LAS PELICULAS EN BUENOS AIRES

 

<学生の情報源>

ブエノスアイレスの学生が遊びに行く場所は、1にディスコ、2に映画館。ディスコが朝まで踊り語り明かす場所なら映画館は情報を得る場所。最新の封切映画は人気テレビ番組の話題と並んで学生たちの会話に欠かせない材料となっている。だから映画館にせっせと足を運んで感想を述べあっている。

Village Recoleta映画館の入場料は通常7ドル。水曜日終日と毎日の第一回目の上映は半額の3.5ドルになる(4ドルの映画館もある)。第一回目といっても日本のように午前中ではなく午後1時前後となるので手頃。私などは午後1時ならこれを半額で見るのがお得、と思ってしまうが、アルゼンチンの人にはお天道様が出ているうちに暗い映画館に入るなんてもったいない、と思っているのか、あまり人気が無い。上映中の映画は新聞の映画欄などで「ぴあ」並には知ることができるので、映画雑誌というのも存在しない。

最近は日本と同じでシネコンが増えたので、上映される場所も非常に多くなった。もっとも新しい映画館スポットは、ブエノスアイレスでも人気の高いBARRIO(地区)レコレータという墓地(青山墓地みたいなものか)の脇に、今年できたCine Village Recoleta。映画館だけで16スクリーンも入っていて、レストラン、喫茶店などが入った一大娯楽施設。

 

 

<ブエノスアイレスの日本映画事情>

最近ブエノスアイレスで上映された日本映画は「HANABI」と「AFTER LIFE」。去年は「うなぎ」1本のみ。どれも約1ヶ月程度単館で上映されていた。すべて見に行ってみたが、いつもスペイン語だけか、せいぜい英語の会話にスペイン語字幕で話が100%分からない映画で悔しい思いをしているのにくらべ、すべて筋がわかる優越感!

HANABI」では、主人公の北野たけしが「銀行強盗でもやろうかとおもって」と冗談っぽくいうところが大受けだった。ハリウッド映画にはない独特のテンポもアルゼンチン人に理解されたようだ。「AFTER LIFE」は予想に反してほぼ満席の大盛況だった。なにせ去年「うなぎ」を見に行った時には広い映画館に8人しかいなかったし、終わった後アルゼンチン人のおばさんから「どこが面白かったのか?」などと質問を受けたものだから、日本映画の入りはそんなもの、と決めつけていたからかもしれない。

他にも1年に一回2週間ぶっ続けで日本映画を上映する「日本映画祭」というのをサンマルティン文化センターで毎年実施している。今年は7月に今村昌平監督作品を「カンゾー先生」など15作品連続上映していた。世界のKUROSAWAはアルゼンチンでも健在。みんなよく知っている。

UP! 2000年2月9日更新>

2000年は2月の初めに約2週間に渡って開催された。

上映されたのは比較的新しい作品が多く、「誘拐(監督:大河原孝夫・97年)」「少年時代(監督:篠田正浩・90年)」「ひみつの花園(監督:矢口史靖・97年)」「キッズ・リターン(監督:北野武・96年)「月はどっちに出ている(監督:崔洋一・93年)」「福本耕平かく走りき(監督:久保田卓・92年)」「鉄塔武蔵野線(監督:長尾直樹・97年)」「学校の怪談(監督:平山秀幸・97年)」の8作品。

人気はなんと言っても北野武監督の「キッズ・リターン」だ。週末の二日間の上映だったが、切符は売り切れ。最終回の22時に行ったが、窓口の男性は来る人すべてに首を横に振っていた。

「ひみつの花園」もアルゼンチン人に人気があったようだ。会場からは笑い声が絶えず、重い作風と見なされがちの日本映画もまんざら捨てたもんじゃあないと感じた人が多かったことだろう。こうしたコメディー作品が今後もぜひ来て欲しいと思う。

 

Cine Village Recoletaの券売所<アルゼンチンの映画の歴史>

アルゼンチンに映画がもたらされたのは映画発明の翌年1895年という古さ。世界の先進国だったアルゼンチンならではかもしれない。

アルゼンチンで撮影された本格的な映画の始まりは1908年マリオ・ガージョ監督のFusilamiento de Dorego(ドレーゴの銃殺)。その後はタンゴブームと共にタンゴを使った映画などで、今は伝説的タンゴスターとなったカルロス・ガルデルなどが主演している。

50年代になり、タンゴブームが下火になる一方、ラテンアメリカ映画運動が起こり、フェルナンド・ビッリ監督などが活躍。彼は映画監督としてだけでなく、サンタフェという都市に1957年映画学校まで設立、新しい運動Nuevo Cine Latinoamericanoの中心になる。「コインを!」(1959)、「洪水地帯の人々」(1961)など、貧困生活をコメディータッチでとらえた作品を次々と発表した。

ここからアルゼンチンは軍事政権にはいるため、自由に映画が作れなくなる。そんな中でもペロン大統領を支持する人たち(現在の与党もペロン党)が作った自由映画というグループは「試練の時」(1968)というドュンメンタリー映画を作ったりしている。

1983年フォークランド戦争でイギリスに敗北し、映画活動が復活、軍事政権の圧制を扱った作品が多く採り上げられる。この時代、アルゼンチンの監督でもっとも有名な人は、と言われればフェルナンド・E・ソラーレス監督という人。ラテンアメリカらしい不思議な映像で、筋があるのかないのか分からないような浮遊感覚が日本映画やハリウッド映画にはない魅力になっている。作品は「タンゴ・ガルデルの亡命」(1986)、「スール・その先は...愛」(1988)年など4つくらいしかないが、「ラテンアメリカ光と陰」(スペイン語タイトルはEL VIAJE、1992)という題で日本でも1995年に上映していたので知っている方もいると思う。

それ以外にもエクトル・オリベラ監督の「鉛筆の夜」(1986年)、アレハンドロ・アグリスティ監督の「秘密の結婚」などがある。

Cine Village Recoletaのスクリーン入り口 

 

<アルゼンチン制作の最近の映画>

アルゼンチン映画祭というのも毎年夏(こちらの夏なので1月くらいです)マルデルプラタという保養地やブエノスアイレス近郊の町ラプラタで催され、ラプラタ映画祭は今年で15回を迎えた。アルゼンチン映画はタンゴなどと並び制作費用などで消費税などで優遇措置を受けている。そんなこともあり毎年20-40本程度作られているようだ。

最近の受賞作は政治の黒幕に父親を殺されたギリシア移民の兄弟愛を扱った「Ceniza del Paraiso」(直訳:天国の灰)、ニューヨークに行ったアルゼンチン人をコメディに扱う「Un Argentino en New York」(ニューヨークのアルゼンチン人)などなど。

今年上映されたアルゼンチン映画は、人気No.1フォルクローレ歌手ソレダが初主演した「Edad del Sol」(太陽の世代)ソレダSoledadと綴るので、分解すると Sol edadとなり、日本語の「の」にあたる接続詞deで結ぶとEdad del Solになるという、実に単純明快な映画のタイトル。ひたすらソレダがヒット曲を歌いまくり恋愛するという、筋としては若者向け単純明快、ソレダの曲が聴きたくて見るファンの若者向け映画でした。

それから小学生高学年から高校生くらいが対象と思われる「Secreto de los andes」(アンデスの秘密)。個人的に好きなアンデスを扱い、更に音楽もフォルクローレをがんがん流してくれるらしいと宣伝されては見ない訳には行かない。しかし内容はやはり子供向け。NYに住む女の子が、お父さんが考古学者として働くアンデス山脈の国ボリビアに母親と一緒に行き、悪者の妨害など幾多の試練を乗り越え、インカの教えに従い、父親が長らく探し求めていたインカの財宝を女の子が見つけ、ついでに仲の悪かった両親も仲直りという誠に都合のいい話。撮影はアルゼンチン北部のボリビアと気候が似通ったフフイ州とサルタ州で行われたらしい。

 

 

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