ESTANCIA

 

Estancia Patriciosここアルゼンチンに来て以来、とても気に入っていることの一つにブエノス効外のエスタンシアを訪れることが揚げられます。

首都キャピタルからアウトピスタに乗って車で一時間少々も離れただけで、次第に町並みも途切れ、目の前がパノラマのごとく開けて広大なパンパが現れてきます。

夏の季節なら、ひまわりが咲き乱れる姿が美しいし、また秋には街道沿いの木々の葉が黄に色づき何とも言えずロマンチックな光景となるのです。

そうした様子を楽しみつつ、目指すエスタンシアは四季折々のパンパの中に佇んでおり、訪れるものに不思議と安らぎを与えてくれます。

アルゼンチンにおけるエスタンシアの歴史は一般的に長く、古く由緒あるものだと約300年も続いているといいます。

また当然の事ながらその敷地も規模も様々で、一つ一つが違った顔を持っているところが訪れる上でもっとも興味深い点だったりするのです。

 

エスタンシア体験記 その1

 

Asado初めて訪れたエスタンシアはどちらか言うと観光客向けで、日曜日だったせいもあって大勢の人で賑わっており、アサードにショーにガウチョによる芸など盛りだくさんの内容でしたが、静かにのんびりと過ごすにはやはりもう一歩自分で開拓の余地が必要でした。

そこで今度は本や雑誌などで情報を集めながら、なるべく特色のありそうなエスタンシアを探し始めました。

すると、その数の多さと多彩さが徐々に分かってきたので、まずはサン・アントニオ・デ・アレコ周辺に足を向けてみたところ、かなりの数がその一帯にあることに気づきました。

Estancia Patriciosキャピタルから比較的近いこともあってか、天気の良い週末はどこのエスタンシアでも「ディア・デ・カンポ」をする家族や友人同士のグループなどで賑わっていましたが、前出のものと違ってあくまでアットホームな雰囲気の中でもてなしを受けているような印象でした。

アサードをいただいた後は各々が自分のペースで楽しむことができ、カンポを満喫すべく馬に乗って散歩するも良し、木陰で本を読みふけるのも良し、友人と雑談を楽しむのも良しと、まるっきり大人の時間が確保されていて、子供は子供で広々とした空間を走りまわって遊んでおり、これぞ贅沢の極みだ!と思ったものでした。

Estancia Patricios都会の喧騒をしばし離れてこんなふうに時間を過ごせるなんて、アルゼンチン流の休日はちっとも悪くないぞと心底実感してしまったものです。

 

 

 

 

 

エスタンシア体験記 その2

 

Estancia San Pedro 3連休を控えたある時、たまには他の州のエスタンシアにも行ってみたいな、と思い立ち、おりしも発売されたばかりの「エスタンシア・ガイド」を捲り、今度は宿泊も可能な場所を当たってみることにしました。

 

 早速そのうちの一つに連絡を入れるとOKの返事があり、一泊申し込んでみました。行き先はキャピタルから車で5時間半を要するエントレ・リオス州。まだ春には少し早く、出発の朝も靄が掛かって寒さすら感じる頃でした。

 

 ところで今回のエスタンシアはいささか趣向が違っているようでした。先方からの連絡によると、『入り口に着いたらそこで待っていてください』とのこと。あいにく前日はかなりの大雨。道中も霧雨が止まず、州を越えたあたりからは道も悪くなり始め、しかも目的地をあと数キロにして車がぬかるみに思い切りはまってしまったのでした。助けを求めようにも民家らしきものはなく、仕方なく車を置いて未舗装の道を地図を頼りに延々と歩いていると、向うから四駆車の姿が見えてきました。こちらに気付くとすぐに車を止め降りてきて、自分はエスタンシアの者で迎えに行く途中だったと語り、ぬかるみに嵌まったままの車の話をすると微笑んで、元来た道を戻り、手慣れた手つきで車を引き上げてくれました。あーやれやれ。Gracias! ところであとどのくらいで目的地ですか?と尋ねると、すでに入り口付近に居たらしいことが分かり、そこでよくやく電話で言われたことの意味を理解したのでした。確かに普通車ではこの道を走るのは不可能、だから待っていれば迎えに行くよ、ということだったのです。そこからは6000ヘクタールに及ぶ広大な敷地内を更に先へと走り続けました。

 

Estancia San Pedro およそ30分後、重厚な造りの母屋に到着し、居間にあるずっしりとした暖炉の火に当たるとそれは暖かく、疲れてしかも冷えた体中に染み入っていくようでした。・・・まったく写真集に載っていたのとそっくりそのままの姿で今もなおこうして使用されているのが夢のようで、ふとヨーロッパで中世の城が同じようにホテルとして使われていることを思い出しました。「博物館に泊まっているような感じ」とでも表現したらいいのか、一口にエスタンシアに泊まると言っても、ベッドやテーブルは何代にも渡って使用されている骨董品でしたし、それからしばらくしての夕食時に使用された食器の類はそれこそ銀製だったりで、しかもエスタンシアの主人は自ら正装して客をもてなすなど、それまで抱いていたイメージを遥かに越えてしまう体験でした(むろん、他の宿泊客の中に子供は居らず、一泊の値段もそれなりに「一流」ではありましたけれど)。後に知ったのは、そこは由緒正しい将軍家所有の荘園で、なるほど道理で何もかもが一流だったわけです。

 

Estancia San Pedro 夕食の前に主人に案内されて馬に跨り散歩に出ました。エスタンシアの中には教会や学校があり、使用人の家族(その数30家族!)が一生暮らしていけるよう整っていて、地平線まで広がる畑には麦やトウモロコシが育ち、何千頭にも及ぶ牛からは手作りの豊富な乳製品が生産されるなど、時代が移り変わった今でもそこだけで一つの社会が築かれているのがわかりました。ですから最初のお迎えに始まる「もてなし」の数々は、代々の荘園主の訪問客に対する礼儀であり、受け継がれた誇り高き伝統なのでしょう。いやはや、それにしても・・・すごい。まともに馬に乗って小2時間歩いたのは初めて、その割には歩いても歩いても敷地の終わりが見えてこないなんて、「ふう」と思わずため息が出てしまいました。

 

Estancia San Pedro 何処までも続く地平線の彼方に沈む夕日が、渡り鳥の群れに影を落としながら少しずつ消えてゆく。夜になると、草むらの虫たちが待っていたかのように唄い出し、静寂の中で彼らの声だけが静かに響き渡る。もう既に部屋の窓からは何も見えず、暗闇というものがこれほど重く圧し掛かってくるなど今まで考えたことも無かったかもしれない。都市部ではこの暗闇はもう存在しないけれど、ここにはこうしてまだごく自然と大威張りで存在している。そしてこの偶然訪れた超贅沢な、骨董品のような館は、昼間の暖炉の火と同様暖かく、それでいてどこか格調高く、訪ねる人々をいつも迎え入れてくれるんだなあ・・・。

などと驚いたり納得したりしながら、エスタンシア「San Pedro」の夜は更けていったのでした。

 

 

先頭へ