい ゴケグモなどは海外では飼う人もいるようですが、その際は ドクヘビを飼うのと同様、血清を用意するのが望ましいでし ょう。シドニージョウゴグモは、タランチュラっぽくてカッコ 良いと思う人がいるかもしれませんが、危険すぎますし、一般にオー ストラリアからの生体持ち出しは犯罪になります。どうしても ほしいという人はオーストラリアに移住して、野生で彼らと共存 してください。^^;;(み)

■そんな猛毒がなぜ必要。。。■

シドニージョウゴグモのような大型地中性種やフォニュートリア・ドクシボグモ のような大型徘徊性種の場合、第一章のタランチュラの場合同様、餌にしたり、逆に身を守るのに、対脊椎動物毒を 発達させることに、進化上の意味があったと考えられる。ジョウゴグモのばあい、 オスにより強い毒があるというのは、メスをさがして徘徊するときに大型捕食 者の目に付き易い、ということから、防御の意味を考えることはできよう。 しかし、問題は、同種の主要毒素アトラクソトキシンが、哺乳類といっても サルやヒトにしか効かない、という点だ。またしても、まるで人間をターゲット にしたかのような「武器」である。。。謎は深まるばかり。

一方、ゴケグモやイトグモのような、ちいさなちいさなクモの場合、そもそも 大型捕食者対策を講じること自体の必要性が疑問だ。ゴケグモはブドウの枝の 間に巣をはって隠れていればそれで安全ではないのか。これに対し、トカゲや 鳥などの捕食者を遠ざけるための毒が有用であったのだ、という意見もある。 それにしては強すぎる毒性は、たまたま神経猛毒が進化した際、それによって「絶対 にヤラれないスーパー・ミニグモ」が誕生、そういう種類が適者生存で生き残って 来た結果、「不釣り合いに」毒の強いゴケグモが世に広がった、という説もある。 しかし、いくら強い毒だからといっても、秒単位の即死でないかぎり、餌として 食べられる運命は避けられないのではないか。いやゴケグモのように痛みを伴う毒が、敵のw習効果につながるのだ、個体は食われても種としては敵の「学習効果」の恩恵にあずかる (だからゴケグモは一目で分かるx戒色」をもつ)、しかしイトグモの壊死毒は 効くのに数時間かかる遅効性で、しかも警戒色もないから無益だ、 大体そもそもほぼ盲目のクモが目の良い鳥やネズミに襲われて確実に噛み かえすことなどできるのか(それに失敗した実験例の報告もある)、 と議論百出。大型のドクシボグモの場合は、タランチュラと同じような威嚇姿勢 をとるので、確かに敵の学習効果はあるのだろうが。。。 それにしても、ゴケグモの場合、なぜメスだけ毒、という謎も残る。

すでに第一章でのべたように、クモの毒は第一義的には、餌を動かなくさせ食べ易くする という消化液の延長として、まず発達したと思われる。実は、ゴケグモが属するヒメグモ 科では、体の割に大きな獲物(トカゲ、ヘビなど)を吊り上げ式の網でとって いるということが観察されており、そういうグループの中で、無脊椎動物だけでなく 脊椎動物の餌に適応した毒が新たに生まれたということは、よく説明が付く。 しかし、小型脊椎動物から大型脊椎動物への「対象の拡大」は、謎のままだ。

結局、「たまたま」「偶然の産物」という言葉が我々の脳裏をかすめる。 我々大型脊椎動物は、クモにとってはどうでもいいのだが、たまたま彼女らの 毒に弱かったのだ。進化の必然でも何でもなく、たまたま運悪く「とばっちり」にあっている、という 説明が、結局いちばんしっくりくるのかもしれない。本来は小型脊椎動物 をターゲットにした毒素が、複数のカクテルの組み合わせで、体の構造の似た 大型哺乳類の神経系をたまたま撃った、というわけだ。オーストラリアの場合、 ヒトもマウスも数万年前までいなかった、それゆえに毒への抵抗力のある 遺伝子をもたない、という説明も説得力がある。

大変な結論になっちゃったね。「毒」は、クモの側に必要な 理由があるんじゃなくて、人間の方が弱すぎるってことね。 噛まれてひどい目に会ったヒトには悪いけど^^;そういうことかも。 クモ嫌いの皆さん、「毒グモ」とか言って、クモのせいばかり にするの、ちょっとは考え直してくれる?(み)



「クモ毒を科学する:どうしてヒトに効く毒をクモは持つようになったか?」 ( 第一章第二章 )の内容の全責任は、 みるかし姫にあります。有毒研究室に投稿をゆるし てくださった、トキタさんに感謝します。(み)


● 参考・引用文献 ●

Steven Kirby, "Fangs & Venom", American Tarantula Society(ATS) "FORUM Magazine" Vol.7, No.4

Paul Hillyard, "The Book of the Spider"

吉倉真「クモの生物学」

Arachnids Mailing Listでの諸発言

その他、以下のリンクより


関連リンク:


みるかし姫の「クモニスト・インターナショナル」ページ


大阪府環境保健部環境衛生課員によるセアカゴケグモ・ページ

ブラジルのCENTER FOR THE STUDY OF VENOMS AND VENOMOUS ANIMALS (CEVAP) ページ

Australian spiders

Singapore 大学(抗毒血清のリスト)

Emediceine(症例の記録)

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