TANGO X 2

 

 

ブエノスアイレスと言えば、誰でも思い浮かべる光景が「タンゴ」。確かに街には数多くのミロンガと呼ばれるタンゴのダンスサロンがあったり、タンゲリアと呼ばれる、多くは観光客向けのディナーショーが行われていたりと、タンゴに触れるには最高の環境です。

 

そんな中で、常に外国で主に活動しているタンゴのダンスグループも2つほど存在し、NYで活動するリベル・タンゴ(自由なタンゴの意味)、欧州など世界各地を廻るタンゴ・パシオン(情熱のタンゴの意味)があります。

 

一方で、活動拠点を主にブエノスアイレスにし、時々海外公演を行うタンゴ・ポル・ドスというグループがあります。彼らはもちろんタンゴ好きの多い日本でも何回か公演を行っています。

 

Tango X 2 と書いてタンゴ・ポル・ドスと読むのですが、「2人のためのタンゴ」という意味です。「X」は算数の「かける」と同じで読み仮名ならPORと書きます。

 

さて、このタンゴ・ポル・ドスは、例年8月から11月くらいの春に、劇場街のコリエンテス通りにあるアルベアール大統領劇場で月曜火曜を除く毎日公演を行っています。入場料は1階席でも14ドルと激安、狭い劇場なので2階席でも十分に見えますが、これだと8ドルですから、金銭的な面では毎日通えます。

 

さて、このタンゴ・ポル・ドスを主催するのはアルゼンチン切っての男性ダンサー「ミゲル・アンヘル・ソット」Miguel Anguel Zotto。その踊り方は極めて独特なもので、早く小刻みな足技など、他のダンサーが同じように踊れば、それはソットのまねだね、と言われてしまうくらいだそうです。

ですから、逆に彼にレッスンをしてもらっても、他の人とは踊れない、なんていうこともあるようです。とはいっても、彼に個人レッスンを頼んだら1時間数百ドルするそうですから、頼む人はあまりいないと思いますが。

 

このミゲルの相手をずっとつとめてきたのがミレーナ・プレブスMilena Prebus。その大胆な表現力などは世界でもNo.1といわれる女性タンゴダンサーです。しかし残念なことに夫婦同然の恋人でもあったミゲルとの確執から、2年前に降板、「ミゲルとはもう二度と踊らない」と言ったそうです。その後もプロデューサーとしては名前を残し、若手への振り付け等の指導は続けているようですが、実質的には別に踊っているようです。ミゲルは彼女のことを称し「いまでも彼女が最高のダンサーだと思っている」と語っています。

 

タンゴ・ポル・ドスの演目は1996年がPerfume de Tango(タンゴの香り)、1997年と1998年がUna Noche de Tango(タンゴの一夜)でした。1999年は公演がありませんでしたが、今年はPerfume de Tangoを少しアレンジして復活させています。

 

Perfume de Tangoは、照明効果や、薄い垂れ幕の前後で2人が同じ踊りを踊って、まるで幻想の鏡のような効果を出したりと、アルゼンチンの舞台技術の高さを証明する素晴らしいものでした。1996年の公演では、ミゲルとミレーナのペア以外にも6組ものペアが出演し、それぞれが高度な技を披露していましたが、この6組のうちのほとんどは独立して、既に有名ダンサーとして活躍しています。そしてダニエル・ビネッジDANIELBINELLIのバンドネオンもすばらしいものでした。今年の公演では彼のバンドネオン独奏が見られなかったのが残念です。

歌手、踊り、そして演奏と、つぎつぎと目先を変えて、短い公演時間の中でタンゴを繰り出す舞台は、一瞬たりとも飽きさせません。

 

翌年のUna Noche de Tangoは、前半が1920年頃の場末の酒場を再現した舞台セットで、船乗りたちと娼婦が出会って踊っていきます。時に演奏者に声を掛けて曲をリクエスト、そんなやりとりは昔のブエノスアイレスのよき時代を感じさせてくれました。そして、後半はうってかわって煌びやかな社交界でのタンゴ。時に仮面を付けた仮面舞踏会になったり、老夫婦がコミカルに踊ったりと、前半とのギャップの凄さが印象的でした。

 

今年のPerfume de Tangoでの特筆は、ミゲルがアルゼンチンの永遠の名タンゴ歌手カルロス・ガルデルCarlos Gardelのまねをして、張り付いたような笑顔でギターを持って現れたことでしょうか。確かに髪型をオールバックにして笑顔を作ると、この国民的英雄ガルデルとそっくりで、舞台に出てきたときには思わず吹き出してしまいました。

 

春に当たる9月から11月頃に、大勢のアーティストたちが海外からブエノスアイレスに戻ってきて世界で磨いた技を披露しあいます。もし芸術のブエノスアイレスを楽しみたいとお考えなら、この季節の訪問はいかがですか?

 

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