Islas Galapagos

 

 

Galapagos Map

南米で行ってみたいところと聞けば、世界一雄大な「イグアスの滝」、不思議な歴史を探訪する「マチュピチュとインカの遺跡」、豪快に太古の氷が落ちていく「ペリトモレーノ氷河」、人間の愚かさと偉大さを見つめ直す「イースター島」、そして動物の楽園「ガラパゴス諸島」の名前が挙がるに違いない。旅行好きの妻と私は、1999年6月、南米諸国の旅で最後に残した秘境「ガラパゴス」へと向かった。

 

 

ダーウィン研究所のゾウ亀

「憧れの地」というものは、テレビで見たり写真集をめくったりして、これまで何年もの間自分たちの中でイメージを膨らまして、仮想の理想郷を作り上げてしまっているものだ。だから実際にその地に立ってみると、「ああ、こんなもんか」という妙に冷めた感情を抱き、想像もしなかった出会いと風景に戸惑い、妙に居心地の悪さを感じる時がある。まさに「ガラパゴス諸島」が自分にとってはそういう場所だった。

 

「赤道直下の島」と聞けば誰だって「灼熱の太陽」を想像するし、「動物の楽園」と聞けば「緑豊かな自然の宝庫」を想像する。しかし「赤道直下の島」は南極から赤道まで流れていく寒流の影響で海が冷たい。「動物の楽園」の現実は500万年前の火山の噴火活動で流れ出た溶岩を大地とした、緑少ない荒野だ。自分達が膨らませてきたイメージは見事に裏切られ、Tシャツ一枚で飛行機から降り立った最初の島では寒さすら感じ、埃っぽい風景の中に動物の姿は見えず、使い古されたバスに揺られて船の停泊する港まで移動した。

その日から8日間の船旅が始まった。船はゆっくりと移動し、赤道の北側と南側に分布している十数の島々の内いくつかをゆっくりと巡るのだった。

 

青足カツオ鳥

 その日の午後、空港のあったバルトラ島から最も近いノースセイモア島に降り立った。頭の上を次々と鳥が通り過ぎていく。鳥もいいがイグアナはどこ?、ペンギンは?、などと考えていると、そんな自分をあざ笑うように、求愛のため喉の赤い袋を大きく膨らませた軍艦鳥が次々と目の前の岸壁を通り過ぎていった。そしていつの間にか持っていたカメラのフイルムがなくなっているのに気がつかずシャッターを切っていた。

どのくらいの時間飛び交う鳥を眺めていたのかよくは覚えていない。ようやく我々の一団は岸壁を離れ島の内部に向かって歩き始めた。水が不足しているのだろうか、色が薄い緑になった草が砂のような地面を覆い茂っている、ぱさぱさと乾いた風景の中を進んで行くと、おびただしい数の鳥たちが巣を作り卵を温めている光景がばっと開けた。見渡す限り鳥の巣だらけだ。さっき目の前を通り過ぎて行った鳥たちはここに向かっていたらしい。巣の廻りはどこも鶏糞で真っ白になっていて、特有のにおいが鼻にこみ上げる。我々の歩く道の真中にまで巣があり、人間はそれを避けて進んでいく。

青い水掻きを持つ鳥は一生懸命羽を広げ、両足で足踏みしてヒュー、ヒューと下手くそな口笛のように鳴いてメスを呼んでいる。アオアシカツオドリという名前がついているそうだ。

海イグアナ

歩いていくと海岸沿いが真っ黒い溶岩に変わった。しばらく眺めていると、その岩のあちらこちらに岩と同じ色をした何かがときどき動くのに気が付いた。近寄ってみると…、ムッツリした顔でただじっと背中に日を浴びている黒いイグアナがそこにいた。

ただ見ていると飛ぶ鳥しか見えないごつごつした島だったが、近づいて目を凝らすといろいろな生きものが見えてくるようだった。動物を見分ける目など太古の人間には当たり前だった能力が、文明の中で生活しているためか、すっかり錆び付いてしまっているのかもしれない。

 

ガラパゴス諸島の夕焼け

その日の夕方、太陽が太平洋の彼方に沈む頃、ガイドさんがみんなを集めて行うセミナーがあった。次の日は船が完全に接岸できないので海の中を歩くから裸足の方がいいなどと説明があった。

 

 

 

 

 

【二日目】

 

前日の予告通り、裸足のままボートを下り、膝下くらい水に浸かりながら島に上陸した。その前に自分は下船するのが遅れ、ちょっと他の人に迷惑をかけてしまった。というのはスペイン語の解説であまりよく意味を把握していなかったせいもあり、「今日は海に潜れるのでシュノーケルを用意してください」というのを直前まで知らず、ほかの人たちが持っているのを見て慌てて用意したからだった。

 

上陸した島はサンクリストバル島という名前が付いていた。もちろんスペイン語の名前で、他にも航海していたイギリス人がつけた英語の名前やら、島ごとに3つ以上の名前が付いているのは当たり前らしい。

 

ここには動物もいるが、観光の目玉は「寝ているライオン」LEON DORMIDOと呼ばれる大きな岩。動物の楽園を求めてきた人々が、変わった形の自然の岩を見せられると、本来の目的とは違うためか、何か違和感のようなものを覚える。

なぜかライオンの形をした岩を見つめながら、北陸の「千畳瓦」を見に行ったときのことを思い出していた。何の変哲もない石にも名前を付けてあり、船の中のスピーカーがその名前をもっともらしく連呼していた光景が蘇ってきた。ここは陸に上がってもおみやげ物屋はないが、日本の観光地では、土地の人々が名付けた何の変哲もない岩を話のネタにして見物の対象となり、「観光地」化され、おみやげ物屋が並ぶ。日本から遠く離れたこの島でもいつか土産物屋が並ぶのかもしれない、などと空想していた。

 

ゾウアザラシ

島を歩いていくと、入り江のあちらこちらにアザラシのハーレムがあった。体重は小錦くらいある大きな図体をしているが、陸上では這うように歩くので、決して動きが早くないからかなり至近距離まで近づいても怖くはない。

小さな入り江の一つ一つに雄のアザラシが一頭、優しい目をした雌が数頭、そして子供のアザラシが砂まみれになって横たわっている。時々別の雄が沖から入り江に入り込んで泳いで近寄ってくると、さっきまで寝ていた雄が大きく口を上に向けて雄叫びを発しながら威嚇する。それでも入り込んでくると喧嘩が始まる。いつも前からいた雄が勝つとは限らない。新参者に負けてとぼとぼと自分の入り江を去っていく雄アザラシもある。アザラシの世界も厳しい自然の掟に従っているようだ。

砂地を歩いていると、あちらこちらにアザラシの骨が落ちている。アザラシはここで生まれ、ここで死んでいく。その骨を片づける人も、記念品として持ち帰られることも、踏まれて砕かれることもないから、しばらく自然のままの姿で骨が砂上の標本のように残される。よく見れば蟹の抜け殻も、死んだイグアナの皮も、誰も手をつけずにそのまま砂や岩の上に存在していた。雨が降り、風が持ち去るまで何ヶ月かはここに存在し続けるのであろう。

 

先ほど上陸した地点まで戻って、出発前に慌てて用意したシュノーケルを持って海に入った。「寒い!」。赤道直下と舐めているととんでもない、ここははるかチリの沖合から来るフンボルト寒流の終着点。ペンギンだって寒流につられてここまで流れてきたのだから寒いのは当然だった。しかも時期的にももっとも寒い時期だったらしく、水温は20度を切っていた、と後で聞いた。

腰まで海水に浸かるのにかなり時間を要した後、思い切って顔を沈めて泳ぎ始めた瞬間、目の前に海中の岩と、その廻りに棲む色鮮やかな何十種類という魚が泳いでいる光景が広がった。海の中は確かに「魚の楽園」で、色鮮やかな魚たちが目の前を次々通り過ぎていく。陸上から海中まで続く溶岩は、起伏が多くゴツゴツしていて、魚たちが隠れ家にするにはもってこいだった。

 

腹の青い蟹

一旦船にあがり食事をした後、午後はエスパニョーラ島という島に上陸した。この島は溶岩でできた岩場から直接島に上がれるので裸足になる必要はなかった。この岩場は本来黒いはずが、蟹がびっちりと張り付いているので赤黒く見える。日本の蟹と同じようにこの蟹も近づけば逃げて岩陰に隠れる。だけれど誰も捕ったりしないのですごい数になる。人の多い海岸なら蟹などは子供のいい遊び相手になり、すぐに捕られて数が減ってしまうのだろうが、自然のままにしておくとこうまで増える。

たくさんの黒いイグアナたちも黒い溶岩の上に所狭しと折り重なって、時折鼻から「ぶすっ」という音を立てて潮を噴いている。イグアナは変温動物で、暖かい岩の上で日に当たっていないと体温が下がって動きが鈍くなってしまうそうだ。

 

やがて島の対岸まで歩いてきた。崖の遙か下に海が見える。波は時々狭くなった入り江の中へ入り込み、狭くなった入り口から一斉に上空に向かって水を吹き上げる天然の噴水となる。大きく噴きあがる瞬間を狙ってポーズをとって写真を撮る瞬間を待っていてもなかなかいいしぶきがあがらない。あきらめて後ろを見た瞬間、「ぷしゅー」と見事な水柱が立った。

 

卵を温めるアホウドリ

帰り道は行きとは違う道を通る。途中はアホウドリの繁殖地で、美しい黄色の首をした大型のアホウドリが卵を温めている。その脇で丁度求愛の時期でもあるのか、雄と雌がお互いのくちばしをたたき合ってコチコチコチコチ、と絶え間ない音が響き渡る。かと思うと互いに上空を見上げクー、と鳴きながら羽を広げる。このごく自然に繰り広げられる美しい愛の世界を、我々人間はただだまったまま見ているだけだった。恋愛中なのだろう、いつまでもいつまでも、そうやってお互いの求愛ダンスを眺めてはキスの代わりにくちばしをたたき合っていた。(つづく)

 

 

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