1913年に3人グループの子供たちだけで立ち上げたと言われる上村木七夕祭
2012年に100年目を迎えた事で数々のイベントを行いました
  


☆100年祭イベント その1☆

100年を記念し、新たなアジロを追加しました
その名は… 
大鬼神(だいきじん)
地元の生産組合さんや纓坂廣子さん、宮本利博さんのおかげで大鬼人の衣装等が揃えることができました  
◆上村木生産組合 … 模造刀、刀台、陣羽織、采配
◆纓坂 廣子 …「大鬼神」刀用化粧袋、陣羽織
◆宮本 利博 … 陣羽織用掛台、采配用掛台 
 
 

☆100年祭イベント その2☆

100年を記念し、長らく中止していた町内の納涼祭を復活させ
伝承教室との合同祭を実施いたしました(2012.8.5)

移動販売店数店と地元演歌歌手参加によるカラオケ大会を実施しにぎやかな納涼祭を行いました
伝承教室では
紙芝居や日本折紙協会講師 高山三千江先生を招いての折紙教室
更に子供たちに喜んでもらおうと
的当てゲームお菓子釣りゲームを行いました
  
 画像は伝承教室のページで
ご覧ください 

[2012年度伝承教室]

☆100年祭イベント その3☆



8月11日(土)18時30分〜ホテルサンルート魚津において「上村木七夕祭100周年記念祝賀会」を開催致しました。
当日は、日頃お世話になっている来賓の方々をはじめ、
七夕後援会・保存会の歴代会長、町内関係者など、大勢の皆様にご出席頂きました。
<保存会会長 纓坂直人 挨拶>
  皆様ご存知の通り、上村木七夕祭は1913年から始まり、皆様のご支援により、ここに百年目という輝かしい節目を迎えることが出来ました。今回の百年目を祝う式典にあたり、お忙しい中ご臨席をたまわりまして心からお礼申し上げます。

 当時、後援会は1977年に私の亡き父を初代会長として発足しました。2009年には保存会に改名して、その初代を私が受け持ったのも何かの縁かと思っております。
 その保存会役員は現在メンバー14名で構成されており、3年前から「100年目を盛り上げよう」をスローガンに掲げさせて頂き、「上村木七夕祭とのふれあい事業」、「地域伝承事業」、「七夕祭のフォトコンテスト」を通じて祭の周知、そして町内の子供達への伝承を行ってきました。
 その甲斐があってか、今年は多くのギャラリーが集り、町内の方々にも交通誘導などでご協力して頂き、無事盛大なお祭を行えることが出来ました。

 今後もこの上村木七夕祭を守り続けるため、また先輩諸兄によって築かれた保存会としての素晴らしい業績を汚すことの無い様、メンバー一体となって努力をして行きたいと思います。
 上村木七夕祭に対し、また保存会役員に対して、今までより以上の皆様方のご支援、ご鞭撻をお願い致しましてご挨拶とさせて頂きます。
 

 北日本新聞記事

【歴代会長】
初代:纓坂昭弘  二代:中村久男  三代:本田弥一郎  四代:石崎敬治  五代:伊藤 敏夫
六代:山越邦夫  七代:中村昭雄  八代:纓坂光彩  九代:長谷川貢  十代:沢田 義浩

☆上村木七夕祭追憶☆
  大正二年、泉 栄次郎・成瀬 繁次郎・宮田 栄次郎の三人が入善町吉原・芦崎のえびす祭を見て上村木で始めたと聞いています。

 当時の上村木神社には杉の大木があり天狗が住むと言う伝説から七夕に天狗が登場したとされています。竹で屋形舟を造り御神木の杉葉を付けたのもこの頃とされています。発祥当初の面は、天狗・ひょっとこだけで、昭和初期に赤バツ・白狐が登場し、のちにチャップリンと言う重要な役割が出来ました。屋形も竹骨に杉葉から木の屋形に変わり魚津祭への参加を機に杉葉の屋形舟に復活はしたものの、担ぎ手からの不評で杉葉に見立てたアジロを使ったが長続きせず、平成17年に町内から寄附を頂き屋形みこしの雰囲気を壊さないよう、多方面に協力を頂き現在の台車が付いた屋形に新調する事が出来ました。

 昔は、竹飾りを持った参加者が上村木神社から当時の加積小学校まで行列を作って歩いて行き、小学校で竹を燃やしたものでした。その頃は子供の数が多く、面の数が増え始めた時期でもありました。一体のアジロを2人が物陰で交代し、着ていた汗だらけのシャツや法被をお互いに平気で交換して着たものでした。

 当初、七夕祭から七夕会へ変更し、少子化に併せて七夕後援会に変更しました。現在は、伝統文化継承の意味からも七夕祭保存会へと移り変わり、100年の伝統ある祭にまでなりました。元々は子供達の祭ですが、今は町内全体の祭として協力し合いながらまた、祭の時は童心に返って楽しめる七夕祭にしていきたいものです。