エクアドル:ECUADOR

Vandera de Ecuador

 

エクアドルという国の個人的な印象:

 数年前に訪れたペルーボリビアと比べると明らかに緑が多く豊かな土地という印象を受けました。ボリビアなどに行くとアマゾン地域を除けばあっちこっち埃っぽい土むきだしの大地ですから、エクアドルがどこまで車で走っても緑に覆われているのは驚きでした。

 

Map Ecuador

エクアドルという国の成り立ち:

 ご存知の方も多いとは思うのですが、最近エクアドルはペルーと国境線を確定しました。これまで1942年のリオデジャネイロ条約に基づいて暫定的な国境線をアマゾン地域に定めていたのですが、ペルーが占拠していた一部地域を自然保護地域とすることで資源開発を行わないとのことで両国が合意したものです。

ここまでは新聞などのニュースで知っていたのですが、ビックリしたのはこの「占領されたアマゾン地域」というのはエクアドルの地図によれば国土の3分の1を占める広大な地域で、現在はペルーであると誰でも思っているイキトスなども、地図の上ではエクアドル領とされていることでした。(確定したエクアドル領は28万平方キロメートル。因みに日本は37万平方キロメートルでこれより少し小さいです)。

地元の人に聞いてみたのですが、総合すると

1)エクアドルという国はスペイン占領時代のペルーのリマ副王領、コロンビアのサン・ホセ・デ・ボゴタの重要な都市に挟まれた土地で従来は政治的に重要視されてこない地域であった。

2)アマゾン地域はそもそも国の領土の概念が薄く、ペルー、エクアドルのどちらの領土という概念は希薄だった

3)イキトスなどの都市の住民はそもそも自分達がペルー人だと思っていた人が多かった

4)第二次世界大戦中にペルーが一方的にエクアドルに攻め込み、このまま行けばペルーがエクアドル領全土を占拠できるところまで迫っていた(具体的にはエクアドルの一番の都会であるグアヤキルの直前まで軍隊を攻め込ませていた)。ブラジルなどが仲裁して「この位で進軍を止めておいたら」という提案で1942年に停戦が成立した

5)エクアドルの軍隊はこの「失地」回復を最大の存在意義にして何度もペルーに局地的な戦闘を挑んでいた。国家予算の25%を国防費にしていた時期もあるらしい。しかし国境線確定で仕事が無くなり、現在は警察の真似事みたいな事をしている。

6)今までの大統領であれば国境の確定はまず半永久的に不可能といわれていたが、過去のしがらみの薄いフジモリ大統領とマウァ大統領の就任ではじめて可能になったといわれています。

地元の人に聞いただけなので違っていることもあるかもしれません。

 

エクアドルの大都市

 エクアドルの現在の人口は1500万人とも言われ、爆発的に人口が増えているそうです。大都市はグアヤキルの250万人とキトの180万人。グアヤキルは低地なので年中暑いらしいのですが、この6,7月が最も寒くって26度だそうです(全然寒くない?)。

キトは2800メートルの高地なので常に10度から22度くらいの常春です。世界遺産にも指定されている旧市街はボリビアペルーの都市の街並みに似ているような気がしますが、新市街はビルが立ち並んで、お土産物屋も沢山並んでいます。物価は今ならボリビアよりも安いくらいかもしれません。

 

Areas en Ecuador

エクアドルの音楽:

 音楽的には大きくコスタ(海岸)、シエラ(山岳)、オリエンテ(密林)、の3つに分けられるようです(ペルーもこのように分けていると聞いたことがあります)が、パシージョやパサカージェなどスペイン人が持ちこんだ音楽が変化したもの、黒人の音楽、サンフアニートなどのインディヘナ系の音楽と分類することも出来るようです。

インディヘナ系音楽では、ニャンダ・マニャーチがもう20年以上も活動している草分け的存在のようです。ボリビアマンタのレコードにもサンフアニートがありますが、レコード屋のおばちゃんの話によれば、ボリビアマンタがエクアドルを訪れた際にニャンダマニャーチのメンバーが指導して、レコーディングにも参加しているといっていました(真実のほどは知りませんが)。ニャンダマニャーチのCDは4枚ほどありましたが、最近に行くに従ってクンビアなども扱うなど、ニューミュージック系の要素を取り入れていると解説してくれました。

 因みにこのレコード屋にはアンデスの山岳系音楽専門店で、非常に質の良いロンダドールやボリビアでもなかなか手に入りにくいテンプレディアブロ(特別なチャランゴ)などの楽器も置いてあるので、キトに行かれるフォルクローレファンの方は尋ねてみるのも損が無いかと思います。おばちゃんは衣装がサキシリ地方(キトの南に数十キロ行ったところ)のもののようでしたので、多分この当たりの出身の人だと思います。

  お店の名前:SAUCISA

  住所:Av.Amazonas 2487 y Pinto (新市街にあります)

  電話:543?487

他にもAv. Juan Leon Mera 639やAv. Amanonas y Carrionにも店舗があるようです(値段は若干他の店より高めですが、試聴や細かい音楽の相談などに乗ってくれます)

 

エクアドルの経済状態:

 南米でもベネズエラと並んで最悪クラスです。パリクラブというエクアドルにお金を貸している先進国の機関が、最貧国の債務を免除するというプロジェクトで、ボリビアが対象になったのですが、エクアドルも、という国内の期待とは裏腹に会議では全く話題にも上らなかったそうです。

というのもエクアドルは石油、バナナ、カカオ、コーヒー、木材、観光、バラなどの花、まぐろ、エビなどと天然資源に恵まれており、先進国から見れば「借金を返せないほうがおかしい」国なのだそうです。

しかし現実には第二、第三の大銀行が倒産して、倒産した銀行に預金を持っていた人達は預金証書を半値で売っているそうで、半分は返ってこなかったり、当座預金は50%が半年間凍結で、各企業は従業員の給与さえ払えない、または預金証書を給与代わりに渡すなんていうことも成されているそうです。預金を引き出すにもいちいち1%の手数料が掛かるのでたんす預金が増え、銀行に信用が無くなってお金を預ける人が激減してしまいました。

更に地元の通貨であるスークレは大暴落し、2000年1月、ついにスークレを廃止して自国通貨を米ドルにする宣言をしました。エクアドルは南米で唯一、外国から借りた債務を最後まで返済したことが今まで一回も無い国なんだそうです。

また失業も深刻で、公式でも25%、実勢は50%に迫っているとのことで、ある米系ホテルチェーンが5名の従業員を募集したところ、2万人の応募があったというほどだそうです。

 

赤道記念碑をかたどった酒瓶

エクアドルの民族分布:

 エクアドルは20の州とグアヤキル、キトから成り立っていますが、各州の境界線は各先住民族の分布に良く一致しています。キト周辺のピチンチャ州の北部が有名なオタバロ族の住むオタバロなどがあります。キトから30キロくらい離れた赤道記念碑の中が博物館になっていて、この当たりの民族分布やお祭りに使われる衣装などが良く分かるようになっています。

  

エクアドルの日系社会:

 エクアドルは、今世紀初めから戦後にかけて日本人の移民が組織的に行われた他の南米諸国(ブラジル、ペルーボリビアなど)とは違い、日系社会が極めて小さく、全部合わせても100名程度と言われています(首都のキトが80名程度、グアヤキルが20名程度)。これはフジモリ大統領のペルーの7万人と比較しても極めて少なくなっています。

現地に住んでいる日系人は商社の南米担当を辞して居付いた人達などで構成されていますので、概してフォルクローレに興味を示す人は少ないのですが、グアヤキルの小林りゅうへい氏は、エクアドルのクラシックギターの第一線で活躍しながら、エクアドルやベネズエラなど中南米音楽の民謡のギター編曲を手がけるなど、フォルクローレも演奏されています。同氏の編曲した中南米音楽の楽譜は、確か現代ギター社という出版社から日本で発売されています。同氏は現在このシリーズの第2弾を発売すべく準備中でした。(同氏はスペインに渡りクラシックギターの巨匠セゴビアなどから教授された後、もう20年以上もグアヤキルに滞在しています)

 

サキシリの木曜市:

 キトから南に50キロくらい行ったサキシリでは、木曜日に市が開かれます。

サキシリは7つの広場(プラサ)がありますが、この広場全部と広場を結ぶ道も全て露天で一杯になっていました。

何を売っているかと言えば、織物などの民芸品、野菜、果物、穀物、鶏(生きてます)、クイ(食用ねずみ)、時計、石鹸などの日用生活品などに混じってジューサーの歯だけとか、空き瓶だけとか、古タイヤで作った鍋(家畜が食べる時に使うらしい)なども売っていました。空き瓶やミネラルウォーターなどの空いたポリ容器なんていくつ売ってもたいしたお金にはなりそうにありませんが。

それから人間の臓器の模型を見せながら言葉巧みに口上を行っている薬売りには沢山の人だかりが出来ていました。

多くの人は昔ながらの民族衣装を着ていました。

 

エクアドルの民芸品:

 エクアドルの民芸品は、ロンダドール、サンポーニャなどの楽器、タペストリーなどの織物、刺繍を施したTシャツやテーブルクロス(刺繍は極めて得意らしく非常に綺麗)、輸出品でもあるバルサなどの木の工芸品、独特の原色系の絵画などがあります。

ちっと不気味なのは病気とかの時に呪術に使用する身代わり人形でしょうか。

これ以外にお土産物となるものでは、CD、100%カカオのチョコレート(エクアドルのカカオはアフリカ製よりも高級とのこと)、世界で最も良質と言われ日本の高級ホテルも空輸しているえび(最低5ポンド=2.27キロ単位)、宝飾品などもあるようです。

 

サラサカ村

 サラサカ村はキトから南に150キロくらいいったところにある村で、国道50号線沿いにあります。国道沿いには織物を中心にした民芸品の売店と露店が並んでいました。

この村はインカ帝国時代の強制移住でボリビアから連れてこられた民族の末裔が作ったといわれています。現在は約2千人が住んでおり、ほぼ全員が民族衣装で生活しています。彼らの間ではケチュア語(だと思う)で話をしていました。

ちょっと奥に入ると、まるで日本の農村のような風景が展開します。小さな木造の縁側のある萱葺きの家、一つ一つは小さな面積の畑、遠くに見える山、山から引かれた灌漑用水路などはまるで日本です。ボリビアのインディヘナの村と異なるのは、どの家もブロックを使用していること(ボリビアなどではブロックは高価でアドベ煉瓦を使用している家が多い)、テレビがあること、ということはもちろん電気があることでした。

畑は巨大なアロエのようなもの(繊維が強く糸になる)で仕切られ、とうもろこし、豆類などが排水の良い黒色火山灰の土で栽培されています。ボリビアなどと違って土地が痩せていないため、休閑地もわずかで悲壮感がありません。エクアドルではボリビアで良く見かけるチューニョ(独特の製法で作った乾燥いも)を少なくとも滞在中一回も見かけませんでした。

 

エクアドルの社会問題:

  銀行の倒産、政府による預金凍結、対外債務、失業などを採り上げました。これらの問題は政府の徴税能力の欠如から問題が発生しています。つまり脱税の横行です。脱税は社会の不公平感を助長し、更なる脱税を生む悪循環に陥っています。

経済活動に参加している人口が半分以下(半分はインディヘナなどで、物々交換などで生計が成り立っており、お金を使っていない)である一方で、資産60億ドルといわれ、南米でも11位の資産家のバナナ王(名前は残念ながら忘れてしまいました)などもいて貧富の格差は大変なものです。このバナナ王、先日死去して息子が資産を受け継いだのですが相続税は事実上無し。息子は相当の放蕩息子で、麻薬に溺れているといわれています。彼はグアヤキルに駐車場4000台分を擁する巨大なショッピングセンターを造ったりしていますが、賑わっている割には売上が少なく(つまりみんなお金は使わず冷房の効いた建物でお弁当を食べたりしている)、経営はかなり苦しいようです。

両替所では防弾チョッキを着た警備員がライフルを持って立っています。

地元の新聞で報じられていた問題はこれ以外に

1)農村地域では10代で妊娠する少女の割合が21%に到達

2)麻薬の使用率が都市部で増加(10%台でした)

3)コロンビアの共産ゲリラがエクアドルにも侵入

などがトップニュースでした。

 

バーニョス

 キトから200キロくらい南に下り、パンアメリカーナの国道をアンバートからアマゾンの方にそれて行ったところにあり、名前の通り温泉街です。ヨーロッパ人が沢山宿泊しており、ヨーロッパ人のマニアックさを感じます。

人口は4万人くらいの町ですが、硫黄泉の温泉があり、所々にある小さな滝と山肌は日本の温泉街のようです。

公衆浴場は1回50から100円くらいで、当初に比べ随分高くなったとのことです。

ここには考古学博物館があり、紀元前3000年くらいに栄えた文化は縄文人の渡来したものという説は、ここだけでなくあちこちでききました。またエクアドルの古代文化(プレ・インカ)は紀元前500から紀元後500年に沢山の文化が群雄割拠した時代が最盛期だったようで、酔っぱらいを模した土器などはユーモラスで現在に通じるセンスの良さを感じました。

キトからバーニョスに向かう道の途中には、1949年の地震で一度は町が全滅したアンバート(カカオで有名)、ジーンズで有名な村、革のジャンバーで有名な町など、ある産業に特化した特徴ある町が並んでいます。

またバーニョスを通りすぎて更にアマゾンの方に下りていくと、「悪魔の滝壷」(Pairon del Diablo)と呼ばれる怒涛のように水の落ちる滝が見られます。この様子はイグアスの滝の中で有名な「悪魔の喉笛」にも匹敵する名景観です。

 

キトの空港:

私がついたときは丁度工事中で、普段花の積み出しに使用しているランバートという空港が替わりに使われていました。この空港、キトから100キロ近く離れているらしく、キトまでいく航空会社のバスに2時間15分ものる羽目になりました。そして管制塔がまだうまく機能していないらしく、滞在中にもアメリカの航空会社の飛行機が誤って滑走路の短いアンバートに着陸させられ、滑走路末端のコンクリートにぶつかって飛行機の羽を折る大参事がありました。

 

 

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