PUNTA DEL ESTE

 

 2000年4月、ウルグアイのプンタ・デル・エステを訪れた。ウルグアイ屈指のリゾート地で、特にアルゼンチン人が夏の間バケーションを過ごす場所として人気だ。ちょうどラプラタ河の河口、大西洋への出口に位置する。河口と言っても、対岸のアルゼンチンとは200キロ以上も離れている、世界で最も広い河口だ。ブエノスアイレスの付近では、たくさん泥を含んだ茶色い水が海水と混ざっており、遠目で見ると海の色と変わらないが、飛沫が上がると、やはり水は茶色いことが分かる。イグアスの滝の水と同じ色だ。「プンタ」は岬、「エステ」は東のことなので、日本なら東岬というところだろうか。

 既に夏のハイ・シーズンは終わり、訪れる人はまばら。でもなぜか、行きの飛行機の中は高齢者の団体で賑わっていた。そういうシーズンなのかもしれない。夏の盛りはアルゼンチンの、比較的裕福な人が所有する別荘やリゾートマンションなどで、1ヶ月という長い期間をゆっくりと過ごしているのだろうが、既に秋の気配の見えている季節では、リゾートマンションの海に面したベランダの雨戸も殆ど閉まっていた。つい最近まで、アルゼンチン・サッカーの英雄マラドーナが過ごし、麻薬中毒で入院したのも、この町だった。空港から乗ったタクシーの運転手が、ある病院を指して「この病院がマラドーナの入院していた病院だ」と、わざわざ解説してくれた。

  この町に住んでいる人は15,000人しかいないのだという。白塗りベンツのタクシーの運転手は、空港から20キロ離れた岬近くのリゾートマンションまで走りながら、いろいろと解説してくれた。夜、女性が一人歩きしても全く問題ないし、強盗に遭う恐れもない、非常に安全な町だと強調した。だが、1999年にブラジルが通貨を切り下げたため、ブラジルの方がウルグアイよりも物価が安くなったことで、アルゼンチン人はバケーションの場所としてこのプンタ・デル・エステではなく、ブラジルのフロリアーナ・ポリスなどに行ってしまい、今年は観光客の数が例年よりも少なかったのだという。確かにタクシーの値段といい、ここの物価はブエノスアイレスと変わりないほど高いかもしれない。

観光客が訪れるスポットの町並みは、どこも非常に整っていて美しい。椰子の木が植えられた道路などは、アメリカのウエスト・コーストを思い起こさせる。それに、どこの店も小綺麗な感じがするし、町を走る車もベンツやBMWといった高級車が多い。他のウルグアイの都市といえば、首都モンテビデオと、ブエノスアイレスの対岸の町コロニアに行ったことがあるが、そういった町とは全く様子が異なるため、この町だけを見て「ウルグアイを知った」と思ったら、きっと誤解して帰ることになるだろう。この町だけは他の先進国のリゾート地と何ら変わりがないのだから。

岬へはタクシーでも行けるが、流しのタクシーはほとんどないので、すべて電話で呼ばなければならない。小型のバスが走っていて、これで岬の先端まで行くと8.5ペソ(1ペソ=約9円)。どの番号のバスに乗っても、たいていは岬の先端に向かうので、適当にやって来たバスに乗りこんだ。岬の南側はラプラタ河で、一帯は湾になっているために、当然のことながら波は静かだ。それ故「静かな河岸」という意味でPlaya Manzaと呼ばれている。反対に岬の北側は大西洋、外海に面しているため波が高く、「激しい海岸」の意味でPlaya Bravaと呼ばれていた。サーフィンなどするなら、このプラジャ・ブラバの方が適しているのだろう。岬の先端の方は、この両側の岸まで500メートル程度の幅しかない、狭い岬になっている。

既に海水浴を楽しむには季節はずれだし、特にすることがあるわけではないので、岬の浜辺を散歩した。最近、寒い日が続いていたが、今日は天気も良くて心なしか暖かい。半袖でも十分な気温だった。本当は自転車でもあれば丁度良いような距離に、いいお店やレストランが集まっている。ブエノスアイレスは海産物料理が非常に少なく、しかも美味しい店も限られているため、食べる「お目当て」はやはり海の幸だ。レストランを1件1件、入念にチェックして回る。そうして選んだ店で注文したのは、1日目は大盛りの海鮮スパゲッティとエビのニンニク炒め。ブエノスアイレスではあまり食べられない味だけに、大いに満喫した。

そして2日目、散歩途中で、なんと「SUSHI」と書いてある看板が目に飛び込んできた。ちょっと怪しげだが、好奇心はある。思い切って海岸沿いのその店に入った。まだ時間が早い(午後1時過ぎの)せいか、お客は我々以外1組しかいなかった(その後2時くらいになって満席に近くなったが)。さて、待つこと数分、日本と同じ木製のすし台に乗って「寿司と刺身の盛り合わせ」が現れた。見た目はそれらしくなっている。鮭にイカにタコ、白身の魚、エビ、それにカリフォルニア・ロール。しかしブエノスアイレスでは、醤油がマズイせいで何度も痛い目に遭っているので、ここは食べてみるまで分からないのだ。さて・・・。

食べてみると、醤油もネタもまずまずだ。外国人が握っているので、日本の寿司屋のそれとは比べられないが、まあ食べられるというものだった。でも、「ガリ(しょうがの酢漬け)」は甘すぎて、なんだか違う食べ物のようだったかも。

一緒に合わせて飲んだのがウルグアイのビール「ノルテーニャNortena」。なぜ「北部の人」を意味するNortenaという名前が付いているのかは分からない。味は濃いドイツビール風で、これは別の銘柄を飲んでも同じだったから、どうやらウルグアイのビールはドイツのメーカーの技術で造られているらしいことがわかった。

ウルグアイではアルゼンチン同様、ワインの製造もしている。しかし高級なものはなく、5ドル以下の大衆的な銘柄がほとんど。滞在中に幾つか試したが、あまり好みの味はなかった。ただ、最後に空港の免税店で購入した、おそらくウルグアイで最も高価なワイン(といっても20ドルくらい)のひとつ「プレリュード1995年ものPreludio」(Juanico社)は、自宅で味わってみたが、かなりいい味だった。

 

岬の真ん中を走っている目抜き通りにある、ウルグアイの手工芸品専門店。店内はかなり広く、羊毛の産地だけあって手編みセーターやタペストリー、革製品など高品質のものが並んでいる。値段はやや高めだ。

この店の向かいは高級カジノだった。シーズン中は毎晩賑わっていることだろう。

食べることとショッピング以外、何もしないのもどうかと思い、岬の先端に近いヨットハーバーに出かけた。「どこか船に乗せてくれるところはないですか?」尋ねると、「俺のボートなら乗せられるが、10人乗りで100ドル、1時間のクルーズだ」という。しかし、こんな閑散とした季節に、どんなに待っていたところで同乗する仲間を募れるわけがない。かといってこれを逃したら、単に食べるのとショッピングで終わってしまうのも惜しい(いや、本当はそれでも良いのだけれど何となく・・・)。しかたないので、我々3人だけで乗ることにした。初めのうち船は海岸に沿って進む。町が適当な距離に見渡せ、海風も気持ちいい。湾の真ん中辺には、ちょっとした島も見える。船は、この島を一周遊覧してくれた。昔、スペイン人がラプラタ河の入り口の要所として、この島に要塞を築いていたのだということで、大砲を置いていた砲台跡が数カ所に見えた。島の反対側にたどり着く頃は外洋に出たせいか、波がどんどん高くなり、船が左右に大きく揺れる。このためちょっと船酔い気味になってしまった(船酔い知らずの妻は元気いっぱい、隣でにこにこしている)。

船を下り、しばらく歩いた。半島の付け根の部分には、高級ブティックが建ち並ぶ。写真は手前がベルサーチ、奥がフェラガモで、この先にはフェンディやケンゾーなどもある。フェンディの店を覗いてみたが、婦人服が高価なのはもちろん、ペン立てが200ドル等など、やはり庶民の経済感覚とはちょっと違うようだ。

帰りもウルグアイの航空会社Plunaに乗って一路ブエノスアイレスへ。たった40分間でブエノス市内の国内線空港アエロパルケに到着してしまう、お手軽な小旅行だ(モンテビデオとプンタ・デル・エステ行きのみ、この国内線空港から発着しているのだ)。プンタ・デル・エステの空港内の免税品店はとても充実していて、かつ搭乗口へは、いったんオープン・スペースのこの免税品店の真ん中を通過しなければ辿り着けない構造になっている。ウルグアイ独自の製品は少ないが、こうして中継貿易で利益を上げている、そんな町なのかもしれないと感じたのだった。

 

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