ボリビア:BOLIVIA

Map Bolivia貧しいながらも安定している国です。12年前の最悪のペルーと比べれば、当時から治安もいいし物価も安定しています。問題はいろいろとあります。貧しい国にありがちな事ですが、満足な公害の除去装置をつけていない工場が排水を垂れ流し、政府が核廃棄物の砂漠放置を密約で認めていたなど、静かなインディヘナの生活を脅かす材料はつきません。

 

<高地地域:3000メートル以上> ポトシ、ラパス、オルーロ

Mapa provincias de Bolivia 木も少なくはだけた大地に低木が少しだけあるだけの荒涼とした大地の雰囲気が生活の貧しさとあいまって少々さびしい雰囲気が漂います。それでもラパスなどは高層ビルやきれいなショッピングセンターなど、10年間前には全くお目にかからなかったものができるなど活性化しています。フォルクローレのペーニャはきれいなレストランタイプが増える一方で、エルネスト・カブールが長年やっていたペーニャ・ナイラなど昔ながらのペーニャは閉店に追い込まれています。

 

<中位地域:1500〜3000メートル> コチャバンバ、スークレ、タリーハ

 やしの木が茂るなど少々南国系の香りがし、気候も暖かくて過ごしやすいです。

 スークレは家々が白く塗られて清潔感のあふれた街で、ポトシからバスなどで訪れるとほっとするものがあります。

ロス・カルカスの故郷コチャバンバは気候的にスークレと似ているのですが、もう少し大都市の分だけ排ガスとメルカード(市場)の腐った野菜の匂いが鼻につきます。

タリーハはチリ・アルゼンチンの国境に近い分だけ文化的にもアルゼンチンなどに近いです。

<低位地域:1500メートル以下> サンタクルス、ベニ

アマゾン上流の熱帯雨林地域です。空港に降りただけでむっとした空気が漂います。ラパスからベニへ向かう入り口に当るコロイコまではラパスから車でわずか3時間で行けます。この間はどんどん山を降りるので植生が次々と変化していく様子が見られます。

 

ボリビアの政治経済と音楽:

Lusmila Carpioボリビアは海がない国です。昔から海が無いわけではなく、約100年前のチリとの戦争で海岸部分がすべて失われてしまったのです。このあたりの事はラ・パスにある海軍博物館に行くと当時のようすが分かるようになっています。ボリビアはこの戦いで、領土を失っただけでなく、大事な銅鉱山を沢山失い一挙に貧乏国に転落しました。このチリに割譲された銅鉱山は現在チリ経済を支える重要な産業となっています。

ボリビアは戦争に関しては近年全くイイところがありません。今世紀初めに何十年にもわたって行われていたパラグアイとのチャコ戦争でも多くの死者を出しました。この様子を歌ったのがクエッカで演奏されているInfierno Verde(緑の魔境、緑の地獄と訳されています)です。

ボリビアは1500年代ポトシの銀山から産出される銀で大変潤ったスペイン副王領でした。独立前のアルゼンチンへはポトシ副王から巨大な銀製品が送られています(ブエノスアイレス国立歴史博物館所蔵)。この繁栄の陰で鉱山労働を担ったのがポトシの鉱夫たちであり、この奴隷同様の重労働を嘆いた歌は数知れません。ポトシのワイニョで演奏されるLos Mineros de Boliviaなどはその代表です。

ポトシにはアフリカから黒人奴隷も連れていかれましたが、大部分は高地の薄い空気と寒さに耐えられず,後に農業プランテーションの労働力として低地に移動させられてボリビア全土に広がりました。彼らの子孫がボリビアの黒人系音楽を残していきました。サヤなどのリズムはその代表格です。このサヤのリズムから近年ラパス大学の学生によってカポラーレスという踊りが生まれました。カポラーレスは派手な衣装と超ミニスカートでここ数年ボリビア全土のカルナバルを席巻しています。

ボリビアで鉱山があるのは何もポトシだけではありません。オルーロも重要な鉱山でした。オルーロは鉱山労働者を中心に年一回のお祭りで「モレナーダ」という踊りと演奏を作り上げました。

 

Charangoボリビアの日系人:

 ボリビアには日本政府の組織的な移民奨励運動があったため数万人の日系人がサンタクルス付近に住んでいます。オキナワという名前の移住地もあります。

 

 

 

 

 

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