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この人生論は、地位や名誉や肩書きを求める人には何の役にもたたないだろう。ただ自分が天から
、神から与えられた人生を少しでも豊かにしようと考えている人々には何かの役には立つかも知れない。 |
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残日録
3月20日(土)
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3月19日(金)
○ 応神天皇の母は息長宿禰王の娘で仲哀天皇后となった息長足姫尊(神功皇后)で、歴史学者の多くは実在しない想像上で造作された伝説上の人物だと言っている。しかし応神天皇の実在を疑う学者はいない。とすれば、その実在した天皇の母が誰であったか忘れ去られてしまうということは考え難い。というのも、権力の継承というのは、古代日本においては母親がどういう出自かというのは、きわめて重要なことがらだからだ。そして応神天皇の母方が誰であったかということを抹殺しなければならない理由も見あたらない。
応神天皇の時代というと、4世紀末から5世紀初頭だろう。7世紀になって本格的に歴史の記録が行われるようになり、過去の出来事にも、関心が払われ、史書の編纂が手がけられるようになったのだが、その頃から200年ほど前の出来事が、いかに文字がまだ普及していない頃だとはいえ、史実をかすりもしないなどとは考えがたい。 神武天皇は「ハツクニシラス」大王と呼ばれ、崇神天皇も又「ハツクニシラス」天皇と呼ばれていることが、同一人物説の有力な根拠となり、神武から開化天皇までの十代は実在しないというのが通説となっているのだが、そうではなく、反対に『古事記』『日本書紀』が編纂された奈良時代の人々は、崇神天皇が政権を奪い取った前王朝が存在したことを、記憶にとどめていたために二人の「ハツクニシラス」大王がつくられたのだろう。それがスサノオ、オオクニヌシにつながるオオモノヌシの伝説として残され、三輪山を神体とする信仰となったのだろう。
応神王朝というのは、倭の五王に対応する王朝である。そして中国の史書に残されているように韓国での派遣を争い、その地位を中国の皇帝に認知させようとした政権である。
馬はもともと日本にはおらず、5世紀初めに朝鮮から日本に入ってきたという。それは馬形埴輪や馬具などがその時期に作られた古墳から出土するという考古学的な事実から証明される。 馬と人を乗せて海を渡り日本に運ぶには、かなり大きな船が必要だろう。そんな大きな船を造る技術と騎馬戦術と鉄製の武器を持った朝鮮半島の一勢力が、ある時期日本に進出してきた。そして婚姻関係を結んで、力づくではあるが、ある程度平和的に政権を奪取し、その後も前政権を形成していた勢力を臣下として従えたというのが実際の歴史ではないか。 崇神天皇から5代目の仲哀天皇が息長足姫の得た神託を無視したため急死し、代わって息長足姫が、政権の実権を掌握し、三韓を服従させた後、仲哀天皇の二人の皇子を滅ぼして政権を確立し、三韓征伐の時にはまだ腹の中にいたという応神天皇が、その後を受けて即位したというのが古事記や日本書紀の記述なのだが、すでに成人している二人の皇子が政権を継承せず、まだ生まれてもいない息長足姫の子が天皇の地位に定まっているということ自体が、政権が奪取されたという事実を物語っているのだろう。そしてその政権とは、崇神天皇の前の神武天皇を始祖とする政権の復活だったのではないか。息長足姫が開化天皇の子孫だとする系図は、そういうことを意味しているのではないのか。 ○ 昼はいつものトースト、ウィンナの炒め物、スクランブルエッグ、サラダの昼食を取り、午後もずっと部屋の整理と、本の整理をしていた。夜は豚の生姜焼きと野菜炒め、味噌汁。食後はまた日本書紀を少し読んで日記を書く。10時頃就寝。
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3月18日(木)
千葉の葛野を見れば 百千足る 家(ヤ)庭(ニワ)も見ゆ 国の秀(ホ)も見ゆ 葛野は今の太秦を中心とする地方で、桂川(大堰川・葛野側)流域だが、古墳時代に入って、つまり応神天皇の頃から急速に発展していった場所である。国見をしたのが、どの辺りということは書かれていないが、平等院から宇治川を渡った所、朝日山の麓には世界遺産になった宇治神社、宇治上神社がある。この神社は、もともと応神天皇の皇太子菟道稚郎子皇子の宮殿があった所だという。皇子は兄の大鷦鷯皇子(仁徳天皇)と皇位を譲り合い、思い余って自殺してしまったという話が『古事記』や『日本書紀』に伝えられている。その傍の、朝日山に登れば葛野の辺りまで見渡せるのだろうか、一度行って見なければならない。 昼から本を置いているアパートに行き、ミニカに積み込んで金閣寺の店に行く。本棚に本を整理しながら入れてゆく。15本の本棚のうち、文庫、親書を置いている段は、すでに一杯になり、とりあえず二重に置いておく。大型の本を置く棚はまだかなり空いている。これまで集めた本は、圧倒的に文庫と新書が多いということなのだが、まだアパートにはかなりの文庫、新書が置いてある。そして竜安寺の家にも段ボール箱に10箱くらい、500冊以上の文庫がある。最終的には相当数の本を、箱に入れて金閣寺の店の地下の倉庫に保管することになるだろうが、湿気対策も含めて、その管理の仕方を考えなければならない。 夕方になって少し寒気がして、仮眠をとる。夕食は暖まるだろうというので、妻が豚汁を作ってくれた。
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3月17日(水)
図書館を出てから、天気も良く暖かなので近くの寺社や遺跡を廻った。最初は秦河勝の墳墓とも言われている蛇塚に行った。秦河勝は聖徳太子を支えた葛野郡の大豪族で、当時の日本の技術や文化の近代化と仏教の普及に大きく貢献したという。技術の面では桂川(大堰川)の灌漑工事、橋梁、貯水池の建設、広隆寺などの建築や仏像など美術・工芸品の創作、農地開発や養蚕、織物の技術などの他に醸造というのもあったらしい。そのため秦氏の創建した松尾大社は「酒の神」として知られるようになったという。
蛇塚から梅宮神社に行く。梅宮神社は橘氏の氏神で、光明皇后の母であった橘美千代が相楽郡に創建した。平安時代になって嵯峨天皇の后であった檀林皇后(橘嘉智子)が葛野郡の梅津の地に移した。
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3月16日(火)
午後は本の保管のために借りているアパートに行き、本の整理をする。大型の本はだいたい運び出したが、まだ文庫がかなり残っていて、6畳の3面に置いた本棚はほとんどまだふさがっている。それでも、段ボール箱はようやくすべて運び出した。ブックオフは、売れ残った文庫本を一律100円で売っているが、金閣寺の店を開店したら、古い本は100円、50円、30円、10円などとランクをつけて売ろうかと思っている。逆に新本と同等の情報価値のあるものは、ブックオフのように3ヶ月たったら100円で売るなどということはせず、情報価値が減らない限り、一定の割数の値引きで売り続けようと思っている。 夕食は昨日の春巻の具が半分残っているのと、賞味期限が切れたハムがあったのをフライにする、後はいつものようにもやし炒めと味噌汁を作る。食後は、明日図書館に返却しなkればならない本を、必要な箇所をコピーし、その後夜中の2時頃まで読書していた。相変わらず、古代史の本を読み続けている。
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3月12日(金)
コーナンからの帰り道、北野天神の梅と平野神社の桜を写真に取ろうと思って寄ってみる。平野はまだ咲いていないだろうと思っていたが、何本か早咲きのものは咲いていた。夕食後は本を保管するため借りているアパートの本を整理する。
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3月11日(木)
○
弥生時代の山城国の大規模集落跡は、山科盆地の中臣遺跡、稲荷山西麓の深草遺跡、桂川右岸の鶏冠井(かいで)遺跡などがある。
深草や桂川流域は、その後山城秦氏の本拠となる地域である。
先月、2月26日、向日市の元稲荷古墳で前方後方墳の後方の隅角が確認されたという記事が、新聞で大きく報道されていた。この古墳は3世紀後半のものだというから、卑弥呼の時代のすぐ後の時代である。邪馬台国と、それに続く時代の京都では、人々はどんな生活をしていたのか。興味が尽きない。 秦氏の「ハタ」という名は鮎飼房之進によれば朝鮮半島の慶尚北道蔚珍の波旦という地名に由来するという。日本書紀によれば、応神天皇の時、秦氏の祖弓月君は 灌漑・土木・農業・養蚕・織物などの技術を持った120県の民を率いて渡来しようとした。しかし新羅がそれを阻んだので、弓月君は、しかなたく民を残したまま 日本にやってきた。そこで応神天皇は葛城襲津彦を遣わして、その民を日本に連れ帰ったという。 その後
『日本書紀』によれば、雄略天皇
の時、天皇が、工匠であった闘鶏(つげの)御田(みた)が天皇しか接することのできない宮廷に使える「采女」と呼ばれる女官に近寄ったと誤解し、処刑しようとしたとき、弓月君の孫の秦酒公(さけのきみ)が琴をひいて、誤解であることを歌に託して天皇に知らせ、御田を助けたと伝える。もしこの伝説が本当にあったとことだったとしたら、こうしたことで、技術者同士の紐帯を太くし、酒公の人望を大きくすることになっただろう。
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3月10日(水)
○
夜はすき焼き。「関公」の最終回を見る。最後は、曹操が、孫権から送られてきた関羽の首を見て、泣きくずれるというところで終わった。このドラマの作者は、曹操を、才能と人間的な弱さを併せ持った、非常に人間味のある魅力的な人物として描いているが、かつての勧善懲悪型の「三国志演義」を脱して、作者の創造性や現代人の共感できる視点を占めそうとしているのだろう。そういう点では同感出来るのだが、関羽の娘が女だてらに、忍者のような活躍をするなどというのはいただけない。日本の時代劇の影響があるのかも知れない。
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3月9日(火)
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3月8日(月)
花園で買い物をした帰り道はよく、御室から嵐電の南側の沿道を取って帰るのだが、誰が植えて手入れしているのか菜の花が咲いていた。 買い物を家に持って帰り、そのまま自転車で金閣寺に行き、夕方まで本の整理作業をする。15本の本棚は半分以上が埋まったが、竜安寺の残りの本の数を考えると半分くらいしか本棚には収納できないだろう。店の地下倉庫は使えるのだが、湿気の問題もあり、保管の方法を考えなければならない。 帰り、白梅町のフレスコで買い物をして帰る。夕食はフレスコで買ってきた、豚肉アスパラチーズカツに、もやしと豚肉の炒め物、味噌汁を作る。今日も「関公」を見る。 「関公」も27回目で、28回シリーズのいよいよ大詰めである。呉が魏と密約を交わし、突如荊州を攻撃する。関羽は魏との戦いで遠征中だったのが、荊州を守る麋芳や傅士仁などの味方が呉に内通し、背後に敵を受ける絶体絶命の危機に陥る。誠実で民衆から慕われている英雄が、狡猾で背信的な人間達に、よってたかって食い物にされるのだが、そういう構図は今も昔も変わらないということだろう。結局最後は魏の宰相となる諸葛亮のライバルであった司馬懿の子孫が中国を統一することになるのだが、もちろん小心で狡猾な人間が勝利することではない。それはバランスを保った合理性と問題解決能力いうことだろうか。
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3月7日(日)
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3月6日(土)
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3月5日(金)
今はとりあえず、二つのテーマを追いかけている。花園の法金剛院、そしてその傍にある待賢門院の陵墓に因んで、待賢門院の生涯をまとめること。それは小倉百人一首の歌人である待賢門院堀川や西行法師のこと、待賢門院の愛人であった白川上皇の話や、不義の子として生まれた崇徳天皇のことや、保元・平治の乱、平家物語の話にも及んでゆくだろう。 夕食は、今日もカレー、それとレンコンに挽肉を詰めて揚げたもの、そしてみそ汁。「関公」第25回を見る。
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3月4日(木)
夕方、妻が猫のトイレ用の砂を買ってきてほしいと言っていたので、セイバースに買いに行く。498円で通常の価格より100円安い上に、今日は10パーセント引きの日なので、さらに50円ほど安い。2つ買ったので300円ほどの節約になる。他にもいつも買っている猫のエサを2箱買う。これも10パーセント引きで、90円ほどの節約。無収入になった今の僕には390円の節約は大きい。
夕食は、今日もカレー。カレーを作ると数日続くのは毎度のことだ。あらびきウィンナが残っていたので、今日はウィンナカレー、サラダ、味噌汁のメニュー。「関公」第24回を見る。夕食後は新聞のスクラップをしていた。 |
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3月3日(水)
図書館を出てから、蚕の社という名で知られる木嶋神社に行った。前にも一度、妻と一緒に来たことがあるのだが、写真を撮るために、また寄ってみたのだ。京福電鉄の駅名にもなっている「蚕の社」は、古代、この地域を支配した渡来系の豪族、山城秦氏が天御中主神など四柱を祭った神社である。秦氏は養蚕と機織、そして治水・感慨の先進的技術によって、大きな勢力を作り上げていったのだが、それが「蚕の社」という名に残された。神社の奥の森にある三本柱の鳥居は、江戸時代の天保年間に修復されたものだそうだが、その三本柱の鳥居の形は古代朝鮮のもので、飛鳥時代からの様式を伝えたものだ。飛鳥時代、この地域は漢の始皇帝の子孫を称する族長に率いられた秦氏一族が住む、当時の日本ではもっとも先進的な技術をもった渡来人の村だったのだ。木嶋神社は平安時代、干ばつの時には、朝廷によって祈雨の奉幣があり、平安後期には正一位を与えられ、鴨社、稲荷、八幡などとともに、京都でも主要な神社だったらしい。
この太秦の地には蛇塚と呼ばれている横穴式石室だけが残された古墳がある。6世紀末から7世紀初め頃の秦氏の族長の墓と言われているが、その大きさは墳長75メートルあり、飛鳥の蘇我馬子の墓といわれる石舞台古墳に匹敵する大きさである。時代的には聖徳太子を支え、広隆寺を創建した秦河勝の墓なのかも知れない。 木嶋神社の後、帷子辻駅にゆき、ダイソーで買い物をし、帰り道に秦氏の氏神である大酒神社を写真におさめて帰る。この神社は何ということもない小さな社なのだが、秦氏が太秦に移住した時からの歴史をもっている。祭神は秦始皇帝、応神天皇の時代に日本に渡来したと伝えられている秦氏の祖先弓月君、そして秦酒公を祀っている。横を通っても見過ごしてしまいそうだが、そんなことを知ると、この小さな杜も古代の物語を偲ばせてくれる。 1時半頃帰宅し、焼きそばにトンカツをのせて、味噌汁をつけて昼食。午後は図書館で借りてきた本を読んでいた。夜食は昨日つくったカレーにウィンナソーセージを炒めたものをのせ、野菜サラダを付ける。 ○ 夕食時、クローズアップ現代でイラクで拉致され日本中から迫害的な非難を浴びせられた高遠菜穂子さんの、その後6年間の軌跡を取り上げていた。僕のホームページでもコンテンツを作って応援していたのだが、彼女は、迫害的な非難のショックで、一時は自殺まで考えたという。その彼女を救ったのは、イラク人の彼女への感謝だったという。 当時、国家主義を煽り立てるフジ産経グループのフジテレビや日本テレビなどは、連日のように、高遠さんら、拉致されたイラクボランティアのことを、武装ゲリラのスパイ説まで開陳して、まるで犯罪者のように報道していた。かれらは今も無責任なエスノセントリリズム(自民族中心主義)をばらまき続けているのだが、それに比べるとNHKはすごく良心的だと思う。フジ産経グループに巣くう国家主義者らは、このNHKの報道をどう思っているのだろうか。
国家をファシズムや侵略的な火遊びに誘い込んで、一花咲かせようとする右翼的な若者がどんどん増えている。就職難がひどくなればなるほど、偏差値エリートと、受験競争からこぼれ落ちた若者の落差が大きくなればなるほど、企業の使い捨て的な雇用形態が広がれば広がるほど暴力と火遊びに活路を探す若者が増えてゆく。今年中に日本のGDPは中国に抜かれるという。トヨタ問題が象徴するように、日本式経営はすでに破綻している。 |
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3月2日(火)
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3月1日(月)
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2月28日(日)
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2月27日(土)
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2月26日(金)
イズミヤととなりのフレスコで買い物をして戻って1時間ほど休んでから、3階の書庫の整理をする。すでにかなりの本を降ろしたのだが、まだ残っている段ボールの中から30年以上昔に作って、その後その存在も忘れていたスクラップブックを見つけた。かなりの量がある。この当時、日本史の中でも、特に古代史に熱中していたのだが、スクラップブックの中には、古代史のファイルもあった。この時代は、クリアファイルなどまだ無かったから、藁半紙に糊で貼り付けてパンチで穴を開け、紙ファイルに閉じていた。その藁半紙も記事そのものも、すっかり茶色に変色してしまっているが、とりあえずこの古いスクラップを再度クリアファイルに入れ、必要があればコピーして保存しようと思っている。記事そのものは、新聞記事でとくに残すべき意味はないが、集め方というのはオリジナルな意味を持っている。だからこそスクラップすることの価値があるのだろう。 夕方は最近の新聞のスクラップをする。最近、中国で曹操の墓が発見されたというニュースがあったが、その後、その墓のある小さな村は交通ラッシュになっているらしい。秦の始皇帝の「兵馬俑」が発見されたのはもう30年以上前のことだが、ともかく中国の考古学上の発見というはスケールが大きい。曹操の墓というのも、まだ真偽は確定していないが、本物だとすると、「三国志」の背景を裏付ける実際の証拠物件となるだけに、興味をそそられる。僕は旅行で西安に行った時、兵馬俑と永泰公主の陵墓を見たが、即天武后の時代の悲劇の王女の物語がぐんとリアルなイメージで感じられたのを覚えている。 夜は妻が風邪気味だというので、歯医者の帰りに暖まるだろうとうどんを買ってきていたので、僕がうどんを作った。二人前のうどんを買ってきていたのだが、もう若くない僕らには、二人で一つで充分だ。ただし僕の方はビールとつまみを口にするのだが。今日も「関羽」を見る。第21回、ようやく「三顧の礼」の話で諸葛孔明が登場する。
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2月25日(木)
8時頃起床。朝食はスナックだけで済ませて、朝方は日記とホームページの更新、新聞のスクラップをしていた。その後午前中は3階の書庫の本の整理と、竜安寺の店に運ぶものを段ボールに入れる作業をしていた。昼はトーストとサラダとコーヒーの昼食を取り、バレエのレッスンで出かけていた妻が帰ってきた後、竜安寺の店に行く。すでに運んであった段ボールを開け、本を分類しながら棚に詰めてゆく。狭い店なので、どう考えても1万冊は入らないだろう。だから1階の店だけでは、借りているアパートの本は入りそうにない。1本の本棚の棚段の数はもう1段増やせるところも何本かある。それともう1本本棚を置けそうな空間があるにはあるのだが、ただし頼むとなると又5万以上の費用はいるだろう。
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2月24日(水)
6時頃起きるが、ぼんやりして何も手に付かず、この前送ってきた「歴史読本」の3月号を呼んだりしていたが、気分をすっきりさせようと朝風呂に入った。僕は風呂嫌いなのだが、朝風呂は好きだ。会社で働いていた時、僕のテリトリーの出張先の金沢でいつも泊まる「金沢セントラルホテル」というビジネスホテルは小さいながらも温泉があって、よく朝に入ったものだった。
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2月23日(火)
9時起床。やわらかな春の日差しの一日だった。起きたのが遅かったので、朝は食べず。午前中、先月の電力料金の計算書が来たので、先月に比べてどうだったか見ると、請求金額が1万1千円少なかった。暖房をエアコンから石油ストーブに変えて、使用している電球をすべてLEDに変えたのだが、その効果だろうと思う。石油は1月に3千円ほどかかっているから、8千円ほど節約したことになる。無収入となった今、省エネは生活に直結する現実的な問題になっている。 |
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2月22日(月)
4時半起床。晴れ。朝はみそ汁に餅を焼いてすませる簡単朝食。午前中はホームページの更新。その後マツモトが10パーセントOFFだったので昼前に花園に買い物に行く。ブックオフで講談社新書「西太后」などを買う。1時半帰宅。昼食は取らず、スナックをつまむだけですます。今日は起きたのが早かった為か、帰ってから眠くなって、2時間ほどうたた寝をしてしまった。夕方、アパートの荷物の整理をする。3月末までには、整理を終えたいのだが、なかなか捗らない、夜は牛肉のオイル焼き。みそ汁。「関公」の第17回を見る。
曹操が突然しかけてきた攻撃で、劉備、関羽、張飛は散り散りになり、関羽は劉備の二人の妻とともに曹操の軍に包囲され、劉備の妻を助けるため、関羽は心ならずも投降し、曹操の幕下に日を過ごすことになる。 ○
日本人にとっては、「愛」という言葉は外国語でしかない。そして「愛」という言葉を日本人が使っても、そこにはすでに「欲」が混在してしまっている。「思いやり」という言葉も駄目だ。「思いやり」という言葉は、初めから注文に嵌めるような絆の形がある。一体感を期待する空手形めいた相互扶助思想であって、
安全・安心・同一化を求める心理規制でしかない。だから、この「思いやり」という言葉は、現津主義を標榜する保守的な人間が好むのだろう。 結局僕は人間のポジティブな精神を表現する時、「善意志」という言葉しか使えない。法を守る、ルールを守る、約束を守るという形としての「善」ではなく、内発的な 「意志」を持った「善」である。法を破る「善」もある。ルールを破る「善」もある。法を破り、ルールを破ることのリスクも引き受けて、あえて自分の信じる「善」を行う。それが僕の考える「善意志」である。それは法を超えて、ルールを超えて、普遍的な価値を求める故に、自分を生かしている環境や社会の存続と進化のために、生命の類的な本質を体現するがために、自分を育てようとする、そして自分が繋がる人や社会を育もうとする、そしてその為に身の丈にあった価値を創造し、未来に残そうとする。そういう精神を、僕は「善意志」と呼ぶ。 倫理の本質が「自律」、「自裁」の思想であることは、西洋も東洋も変わらない。そして日本においては「武士道」がその精神を持っている。切腹することの意味は「自裁」の思想から生まれて来る。利益になろうが、不利益になろうが、そんなことでは動かない。道理に従って行動し、帰属する環境と社会のために、なにがしかの役割を果たし、未来に受け継がれるべき価値を残して死ぬ。そしてそれに一番相応しい時を選び、自分の死ぬ時と死場所は自分で決める。それが「武士道」だろう。僕は、それに少しでも近づきたいと思っている。
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2月21日(日)
7時半起床。終日晴れて暖かい一日だった。起きてから、2階の廊下の本棚の整理をする。そのあと、朝食に天ぷらうどんを食べて、午前中は今日も新聞のスクラップをしていた。昼はトーストと炒めたウィンナソーセージ、オムレツ、サラダ、これも簡単定番の我家の昼食だ。
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2月20日(土)
7時起床。
朝から、晴れて暖かな天気だった。朝はトーストとサラダと残りもののハンバーグで食事を取り、午前中はまた新聞のスクラップをしていた。昼はインスタントのうどんですませ、午後は竜安寺の店に行き作業をする。ようやく地下の段ボールを全部店に上げた。来週からは竜安寺の家の本と、アパートの本の整理と移動を始めるつもりだが、どれぐらい時間がかかるかわからない。それによってアパートを解約する時期が決まるのだが、1ヶ月早く終われば、それだけで6万円の家賃を節約できる。春休みになれば、引っ越しのシーズンになるので、運送会社の代金が高くなる。それを考えれば、引っ越しは4月になってシーズンが終わってからの方が良いだろう。
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2月19日(金)
疲れていたのか、何度も目が覚めたが、また寝てしまい、起きたら10時近くだった。朝のうちは晴れていたが、昼頃から曇るが、風もなく寒くはない。 働き口が無くとも、仕事がないなどということが、ある筈がない。金も資格も肩書きもない失業者に出来る仕事がもぐりの廃品回収業かダフ屋だけだというのは、自己限定する先入観が与える幻想だ。 夜は、ハンバーグを作る。それに、まだ残っているカレーを食べる。「関公」の13回を見る。
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2月18日(木)
8時起床。終日薄曇り。朝、朝食のサラダを作るために、先日買った調理器具を使ってキャベツを切っている時、指を切ってしまった。相当に深く切れたらしく、血が止まらない。何かきっちりと注文に嵌った感じがする。午前中、金閣寺に運ぶ本を整理、借りているアパートの本も整理し始める。
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2月17日(水)
船岡山を下りて、今宮神社と大徳寺に行く。その後、金閣寺の店に行き地下の段ボールを開け本を整理、本棚に入れる作業。今日はかなり動き回ったので、疲れてしまい、竜安寺の家に帰ってから、夜まで眠る。
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2月16日(火)
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2月15日(月)
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2月14日(日)
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2月13日(土)
今日からオリンピックというが、どうも昔のようには関心が持てない。まして熱中などできない。それが「自己実現のドラマ」なら感動するのだが・・・。同胞愛よりも国威発揚にぶら下がるようなマスコミの報道、功名心に煽られたような上昇志向、人の風上に立ちたいだけの自己顕示、排他的競争心・・・。そんなものが垣間見えると興ざめしてしまう。「無償の愛が織りなすドラマ」ならば、何をおいても熱中するのだが・・・。昔は、それを感じたのだが。もちろん今でもそれはあるだろう、しかしそうではないものが混じるともう駄目だ。
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2月12日(金)
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2月11日(木)
今日は買い物には行かず、夕食は焼きめしと焼売、中華スープ、湯豆腐に昨日の残りの天ぷら。有るものですませた。「水滸伝」は昨日で見終わったので、今日から「西遊記」を見る。1枚目のDVDは以前見ているので、今日は2枚目、豚の化け物の猪八戒が登場する巻からである。このビデオも中国中央電子台制作のもので、「三国志」「水滸伝」と同じようにブックオフで買った。DVD8枚で4800円くらいだったと思う。
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2月10日(水)
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2月9日(火)
双ヶ丘を降りて、花園のマツモトで買い物をし、丸太町の金券ショップ「トーカイ」で図書券を買って帰る。一万円の図書券が9600円で、400円の節約になる。最近はいつもこの図書券で買っている。
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2月8日(月)
僕の近所、白梅町周辺、立命館周辺の喫茶店は次から次へと閉店した。白梅町にあった「長崎屋」や「サンライズ」、きぬかけの道にあった「からふね屋」もなくなった。そこは休日の朝、妻と二人でモーニングを食べに、よく来た店だったのだが。
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2月7日(日)
大阪ガスの代理店は9時過ぎにやってきた。ガスを開栓して風呂やガスファンヒーター、2階のキッチンの湯沸かし器を点検する。ガスファンヒーターがそうとう長い時間点火しなかったので、代理店の人は少し焦っていたが、何度か試してやっと点火する。長い間ガスを使っていなかったので空気が貯まっていたらしい。 |
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2月6日(土)
夜は焼き魚、もやし炒めと吸い物。僕の簡単食事の定番だ。
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2月5日(金)
昼から大宮中立売にあるハローワークに行き、技術研修を受講の相談をする。パソコンの技術研修があると聞いていたので、それを受けたいということだったのだが、雇用保険受給者のための開講は4月から始まるとのことで、2月17日の認定日に詳しい話が出来るということだった。雇用保険受給者のための技術研修は3ヶ月間で、その間、交通費と一日700円の日当が支給されるとのことだ。この700円という日当は恐らく研修先での昼食代という感覚なのだろうが、弁当を持ってゆけば、その分浮かすことが出来るだろう。 パソコンはもう8ビット機の頃からやっていて、ホームページを始めてからも10年になるのだが、正式に習ったことは一度もない。どんな内容なのかはわからないが、僕が始める古書店の経理や商品管理、宣伝のためのホームページ作成に役立つ技術が得られればと思っている。 ハローワークからの帰り、古物商開業の届け出のことに話を聞こうと思い、上京警察に寄る。僕の店がある北区衣笠西馬場町は、北警察の管轄なのだが、上京警察が帰り道だったので寄ってみたのだ。警察というのは、何と言っても、不良やちんぴら、犯罪者などが出入りするところだから、受付の女性警官も構えた感じで応対する。建物の中は薄暗く廊下の壁も、部屋の中もうす汚れていて、客を通すような感じではない。その階段を上って、三階の「生活課」という所に行くが、結局北警察に行ってくれということで、たいした話は聞けなかった。 帰り、白梅町のイズミヤ買い物をして帰る。100枚入りの茶封筒が100円で売っていた。事務用品も様々必要になるのだろうが、価格シールや商品を入れる袋も印刷会社に頼まなければならない。どれくらいのコストがかかるのか。あるいは判を作って押す方がよいかも知れない。 夕食は焼き魚、肉じゃが、焼きめし。今晩も「水滸伝」を見る。しかし話はだんだん暗くなってゆき、見ている方も、顔が曇ってゆく。
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2月4日(木)
夜はまた「水滸伝」を見る。梁山泊の軍は佞臣高俅の率いる官軍を撃破し、高俅を捕らえるが、宋江は招安(大赦)を得るために助命する。その結果梁山泊一党は一切の罪を許され、朝廷に帰順するのだが、話はここから、次第に暗くなってゆく。「水滸伝」の主役の一人、林冲にとっては高俅は妻の仇、不倶戴天の敵で、高俅が梁山泊から釈放された後もその命をつけ狙うのだが、病に倒れてついに死んでしまう。またもう一人の主役魯智深も、僕の見ている中国中央電子台制作のビデオでは、義兄弟の契りを結んだ林冲の死によって出家を決意し、朝廷から命じられた方臘討伐の前に寺に入ってしまう。その後は主役は殆どが、戦死したり、毒殺されたり、自殺したりして死んで行くことになる。 「三国志」も後半は、次第に暗い話になり、主役が次々と悲運の死を遂げることになるのだが、そんな所に中国人の民族的な人生観・思想性があるのかも知れない。
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2月3日(水)
また講談社のカルチャーブックスで「エジプト古代文明の旅」というカラーブックが100円で売っていた。定価は1500円。奥付は無いが、読者ハガキが入っていて11年前の差し出し有効期間になっている。10年前の出版でも、新し い歴史の本の価値は寿命が長いから、この価格は安すぎるだろう。硬い本は何でも100円にする「ブックオフ」一流の文化破壊だ。僕が店を始めたらこの本を480円で売ろうと思っている。 価値ある本を破壊的な価格で売ったら、出版文化の社会的使命を破壊することになってしまうだろう。 ブックオフの後、マツモトで買い物。今日は10パーセントオフの日だったので、多めに買いだめする。リタイアしてから、新聞・雑誌のスクラップをするのでクリアファイルを相当数使うようになった。40ピースのクリアファイルをとりあえず4つ買う。1つ298円で、10パーセントオフだから、これだけでも120円の節約になる。 家に帰って、昨日の天津閣の豚まんが残っていたので、それを昼食にしてから金閣寺の店に出かけた。整理するべき本は地下の収納庫にあるもの、竜安寺の家のものと、アパートを借りてそこに置いている本とがある。金閣寺の分は来週中には終え、竜安寺の分は2月中には店に移したいと思っている。そして3月中にはアパートの本を店に移して、最終的に3月か、少なくとも4月でアパートを解約したいと思っている。借りているアパートは共益費、公共料金をあわせると6万ほどになる。ひと月伸びれば6万の出費になる。出来るだけ早く引っ越しをしたい。 今日は、節分で妻が豆を買ってきた。夕食は牛肉の鉄板焼き。マツモトの広告の肉を10パーセントOFFで買ったもので100グラム300円ほどの安いモモバラ肉だったのだが、なかなか旨かった。しかし焼き肉というのはどうしてもビールを飲んでしまう。医者は止めろとは言わないのだが・・・。
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2月2日(火)
今度起きたのは9時頃だった。午前中、自転車で西京極の、これまでは社会保険庁と呼ばれていた日本年金機構に行った。会社を退職したので、厚生年金から国民年金に切り替えるためである。応対してくれた、おばさん風の担当者は、必要書類だけ作って、僕が60歳になるまでの6ヶ月間の分は、4月になってから一括して払えば良い。払い込み手続きと任意加入申し込みの書類は家に送ると言っていた。 年金機構は西京極の天神川五条上るにあるのだが、竜安寺の僕の家からは自転車だと25分くらいで行ける。交通機関をつかえば、家から歩いて10分の妙心寺北門前から市バス26番に乗り20分かかって西院、それから阪急電車にのって西京極駅まで3分、そこから歩いてまた10分かかる。待ち時間を入れなくても45分ほどかかることになる。京都の市街地での移動は自転車の方が便利なことが多い。それに市バス1本でゆける所でも往復440円かかるから、相当な額の節約になる。 天神川五条から四条までの間に僕が時々寄るリサイクルショップがある。僕が始めようとしている古書店もリサイクルショップだから、参考になればという意味もあって色々見るのだが、リサイクルショップというのは、仕入れは客次第で、計画的には出来ないから、品揃えが難しい。良さそうなものはすぐに売れてしまうから、つまらないものばかり残ってしまう。だから僕が古書店をする場合、店に売り来る客だけを当てにせず、客引きになりそうな本を他の古書店で手に入れ、買値で売るという方法も考えている。同じ値段で売れば、利益が無いどころか5パーセントの消費税分だけ損になるのだが、客引きのための品揃えは考える必要があるだろう。 リサイクルショップの後、花園のマツモトで買い物をし、京善で灯油を買って帰る。灯油1リットル64円だった。 マツモトでは、神戸の中華街で売っているような一口サイズの「天津閣豚まん」というのが有ったので、買ってみた。10個入って298円だから神戸の中華街のものに比べると半値以下だから、同じような満足はないだろうと思っていたが、やはり中の具は少ないようだった。味はそんなに悪くなかったが。
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2月1日(月)
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1月31日(日)
午前中は家に居て、昼食に餅を食べて、金閣寺の店に行く。殆ど工事は済んだので、今日から地下室に入れてあった本を本棚に移す。すでに店に移してある本だけでも、本棚に移して整理するのは1週間以上かかるだろう。その後竜安寺の家の本を移し、さらに借りているアパートの本と家財を移さなければならないが、整理し、仕分けしながらだから、2月中に終わることは出来ないだろう。まあ急ぐ必要はない。出来るペースでやるのが、リタイア後の仕事のスタイルだ。そして、金にならなくても人や社会の役に立つというのがリタイア後の仕事の使命だ。 夕食は昨日のビフカツの残りとおでん。医者からは、血糖値が高いこと以外はほぼ正常で、カロリー館トロールと運動をすること以外は、とくに食べてはいけないものなどは言われていない。最近はバスで行くような場所は殆ど自転車で行くようにしているし、毎日のように自転車で買い物に行くので、足の筋肉の運動は出来ているだろうと思う。
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1月30日(土)
○
リタイアしてから、現実的な問題として凡人の生き方を考え続けてきた。もうぶら下がるものは何もなくなったのだから、ごまかしは効かない。自分で目的を見いだして、自分で実践してゆくしかないのだ。
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1月29日(金)
45分ほど話をしたが、現行の地代を支払うにとどめて、説明と交渉の場を設けるのか、裁判所の調停を申請するのか、地主側の動きを待てというアドバイスだった。僕の方は今年の3月まで、現行の地代で払っているので、4月になってから対処すれば充分で、値上げになったとしても、4月からでよいということになる可能性も高いとのことだった。 弁護士事務所を出てから、退職金を受けるため会社に行った。総務の責任者は、最初銀行振込が良ければ、その様にすると言っていたのだが、87歳の益井会長が取りに来させろと言ったらしい。益井会長というのは僕が36年間逆らい続けたワンマン経営者なのだが、それでも僕に対して君臨したいということなのか。 会長が最近の業績不振のことを口にしたので、僕が「社員が〈言われたことしかしない〉のは会長のせいでしょう」と言うと、「そんなことは管理職にまかせてあるんや。(僕がテリトリーにしていた)徳島の成績が悪い。そんな人間にも、こうして退職金は払っている」などと悔しそうに反論する。 「(わずかな年月しか文英堂の仕事を経験していない)管理職に、今の業績不振の原因を説明することは出来ないでしょう。僕は40年近く文英堂で仕事をして来ましたから、いつでも僕には(業績不振の原因を)説明が出来ます。必要があれば、いつでも説明をしますから、連絡してください。」と言うと、すでに相当に知力の衰えた会長は、ただにやにやと笑っていた。 会長の知力は、すでに相当に失われているのだが、いまだに何にでも口を出している。
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1月28日(木)
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1月27日(水)
○
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1月26日(火)
昼から、倉内工務店への支払を振り込むために銀行に行く。これでとりあえず、開業のための大きな出費は終わりだが、店の看板、レジスターはもちろん、本を売りに来た人の身元確認のために免許証などをコピーするための機器、2階の会議室には机と椅子を買わなければならないし、オーディオ機器やビデオ機器も入れなければならない。3階にはエアコンをつけていないし、屋上の屋根の老朽化も調べ、いずれ防水工事も必要になると思われる。まだまだ金はかかりそうだ。 古書店の開業と同時に、僕は3つのことを計画している。ひとつは「虫めがね郷土史」の計画。僕の住んでいる竜安寺・金閣寺周辺の歴史を、ふつうの観光パンフレットなどには載っていないレベルの内容で、写真を撮り、資料を集め、取材をして出版するというものだ。出来れば仲間を募りたいと思っている。 もうひとつは「老人の能力」「老人の役割」を考え、実践してゆく活動だ。老人問題と言えば、すぐに介護の問題、医療保険の問題、年金の問題が持ち上がる。老人の方はと言えば、少しでも肉体的な若さを維持して、生活を楽しむことだけを目的にして、毎日グループでウォーキングをし、団体バスで観光旅行をすることを楽しみにしているように見える。そんな生活をするのが老人の仕事なら、若者は「老人福祉は社会の無駄でお荷物だ」「遺産を残して早く墓場に行ってくれ」と考えるようになってゆくだろう。 「老人の価値とは長い人生を経て蓄積した、知識と技術と経験と洞察力だ」と僕は考えている。凡庸・無才の平凡な庶民でも、自分の家庭を守り、なにがしかでも社会で役割を果たして来たのであれば、生活者としてはプロの筈だと僕は考えている。そこには人生の知識と技術と経験と洞察力がある筈だ。平凡であれば平凡であるほど、圧倒的多数の平凡な人の生き方に役立つ筈だと考えている。そうした老人の能力を生かす道筋を作ってゆきたい。 そしてもう一つはエリートになれない庶民が生き甲斐を見いだし、自己実現してゆく参考になるような本を作ってゆくこと。僕は35年以上、教育図書を出版する企業で働いてきた。その経験の中で見捨てられ、取り残された価値を拾い出してゆきたいと思っている。 定年までは不本意でも、生活のために働く必要があるだろう。しかし「定年後は金にならなくても、人のため、社会のため、自分のために必要な仕事をする」、それが老人の使命だと僕は考えている。
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1月25日(月)
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1月24日(日)
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1月23日(土)
>一連の彼の会見の言葉・態度を見るにつけ、とても警察の誘導尋問に引っかかるような性格ではないようにおもいます。
>あのおっさんはテレビ インターネットの匿名性は日本人の荒廃に拍車をかけているのではないか。 菅谷さんの職場復帰は「疑いが晴れたわけではない」という市民の声で潰されてしまったと聞いた。こうした只乗りサディストの発言や、右翼の暴力的な恫喝で、公の意志決定が動かされてしまうということがやたらに目立つ世の中になってしまった。
夕方平野の「生鮮館」とセイバースで買い物。セイバースは先週に続いて金・土・日と10パーセント引き。ひたすら値引き広告の店を追いかける毎日だ。リタイアしてから、当然ながら妻は働いていて、僕は家にいるのだから、買い物や食事の用意は僕がする比重が増えた。そしてレトルト食品を使うことも。
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1月22日(金)
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1月21日(木)
「不義」というレッテルは、結局何にで貼れる、自分にとって気に入らないものは、何でも「不義」と言い募ることが出来るし、「伐つ」という行為は、建設、創造の努力を要求せず、単に殺戮、破壊することしか目的にしない。
○
命の意味は
父母が子を育むように
凡庸でも、無才でも
それさえ知れば
だから僕はただ
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1月20日(水)
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1月19日(火)
○ 自分が知り得る限りの世界を、自分の持ち得る限りの理性と客観で把握し、自分にかかわる身近なことから、弛まず問題を解決し続けること。
○
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1月18日(月)
7時半起床。晴れ。今日は少し暖かくなった。朝、妻を大谷大学まで送り、家に帰って一人で朝食を取る。トーストとオニオンスープ、サラダ、ゆで卵、ウィンナソーセージというメニュー。作って食べ終わるまで30分くらい。学生時代よりは豊かである。昼はレトルトの天ぷらうどんに昨夜のカレーの残りをかけ、カレーうどんにして食べる。
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1月17日(日)
今日は、朝早くに起きた。5時半に起きて、朝食前にホームページの更新をしたり、新聞のスクラップをしたりしていた。新聞を読んでいると、インタビュー記事に「錆び付かない生き方」をしたいという言葉を見つけた。
目先の「楽しみ」などを追いかけていたら、年を取れば取るほど、どんどん錆び付けてしまうだろう。日常のささやかなことでも、「問題解決」する意欲を持ち続けることだ。そうすればけっして錆び付くことはないだろう。
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1月16日(土)
ずるずると朝寝して、10時頃にやっと起きた。こんな起き方では気分爽快というわけには行かない。リタイアしたらこんな生活、ということではいけない。夕方までずっと家にいて、ホームページの更新と新聞のスクラップをしていた。
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1月15日(金)
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1月14日(木)
昼食後、妻を東山三条の大学まで送り、その帰り西陣のコーナンで灯油缶を買って、北野のコスモ石油で石油を入れて帰る。リットル73円で御室のMK石油より5円高かった。18リットルだから90円の違いになる。サトウのごはん1パック分の値段だ。
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1月13日(水)
昼頃、追加発注した分の契約書にサインするため、金閣寺の店に行く。工事は昨日始まったばかりで、まだ解体の最中だ。追加発注したレジカウンターの高さなど細部や、暖房用ガスファンヒーターに使うガスコックの位置などを決める。階段部分は2ヶ所、頭が閊え使えそうな所があっってリフォームを頼んだのだったが、1ヶ所は2階の押し入れを高くすることで調節出来るものの、もう1ヶ所は動かせない梁になっており、調節出来ないらしい。出来ないならしかたがない。
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1月12日(火)
今日から金閣寺の店のリフォーム工事が始まった。朝、仕事の妻を円町駅まで送って、いったん帰宅し、9時に店に着けるよう家を出て、自転車で家で店に行く。工務店のK氏と打ち合わせをし、さらに階段部分の頭の上が、2階の押し入れになっており、それが低すぎるので、2階の押し入れを30センチほど高くしてもらうことにした。そして金額が高すぎるので保留していたレジカウンターの設置を値引きしてもらって追加発注する。 午後、JRで帰ってくる妻を円町に迎えに行き、花園のマツモトで買い物をして帰る。円町の金券ショップっで1万円の図書カードを買う。これで店頭で買う本代を400円の節約出来る。またミドリ電化でプリンターのカートリッジを買い、300円のクーポン券を利用する。これで300円の節約。そして今日はマツモトが10パーセントOFFで300円の節約になった。 今日1日でちょうど千円節約出来たことになるが、価格の安い時に買う、あるいはサービス券やクーポン券などで、あるいは金券ショップなどを利用することで、安い価格で買い貯めることで、馬鹿に出来ない金額を得ることが出来るだろう。 かつて40歳の頃に、仕事の出張先で、ジャケットやカッターシャツの安売りを見つけると、まとめ買いで買い貯めたのだが、結局、それが貯まりに貯まってリタイアするまでの15年ほどの間、ジャケットやカッターシャツは1枚も買わずに済んだ。いまだに新のカッターシャツがタンスの1段を使うほど残っている。 この先、10年単位くらいで、必要な公共料金、税金、保険料、地代などを先行して確保することが必要だろうが、生活物資も、安価で手に入る時に、出来るだけ確保しておく方が、預金で置いておくより合理的だろうと思う。
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1月11日(月)
10時半まで寝ていた。よく晴れて、暖かだ。昼過ぎ、倉内工務店のK氏が追加の見積もりを持ってくる。明日から金閣寺の店のリフォーム工事が始まる。予定は2週間とのことだ。
夕方、近くにあるディスカウントショップ『セイバース』に買い物に行く。9日から11日まで10パーセントOFFのバーゲンをやっている。1月中に3回、10パーセントOFFをやるようで、来週もまたやるらしい。
また退職後は、妻が仕事に行く時は行き先の大学か、駅まで車で送るようにしている。妻の交通費を節約するのが目的なのだが、安売り探しと妻の送迎で月に2万円くらいは浮かせることが出来るだろう。
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1月10日(日)
昼から花園のブックオフに行き、『水滸伝』のDVDを買った。中国のテレビ局が制作したものだが、10枚組で4980円だった。 店を始めたら、このDVDも『三国志』や『西遊記』と一緒に並べようと思っている。ただしセットではなくバラ売りでだが。 夕方、妻と一緒に白梅町のイズミヤに買い物に行く。第2土曜・日曜は5パーセント引きなので、茶とかコーヒー、猫のえさなどをまとめ買いする。考えていると、5パーセント割引の日ではなくとも、イズミヤで使える買い物券を金券ショップで買えば、何パーセントか安くなるだろう。サービス券やクーポン券、そしてバーゲンや金券ショップを有効に活用すれば、相当な金額になるだろうと思う。 夜、今夜も食事をしながら『三国志』のビデオを見る。今回は蜀軍が長安をめざし北伐に向かう話。「出師の表」「泣いて馬謖を斬る」段である。本で読んだ物語を映画やテレビドラマで見るというのはよくあるのだが、中国の話は本ではやはり想像しづらいところがあるから、映画やテレビドラマで見ることができるのはうれしい。しかも中国が制作したものは、とくに兵士の数など、日本に比べてかなり多く使われているようで、それだけ戦闘シーンなどにリアリティが感じられる。 その後はNHKの大河ドラマ『龍馬伝』の2回目。龍馬が、堤防工事の差配を命じられるが、農民の内輪もめや、農民を工事に駆り立てる下士(郷士)を嫌悪していることに苦慮する話と平行して、龍馬を慕っている娘の気持ちを知らず、傷つけるという話が絡み、龍馬が人の気持ちがわからず悩むというストーリーだった。 僕の実家は父方も母方も高知で、先祖は坂本龍馬と同じ郷士だった。そして家も坂本龍馬の生家のすぐ近くにあった。明治維新の時には土佐勤王党に加わり、父の母の実家には政府の高官になった人物も出た。なので郷士の生活や考え方についてはいろいろ聞かされている。上士との差別はさまざまあったことは事実だが、『龍馬伝』の初回に描かれたほどのいじめや虐待が当然のようにされていたとは聞いていない。もしあれば、必ず父母から聞いていただろうと思う。歴史小説はどこまでフィクションが許されるのか。作者も、脚本家も、どんどん若くなり、どんどん当時の実際の姿が失われていくのではないか。
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1月9日(土)
終日、しまってある品物の整理をする。60年ため込んだ品物の数々は、いかに平凡な庶民の生活品とはいえ、膨大な数になる。1万冊以上の書籍、5千枚に及ぶCDやレコード、まとめ買いして、まだ使わずに残っているカセットテープやMD、いつの間にか貯まったパソコンやオーディオ機器、50年前の子供時代に集めた切手もある。毎年海外旅行に行っていた頃に使い切れずに残った外国の貨幣もある。それら一切を自分が死ぬまでに役にたててくれる人の手に渡さなければならないと思っている。可能な限り再利用されるようにすること、それが古書店を始める最大の意義なのだが、本当に役立ててくれる人であれば、究極は只で人に譲っても良いと思っている。 夕方、自転車で石油を買いに御室のMK石油に行く。 満タンで815円だった。この前入れたときは千円を超えていたように思うのだが、石油が安くなっているのか、ガソリンスタンドで相当に値段が違うのか?。リタイアしてから、100円の違いでも相当に気になるようになっている。 今日も夕食を食べながら『三国志』のビデオを見る。今日の巻は「南征」「諸葛孔明が7度敵の王を捕らえ、7度許す」という話。長安を目指し、北伐に向かう為には、南方の異民族を制圧しておかなければならないが、武力だけでは兵を撤退したら、また反乱を起こされる可能性がある。そこで7度許して、蜀に心から帰順させようとしたということである。蜀に限らず、多くの異民族に取り囲まれた漢民族の歴史的な問題が、こうした物語にも反映しているのだろう。
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1月8日(金)
午前、 健康保険料の振り込むために、自転車で西陣の銀行まで行く。出版健保加盟の退職者のための保険なのだが、去年の所得がベースになっているので、かなりの額になる。健康保険、地代、公共料金など、これからの20年に、生活費以外に、どれくらいの金が必要になるか計算してみた。すると概算で、3千万ほどになることがわかった。これから始めようとしている商売で、どれくらい収入があるか、皆目見当がつかないが、それによって生活が相当に左右されることになるだろう。 昼食後、妻を東山三条の大学まで送ってゆく。帰り、五条通から天神川通りを通って、花園で買い物をして帰る。 今週、地代値上げの問題について、協議の場を設けるように連盟で申し入れたDさんと連絡を取り合いながら対策を相談しているのだが、地主の多福院の関係者がこのホームページを見ていないとも限らないので、その内容については今は書かない方が良いだろう。ただ多福院の住職のやり方については書いておきたいと思う。 多福院の住職は契約期限を迎える昨年12月末近くの26日になって一片の文書で、それまでの地代の3倍に値上げすると通告してきたのだが、それまで一度の協議や交渉の場も作らず、住職本人は姿を一度も見せず、弁護士を代理人に立て、期限の1週間前になって通告してくるなどというやり方に、その人格、人となりが現れているだろうと思う。だいたい、企業や組織を相手にするのならいざ知らず、庶民のサラリーマンや商売をしている人を相手に、家賃や地代の値上げを弁護士をやとって実行するなどという話など聞いたことがない。 地代や家賃というのは、本来、借地人や借家人との対等な交渉によって法律に基づいて契約されるのが本当だが、この住職のやり方は、法の精神を空洞化して、ただ法律をつまみ食いして、自分の要求を通そうとするものだろう。 1月からは借地人は新しい契約に基づいて地代を払わなければならないのだが、多福院の住職は、借地人が旧家賃で支払って来たら1月分からの地代については、新家賃との差額に利息を上乗せして請求すると言って来ている。しかも文書で通告してきた12月26日からの一週間の間に交渉の場はおろか、説明の場を設けることもしていない。これは実質的には交渉の拒否ということではないか。 これから、交渉するにせよ、裁判所の調停に委ねるにせよ、それに必要な時間というのは地主の多福院に責任があるのであって、利息を取るなどという権利がどうしてあるのだろう。 法は、人間によって人間のために作られる人間的なものだが、この住職は自分の利益のために、法を物のように利用しようとしているのではないか。 |
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1月7日(木)
午前、 金閣寺の店のリフォームを頼んでいる倉内工務店のK氏が来る。保温とセキュリテティーのためには、玄関のドアの内側にもう一つ引戸をつけた方が良いと考え、変更を依頼。また勝手口はにスクリーンをつけ、保留していた2階の会議室の引戸を付けるように頼む。最初にリフォームを頼んだ木村房工務店に支払った額と合算するとすでにリフォーム費用は320万円を超えることになる。さらにレジカウンター、看板、会議室に入れる家具などを入れると500万を超えるのではないか。最初から倉内に頼んでいたら50万以上は安くてすんだのではないかと思う。木村房は知り合いの紹介で頼んだのだが、作られた本棚が使い物にならず、他にもさまざまな手抜き工事が発覚し、結局途中で断ることになった。コネで頼むというのは却って怖い。 昼から、妻と一緒に白梅町の京都銀行に行き、倉内工務店への工事代金と店舗の取得税を振り込み、イズミヤで買い物をして帰る。 夜は、最近、毎日のように寄せ鍋にしている。寒いからということもあるのだが、妻は1月中多忙のようで、作るのが簡単だということもある。そして寄せ鍋を口にしながら、ブックオフで買った『三国志演義』を楽しむ。
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1月6日(水)
午後、 会社に行く。離職表を受け取るのと、仕事の引き継ぎをするためだ。いよいよ僕も会社を離れて独立、或いは失業したのだという実感。1月中にハローワークに行かねばならない。店を開業するまでの間、5ヶ月間雇用保険を受け取り、準備期間に当てるつもりだ。
家に戻ると、旧知の高松のM書店のM氏から書籍小包が届く。先月、会社のU氏がM書店を訪問した折、僕の近況が話題になったらしく、M氏から電話があった。1月に京都に行くので連絡するとのことだ。M氏とは、最初は仕事で知り合ったのだが、大学が僕の同窓で、しかも僕が所属していたオーケストラと同じ、文化団体連盟傘下のギター部に所属していた。当時、僕は文化団体連盟の役員をしていたので、ギター部の連盟委員であったT氏を知っていたのだが、そのことから学生時代の話題に花が咲き、仕事のことを超えて話をする間柄になった。
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1月5日(火)
午後、近所に住むDさんが家に来た。昨年末に地主である、妙心寺の塔頭の多福院が、今年1月から地代を3倍に値上げするという文書を郵送で送りつけてきたのだが、6軒ある借地人のうちの1軒、Dさんが地主の代理人弁護士に、交渉の場を設けるように申し入れる内容の文書を連盟で出したい、と先日言って来た。そのことで、9日の金曜日にDさんが弁護士に相談に行くので質問すべき点を整理しておきたいということだった。
こういうシチュエイションは60年生きてきて、何度も経験し、世の中で数限りなく見てきたことで、ある程度予想されたことだったのだが。
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1月4日(月)
年末、年始の寒さからはいくぶん暖かになったようだ。今日もよく晴れて暖かだった。昼食後、妻と花園の「ライフ」に買い物に行く。いつもは白梅町の「イズミヤ」に行くのだが、「イズミヤ」は付近に競合するスーパーとの競争がないためか、全体に値段が高いようだ。花園には、「ライフ」や「まつもと」、「卸スーパー」、ディスカウントショップの「セイバース」、それに「京都生協」などが集まっており、価格競争をするために値段が安い。これからはどれだけ収入があるかわからないのだから、無駄遣いは出来ない。1パーセントでも安ければ、安い店に行こうと思う。 しかし、安い物を買うこと以上に、家に有る物を有効に使うことの方が、より大切なことだろう。壊れた機械を修理出来る技術を持っていれば、新しい機械を買ったのと同じ価値を生産したことになる。家の中でリサイクルできるアイデアと技術を高めれば、それだけ新たな価値を生産することになるのだ。
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1月3日(日)
去年から竜安寺の家の本やCD、レコード、その他さまざまな所持品の整理をしているのだが、いつまでたっても片づかない。少なくとも、僕一人で整理するには手にあまるほどのガラクタが家の中に埋蔵されている。リタイアしてからは時間は十分にある筈なのだが、時間が足りず追いかけられているような気持ちが今でも続いている。 夕方、新しい石油ストーブを買いに円町の「みどり電化」に行く。ついでにLEDの常夜灯を1つ買った。年末から家中の電灯をすべてLEDに変えた。玄関の外、玄関の中、階段、廊下など、そして仕事机の電灯など10ヶ所ほどになる。計算では年間で1万円以上の電気代の節約になる筈だ。 夕食後、年賀状がなくなったので立命館大学正門傍にあるファミリーマートに買いに行くが年賀状は売り切れていた。しかたがないので50円切手を買って帰る。
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1月2日(土)
正月早々、僕の部屋で使っている石油ストーブが壊れてしまった。最近は修理するより、新しいものを買った方が得になるようなので、結局そうするしかないかなと思い、明日にでも電気屋に行こうかなと思ってい る。それにしても寒い。
昼から、古書店をはじめるために買った西馬場町の店に行き、近所の家に挨拶に行く。北向かいの家は町内の副会長をしているそうだ
。おくさんが出てきて話をしたのだが、ご主人が腎臓透析をしなければならない状態で、家で療養しているそうだ。療養しながらも、ご主人は歴史が好きで、たくさん本を買っている
とのこと。 この金閣寺周辺の住人は、僕の住んでいる竜安寺周辺と同じく、殆どが60歳以上のようだ。僕も、今年7月には60歳になるのだが、高齢者の存在意義、役割というものが、形になるように、近所の人々と繋がってゆければよいのだがと思う。
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年頭所感
明けましておめでとうございます。年末に文英堂を退職し、いよいよ「残日録」を始めることになりました。
僕が60年の人生で得た結論は、「道理に従う精神」と「問題解決する意志」を保ち続けることこそが、自己実現への道である、ということでした。「道理は上意に勝る」という言葉がありますが、道理は威圧や傲慢にも勝るでしょう。策略や狡猾にも勝り、詐術や虚言にも勝り、無視や否認にも、卑屈や臆病にも勝るでしょう。 今の世の中、政治家や役人、企業などが、常識のように「安全と安心」という言葉を使うのですが、この言葉は単に制度や商品の信頼性を確保しようとする意思を意味しているだけではなく、むしろ権威や多数にぶらさがり、問題を回避する自己保身、自己利益にしがみつく心理を表明しているように、僕には感じられるのです。 競争主義を煽り焚きつけ、人に勝つこと以外に生きる目的はないと吹聴しててきた人々が、不安の時代になると、今度はやたらに「安全・安心」という言葉を使います。しかし威圧や傲慢が、迎合や卑屈に転じたところで人々の自己実現する意志は生まれないでしょう。自己実現するためには「安全・安心」も犠牲にしなければならないのです。 圧倒的多数の人々は競争に負けるのです。その圧倒的多数の、競争に負けた人々が、どれだけ自己実現しているかで、社会の豊かさが決まるのです。僕はすべての戦いに負けようと、自己実現する意志を捨てない 気持ちを持ち続けたいと思っています。そしてすべての人々が自己実現できるような社会を作るために、残された命を使いたいと思っております。
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1.育む心こそ真の生命である。育む心が愛である。自分を育み、隣人を育み、社会を育むために人は生きている。 3.自分の時間は朝食の前に作れ。仕事や生活に流されることがないし、疲れた夜よりはるかに頭は活発に働く。 7.いかに科学が進歩しても、人は、つねに人智を超えたものに生かされている。それを知り、それに身を委ねる信仰 がなければ、見える物しか信じられない人間になってしまう。 8.自然がその摂理を全うし、人が自己を全うすることが神の意思なら、神は決して呪縛しない。呪縛するものは神ではない。 9.競争するなら自分と競争せよ。親しい友と、お互いの意思で競争せよ。決して人や世間に煽られて競争してはならぬ。 10.古来、勤勉と誠実、義理と人情こそ日本人の美徳であった。いま非人間的な管理と利己的な競争を煽り焚き付ける支配イデオロギーが日本人の美徳を果てしなく破壊している。 |