
| 2004/2/29(日) 四旬節第1主日C年 2001/3/4(日) 四旬節第1主日C年 |
| 四旬節第1主日C年の聖書朗読 申命記 26・4〜10 四旬節第1主日C年の聖福音(ル カ 4・1〜13) 〔そのとき,〕イエスは聖霊に満ちて,ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を 聖福音(日本聖書協会『聖書 新共同訳』ル カ 4・1〜13)からノート イエズスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けられた後のことです。荒れ野の中を イエズスが自ら試練の中にのぞんだのではなく、霊によって荒れ野に導かれ誘惑にあわれ、断食をしました。わたしたちの受けた洗礼が全ての罪が赦されたおり、清められ新しく生まれたという宣言。(イエズスには罪はなかったけれど、罪を除いては私たち人間と同じ者になりました。)その宣言は自分中心から神中心の生き方に導かれ、それは自分の力、自分の修業欲からではなく、いかに神から愛されているかという心の霊のふかいところこらの涌き出たような神の摂理によって、試練の中におかれたかのようです。 人間的な修業欲や自己強制からではなく、神にまなざしを向けるという回心が、断食させられる御摂理に導かれたとでもいいましょうか。ですから回心がなされなければ、神様の望まれる断食はありえないという事だろうと思います。(イザヤ58・5〜14参照してみてください) 特別な何か修業もひとつの導かれかたなのかもしれませんが、むしろ一人一人の日常生活の身近なところでの関わりの中に神様はすでに、神中心のみかたで生きるか、神と反するみかたや自己中心で生きるかを選び取って行く試練に私たちをおかれておいでだろうということです。 その期間が終わると空腹を覚えられた。そこで,悪魔はイエスに言った。「神の子なら,この石にパンになるように命じたらどうだ。」 聖霊の働くところに、悪魔がはくしゃをかけて誘惑してきます。神の愛の支配下におかれ守られている霊魂を、自分の思いどうりに操れるようにしたい悪魔は、その人の一番弱いところを狙って、気が付きにくいところを狙って、落とし入れようとして奪い取ろうとする。その力は人間の力よりも強いと、イエズスはご存知のようです。しかし神の言葉がどんなのもより力があると、御言葉によって誘惑に打ち勝ちます。イエスは,「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。人が生きるために必要なのは、その神の愛なのだと。神は完全な、絶対的な愛で私を愛してくださっている。悪魔の誘惑は、神の愛の完全さによりすがり、それを選ぶよりも他に価値や人間の幸福があるように見せかけ、神より他のものを選ばせようとすることです。 更に,悪魔はイエスを高く引き上げ,一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて,これと思う人に与えることができるからだ。だから,もしわたしを拝むなら,みんなあなたのものになる。」イエスはお答えになった。 この世の支配欲、権力欲、金銭欲、認められたい欲をも狙い、そこに走らせようとする、そこには永遠に続くものはなく、心を最終的に満たすものはなにもないにもかかわらず。しかしそれは、気が付きやすい誘惑で、陥らないてだてがあるようにおもいます。悪魔はイエスを高く引き上げというところから、霊的な事柄においても、その繁栄をむさぼり求めさせることを、悪魔は自分の支配下におこうとするかのようです。イエズスは私たちにおやさしいお手本をここでお示しではないでしょうか。『あなたの神である主を拝み,ただ主に仕えよ』ただ、主に仕えよ。本当に単純です。まず先に身近な毎日の生活の中で主に従えばよいのです。それを無視して、逃げたいためにどこかに探しに行ったとしても逃げた自分が付きまとうのではないでしょうか。 「神の子なら 特異なことや、行き過ぎることは神のみ旨ではなく、物事には識別が必要なのだろうと思います。悪魔の誘惑は、お前は本当に神から愛されているのかね。と神の愛を疑わせる事です。 一人一人に強制的に無理を求めてはおいででないでしょう。楽をしたほうがいいと言っているのでもありません。忍耐や節制という犠牲も愛を込めれば、無理がないでしょう。愛にかられて何か無理にでものぞもうとするなら、それをすればよいのです。喜ぶ時は喜び、苦しい時は苦しいと、悲しい時は悲しいと、ありのままに神様にうちあければよいのです。神様はそうして関わっているうちに、私たちに、ありがとうと言わせておしまいになるお方です。一日にできるだけの事を、その時々に、一瞬一瞬に心をこめて行えば、神様の目からは、かけがえのないものになるのでしょう。一日のうちに出きる事は神様の方がわたしたちよりよくご存知で、すでにお与えになってくださっているはずです。
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聖書引用は 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
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