年間第7主日C年の聖書朗読と黙想
カトリックの典礼暦
キリスト教・カトリックの光

 

2004/2/22 年間第7主日C年
2001/2/18 年間第7主日C年
 
年間第7主日C年の聖書朗読

サムエル記上 26, 2
7〜9
詩    編 103, 3〜4
8
Tコリント書  15,45〜49
ル    カ  6,27〜38


年間第7主日C年の聖福音(ル カ  6,27〜38)

「わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも罪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深いものとなりなさい。人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも赦される。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤りで量り返されるからである。」
 (日本聖書協会『聖書 新共同訳』ルカ 6,27〜28)


聖福音(ル カ  6,27〜38)からノート

愛を語ったとしても、本当に愛するということは・・・と考えますと。神の愛は人間の思いからは遥かにダイナミックなものに思えます。この日の福音を読んで思い出すのは、マタイ5章にでてくる、「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」という言葉です。マタイにはこの言葉が出てきます。

幸せと感謝にまみえていると言っている人の一方で、その傍らで迷惑や傷を受けて苦しんでいる人がいたりすりことがあります。その幸せに思える心地よさや、感謝が、他者の犠牲の上に成り立っていることがその人には分からなかったりします。そして尚且つ、迷惑や傷を与えられながらも感謝や幸せを感じないのは、自分の心の持ち方だと追い討ちをかけ試みられている人もいる。それはまさに裁きだろうと思います。キリストが十字架に架けられたときまさに、そのような追い討ちの極みだったでしょう。キリストが十字架上で選び取ったものに思いをはせてみましょう。

人間的に心地よい状況や立場、環境の中で、幸せや感謝を感じる事は誰でも当然の事だろうと思います。しかし、心地よい状況や立場、環境を追い求めて一所懸命になる事が、誰かを苦しめる場合もあることが、人間にはそのすべてはわかりません。人がつい陥りやすい、心地よい状況や立場、環境を追い求めて一所懸命になる事は、神の愛からはかけ離れていることのようです。人間の力だけで幸せ感を追い求める事に、神様は限界の境界線を定めておいでだと思います。真実な幸福と、感謝、愛に導くために。それは霊的な知識においてもなおさらの事であるでしょう。

故郷を離れ知り合いがまっったくいない異国の地に生活して2年になる友人の手紙に書かれていた事を一部紹介したいと思います。「私は今大変な試練の中に置かれています。毎日の生活の中で、この気持ちを打ち明け、ぶつけることの出きる相手も身の回りにおりません。人間的な数々の要求が自分の中におこってきますが、誰かと合いたい、どこかにいってはきだしたいと思っても、それもかないません。以前、知人や友人に囲まれた生活の環境の中で信仰を語り合ったり、喜びや悩みを打ち明けあったりできました。自分が役に立っているような満足感。本当に与えられた恵みに感謝でした。しかし私は今神の前に一人置かれたと感じています。ここでは地位や名誉や知識も心や感覚を満たすための役に立たない。打ち明け相手は神だけです。私は今わかりました。この生活も環境も全部私のために下さったのだと。もっと神の愛を近くに感じる事ができます。これは本当に幸せな事です。愛するために、神は恵みしかくださらないとしっているから。

他の人がどうであるか考えないでください。自分の心に、一人一人の心の中に語っておられるのでしょう。

神は恵みしかくださらない・・・この言葉はキリストの愛の広さ深さ高さを、毎度生活の中で響かせてくれるものとなりました。今何もできないと言っている友人の試練と信仰体験を伝えられた事が、なんと大きな愛の力になったのです。

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2004/3/26up
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聖書引用は 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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