CASINO

 

  日本では法律で認められていないため、とかくラスベガスやモナコなどの遠い外国の出来事という感じがある「カジノ」。ブエノスアイレス首都圏内でもその設立が長らく禁止されてきた。

 これまでブエノスアイレス近郊には公認カジノはなかったため、カジノ好きな人は市内の闇カジノか、保養地マル・デル・ブラタやウルグアイのプンタ・デル・エステなど400キロ以上遠くまで出かけていた。

  有名なスキャンダル暴露雑誌「ノティシアス」によれば、ブエノスアイレス市内には60カ所に及ぶといわれる闇カジノがあるという。ご丁寧にも地図、住所つきで闇カジノの場所が紹介されていた。また、カジノから管轄警察署への毎週の「ヤミ献金」相場は12,000ドル、とまで詳しく報道されているので、やくざばりの、なかば公然とした取引に驚いてしまう。

 1999年末、ついに公認カジノが相次いで2ヵ所誕生した。

 

 10月9日に営業を開始したのは,ラプラタ川に浮かぶカジノ船。 「船だから河の上であり、ブエノスアイレス市内ではない」、という理屈付けで,ブエノスアイレス市の法律にかからないよう,中央政府の法律が適用される港湾・河川で営業することとなった。

 許可したのは国営宝くじ会社(LOTERIA NACIONAL)で,国際入札の結果,スペイン系企業CIRSA社が落札した。ニューオーリンズから運ばれた。船は,当時の計画と比べると規模は控えめだが,ルーレットなど70卓,スロットマシン600台を備え,2,000人が乗船できるという。

 カジノ営業開始の初日は,市の税金にならないブエノスアイレス市議会が全員一致して反対を表明し,市役所は営業許可を得ていないことを理由に,仮押さえ手続きまで行われるなど相当混乱した。

 

 続いて11月29日には,市内から30分ほどの運河観光地ティグレに,ブエノスアイレス州公認のカジノがオーブンした。65台の卓,1,500台のスロットマシンが並べられ,銀行の自動現金支払機まである。収容人数8,000人を誇り、国内1,2位の規模を競う。

このカジノは事実上倒産した財閥ソルダッティグループの起死回生の再建策として浮上、特例として造られた。ブエノスアイレス市からティグレまでのびる観光鉄道Tren de la Costaの経営不振、ティグレに造った遊園地の集客力不足などから経営が息詰まっていたが、遊園地の脇に造ったカジノで鉄道乗客増加、遊園地の集客力アップの一石二鳥を期待しているといわれている。

このカジノも、一財閥の救済が目的のため、公正な入札が行われなかった,と契約の見直しを求める動きもあった。しかし計画を承認した張本人であるメネム大統領,ドゥアルテ州知事とも政権交代のため12月10日に退任して、既に祭りの後。

 

   アルゼンチンでも、「ロトLOTO」や「キニエラQuiniera」と呼ばれる宝くじや競馬は盛んで,毎日国営テレビで宝くじの抽選の模様が中継されている。90年代に宝くじの売り上げは5倍増えたといわれている。このように賭事には目のないお国柄、過去にもカジノをブエノスアイレス市内に造る計画が何度も行われ,1994年にはラスベガスの大手カジノが進出する動きもあった。しかし,倫理の問題からの反対と、麻薬など闇金の取引の隠れ蓑になるという「マネーロンダリング」の問題から,実現に至らなかった。

 

   その後,1999年12月、カジノ帰りの観光客襲撃事件(12月)がマスコミをにぎわせた。先の闇カジノ摘発にしても、カジノに通うのはある一定層以上の金持ちということもあって、庶民はなかば「ざまあみろ」という感情でニュースを見ていたようだ。

   因みにカジノへの入場には300ペソ分のコインを購入する必要があるが、退出時にそのまま返せば300ドルそのまま戻ってくる。冷やかしに入ることはできるが、見せ金の300ドルが必要になる。

 

先頭へ