TIGRE

  2000年3月、ブエノスアイレスから約30キロ北にあるティグレを訪れた。ティグレはラプラタ河に面した町で、高速道路がブエノスアイレス市内から通じているので、約30分で着いてしまう近さだ。一帯は豊かな水をたたえた水郷地帯で、観光船や大規模な遊園地パルケ・デ・ラ・コスタ、カジノなどの娯楽施設が充実している。ブエノスアイレスの人たちが週末に気軽に訪れる観光地だ。

 今回は、ティグレの遊園地などではなく、乗馬の先生から紹介されたペンションを訪れることになっていた。近所に住む秋月夫妻と出かけたのだが、自分の車で行くと駐車場が心配になる(管理のずさんな駐車場が多い)ので、メーターの気になるタクシーより気軽なレミース(ハイヤーの一種)で行くことにした。といっても料金は高速代込みの全部で25ドルと、ガソリン代など考えれば自分の車で行くより安かったかも知れない、と思った。

 正直言って30分で着くとは考えもせず、朝はかなり早くにブエノスの我が家を出発した。ティグレに到着してから船の出発時刻までは時間があったので、船着き場のカフェテリアでコーヒーを飲んでから船に乗り込んだ。船はLanchaと呼ばれる定期船で、ティグレからラプラタ河に広がるデルタ地帯を巡る。目的地までは片道1時間半以上掛かるが、料金は往復で11.5ドルと、これまた意外に安かった。その代わり船は超満員、大きめの荷物はすべて屋根の上に載せられる。デルタ地帯のため波がないので、非常に穏やかで気持ちがいいし、船酔いの心配が無い。ティグレの港を出発してすぐは行き交う船も多く、町の排水のせいでかなり臭いが、しばらくすると別荘の立ち並ぶ一帯に差し掛かり、だんだんニオイも消えてくる。河の両岸には、ボートが停泊するための桟橋を備えた様々な別荘が見え、犬が芝生の庭から飛び出して船を追いかけて走っている。ブエノスアイレスからわずか30キロ地点にある、何十キロ四方の巨大なデルタ地帯一帯をすべてこのような別荘地帯に使用していること自体、アルゼンチンが発展途上国ではなく、先進国ではないかと思わせる。

 デルタ地帯には船に燃料を供給するためのガソリンスタンドや、売店、レストランなど、なんでもある。船で訪れるのが前提の店ばかりだから、このような別荘の所有者は皆、小さなモーターボートくらいは最低でも所有しているということだろう。

 約1時間半で目的のペンション「Los Pecanes」に到着。ティグレは過去2回訪れていたが、このデルタ地帯がこんなに広いとはちっとも知らなかった。そしてこの広大なデルタ地帯の奥の方に、こんなにも多くの別荘が建てられていることも、普通の人が宿泊できるような施設があることも。ペンションのオーナー夫妻は我々を桟橋につき出した階段のところまで迎えに来てくれていた。

 1時間半も奥に入っただけあって非常に静かな場所で、時折、食料や建設資材を乗せた船が通り過ぎるのみ。広く整った芝の庭も開放感があって気持ちいい。たった1泊だが、充実したひとときが過ごせそうだ。更にデルタの奥に行くと、別荘もない野鳥の楽園になっていると言う。

 ペンションを経営する夫妻は、昔は世界中を旅していたらしい。壁には氷の絶壁を登っている写真やバックパッカー時代の写真などが多数飾られている。釣りにも頻繁に出かけるようで、食堂の壁にはドラードの頭の剥製が2つ、鋭い歯を付けたまま飾られていた。また、いろいろな鳥をかたどった木彫りのコレクションがあり、とてもかわいらしく、それらはサイドテーブルにセンス良く並べられていた。全体的にカントリー風のかわいいペンションだ。3つしかない部屋は、それぞれテーマカラーがあって、今晩泊まる部屋はベビー・ブルーの、いかにも小さな男の子に用意されたような雰囲気がある。バスルームも同色系でまとめられ、トイレなどに使う水は全て雨水を浄化したものなので、飲料水は別に添えてあった。 

 ペンションの周りにも別荘が並んでいたが、それぞれの家に桟橋がついており、家と家の間隔も広く、しかも小川で区切られて溝には散歩をする人のために板が渡してあるだけで、隣り近所も通行人もまったく気にならない。日本にはきっとこんな別荘地は滅多に無いだろうと思う。川沿いの木にはハンモックが幾つか吊されている。持ってきた本をゆっくりと読みながら、ハンモックに揺られているうちに、いつの間にか眠ってしまい、皆は近くの散策に出掛けてしまった。ペンションの4匹の犬たちが庭を駆けって行くだけの、静かなひととき。我々以外には、木曜日から宿泊しているという老夫婦が滞在しているだけだった。 

食事は全てペンションの夫妻の手作り。野菜も裏庭の家庭菜園で作ったものだ。庭の見渡せるテラスでコーヒーを飲んでいると、日用品を積んだポンポン船が通り過ぎていった。なんとなくのどかで、わけもなく見送ってしまいたくなる。この日の昼ご飯は、お手製チキンカツとサラダ。夕ご飯には、これまた自家製のラビオリが出され、どれも家庭的な味わいだった。

 翌日、ペンションの手漕ぎボートを借りて川に出てみた。慣れない手つきで初めのうちは葦の林に突っ込んだりしながらも、徐々に慣れてきて方向が掴めるようになってくる。途中、水上スキーをする人たちとすれ違ったり、桟橋近くでは水着でのんびり日を浴びている人たちや川で泳ぐ子供達の姿を見た。アルゼンチン人の余暇の過ごし方に、日本とは異なるこの国の豊かさを感じた。

 2日目の昼食は庭に出てアサード焼き肉。それに数種類のサラダが付いていた。少し前に桟橋に到着した、大きなクルーズ船の一団と一緒の食事となったのだが、どうみても億単位の値段がしそうな豪華クルーズ船には思わずため息が出てしまった。 毎週末のようにこうして日曜日の昼食だけ食べに来て、デザートも食後のコーヒーも飲まず、そのまま帰ってしまうのだという。秋月夫妻の赤ちゃんのクラウディーも目をキョロキョロさせて、いつもと違う空気を楽しんでいるようだ。

お腹も満たされ、ワインを飲んで気持ちよくなった頃、我々は最終便のひとつ前の船でペンションを出発することにした。そして間もなくその定期船が見えると、名残惜しさを感じながら、それに乗り込んだ。行きとは反対に、帰りは徐々に乗客が増え、川幅が広くなったときには、もう満員状態。先ほどの静けさはもう無く、ティグレの町に近づくにつれ、都会の喧噪が再び蘇ってきた。しかし、ブエノスアイレスからこんなにも近いところに、こんなにも違う世界があったのだ。ティグレからは観光鉄道であるTren de la Costaに乗り、線路沿いの大邸宅の数々をしばし横目に眺めつつ、大統領官邸のあるオリーボスからバスに乗って家路についた。

 

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