ベネズエラ紀行・その3

 

 

いつになく爽やかな朝だった。

毎晩のごとく夜空を見上げては満天の星を数え、一番明るい星カノープスが平原の地平線に沈んでいくのを確認してから眠りに就いた。そして朝を迎えるのが、この旅の日課となっていた。

 

赤い岩の上を流れる滝と川

昨日は国立公園内に点在するインディヘナの村々を訪ね、子供達と一緒になって川で遊んだ。皆、陽に焼けて真っ黒。元気いっぱいだ。川は良く澄んでいて、子供達の遊び場からだいぶ離れたところには、おたまじゃくしがここそこと無数にいる。そっと手で掬おうとすると、おたまじゃくしの方から手の中へ飛び込んできたのには驚いた。何という警戒心の無さだろう!嬉しくなって夢中で彼らと戯れた。こんな自然とのふれあいは、もう忘れるほど久しく無かったと思う。なんだかとても清々しい思いが胸を駆け抜けて行った。

 

グランサバナとテプイ

さて、ベネズエラの旅も後半にさしかかり、「グラン・サバンナ」滞在も3日目、すでにジープで相当の距離を走った。今日はチヴァトン村からイボリウ村へ向かい、そこからカヌーに乗って川を下り、滝見学の予定だ。ジープは連日の土埃で白っぽくなり、我々の荷物も同様だった。乾期でも通常はスコール(通り雨)くらい降るらしいが、今回に限っては今の時点まで幸か不幸か全く降ったためしが無かった。

 

一時間半ほど走ると、イボリウ村に到着。村の脇を豊かな川が流れている。川岸には二艘のカヌーが止まっていた。いや、よく見るとモーターが付いている。原始的な作りのカヌーにモーターは不釣合いだったが、走り出すとこれが妙に早く、うっそうとした木々の間を抜ける時などは、鳥がモーターの音に驚いて逃げ出してしまった。このちょっとしたアマゾン探検気分の川下りは三十分で終わり、そこからは歩いてチナック・メル滝へ。そのまま船に乗りつづけると滝に落ちてしまうそうで、船着場の少し向こうには川の両側からロープが張ってあった。落差はおよそ百メートル、水は真下に向かって二本の筋がまっすぐに落ち、滝壷の手前で更に一段突き出た岩盤に当たって白い飛沫をもうもうと揚げている。滝上の川の穏やかな様子からは想像できない姿だ。以前、川を下り続けてこの滝壷にカヌーごと落ちた観光客がいたそうだが、もちろん誰も助からなかったという話。滝下へは険しい崖を降りると行きつくことができた。遠くには小さな滝が幾つか見え、これらの水が集まってひとつの流れを成し、やがては南米三大大河のひとつ・オリノコ川へと繋がるのだろうか。強い日差しを頭上に受けながら、しばしの間、滝を見続けていた。

 

夕方、宿に戻るとまもなくスコールが降り始めた。気温がぐっと下がり、水しか出ないシャワーが更に冷たく感じられる。部屋には暖房も無いので早々と食堂に向かった。そして温かい料理を食べ満足していると、宿の従業員が手品を披露してくれると言う。なかなかの手つきの良さと芸の細かさにこちらが度々拍手を贈ると、興に乗っていよいよ手品にも熱がこもり、大まじめであの手この手と披露してくれた。こちらも思いつくままクイズを出すと、唸りながら懸命に答えを模索した。気がつくと既に0時を回っており、食堂には我々以外に客は一人もおらず、彼らは仕事をほっぽり出したまま、皿の一枚も洗っていないではないか!でも彼らはいたって満足げで、心配無用といった表情だった。これといった娯楽が無いであろうこの宿の人々にとってみれば、こうした客との間の小さなコミュニケーションが、案外大きな楽しみなのかもしれない。手品を見せる時の彼らの笑顔がいつまでも瞼に残った。雨はすっかり止み、再び星空となった。

 

翌日。カナイマに始まってずっと見続けてきたテプイとは今日でお別れ。国立公園のシンボル・ロライマ山を後に我々を乗せたジープは北上した。

大平原を過ぎ、緑が段々と濃くなるにつれ気温も上昇し、光景もすっかりジャングルに変わった。森からは「鐘つき鳥」の声が聞こえる。最初は雄、その後に雌が鳴く。初めて聞くその鳴き声はギーコギーコと金物を切るような音だったが、姿はとうとう最後まで見ることはなかった。

目指すプエルト・オルダスまでの道中、「エル・ドラード」と書かれた看板が目にとまった。金鉱の村の名で、かつて豊富に掘り出された金やダイヤモンドによって世界にその名が知れ渡った所だ。村では今も金の売買が行われており、店の数だけで大小ざっと五十件はありそうだ。どの店も無防備なくらい開けっぴろげで、店員はお喋りに花を咲かせている。金鉱は現在も掘られ続けていて、周辺の国々から出稼ぎにくる者があとを絶たないそうだが、現在採取できる金の量は僅かで、鉱夫が丸一日掘り続けても手のひらにビーズ大の金の塊が数個発見できるだけだった。

かつての繁栄ぶりはどこにも見当たらないほど、村は寂れ殺伐としていた。

 

グランサバナにある滝

ジャングルの赤茶けた一本道を走ること数時間、やがてアスファルトの道が現れ、プエルト・オルダスに到着した。オリノコ河口に開けた港町で、石油やバナナなどの輸送に重要な役割をしている。目の前の整然としたビルの群れが、これまで過ごしてきた光景とのギャップを一段と大きくした。都会へ戻ってきたのだ、ということを否応なく認識させられたと言うべきか。妙に淋しさを感じた。なぜだろう?知らず知らずのうちに大自然の懐に抱かれて心地よさを覚え、そこから今離れなければならないからなのだろうか。

毎晩見上げた星空も、都会の夜ではもう見えない。最後にガイドのフランクリンと別れの挨拶を交わすと、「マタアイマショウ」と日本語で返ってきたのが憎らしいほど胸に響いたのだった。(終わり)

 

 

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