フォルクローレのコーナーでは、身近なところでフォルクローレに触れる方法を幾つか揚げ、紹介してみました。

 

 ところで1年の間に、首都ブエノスアイレスから、フォルクローレ・アーティストらの大半が消えてしまう月があるのです。では一体いつ、どこへ行ってしまうのかと申しますと・・・・。

 

 コルドバ州の州都から北へおよそ60KMほど丘陵地帯に入って行くと、そこにCOSQUINという人口三万人ほどの小さな町があります。湖があって、長野県の清里的な避暑地になっているVILLA CARLOS PAZなどに比べ、普段はさほど観光客も訪れないこの町が、毎年夏の1月になると人口の60倍もの人がアルゼンチン全国から集まり、大変な賑わいを見せます。それはこの時期、国内でも最大規模のフォルクローレ・フェスティバルである、その名も「COSQUIN Festival Nacional de Folklore」がこの町で開催されるからなのです。

 そこには国内外の有数のフォルクローレ・アーティストらが出演し、一週間に亘って毎晩ステージ上で熱演を繰り広げられるのです。会場ではお目当てのアーティストを見ようと大勢のファンが全国から集まり熱気に包まれます。コスキン祭は村の宗教的な儀式を祝う祭りから始まったとのことですが、いまでは国民的な行事となっています。

 その出場は日本の歌手がNHK紅白歌合戦に出演することと同じく大変な名誉なこととされ、売りだし中の若いフォルクローレ・アーティストらは誰もがこのコスキンのステージを夢見ていると言われています。開催に先立つ11月には「Pre COSQUIN」なる、新人発掘の場としてコンクールが行われ、それを通過して見事新人賞などを獲得すれば、翌年1月のステージに立つ権利を与えられます。もちろん、そこから先は本人の努力次第。どこまで世に売れて行くかで、その後の出場が決まっていくという非常に厳しい道のりなのです。そんなわけでコスキン祭とは、初出場の新人、常連のアーティストに、ここ数年人気上昇中の若手などが一同に介する、フォルクローレファンにとってはとても貴重なイベントと言えます。

 

 1998年1月は私も実際に開演初日のコスキン祭を観に行きました。

小さな町によくもこれだけの人がいるものだと半ば感心しながら、まだ開演には早い(とはいっても既に夜の9時でしたが)会場周辺を散策すると、そこはまるで日本の夏祭りの縁日といった雰囲気でした。どこまでも会場に向かって続く屋台の数々。出演者のブロマイドやCDを売る店もあれば、民芸品や手工芸品を売る店舗も軒を連ねています。そして更に周辺には、深夜になれば一晩中賑やかであろうペーニャ(ライブハウス)がこれまた軒を連ね、毎日の最後を飾るビックアーティストの名前で「今日はここでビッグなやつの演奏があるぞ」と宣伝しているのです。その看板の多さに「どうしてブエノスには、この10分の一もないんだろうか」と残念な思いすらしました。

 

 さて、開演時間の22時が近づくと、会場を囲む道路は人垣で一杯になりました。

客席の外からも金網越しにステージを見ようとする地元の人達が大半です。手には折り畳み椅子とマテセットを持っている人がいるのもほほえましい光景です。こちらはチケットがあるにも拘わらず、こうしたまわりに座り込んでいる人達を掻き分けて会場内に入らねばならず、結構大変な思いをします。しかし人ごみを通りすぎて会場に入ると、前の方の席は意外と空いていました(現在人気No.1のSoledadが出演する日だけは一杯になっていました)。ちなみに前列指定席のチケットはブエノスでも買うことができますが、値段は現地より少し高い程度の30ペソでした。

 

 開演。会場上空に花火が連続して上がり、テーマソングが大音響で華々しく流れます。司会者の挨拶と続き(これだけで30分近い)、会場は最初の出演者が登場するのをまだかまだかと見守ります。そして最初のグループが登場。大きな拍手が沸き起こり、やや緊張した面持ちで会場とテレビの前の視聴者に挨拶、最初のテーマを歌い出しました。と、すぐに手拍子をする客、舞台真下で踊り始める客も現われ、そこから先はもう無礼講。何でもありといった感じで番組はどんどん進みます。中盤、本日のメインゲストが現われると会場の興奮は一層激しくなり、とうとう座席の上に立ちあがって叫んだり、子供を肩車したまま立って歌い出すなど、呆れながらもなんとなく許せてしまうこの雰囲気に私も身を委ねてしまおうと思い、一緒になって盛りあがっていました。

 

 最も盛りあがるのはこの辺りから全国放送のテレビ中継も終わった後の数時間。ラスト近くになって人気のアーティストが再度登場、もう2時は軽く廻っていました。それでも飽き足らない人は皆こぞってペーニャへ足を運び、お気に入りのアーティストの歌と演奏を聞きながら、朝までチャカレーラやサンバを踊って、くたくたになって帰路に着くに決まっていました。 ご多望に盛れず私も・・・と言いたいところですが、体力尽きて「またいつか」に取っておくことにしました。

 

 こんな具合にフォルクローレ漬けの一週間は過ぎ、コスキンは人々の真夏の思い出の1ページを飾ります。イベントを通して感じたのは、フォルクローレという音楽に好き嫌いはあっても、アルゼンチン人の大人から子供まで、一緒になって楽しめる数少ないコミュニケーションのひとつになっているということでした。そしてこうしたお祭り事が各地方毎に開催されるにも拘わらず、沢山の人の心を惹き付けるのも、日本では失われつつある住民参加型の夏祭りのような、家族の絆を深める役割を果たしているからでしょう。

伝統と地方性を兼ね備えつつ、今の時代をも歌い上げるフォルクローレは、これからもコスキン祭のように夏の風物詩となって、この国に存在し続けるに違いありません。

 

予断ですが、注目株は、既に1999年1月初めコルドバ州のJesus Mariaで催されたフォルクローレ&ロデオのお祭りで音楽賞を獲得したLUCIANO PEREYRAです。ちょっと坂上忍似のマスクで歌う歌声は透き通って心に染み渡ります。是非聴いてみてください。

 

2000年コスキンに日本から出場したアルムノスの演奏

 

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