
| 復活節第2主日(神のいつくしみの主日)A年の聖書朗読
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| 2002/4/7(日) 復活節第2主日(神のいつくしみの主日)A年 |
復活節第2主日(神のいつくしみの主日)A年の聖書朗読 使徒言行録 2,42〜47 復活節第2主日(神のいつくしみの主日)A年の聖福音ヨハネ,20,19〜31 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」。そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の後を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」このほかにも、イエスは弟子たちの前で多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。 ノート 復活の聖なる徹夜祭の第1部、光の祭儀で復活のロウソクの祝福にあたり、十字架とギリシャ文字アルファとオメガ、年号をロウソクに刻みながら、キリストは、きのうときょう、初めと終わり、時間も、永遠も彼のもの、栄光と支配は彼に、世々とこしえにアーメン。と唱えて後、5粒の香をロウソクに十字架形につけながら、その聖なる、栄光ある傷によって、私達を支え、守ってくださる、主キリスト。アーメン。と唱えます。その後、復活のロウソクに祝福された新しい火を灯し、復活の聖なる徹夜祭が続けられるのですが、任意の祭儀となっているこのロウソクの祝福の場面が、私はすきです。 復活節第2主日は、主キリストの御復活の八日の後。「あの方の手に釘の後を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」と言っていたトマスに、主キリストは「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」と、ご自分のその聖なる、栄光ある傷に触れさせ、その聖なる、栄光ある傷をお見せになりました。 灯火というのは、古今東西、心を和ませ、キリスト教に限らずどのような宗教、文化に於いても大切にされ、祭りや祝いに登場し、欠かせないものとなっています。世の光という言葉が響いてきます。 以前にこんな話を聞いて心に刻みつけられているのですが、ロウソクは光を灯して、まわりに光を放ちながら、自らはろうが溶けて小さくなって行き、自らが無くなるまで、まわりに光を放って行きますと。まるで自我が光を灯されて少しずつ溶けていくかのように。 戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、
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聖書引用は 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
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