
| 一人ぽっちのレース | ||||||
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米G1レース13勝、70年代を代表する一頭 1980年、アメリカのG1レースでもあるウッドワードS。 ここで非常に珍しいレースが行われようとしていた。 ウォークオーバー(WALK OVER)。 1948年以来、32年ぶりの1頭立てレースである。 出走馬は、時のアメリカ最強馬スペクタキュラービッド(牡5)一頭だけ。 メンバーが集まらなかったとはいえ、G1レースで1頭しか集まらないのは珍しい。 しかも、普通はレース不成立になるところがならないのが、いかにもアメリカらしい。 1980年米年度代表馬、1979年米国4歳チャンピオン、1978年米国3歳チャンピオン、 レコード勝ち8回、10連勝以上2回、G1レース13勝。。。 手持ちのタイトル数だけでいけば相当なもんだ。 今年のケンタッキーダービーでは、21年ぶりに1番人気でフサイチペガサスが勝利したが、 その21年前のケンタッキーダービーを1番人気で勝利したのが当馬である。 この時期はまさにアメリカ競馬黄金期でもあり、前年の三冠馬アファームド、1昨年の三冠馬 シアトルスルー、そしてアリダー、ジョンヘンリーなどのスーパーホースが勢ぞろいしていた時代 である。その黄金期を後継するかのように現れたのがスペクタキュラービッドなのだ。 77年にシアトルスルーが三冠馬になり、78年アファームドが三冠馬に輝き、2年連続の 三冠馬誕生となった。 そして翌79年、ハッチンスンSを4馬身、ファンテンオブユースSを8馬身、フロリダダービー(G1)を 4馬身半、フラミンゴS(G1)を12馬身、ブルーグラスS(G1)を7馬身差の圧倒的強さでの連勝街道 にのっていて、さらにケンタッキーダービー、プリークネスSまでもあっさりと2冠を手にしたスペクタキュ ラービッドは当時、 「2000メートルまでなら、あのセクレタリアトより上」 とまでの評価を受けていたとか。 この為、3年連続三冠馬の誕生かと世間が騒いだが、フタを開ければ3着。 偉業は達成されなかった。(レース当日、ピンが蹄に刺さるというアクシデントも影響していると 言われてるが・・・) 生涯の敗戦は全て2400mレースであり、距離適正の問題もあったように思える。 しかし、ここまでのレースは全て見習い騎手であるフランクリン騎手が手綱をとっていたというのだから 当馬の強さははかりしれない。 このあと、ジョッキーズ・クラブGCで三冠馬アファームドとの熾烈なマッチレースで奇しくも力負けを味わうが、 そのあとは、連勝街道にのり5歳時は9戦全勝として80年年度代表馬に輝いた。 引退後、産駒はさっぱり走らず、シンジケートも解散してしまった。 調べたところ、現在は米国のとある牧場で供用中とのこと。 往年の姿とは打って変わり、芦毛で真っ白になってしまったが、 風格を感じさせるその馬体を見て、さすがスペクタキュラービッド、 と少しうれしくなった。 HOME |