チリについて 

Map Chileチリ:CHILE

 南米では珍しく極めて整った感じのする国です。北部の砂漠地帯を除けば緑も豊かで、南部のパイネ国立公園は山と湖に囲まれたスイス系の美しさです。この「整った感じ」は良くも悪くもピノチェト軍政時代の名残です。

 

チリの政治・経済

 極めて良好で、南米で最も安定した国と言われています。最近流行の「格付」でもチリは南米で最も高い評価を得ています。しかしながらチリは銅の国で、銅の価格に国家財政が依存していますから、最近の一次産品価格下落はかなりの影響を及ぼしています。チリの経済の成功を語る上で忘れてはならないのが年金改革です。日本でも年金は国が行っているのですが、チリではこれをいち早く民営化、自分で積み立てた年金を自分で受け取るという自己責任原則に変えてしまいました。日本でも若い世代は国の年金が受けられるか分からない、という状況でチリはいち早く年金への信頼を確保しています。

 ただ最近は1999年1月に発生したブラジルの通貨切り下げなどを発端にしてチリの通貨が売られるなど厳しい立場に立っているのは南米の他諸国と同じです。

 先程「整った感じ」と書きましたが、これはピノチェト軍政の良かった部分であり、一方で外国人を含めた3万人以上の人が社会主義に荷担したとの罪で闇に葬り去られました。世界で初めて革命を経ず民主的な選挙で70年に成立した社会主義アジェンデ政権は、アメリカの圧力などもありわずか3年でピノチェト軍政に取って代わられました(軍政は90年まで17年も続いた。ピノチェトは政権から下りれば殺されるという状況だったので辞めるに辞められなかったといわれる)アジェンデ政権の急進的な農地改革や資本解体は、資産家として甘い汁を吸っていた貴族階級解体に貢献した一方で、努力して築いてきた資産を取り上げられた中産階級の反発を生んでしまいました。また世界中の社会主義者がチリに集まってきて、自国だけでは収拾がつかなくなったとも言われています。チリではこの当たりの出来事がフォルクローレと密接に結びついています。

 ピノチェト氏の裁判についてはイギリス抑留など最近のニュースでご存知だと思います。アジェンデ政権時代に集まっていた外国人の社会主義者も同時に弾劾の対象としたため、当然スペイン人も沢山殺されたことに今回の騒動の端を発しています。

 現在失業率は低めで極めて良好ですが、地方に行けば貧困も依然として存在していることは他の中南米諸国と変わりありません。

 

チリ人:

 極めて人懐っこく良い人たちで、ちゃんとしたところは日本人ともウマが合うと思います。チリのスペイン語はちょっと特殊で、なれていないと何を言われているのか分からないことがあります。女性は概して高い声で話すので、低い声でおばさんのように話をするアルゼンチン人とは対照的です。南米一般の傾向では有りますが鼻の高いアルゼンチン人を良く思っていないところがあります。

昔はアルゼンチン人はチリ人を田舎ものと馬鹿にしていたところがありますが、今の状況を見ればそうは言っていられないところもあるのではないでしょうか。

 

Violeta Palaチリのフォルクローレ:

 チリでフォルクローレといえばすなわち「クエッカ」というほどクエッカが踊りと演奏の中心を占めています。これはチリのカウボーイであるウワッソの音楽とされています。

チリのクエッカはボリビアやアルゼンチンのものとは演奏方法も踊り方も全く異なっています。詳しくは日本で手に入るチリのグループ、イリャプー、キラパジュン、インティ・イリマニなどを聞いてみてください。

チリのクエッカを好んで演奏する日本のグループは聞いたことがありませんが、ボリビアのものなどに比べ、政治がらみの曲が多い分だけちょっと暗めのイメージがあるからかもしれません。

ただしチリで演奏されるものは日本に紹介されているものほど暗いイメージが無く、お酒の席で気楽にハンカチを出して踊る極めて明るいものです。

 ここからは私見ですが、「クエッカ」という音楽が演奏されている地域の分布と旧スペイン統治時代のサンティアゴ副王領との分布が良く一致すると思います。チリ本体はもちろんですが、もとはチリと行政区分が同じだったアルゼンチンのクーヨ地方のクエッカはクエッカ・クジャーナと呼ばれていますし、ボリビアでも一際異彩を放つタリーハにはクエッカを好んで演奏するグループが多いと思います。クーヨ地方と入うと分かりづらいですが、アンデス山脈の東側に沿った地域で、メンドーサ州など、現在はチリ同様ワインの大産地となっています。

アルゼンチンワインの80%がこの地方で生産されています。

  これ以外に先程書いた社会主義政権、その後のピノチェト軍政時代に発生したヌエバ・カンシオン運動もフォルクローレとしてとらえられています。どちらかといえば時代性を考えると「フォーク」のような気もしますが。ビオレッタ・パラ、ビクトル・ハラなどが有名ですが、ビクトル・ハラはピノチェト軍政時代にギターを弾く腕を切られるなどして公開処刑されています。インティ・イリマニは海外公演中で一命を取り留めたとされています。

  さらにチリのフォルクローレは先住民族マプーチェ族(アラウカノ族)の祭事の音楽があります。太古と笛、それから木の枝を持って踊るものですが、音楽はリズムの無い呪術的要素の強いものです。

 意外と知られていないのがチリ領であるイースター島(地元の人はスペイン語でイースターを意味するパスクワ島と呼んでいます)の音楽も地元フォルクローレのグループによって踊られています。ポリネシア系の音楽で腰蓑をつけて踊る女性の姿はハワイアンそっくりです。この音楽はギターなどの他バラライカのような形をした大型のウクレレが使われます。このウクレレの調弦はチャランゴの1弦目を除いたチャランゴの調弦と同じです。

 

 

チリの日系人:

チリはボリビアのような政策移住がなかったため、日系人は1000人程度に過ぎません。日本で夢の大地ボリビアとの宣伝を見てボリビアに移住した人が現実は道も無いアマゾンの大密林を与えられ、全くの契約違反に気づいてチリに逃げ出した、などの理由でチリに移住したようです。

 

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