EL DIA DE LOS TRABAJADORES

 

世界的に5月1日は「メーデー」。ブエノスアイレスのスーパーマーケットやショッピングセンターなどは、一年のうちクリスマスや正月くらいしか休まないのですが、この「メーデー」も労働者の休息日ということでお休み。

レストラン関係も半分くらいはお休みでした。

 

労働組合の盛んなアルゼンチンでは、他の幾つかの国と同じく、この日は祝日になっています。東京ではこの日、大統領府代々木公園で集会が開かれるのが長年の恒例になっているようですが、アルゼンチンでも通常、州ごと、市ごとに労働組合の集会があちらこちらであります。ブエノス市内では毎年、五月広場Plaza de Mayoで大規模な集会が行われ、TV中継もされますが、生憎、2000年のメーデーは朝から大雨。集会は殆ど中止で、街は静まり返り、市民はと言えば、出掛けても店はやっていないためスポーツも買い物も出来ず、皆静かに家でテレビなど見ながら過ごしたようです。

 

次週にも労働法が成立し、変更となる見通し(実際に成立した)のため、一部の労働組合はこの改革に猛反対、メーデーもその反対運動の格好の決起集会になるはずだったのでしょうが、組合にしてみれば雨はまったくもって期待はずれだったようです。

 

そこで2000年5月5日(金)、日本と韓国はこの日「子供の日」(Dia de nin~os)でしたが、アルゼンチンではトラックの運転手やバスの運転手ら輸送関係の労働組合が、労働法改定に反対してストライキを行いました。この日も朝から台風のような大雨。市内バス(民営)は路線によって運行を中止するものもあり、銀行へも現金輸送車が来ません。普段は簡単に掴まるタクシーも、一部ストに参加し台数が減っている上、大雨で誰もが利用するため、なかなか空車が来ないなど、交通機関も麻痺しました。よって、普段はビジネスの中心地で賑わうミクロ・セントロも、昼過ぎには諦めて早々に仕事を切り上げるビジネスマンが相次ぎ、夕方には、雨のせいもあって休日のように街が静まり返りました。

 

話は逸れますが、この雨続きの一週間で、一気に気温も下がりました。街の主要な道路のあちこちで排水が間に合わず、が溢れ出て、車に水が入るのではないかと思うほどです。それでも、通れなくなる寸前の水浸しの道を、少ない車が行き交っていました。一昔前は、大雨が降るとすぐに溢れる水で交通閉鎖になったといいますから、状況は随分好転しているのでしょうが、まだまだ改良する必要があるようです。

 

アルゼンチン時間の2000年5月7日は、ブエノスアイレス市長選挙日が行われました。法律により前日の19時以降選挙終了時まで、全ての商店とレストランは、市民に対し酒類の販売を禁止する義務があります。ですから、夜が明けるまで酒を飲みながら賑やかに週末を過ごすアルゼンチン人にとっては、つかの間の厳粛なムードが漂うひとときとなるのです。

 

労働法改定:

アルゼンチンは南米でも最も給与水準の高い国です。更に労働組合の力が伝統的に強く、年金などの社会保障の基金を預かり、企業がちゃんと社会補償費を払っているかどうか監査するのも労働組合の仕事ですし、また、賃金の交渉を行うのも個人でなく労働組合を通じ行われています。単にものを作ってもブラジルなどと比べ労働コストが高い分、同時に価格も高くなってしまうので、労働コストを引き下げて輸出できる競争力をつけよう、というのが政府の考え方です。労働組合が行っている社会補償費の管理が非効率で、これを民営化するなどして効率化したい、という意図もあるようです。

一方、労働組合側にしてみれば、この法律改定は労働者の給与水準が下がり、労働組合の行っている仕事の一部が取り上げられて権威が落ちるだけで良いことがない、と猛反対しています。労働組合の主張では、労働者の給与はそのままにして、現在1ドルを1ペソとしているアルゼンチンの通貨を、例えば1ドル2ペソに切り下げれば、国内の生活はそのままで、外国から見れば労働者の給料が半分になるため競争力が高まる、と主張しています。

政府はこれに対して、例えば1ドル2ペソになれば、物価はそのままにならないから国内の生活水準は同じにならない、しかもインフレになって、昔のように毎日ものの値段が上がるような生活を強いられ、1ドル2ペソから3ペソ、5ペソとどんどん通貨が下がっていくことになり、うまい具合に歯止めが効かない、しかもこれまで築いてきた外国からの信頼も失われる、と主張しています。

この議論はどこまで行っても終わりませんが、現在までのところは、政府が有利にことを運んでいるようです。

 

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