FOLKLORE CHILENO

 

「今度の週末、チリのお祭りに来ない?」

友人のアレハンドラから私のところへ電話があった。彼女はチリのサンティアゴ出身で、今は恋人のいるブエノスアイレスに暮らしている。黒い瞳と彫りの深い顔立ちのなかなかの美人で、私がアルゼンチンにやってきて最初に「友」となった人だ。その彼女が母国・チリの記念すべき日である「Dia de la patria」に先立って行われる祝賀会で長年続けているチリのフォルクローレ舞踊を披露するというので、私は二つ返事でお邪魔することを決めた。今までにも何度か彼女の踊りは見たことはあったけれど、最近チリに旅行したこともあって、私の中でチリという国そのものに対して興味は以前よりもずっと高まっていた(特に食文化に対してだったのだけれど!)。

 

行事が行われたのはキャピタルの小さな教会で、講堂内はチリの国旗である赤・青・白の3色のテープで装飾が施されており、ステージの中央には花器に同色の花が生けられ、また隅の方ではいくつかのチリの代表的な料理が売られるなど、いかにも手作りといった暖かい雰囲気があった。焼きあがったばかりのパステル・デ・チョクロ(とうもろこしをつぶしてパイ状に重ね焼きしたもの)が香ばしい、いい匂いをぷんぷんと放っている。よし、あとでゼッタイ食べてみよう!と、決めつつ、まずは辺りを見渡してみることにした。出席者のほとんどはブエノスアイレス在住のチリ人かと思われたが、中には外国人と見受けられる面々もあり、会場内は狭いながらもなかなかの賑わいを見せていた。さて、時を溯ること1810年9月18日、チリでは時の支配国・スペインを相手にクリオージョ達が将来的な独立を目指して自治政府樹立を果たした。この記念すべき日を現在でもチリ人達は独立記念日同様に盛大に祝うのだそうだ。この祝賀会ももうすでに十年以上も続いているとアレハンドラから聞いたことがある。

 

Danza Folklore Chilena予定を40分遅れて、開会は軍の音楽隊(バンダ)によるやや調子っぱずれなアルゼンチン国歌の演奏で始まった。続いてチリ国歌。直立姿勢で舞台に向かって聞き入る。アルゼンチン国歌は以前から長いと思っていたが、チリの国歌もそれに負けないほど長かった。拍手の後、在アルゼンチン・チリ大使の挨拶があり、今回のメインイベントである「Grupo Millaray」の踊りが始まった。このグループは1992年に在亜チリ人の有志によって創設されたもので、主にチリ全域のフォルクローレ(郷土芸能)を紹介している。チリといえばクエッカ、というほど、その軽快なリズムに乗せて男女のペアがハンカチを振りながら踊る姿が知られているが、クエッカはアルゼンチン、ボリビア、そして「マリネーラ」と名を変えてペルーでも踊られている。いずれも共通して男女が近づいたり離れたりしながら円を描くように踊り、チリのクエッカはアルゼンチンのクエッカに比べて比較的ゆっくりとしているのが特徴だ。そのステップは鶏の求愛を表現しているともいわれており、ウアッソス(チリのカウボーイ)を装った男性がカンペシーノ(農民)のかわいい女性を追いかけ、また時に照れくさそうな仕草を交えて楽しげに踊り進めていく。また一方で貴族の格好をした男女も踊る。クエッカには身分という境界線がない。右手の白いハンカチは平和の象徴であり、かつてスペインから独立を勝ち取ったその喜びを表しているという。そんなわけで複数のペアがクエッカを踊り終えると、会場からは「Viva la patria!!」の大歓声が湧き起こった。続いてウアッソス達が酒のボトルを囲んでその周囲をサパテオ(ステップ)をしながらぐるぐるとまわり、その円は徐々に狭まり肩が触れ合うほどになるとサパテオは更に激しさを増し、会場からは手拍子が起きた。するとそのうちの一人が足を引っかけボトルを倒してしまった。実はこの踊りはウアッソス達が村のフィエスタの度にこうして足技を競い合うというもので、倒してしまった男性は非常に悔しがって(そんなそぶりを見せて?)退場。そして残り2人になるまで延々続く。最後はどちらが倒すかで勝負が決まり、会場の空気は勝敗を見守る余り興奮で益々熱くなった。勝った若者は村の女性達に囲まれ悠々とステージを退場していくといったストーリーだ。単純ながらも思わず見入ってしまい、残念ながらシャッターチャンスを逃してしまった!舞台はさらに進み、今度はチリ南部・パタゴニアに近い地域の踊りが披露された。クエッカに比べ、こちらはそれほど知られていないが、チロエ島の踊りは漁業と放牧を生活の糧とする地域らしい、いかにも牧歌的な雰囲気溢れるもので、男性は毛糸で編んだ帽子を被り、女性は頭にスカーフを巻き毛糸で編んだ肩掛けをした姿で登場する。男性達は漁を終えて陸に引き上げてくる場面から始まり、隅の方でたき火をして暖を取っていると、そのうちの一人が酒がまわって陽気になり踊り出す。するとまた一人つられるように踊り始め、しまいには皆が踊り出してしまう。その賑やかな様子を聞きつけて女性達が集まってきてペアになり、輪になったりくるくると音楽に合わせて入れ替わったりといった具合だ。ところでこのチロエ島周辺の音楽にはドイツの片田舎で耳にするような旋律が色濃く残っている。というよりそのものと言ってもいいほどなのだ。それもそのはず、先立ってチロエを訪ねたときにガイド氏に聞いたところ、かつてこの地域には多くのドイツ人が入植し、ドイツ風の家を建て、今に至るまで彼らの生活の中にその文化は溶け込んでいるという話だった。そのように歴史を垣間見ながら眺めていると、今目の前で繰り広げられている踊りや音楽が過去を経て彼ら独自の文化として根づき、時にスタイルを変えながらも今に受け継がれてきたことが理解できる。ステージ上の彼らの楽しげな表情は、紛れもなくそのことを物語っていた。私も最後にほんの少しだけ彼らの踊りに参加させてもらい、チロエ島民に扮したアレハンドラからグラシアス!のベソと抱擁を受けた。

 

ゲストにはアルゼンチン、ボリビア、ギリシアのフォルクローレグループが登場し、3時間の祝賀会は大盛況であっという間に終わった。彼らはまたこのブエノスアイレスで自国の独立記念日等の行事の席で活躍している。アレハンドラの恋人もボリビアーノスのグループで活躍中だ。

 

チリに足を運ばなくてもこうしてわれわれの身近なところでチレーノス達はその軽やかな舞いを披露してくれている。独立記念日である2月12日、またブエノスのどこかからクエッカのリズムはきっと聞こえてくるはずだ。ステージを見終えた私は初心を貫くべく、パステル・デ・チョクロに向かったのだった。

  

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