AN~O NUEVO

 

 1999年の仕事納め12月30日は、例年通りオフィス街で窓からいらなくなった書類を道端に巻く「行事?」が行われました。おかげでバス通りは紙に覆われて真っ白になっていました。

 

 しかし翌日31日、集団暴動を恐れてか、予定されていた2000年のカウントダウンは中止され、ブエノスアイレスの象徴であるオベリスコ周辺も、5月広場付近も、集まった人たちが自分であげる花火と爆竹の音がけたたましくなるばかりで、いつもはお目見えする特設ステージもなく、寂しい幕開けとなりました。

 

 テレビでも、アルゼンチンの2000年幕開けイベントは、大統領も出席した最南端の港町ウシュアイアでのイベントでした。1999年最後の瞬間、舞台ではタンゴが踊られ、2000年になった瞬間に港のあちらこちらに大きな花火が揚がりました。そしてアルゼンチンを代表するバレーダンサー、フリオ・ボッカのステージ、と2000年幕開けにふさわしいイベントだったようです。

 

テレビは他の地方都市も撮していました。アンデスの裾野、ワインの一大産地であるメンドーサで花火の揚がる様子、ブエノスアイレスからパラナ河(ラプラタ河)上流へ400キロ行ったところにあるロサリオの様子などなど。しかしブエノスアイレスの様子はほんの1分くらい屋上から撮った映像が映っただけでした。

 

 ブエノスアイレスのあちらこちらから花火の音が聞こえるのは例年通りで、クリスマスの時と同じです。花火の音が大きすぎると、道端に駐車された車に設置してある盗難防止用ブザーが反応してしまって、夜中の住宅街にけたたましく鳴り響きます。この盗難防止ブザー、日本ではあまりついていないのですが、ブエノスアイレスではごく一般的です。広場の脇に止めてしまった車などは大きな花火がなる度に反応していましたから、一晩経ったらバッテリーがあがって動かなくなったのではないでしょうか。

 

 幸いに2000年問題はびっくりするほどなにもありませんでした。その前に停電が各地で相次いでいたので、「2000年問題の予兆か」などと騒がれていたのですが、逆に2000年になってからは全く起こっていないのが逆に奇妙な気がします。

 

  さて、2001年の幕開けですが、2000年12月30日、パレルモ公園でブエノスアイレス市主催の花火大会が開かれました。プラネタリウムをライトアップして行われた花火大会は2時間に及びました。しかし翌日の31日、1月1日はカウントダウンなどの行事はなし。その替わりに新年になる30分前から、各家庭が買い込んだ花火が鳴り始めます。花火はマンションのベランダや公園からひっきりなしに上がり、夜明け近くまで続きました。

 

 

次にどうぞ   先頭へ