私は中国でこんなだまされ方をしました.

(先に申し上げておきますが、確かに下の話は実際に起こったことですけれど、

”中国人はこんな人です”という意味合いはまったくございません

こんなことがあったという一例に過ぎません。わかって頂いているとは思いますが念のため。)

 

1.北京の三輪車

よく晴れた日だった。あれは僕が中国入りして一週間足らず。

上海から入港して次の都市、北京を歩いているところだった。



ーーー1995.05.05横浜から出航したフェリーで上海に到着
ーーー1995.05.06列車で北京へ
ーーー1995.05.08列車で長春へ


「中国語会話」の本を片手に、何もわからないままさまよう小さな子供のように、(当時18歳)

ふらふら歩道を歩いていると、突然三輪車が僕の進行方向を妨げた。

「ガイド料は取らないよ。どこへ行くんだい?乗せてってあげるよ。」

三輪車といっても

日本でいう子供が乗るような三輪車ではない。

大きな車輪が3つ。後部座席には風除けのフードがついていて、


自転車のようなペダルを踏みながら、日焼けしているのか、真っ黒でやせ細っている老人

運転しながら声をかけてきた。もちろん中国語は良くわからないので、多分そんなことを言っていたのだろうと思う。

最初は無視しようとしたが、無理に幅寄せして来るので、「これもいい体験になるか」と思い、

僕から声をかけた。

「天安門広場まで、いくら?」

「60元だよ」

オッ!なんと僕のしゃべる中国語が通じたのか。即答された。しかも彼の言う「60元」という

言葉を、はっきり聞き取ることが出来た。恥ずかしながら、こんな体験は初めてである。

上海ではなまりがあったせいか、こちらの言うことも通じなかったし、向こうの言っていることも

よくわからなかった。ジェスチャーと筆談で何とかやっていたのだ。

上海から北京へ列車で17時間かかったのだが、その間、ひそかにテープを聞きながら練習していたのだ。

・・・・しかし60元というのは、当時の僕としてはとても微妙な金額である。当時円高だったため、

10000円が990元くらいに両替出来た。(今考えると天国だった!)

という事は600円くらい・・・日本のタクシーと同じ・・・でも距離も無いと思うから・・でも体力使うし・・

迷った挙句、地球の歩き方に載っていた「法外な値段を吹っかける」というフレーズが引っかかり、

値段交渉をしてみた。これも初めての体験である。

「40元でいいですか」

「うーんだめだめ42元」

オッ!今回も会話が通じる!しかも相手も”42”とか言う微妙な数字を出してきた。

ではこのくらいが相場なのかな?・・・・でも念のため地図を開いて見る・・意外と近かった。

「これ・・近い・・もうすこし・・・安く・・(←たどたどしい中国語で)」

「しょうがないな・・30元でいくよ」

言えば言うほど値段が下がる。ここでOKと言おうと思ったが、もしかしてこの距離を

この値段以下で運んでもらったら今後自慢になるのでは?なんだかわからないが

無理を承知に僕がすぐに切り出す

「15元で・・・・・」

「うーん・・いいよ!乗った乗った!」

僕は耳を疑った。最初に60元といっていたものがその4分の1の15元!?

もしかしてかわいそうなことをしているのではないかと、罪悪感が走った。

・・・でも念のため、載せてもらった後で「そんな事言ってない」なんていわれると困るので、

紙に書いてもらった

「ここに値段を書いてください」

「しょうがないな、わかったよ。・・ほら”15”と書いたよ」

僕は失礼な要求だと思い、丁重に頼んだのだが、あっさり書いてくれた・・こういう観光客多いのかな?

 

・・・・そして三輪車に搭乗!速い速い、歩いていけばかなりの時間を要する距離だった。

しかし”15元”という格安の値段でこんなにいい思いが出来るなんて・・・先ほどの罪悪感が風とともに消えた。

この人はこの三輪車運転を何年間続けたのだろう。腰を浮かせ、重力をつかいしなやかにペダルを踏む。

歩行者のそばをブレーキもかけずにぎりぎりのところで避け、

かなり洗練されたテクニックを持っているように見えた。

「さて・・・着いたよ!」

流れる景色、奇妙な優越感、心の中で子供のようにはしゃいでいた僕はその言葉で目を覚ました。

目的地に到着。感謝の気持ちでいっぱい。丁重に頭を下げ「謝謝!謝謝!謝謝!」と何度も礼をした。

”15元だけど・・ごめんね”10元札と5元札をわたそうとすると・・・・・

その運転手は思いもよらないことを口走るのである。

「じゃぁ15ドルだから150元ね」

「!!!」言葉も出ない。先ほど書いてもらった紙には丁寧すぎるほど読みやすい「15」という

数字がかかれているがどこにも「元」とは書いていない。

おじさんが切り出す

「わかったわかった。君は若いし、可愛そうだから100元でいいよ」

よくぬけぬとこんなセリフを言えるものである。しかも満面”負けてあげるから”という表情で!

僕はもうどうすればよいかわからなくなり、持っていた15元を座席において、

中国人にも日本人にも理解できない言葉で相手をののしり、走って逃げた。

追いかけてくる”ヤツ”を後ろに全力疾走!重い荷物を背負いながら・・・・何とか振り切ることが出来た。

ビクビク、ドキドキしながら天安門広場まで戻る・・・・5月の初旬、強い日差しに汗だくになった。

 あのひと時の爽快感は何だったのだろう。

後、友人に地図を見せて聞いてみると・・・・

「この距離だったらせいぜい3元から5元くらいで乗せてもらえるよ」

「(絶句)・・・・・・」

 

2.耳かきをしながら歩く男

 とある小さな町で途方にくれて歩いていると(なぜ途方にくれているのかは下で話します)

人ごみでも何でもない場所で一人の男がぶつかってきた。・・・というか、歩いているとき

後ろに曲がる(僕の)足に引っかかってしまったのだ。

その男は「おっとっと・・」と転びそうになり、僕に言う

「いててて・・・血が出てきたよ・・・・」

その男は耳掻きをしながら歩いていた。綿棒ではなく竹で出来た耳掻きのため、傷がつきやすかったのだろう。

その先っちょには確かに血がついていた。その血をとてもわざとらしく、僕の顔に近づけ

「どうしてくれるんだよ」とわめく

この男は30代後半か40代前半。

夏の暑い日なのでそれを意識し薄着をしているのか、それともぼろい服を着ているのかわからないが

少し汚れた超薄型の白いティーシャツを着て、短パンをはいていた。

だらしなく無精ひげが生えている痩せ型の男だった。

「おまえが何をやったのかわかるか?俺の耳を傷つけたんだよ、どうしてくれる!」

その男は顔を必要以上に近づけ、低い声で僕に言う・・・ただ、男の風貌は、

日本でいう”チンピラ”のイメージとはかけ離れているし、

どちらかといえばごく普通の”酒飲みでだらしない高齢独身”といった感じだった。(ごめんね)

僕は今は自分のことで悩んでいたので(後で説明します)、他の人の嘆きに耳を傾ける気分ではなかった。

「そこに病院があるから、治療代だけでも払ってくれよ!」

予想通りの展開だった。僕が誠心誠意謝っても許してくれないな・・と思った。

念のため僕はこう切り出した

「治療代って、大体どれくらいかかるのですか?」

「うーん・・・よくわからないけど200元くらいかな・・・とにかく病院に行って見ないとわからない事だから

一緒についてきな!」

彼の指差す先には、いかにもうさんくさい小さな病院がある。看板をはずせば病院かどうかもわからない

病院だった。

(どうせ病院の人もグルなんだろう)

僕という人間は正義感が強く、こういう詐欺めいたことをする人たちに対しては断固として許さず、

それ以上の制裁を加えるような性格だったが、今回はそんな事言っていられる事情ではなかった。

悩みを抱えていたのである。

 

 今日は土曜日の夕方。手持ちは8元2角しかない。持っているトラベラーズチェックを両替したくても

唯一両替できる「中国銀行」は土曜日なので休み。なんと他国で金も知り合いも何も無いという状態だった。

これから晩御飯を食べて、泊まるところも決めなくてはいけないのに、まったく予定が立っていない

・・・途方にくれていたのだ。

(もち金を考えず使ってしまった私が悪いのだが・・・何せ一人旅なので曜日の感覚なんてないし・・・)

その事情をその男に話し、持っている荷物と財布の中を全部見せ、

トラベラーズチェックとは”本人のサインがないと無効の札なんだ”ということを説明し、

どうしても治療費が欲しいなら、月曜日まで待ってくれというと

「なんだか面倒くさいな。わかった。いいよ。ごめんなさい」

そういって男は去っていった。

考えたら厄介な人(僕)にあたってしまったものである。貴重な時間を無駄に費やしてしまったのである。

こうして僕は、この危険(?)から何とか免れたのである。

 

 その後、なけなしの金でラーメンを食べていたときに話し掛けてきてくれた、小さな旅館を

経営している男性にこの事情を話したところ、見ず知らずの人間なのに心よく餃子をおごってくれ、

旅館にただで泊めていただいた。そして翌朝、僕が目覚める前においしい中華がゆを

作って待ってくれていた。(2泊するのは悪いので日曜の夜はハラをすかせながら野宿したが)

日曜日の朝、宿を出るときに、この恩をどうにかしてお返ししたいと僕が言うと

「別にいいよ。いろんな話を聞かせてくれて楽しかったし・・こういう中国人もいるということを覚えてくれるだけで

いいよ」と暖かく送り出してくれた。

 

・・・日本という国には「金が無く困っている外国人」に、

無償で食事をご馳走し、泊めてくれるような親切な人はいるだろうか?・・・・

 

 旅行がおわり、留学することになった僕は、知り合ったクラスメートと今の話をした。すると・・

「うそー、私も私の彼と〜〜に行ったとき耳掻きをしながら歩く男にはちあわせて、

怖かったから300元払っちゃったよ!」

・・・・・・全国を網羅している”耳掻きをしながら歩く男”・・・・・恐るべし・・・・・

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