キト(QUITO)

   キトの朝は爽やかだった。赤道直下と云えども標高が2,880mと高いので、それほど暑くない。日焼けの方が心配なので長袖を羽織って出かけた。キトは世界で2番目に標高が高い首都、しかもタクシーで向かう旧市街は街自体がユネスコの文化遺産らしい。一番見たいのは街を闊歩するアルパカだ。高山病のほうは私は全く大丈夫だったのだが、持参の携帯用ヘアドライヤーが患ってしまった。出かける前に、ホテルで何度も試したが、ついに着火しなかったのだ。

   昨夜、チェックインしたホテルは予想以上にくつろげる部屋だった。事前に4つ星と知らされてはいたが、エクアドルは南米の貧しい国という印象があったので、あまり期待していなかった。湯をはった浴槽にゆっくり浸った後、ミニバーのビールを1本空けると、すっかりリラックスした気分になり、日本から約18時間かかった長旅の疲れを封じ込めることに成功した。
     キト滞在中のホテルの部屋      部屋のミニバーのスナック類


   独立広場のカテドラルは入場が有料だった。入り口で料金を支払って内部を見学してみたが、欧州のどこにでもある教会とほとんど変わりない。ただ一つ、エクアドルの独立運動で暗殺されたというスークレ将軍が教会の片隅にひっそりと埋葬されている、というガイドブックの記述とは裏腹に、派手な式典風の軍服らしきものを着用した兵士2名が墓室の入り口の両側を荘厳な面持ちでガードしていたので驚いてしまった。
         チャペル          中央祭壇


   途中、タクシーの運転手がバシリカだと説明していた大きな聖堂へ戻ってみることにした。通りの売店でペットボトルの水を買うと、50セントからさらにおつりがきた。バシリカへの上り坂をゆっくりと歩き出すと反対側に貧民層の居住区、強盗が必ず現れるというパネシージョの丘が見える。私がいる丘の中腹に視線を移すと、今にも崩れそうな民家で住人が洗濯物を干していた。
         パネシージョの丘      独立広場からバシリカに向かう丘に建つ民家


   時折通りで出会う果物売りの女性にアンデスの空気を感じる以外、今、自分がいる場所が南米の高地であるという自覚はまるでない。あんなに会いたかったアルパカの気配すらもないので私は少々気落ちしてしまった。
             
             


   バシリカの門を入ると、管理人らしき若者が声をかけてきた。展望台に登れるというので、チケットを購入して心細く古いエレベーターに乗る。幸運にも3階止まりである。降りた場所には手作りアートの展示会と即売所を兼ねたような小部屋がドアを開いていた。センスは悪くないのだが、バシリカの時計台の途中階というその場所には何となくそぐわない気がする。

   さらにもう一階分階段を上がると、今度はこれまたセンスの悪くないカフェが先程仰ぎ見たパネシージョの丘を背景にアートの売店と同じく違和感を漂わせていた。
         キトのバシリカ      バシリカ内部のカフェ


   展望台への途中までは普通の階段で上れたのだが、途切れた先は人が一人通るのがやっとの螺旋階段になってしまった。しっかりと下が見えてしまう古びた鉄製のものだ。
   高所恐怖症の私はすっかり縮み上がってしまったが、意を決して登り始めた。黙っていると恐怖心が募ってくるので「こわいよー。こわいよー。」と騒ぎながら登った。もちろん周囲には観光客一人いない。登っているうちに、日本から遠く離れた南米のこの街で私はたった一人で一体何をやっているのだろうと馬鹿馬鹿しくさえ思えてきた。
   ようやく螺旋階段が終わったと思ったら今度は梯子だった。もう無理だ。私の冒険心は螺旋階段を登り切ることに使い果たしてしまった。
   「これ以上登ってもきっと景色なんてそれほど変わりはしないさ。」
   私はイソップの狐になって、その高さからの新市街と旧市街を写真に収めると、さっさと安全な場所へと登ってきたばかりの螺旋階段を下ってしまった。
         バシリカからの新市街の眺め      バシリカからの旧市街の眺め


   先程の違和感を感じるカフェで赤ワインを一杯だけ飲み、再び旧市街の方へと向かう。中心地を歩き回ったがゆっくり出来そうなカフェも見当たらないため、新市街に移動してみようかと考えた。最後に辿り着いた広場からトロリーバスが出ている。1乗車25セントと非常に安い。タクシーだとホテルから旧市街までは11ドルだった(世界のタクシーの例に違わず確実にぼられたのだと思うが)のでそれに比べると破格の安さである。

   ぼられてもいいのでタクシーに乗っておけばよかった。

   住民の足、トロリーバスを選んだ私は「後悔先に立たず」を大きな犠牲をもって実感してしまうことになる。

         通りぎりぎりまで売り物を配置する家具屋      独立広場の記念碑
         サンフランシスコ広場      悪夢のトロリーバス起点、名前を忘れた広場


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