Una Historia del Teatro

 

 

ブエノス市内のサンタ・フェ大通りは、ガレリアと呼ばれる、主に洋品店が集まった「モール」が幾つも立ち並んでおり、お洒落なカフェテリア、流行のブランド服やCDショップ、靴屋、それに映画館が軒を連ねた、普段から人出が多く賑やかな通りとして知られています。その大通りに、今からざっと80年前の1919年に建築された古い劇場がつい最近まであったことを、いったいどれほどの人が覚えていのるでしょうか・・・。

 

ブエノスアイレスは1900年代前半に栄華を極め、劇場の数は「世界三大劇場」として名高い「コロン劇場」を筆頭に500を越え、パリやニューヨークを凌いで世界一劇場の多い都市だったと言われています。

裕福な婦人達は週に2回以上美容室に通い、パリのエスプリを装った紳士方に手を取られ、当時流行の演目を観るために劇場へ、そして毎晩のように繰り広げられる晩餐会の華やかな会場へと向かったものでした。

 

しかし第二次世界大戦後、当時戦地となっていた地域で農業が復活すると共に、それまで農産物の供給で外貨を稼いでいたアルゼンチンは、世界で5番目といわれた先進国の地位を真っ逆さまに転げ落ち、栄華な時代にもピリオドが打たれました。それ以降、この国が当時さながらに繁栄し裕福な時代を迎えたことはありません。あれほど多くの人を集めた劇場も次々と閉鎖される運命を辿り、あるものは映画館として再開されたものの、かつてのヨーロッパ的優雅さや、立ち入る人の華やかな装いは期待できるわけも無く、全てが「ありきたり」となっていきました。

 

件の劇場は、他の劇場に追随するかのように、その後映画館として第二の人生を迎えました。サンタ・フェ大通りとカジャオ大通りの交差するこの一帯は特に人通りが多く、映画が半額で観られる水曜日の夜や週末には若者から年輩者まで幅広い年代層がこの周辺を闊歩します。封切り映画を上映していたこの映画館にも、さぞかし多くの観客が詰めかけたことでしょう。

 

しかし、この場所からわずか800メートル程度離れた場所に最新型のシネ・コンプレックス(複合型映画館)「ビレッジ・レコレータ」が3年前に登場、16ものスクリーンを有し、更にマクドナルドといった集客力の高いファーストフード店の誘致にも成功したため、付近の映画館には次第に客が減っていきました。

 

「元劇場」だったこの映画館もまた、他の映画館同様に客が減少、そして遂に閉館へと追い込まれてしまいました。そうして数年後、「元劇場」は書店の大手チェーンであるEl Ateneoに買い取られ、昨年末オープンしたのです。

昔の劇場の設備を最大限に生かし(おそらく、映画館として利用されていた頃もそうだったのでしょうが)また内装も極力そのままに、見事な「劇場型書店」と生まれ変わりました。

書店のエントランスを入って数歩進むと、いきなり度肝を抜かれます。20メートルは雄にあろうかと思われる天井部分の立派な絵画は劇場当時のままに「吹き抜け」となっていて、そこが非常に贅沢な空間であることが徐々に視覚に伝わってきます。当時のチケット売場はキャッシャーに、本棚の配置にも気配りが感じられ、手すり部分は閲覧時の背もたれとして当時のまま残されています。劇場の要である舞台部分はカフェテリアとして、その左奥には当時そのままにグランドピアノを配置し生演奏が楽しめるようになっています。

劇場中央部にエスカレーターが新たに配置され、地下に降りると元オーケストラボックス、俳優の更衣室などのスペースが子供向けの本売場に、2,3階の客席は取り払ってすべて本棚にして、展覧席部分にソファーを配置し、ゆっくりとした雰囲気で本を選べるようにしてしまいました。

壁も当時そのままの豪華絢爛さを残しつつ塗装し直しているので、端々には金の縁取りが見られ、当時を偲ぶに十分な雰囲気を醸し出しています。

 

時代に翻弄され変化を強いられるのは、なにも人間だけはなく、こうした文化そのものでもあるということを、ここで改めて感じました。が、こうした形で古き良き時代の建築物が復刻され現代人の目に触れ、国の文化を見直すきっかけとなれば、それはとても有意義と言えるでしょう。

あなたもぜひこの書店を訪れ、古き良きブエノスアイレスをほんの少し振り返ってみてはいかがでしょうか。

 

LIBRERIA EL ATENEO  (Av.Santa Fe entre Riobamba Ayacucho)

 

 

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