日記


8/31
 さて練乳教授リニューアルです。一人で。とりあえず決めなくてはならないのはどのようなスタンスでサイトを作っていくかですかね。例えば町やネット、TVなどで見かけた誰の目にも明らかにバカな奴を個人主義、自己決定主義、幸福主義、功利主義などの立場からさも嬉しそうに攻撃、時にはちょっと真面目に国家を否定したりするわりに理想とする個人のあり方がミニ国家だったりするような微笑ましいサイト、対話形式で男女がお互いわけのわからないことを言って煙に巻きつづけたあげくみんなの予想通り短命に終わるサイト、死体やフリークスの写真を掲載して好きなマンガ家はもちろん山野一にねこじる!犯罪すれすれのAVも大好き!絶望的で悲惨な状況にこそ人間の真の姿があらわれるとか思い込んでいそうなサイト、「弱くあろう。 希望、必要だろうか。僕らには絶望というかけがいのないものがあるじゃないか」「いっそのこと世界中が敵ならかえって楽なのに」 なんて書いててもてないとかいっているけど実は彼女いるんだよサイト、どれもなかなか捨てがたいんですが僕は出来れば呼吸も鼓動もやめたいくらい面倒な事が嫌いなので決断が出来ません。今こうして生きているのもわざわざ自殺するのが面倒なだけです。面倒を避ける思考さえもかったるい。 だから適当。出来ればサイトの中身よりも、ころころ雰囲気が変わったりするいかにも主義主張のなさそうな感じ、何かを伝えようという意志の無さ、一人きりになった姿などを楽しんで下さい。

「息をするのもめんどくせえ」って奴が出てきたのは北斗の拳でしたっけ?(調べるの面倒くさい)

 新サイト名は『人食いパソコン ニューヨーク上陸』ってのはどうですか。

9/3
 アシュタサポテTシャツ届きました。もらっておいてなんですが致命的なまでに使い道がありませんねこれ。いや服じゃないしどう見ても。
 ただ僕は今半分無職、体調最低、パソコン止まってばっかり、その他諸々で気分最悪半分キチガイ状態なのでで思わずこれ来て表へ出るところでした。なんとか踏みとどまりましたが。

 あと関係ないんですがセックスを開けっぴろげに描く女性作家、漫画家にはもう飽きました。特に鬱屈した満たされることのないのっぺりとした日常を描くための主人公とどうでもいい相手との空虚なセックスとか。

9/4
 表紙に虚ろな目で膝を抱えてうずくまる美少女のイラストが欲しい(結構本気)。

 ポケモン、デジモン、モンスターファーム、メダロット。これらの主人公達人間が自分じゃ戦わないアニメが少年達の人格形成に悪影響を与え犯罪者を生んでくれるに違いない。元がゲームってところもさらに期待を高めてくれます。たまに体はってしもべを守ったりするだけなのに敵にいっぱしの口を利き挙げ句の果てには説教までたれるあたりも好ましいですよね。もっともらしい悪口↓。
 一見、所詮本当のヒーローにはなれないと知った主人公(=アニメの主な消費層である大きいお兄さん達)によるヒロイズムの搾取とも受け取れるが、実はこれらのアニメ、主人公は自ら戦わなくてはいけないという通俗ヒロイズムに対するアンチテーゼなのである。また、しもべは通常戦いに向いているはずの肉体らしい肉体を持つ者はモンスターファームの数匹くらいであとは碌に戦えそうもない連中ばかりである。主人公は主に戦略や励まし、気合いを入れるのが担当でありこれは、肉体を持たないモンスター、直接戦わない、という本来戦いにともなう血や悲惨さ生臭さに対する二重の否定であり戦いで得られる快楽の部分だけを(以下略)

 途中でめんどくさくなりました。

 怠い。体調最悪。早くもやる気が尽きてきましたよ。

9/7
 私生活でこなさきゃならない雑用が色々あって逃げ出したい気分。
そんな日々を送りながら思い出したことが一つ。
僕は小学生の時学芸会でコントやりました。コントって。
どうしてこう碌でもないことばかり思い出すんだか。
どうせ自殺するなら耳掃除をしながらいいですね。耳掻きの先に毒でも塗って。

9/8
 いくら僕が人生を一からやりなおしたいからといって女優を夢見るアーパー姉ちゃんがウェイトレスやってるようなニューヨークのレストランで皿洗い(同僚はヒスパニックや黒人 暇つぶしは韓国人の店のショーウィンドウを叩き割ること)から始める(いつかあの黄金に輝くサックスを買うんだ。日本人にだってジャズ魂はあるんだぜ!あと俺をベトナム人と間違えんな。名誉白人だ!)必要もないわけですがなんかこう陳腐でもいいから物語が欲しいですね。冬の日本海を火曜サスペンス劇場で犯人が自白する時に使うような岸壁から眺めているとたまたま通りかかった人生色々ありましたって感じの三十過ぎの女に拾われて一緒に暮らしはじめやがて愛が芽生え小さなラーメン屋を持つことが二人の夢となり共働きで地道に資金を貯めていくのだがようやく店舗経営のめどがついた頃に女の昔の男(もちろんやくざ)が現れ、というような。

 あ、家出少女を拾うってのもいいですね。京都駅には落ちてるんだろうか?

9/30
 「お前は週末売春してるOLか!」という言葉を使いたいんですがそんな機会はいつ来るの?

10/7
 るつぼが欲しい。(挨拶)

 せっかくサイト再開したというのになにかを書きたいという欲望が全然わいてこない。
俺の職場の上司はこんなにバカだぜ!それを見抜いてんのは俺様だけだぜぇってかんじの日記を書きたくとも僕今無職でして。しょううがないから昔書きかけたエロ小説仕上げようかとも思うんですがめんどくさいし。どうしようかなぁ。もう閉鎖?


 そういえば対談企画ってあったな。

10/10 「好き?好き?大好き?」
 職探しの気力もわかず出かけるのも億劫な上に金もなくて平日の昼間から部屋にこもって『R・TYPE△』に興じるも同じ箇所で死に続けてるため飽きて電源を切りああそうだ図書館に本返さなきゃと思い出してもやっぱり出かける気力はわいてこず暇つぶしにブックマークの整理をはじめた頃滅多にならない部屋の電話が鳴った。

「もしもし、○○さんのお宅ですか」
「はいそうですが」
「私、USSR.comの今上というものです。さっそくですが○○さんはドーナッツはお好きですか」
「餡の入ったやつ以外は」
「餡ドーナッツを否定するやつは死ね。……まあそれはいい。それより今日はとても大切な話があります。」
「この僕に大切な話を持ちかけるなんてあなた大丈夫ですか」
「たとえ相手があなたでも大丈夫です。私どもはどんな人間でも幸せにする自信があります。これは大変画期的なドーナッツ販売法なのです。いいですか。まず○○さんは入会金、会費半年分、テキスト代、道具代、材料費、送料、その他雑費として195000円を私どもに支払います。」
「ドーナッツの語源ってなんでしたっけ」
「さてそうするとあなたのところにドーナッツの材料とテキストが届きます。そしてあっという間にドーナッツが出来ます。実は重要なのはここからです」
「その他雑費というのは具体的にはなんの費用ですか」
「ドーナッツを作るとき生地の中をくり抜きますね。その余った生地はどうするのかな?集めてまたドーナッツにする?ちがーう。あなたがまた会員を見つけて売るんです。材料以外はうちから卸しますから入会金、会費半年分、テキスト代、道具代、材料費、送料、その他雑費として195000円で。そのうちの六割をこちらに収めさえすれば残りは全部あなたのものです。さらにその孫会員が別の会員の勧誘に成功すればそのあがりの一割があなたのものです」
「今聴いた限りではねずみ講やマルチ商法によく似ている様に思えるのですが」
「ドーナッツの語源はdough(練り粉)+nut(クルミ)からです」
「素人が支配する今のテレビをどう思いますか」
「面白い語源じゃなくて申し訳ない」
ぼくも未だにモーニング娘のメンバーの区別つかないんですよ
「その他雑費の内訳は私にもわかりません」
「『純情パイン』は連載にならないんですかね」
「この大変画期的なドーナッツ販売法が成功すればあなたが儲かるだけではなく日本に革命をもたらすでしょう。近代の終焉、さらば戦後、さらば二十世紀」
「ところで僕は今無職でまったく金がないんですが」

 電話は切れた。

10/13
 『ホーホケキョ となりの山田君』評判ほど悪くはないじゃないですか。大して面白くないってだけで。そりゃまあ元がわざわざ4コマに凝縮してあるものを間をつなげて引き延ばしてしまえばテンポもスピードも殺されてしまうのは確かですけどね。サザエさんでも本編よりエンディングのほぼ元の4コママンガのやつの方が笑えますし。4コマに限らずギャグマンガはアニメ化しづらいんだからやめときゃいいのに。アニメ版『うる星やつら』の様に原作とは違った面白さを持ち込んでくれたら話は別ですが。まあ『ホーホケキョ となりの山田君』が原作の毒のかわりに持ち込んだものが「のほほん」だの「ほんわか」だの「家族」だの、というのが困るんですけど。テンポやスピードが殺されてしまうのがかえって功を奏しているわけですが、どうでもいい映画には違いありません。それより高橋留美子と吉田戦車の最も魅力的な部分は同じだと思っているんですがうまく説明できません。仕方がないので各自自習するように。

 ところで『センチメントの季節』が扱うネタって妙にワイドショー臭くないですか。ワイドショーが否定的にまたは表面だけの同情で取り上げるような「現代の若者」が多いような。確信もてるほど僕もワイドショー見てるわけじゃないんですけど。
取材とかはしないらしいけど家でぼーっとテレビばっかみてんのか?

11/11
 ミステリのどこが面白いの?と言われて怒るミステリマニアより怒らないマニアの方が絶対嫌なやつだ。

11/25
 昔人の記憶を偽造したことがあります。刷り込み続けて数ヶ月。彼は今もアレを思い出として持っているんだろうか。

12/27
 吟味したりひねったりするのは面倒なので思い出した順の「我が心の十冊」

『旅路の果て』 ジョン・バース
『富士』 武田泰淳
『完本 チャンバラ時代劇講座』 橋本治
『トム・ジョウンズ』 フィールディング
『太陽がいっぱい』 パトリシア・ハイスミス
『ゴーメンガースト三部作』 マーヴィン・ピーク
『坊ちゃん』 夏目漱石
『永遠の夫』 ドストエフスキー
『香水』 パトリック・ジュースキント
『夢の砦』 小林信彦

 こういうのは十年後(十日後?)くらいに眺めたとき恥ずかしくてのたうちまわるのが楽しみですね!

1/4
 最初に『麦の海に沈む果実』を読んだのは間違いだったんでしょうか。プロローグが上手いと思ったのは僕も同じなんですが上手ければ上手いほどこれは僕とは関係ない小説、という気がしてきたので途中で読むのをやめてしまいました。いや、図書館で同時に借りてきたのが金井美恵子の『小春日和』(アンチ少女小説)だというのがそもそもの間違いだったのか。恩田陸を僕に勧めるのならこれ!という一冊はありませんか?教えて下さい(傲慢な要求)。久世信彦さん(僕が考えたイン殺さんの本名)。

1/10 自覚のない嫌がらせは大変質が悪い
 ありがとうございます久世さん。『麦の海に沈む果実』は大島弓子や萩尾望都を読んでいた頃(遠い遠い過去の話)に出会っていれば好きになれたのかもしれませんね。お薦めの物から読んでみるつもりです。ただし今(も昔も)金がないので図書館で予約しないと。人気があるようで大抵貸し出し中なんですよ。

 それはそうとイン殺さんの本名を考えるという企画をやってもらえませんか。もちろん正解を発表する必要はありませんよ。それに単なる思いつきでして決して嫌がらせではありません。ただし参加者によってはとても不愉快な面白い企画になるかもしれません。

1/11 笙野頼子『レストレス・ドリーム』
 うーん、これもおもしろいけど『説教師カニバットと百人の危ない美女』の方が行儀が悪くて良かった。どうも『レストレス・ドリーム』の抱える切実さは文学畑向けという印象をがあってそこが不満。カニバットの方が行儀が悪いというか笙野頼子の生の感覚に近くタフネスと切実さを兼ね備えていてかっこいい。まあ『レストレス・ドリーム』にしても普通の小説に比べればずいぶん行儀が悪いんだけど。

1/13 稲葉振一郎『ナウシカ解読』
 読んでいて色々と柄谷行人『倫理21』とつながるところが多かった。こういうのを読むと他者だの倫理だの正義だのほざいて白い目で見らたあげく「いやここで言う倫理の意味を世間一般での解釈に引き寄せてもらっては困るんだよねぇ」などといってさらに冷たい目で見られる、なんて事になりそうである。いやとても真っ当で優れた本なんだけどね。僕は『ナウシカ』のファンでもなんでもないけど面白かったし。こうやってなんでも茶化して笑い飛ばすような行為は相対主義、筒井康隆などを稚拙に援用したオタク的現状肯定にしてすべてを相対化する自分をも相対化するというある意味絶対的な立場への逃避である、ということになるのか。80年代的感性?って練乳教授作ってた人間が言う事じゃないか。それにしても『ナウシカあるいは旅するユートピア』にはある笠井潔批判はどうして本書では削られたのかな。 これも結構重要だと思うんだけど。

1/15 笙野頼子『ドンキホーテの「論争」』
 『SIGHT』VOL.4の斎藤美奈子の書評で知った本。これは純文学擁護、というか誰もが一度は目にしたことがある稚拙な純文学叩きへの批判の書。僕は純文学になんの思い入れもないけどこれは色々と参考になった。純文学に限らずSFやミステリなど、ジャンルの定義論争や特定のジャンル叩きに違和感を感じたことのある人なら読んでみるといいかもしれない。
 ジャンルの定義なんて人それぞれだし境界線も曖昧なんだからそんな物取っ払ってしまえばいい、小説なんて面白ければいいんだから、というような一見開放的な意見は実はとても乱暴なものだということ。『ナウシカ解読』を読んだ人間なら小説における帝国主義的ユートピア主義だ!というべきか。ジャンルというのは要するに「場所」の名前って事だね。
 たとえ「SF」や「ミステリ」などの定義が曖昧でどのジャンルにも当てはまらない作品が少なからずあるとしてもそういう「場所」があることによってしか生まれ得ない作品が確実にある。それが小説なんて面白ければいい、などという差異を隠蔽する小説全体主義からみればめちゃくちゃだったり難解だったりしても様々なジャンルを統合すべきではないのだ。

 なんか読書サイトみたいになってきた。

1/16 殊能将之『ハサミ男』
 今頃になって読みました。特に感想なし。昔はミステリが好きだったのでその頃に出会っていれば狂喜したであろう作品。どうして僕が高校生の頃出てきてくれなかったのか(わがまま)。ああ、ずいぶん読書感覚が変わってしまった。だんだん読める範囲が狭まっていくような。優れたエンターテインメント小説を突き放したような読み方しかできなくなってきた。かといって純文学派でもないのでもったいない。自分が面白いと思う物以外からはなにも受け取ることができない、というのはちょっとまずいな。

1/18
ドリアンボーナスステージ(雑魚キャラ粉砕ステージ 神心会一人につき5点 百人倒すごとに追加ボーナス1000点)はいつまで続くんだろう。

1/21
 家賃を合法的に踏み倒す手口はないものか。

 ああ、そういえばさらさらさんは受験だ。ちゃんと行ったのかな。

 あと、以前に2チャンネルで知ってはいたんだけど、『探偵ナイトスクープ』の司会が西田敏行って本当なんだね。最悪。

1/22
 「乙武洋匡 エマニュエル坊や 」で検索するとうちがヒットするよ!
ってこんなキーワードを入れる奴はいません。

1/23
 乙武洋匡補完計画。庵野秀明は変な不思議っ子映画を作るより彼を題材にすればいいのに。寄生獣とか出せば何とかなるよ。四肢を補完してパーフェクト乙武を作ろうとするんだけど足だけ間に合わなくて。
「足なんて飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです」
というお話。
観ないけど。

1/24
 僕はあまり映画やドラマなどで美しいと感じたり感銘を受けたりはしない人間なんですが、以前一度だけ体が痺れるほど美しいと感じたことがありました。それは『アリーマイラブ』に登場した、

 「18年間輪ゴムを集め続け刑期が残り一ヶ月の時それで作ったトランポリンで脱獄した男」です。

 輪ゴムで作ったトランポリン! 美しすぎる! 脱獄にして脱獄にあらず!
この美しさの重要な点はストーリーや男の人生ではありません。僕はこの話を途中から観たので詳しいことはわかりませんし裁判物だけど判決がどう出るかも興味ない。

 「18年間輪ゴムを集め続け刑期が残り一ヶ月の時それで作ったトランポリンで脱獄した男」

 というパーツそのもの、映像そのものがただひたすらに美しいのです。そこから考えるとこのドラマは色々と語りすぎで余計な真似をしているのですが(もちろんドラマとしてはそれで正しい)。ただこのパーツをポンッとむき出しで提出して欲しかったな。

1/26
 金がないので昔買った本やマンガを読む生活。いややっぱり大島弓子はすごいね。いまさら僕がいうまでもないことけど。実際、岡崎京子や吉田秋生といった小賢しいだけで「昔美少女だった(つもりの)男」や「昔美少年だった(つもりの)女」へ媚びているだけの連中とは格が違うよ。ああいう媚び方はちょっと頭の良い奴を勘違いさせるには最適なんだろうけどね。小さな小さな「正解」をこめた世界観を振りまき続ければいいんだから。まあそれを心地よいと感じるやつもいるんだろう。「おお!これこそ俺が今まで薄々考えて、常々感じていたことなんだよ!よくぞ『リバーズ・エッジ』を書いてくれた!」って。

 仮に岡崎京子が歴史に残り大島弓子が忘れ去られても(そんなことはあり得ないけど岡崎京子の方が歴史に残りやすいタイプには違いない)すごくかっこよくてとんでもなく優れたマンガを書き続けたのがどちらなのかは明らかだ。

 平坦な戦場?なんだそれ。

1/27
 ケイン・コスギを観ていていつも思うことはなぜ誰も彼を生かそうとしないのかということだ。まあ確かにぶっちゃけた話彼はどこか鍛えているかなんか頑張っているだけで華という物を感じない人ではある。『CAT’S EYE』での彼がどんなだったかなんて誰の記憶にも残ってないだろうし。しかしもったいないじゃないか。せっかくまともにアクションをこなせる人を単に頑張らせるだけというのは。ここは一つ岡村隆史あたりと組んで香港映画に出てもらいたい。岡村隆史も大して面白い芸人ではないが体を動かしているときはまだましなのである。体技の人、とまではもちろん行かないが、対比でこの二人を面白くみせることはできるはずだ。二人あわせてなんとかジャッキー・チェンの足下に及ぶか及ばないかという程度だが、隙間タレントばかりの中ではまだまともな特技を持っている人間がほったらかしというのはちょっと悲しいじゃないか。ナンシー関ばりにテレビを隙間タレント群像絵巻として楽しむのも一つの態度だけどそればかりというのもな。がんばれケイン。

1/31 「今週は血で萌えてみました!」
 高橋しん『最終兵器彼女』がバカなのはあざといからじゃなくてこの作品が目指す物を描くに足る力量が明らかにないからです。鼻につくけど観るべきところもある、なんて評価は間違ってますよ。いつだったかヒロインが親しくなった兵士が死にかけていたので血塗れになりつつ彼氏に心の中で詫びながら恋人のふりして抱かれる、という話がありましたがこれあざといですか?いやいやこういうシーンを作るのなら、親しくなった兵士が死にかけていたので我を(もちろん彼氏のことも)忘れて抱いてやる、ぐらいのことをやって初めてあざといというのです。ただの萌えシーン集でしょこのマンガ。血塗れとかもそう。戦争もそう。悪趣味と真面目に文句を付けるほどでもない。そこまで到達してないって。
 この作品の読者の99%がそのずれっぷりをあざ笑っているんだと思ってたんですが意外とツボを突かれそうになって必死に抵抗している感じの人が少なくないのはなぜ?

2/1
 あー、誰か一時間寝るごとに千円くれないかな。儲けまくりなのに。

2/3
 僕が求めてやまないのは底なしの悪意。知性とユーモアに裏付けられた言葉によってまるで青空の下見渡す限りの草原の中で銀色に光る敵機に機銃掃射されるかのように人格を否定されるのは本当に楽しい。もっと!もっと言葉を!

2/5
 なぜかネットで評価の高い『遠藤浩輝短編集』は昨日その手の本を読んだんですって感じの「ピストルは男根の象徴」「恋愛は他者に自己を投影しているだけ」「父親との関係を恋愛という関係で繰り返しているだけ」といった通俗心理学がかなり鬱陶しいですね。ココロジーですか?心理学の本を読むなら読むでもう少し自分の中で消化してから作品に出して下さい。それに世界を残酷さや絶望に満ちていると「観る」のは単にそこから通俗アイロニカルロマンに繋げたいだけとしか思えません。世界を滅ぼしたい、ひっくり返したいといった幼児的欲望と大差ないと思います。その様な世界の中でもなんとか生きていこうとする様に切実さを感じるんでしょうかこれ好きな人って。でも「この世は無意味で残酷で絶望に満ちている」という世界観自体がそれをそう観る意識自体は確保されるため、世界に対して超越的な立場にありたいという欲望によるものではないのかという疑問は拭えません。このマンガを好きな者が後生大事にしているのは世界観から一歩抜け出すことではないのでは。一歩抜け出すもなにも、最初から密かにその世界観自体に、自己意識だけは無意味や絶望から逃れられるという転 倒を含んでいるのですから。

2/6 昨日の続き
 三つ編みツルペタ美少女のかける眼鏡はやっぱり処女膜の象徴だよね(通俗心理学)。



 あと今日は「ガッちゃんのモデルってハーポ・マルクスじゃないの!これって大発見?」とか思って検索したらわりと誰でも思いつく事みたいでがっかりしたりしてました。

2/6(その2) 『プラネテス』幸村誠
 ただ原色ばりばりで派手なだけの地球なんかよりクレーターだらけでゴツゴツしてて岩と砂だけの月面の方が美しいに決まっている!決まっているんだ!

地球なんてオナップ星人にくれてやれ!

あと一話ずつでもいいから単行本化してしまえ。ロックスミスとタナベが登場しなけりゃこのマンガ買おうとは思わなかったので。

2/7
追悼 純情パイン 純情パインとはなんだったのか

未来ではなく、エヴァ以降の僕らの地平の先に確かにある明日のために

交換日記が僕らに与えてくれたもの

純情爆発とは一体何を否定しているのか

みちるの出産にこめられた「生産/再生産」の二項対立からの脱出

純情パインにおけるパロディーは僕らの共通体験を…

一話完結怪獣退治物からストーリー物への転換の意味

純川純三とは オナップ星人とは 森めめんととは 記憶喪失とは パッチンガムとは

そしてクロスボンバーとはなんなのか

『純情パイン論-純情ナッコォの先にあるもの-』
2/15発売!

2/8
 ひらしょーで薦めてたミューズリーを買ってきた。まさに鳥の餌のような外見。でもうまい。その辺のシリアルよりうまいじゃないか。トウモロコシ(入ってないけど)とかを思い出す味。

2/9 笙野頼子『てんたまおやしらズどっぺるげんげる』
 様々な語り口の奔流、多声的な文体は今まで読んだ中で一番だ。読む方も距離感や解読度が常に揺らぐ。翻弄され続けるこちらもなにかが解体されていく。その快楽。

2/10
 ふと思ったが『ハサミ男』が読後なにも残らないのはこちらがわの理由だけではないような。小説全体が黙説法の様な物だと考えれば小説のどこに基点を取るかによって好きなように読めるのでは?まあどうでもいいか。

2/11 恩田陸『象と耳鳴り』『光の帝国』
作者も読者も地の塩タイプ、という感想。地方の国語教師とか、売れない書評家とか。これを好きな人って北村薫も好きそうだ。推理小説的な部分は結構面白いんだけどそれ以外の、世界に対しほどほどの疑問を抱きほどほどの答えを出していくようなところが物足りない。嫌味ではなくこの世界になんの疑問もなく浸れる人って幸せ者だとは思う。でも僕には川の対岸で大学の演劇部が練習しているような印象でしかない。どんな印象だ。

わざわざこちらから要求して薦めてもらったのに文句言ってごめんなさい。

2/12
 一万円出したらいとうせいこうの前髪を切って良いといわれたら僕は払いますね。

2/16 西川魯介『屈折リーベ』
 なんだよ、「好きになった人が「たまたまメガネだった」だけなんだ!」って。それ普通の奴じゃないか。なんだよ、素顔見てがっかりされて傷つくって。普通の女じゃないか。「どうしても眼鏡をかけた篠奈先輩でないとだめな秋保」と「そういう変態野郎な秋保でないとだめな篠奈先輩」の恋愛を見せてくれないと真の純粋メガネっ娘マンガとは言えないよ。中途半端だよ!もっとメガネに狂いやがれ!

2/27
電話代払えなくてアップできず溜まっていたものをまとめて。色んな物が払えなくて家主の冷たい視線が痛いよ。ガスレンジも冷たいよ。

3/6
 『いきなり!黄金伝説。』にトニートニー・チョッパーが出てました!、と十人は書くに違いない。

3/5
 ハンニバル・レクターの映画はシリーズ化するそうです。ただし原作なしの映画化の為低質化を危惧したアンソニー・ホプキンスは役を降り、二代目レクターにはハーベイ・カイテルがなるとのこと。カイテルはホプキンス演じるレクター像には疑問を持っていたそうで出演依頼に快諾だとか。

↑もちろん嘘です。

4/10
 小娘にキスされたくらいで呆けるとはなんたる体たらくかハチマキ。ハキムごとき肉塊にしろ!大体キスで目が覚めるってお前は何姫だ?所詮重力に囚われた者か。なに彼は地球を脱出するじゃないかって?おいおい彼が目指すのは木星だよ木星。


 あとシャアは地球の重力には囚われてなくても自分自身の重力には囚われてるっぽい。

6/25 駅前にて
「ちょっとすいません、そこの方。どうかあなたのために幸せを祈らせて下さい」
「おお、これは偶然、私も君のために祈ってやりたいと思っていたところだ」
「なんと!それでは僕とあなたの善意、どちらが勝るかの勝負と言うことになりますね」
「うむ、そうなるな」
「ではまいります、僕はプルプルプルプル大好きっ子、通称アルツハイマー病患者の方の手足に携帯電話に使われる振動モーターを仕込んで振動を振動でうち消そうとしたところ逆に振動が増幅してしまってさあ大変!ところがこれが幸いしてこの倍増した振動により足を動かさなくても微妙に進んでいくことが判明!そっと押した方にスーッと進んでいくから前進後進横移動も思いのまま。でも坂とかでは気をつけて!止まらなくなっちゃうよ?」
「行為の内容は問題ではない。私はただこの底なしの善意を発揮できればそれでいいのだ。ただひたすらにな!報いは求めぬ。失敗を恐れぬ。人々の未熟を嘆かぬ。ただこの善意に従うのみ」
「フッなかなかやリますね、あなた」
「そういう君こそ」



 なんか改めてみるとこのサイトはとても排他的なので説明のページを設けました。
このサイトについて

7/3
 粉塵爆発の実験やりてえ!誰か関西在住の人やりませんか。

7/10
 さて最近どうもひたすら眠くて眠くていくらでも眠れるので何もする気が起きない、当然何かサイトに書こうなんて気も起きるはずがない無いのですがそもそも何かを書きたくて書く伝えたいことがあって書くという行為がさもしい上にウェブサイト向きじゃないのですから最近のニュース系サイトという人の褌で相撲を取るような奴の隆盛もそれの表れといえるでしょうしサイトという場所があるからしょうがなく書くというより気がついたら書いていたという今日の僕の行為もことさらおかしなものでもないのです。それにしてもカルピスアイスは旨いなあ(今日の本題)。

7/11
 自分が何を書こうとしていたのかさっぱり解らない事ってよくありますよね。昨日書きかけだった日記を今見ると「ギャル御輿 これは恋?」とあります。俺にどうしろと。

7/12
「この僕には夢がある」
「お前が勝手に老け枯れたからといって俺がお前にきついツッコミを入れることに変わりはないんだぜーッ!」
「いいやあんたはもう僕にきつくツッコんだりしませんね。なぜならあんたは僕の相方になるからだ」
「僕はあんたと一緒に老け枯れて夢路いとし・喜味こいしになるつもりでいる」
「素人に媚びを売る漫才師を消し去るには、自ら漫才師にならなくっちゃあいけないって事さ」 
『夢路いとし・喜味こいし』は遠くでただ静かに漫才をしていてくれるだけだったが他人の顔色ばかりうかがっている僕に対しただ野卑なだけの芸で媚びずに媚びている芸人の間違いを示してくれた。師匠から学ぶはずの漫才を僕は赤の他人を通じて知ったのだ。奇妙なことだが………似たようなネタをやり様式に固まる『夢路いとし・喜味こいし』が僕の心をまっすぐにしてくれたのだ。もういじけた目つきはしていない…僕の心のはさわやかな風が吹いた……。

こうして僕は人気若手芸人に憧れるよりも…… 『夢路いとし・喜味こいし』に憧れるようになったのだ!

7/16
「みんな大変だーっ!!!個人サイトの終焉がやってくるぞー!!!」

「またかあのほら吹き坊主!」
「ほっとけほっとけ本当に来るわけでもなし」
「最近あいつ度が過ぎるぞ」
「おいお前!いい加減しろ!!」
「今日という今日はゆるさんぞ!」

「ち、違うよ!違うんだ!今回は本当なんだ!!」

「いつもそう言ってるだろうが!」
「この辺で本当にお仕置きしといた方が良さそうだ!」

「いつも言ってるのは冗談だけどこれは本当なんだ信じてくれよ!」
「信じてくれよ!早く逃げなきゃ本当にみんな消されちまうんだ!」



「俺は嘘つきだからよ、ハナっから信じてもらえるわけなかったんだ、俺が甘かった!!」
「甘かったって言っても事実は事実、個人サイトの終焉は本当に来ちゃうんでしょう?」
「ああ間違いなくやってくる。でもみんなは嘘だと思ってる!!明日も平和な一日がやってくると思ってる………!!」
「だから俺はここで終焉を迎え撃ち!!この一件を嘘にする!!それが嘘つきとして!!おれの通すべき筋ってもんだ!!!」



 迎え撃ちしません。

7/17
 いやウソップ、人にはそんなすごい武器を作れるのなら自分用にもっとすごいのを作れるんじゃないの?ウソップ輪ゴムが最強ですか?一億人の部下がいますか?鼻の中に入ってるのは携帯電話のアンテナと同じ形状記憶合金ですか?ひょっとして自分のためになにかしようとすればどうしてもずれたことをしてしまうのですか?

素敵すぎます。

7/23
 街中歩いててたまにラッパー系の帽子のつばを後ろに向けて被っている奴を見ると、シュッ!とこう、つばを指で前向きにしたくなりますね。シュッて。その後一瞬で駈け去るのよ。「僕の帽子の向きを直してくれたあの人は一体…」って感じで。新聞の投書欄にも載るの。朝日子供新聞とかね。小学生の隠れたアイドルで。さわやかに。シュッと。

7/24
 なんと言うか時期を外した話なんですがまあ今に始まったことじゃないので気にせずに書きますが以前スマップの何とかって番組で計算マコちゃんだかミコちゃんだかってコント(?)がありましたよね。あれ観ててメコちゃんだかモコちゃんだかいう計算女よりその計算振りをやたら指摘したがる女のほうが鬱陶しいというか「こういう女いるいる」と思ったのをなんかいまさら思い出しました。何のきっかけもなく。個人サイトにも結構ありますね、人の計算振りや似非天然振りをやたら攻撃したり笑いものにしたがる人々。思っているだけならともかくそれを人目にさらした時点で嫌っている相手と大差ないでしょうが。単に計算振りが相手より少しだけ狡猾にできているというだけで。もちろんこれを書いている僕もですが、なぁんて書いたりはしない。

7/25
 こう暑いと頭の奴が同じことばっかり考え出したりしますね。「何で僕は筒井康隆が嫌いなのか」や「何で『アームズ』はこんなにつまらなくて凡庸なのか作者は今からでも藤田和日郎に弟子入りしたらどうなんだ」ならまだ少しは格好がつくのですが思い出し怒りから想像怒り(きわめて理不尽なシチュエーションを想像して自分をそこに追い込む)に発展していつまでもむかついているのはどうかと思う。

ああくそっ、でもほんとむかつくわー。

7/29
 働き始めて二週間ほどですでにだるくて会社火事になんねえかなあという小学生気分を楽しんだりしつつ今朝靴を磨きながら(自分のをではなく駅前でお客様のを)考えていたんですがバイト先の人のメアドで検索したりするのって普通ですよね?ギャルゲーの掲示板での書き込みが見つかったりして楽しいよね?剣道部の女の子の防具の匂いを本人の目の前で嗅ぐシチュエーションは萌えるよね。あとメールくれとかICQ38462720登録してくれとか言うとほんとに反応あるんですか。というかあってもすでに登録してる人にはずされるとか言うオチですか?そうそう僕最近発見したんだけど鉛筆の端をもってぷらぷら揺らすと鉛筆が曲がって見えるよ。
 
7/30
 ごくごく個人的な印象でしかないのですがここ最近というか二・三年かな、ギャグ漫画家が甘いお話を書いたり『サトラレ』(好きですよ)のような作品が温かく受け入れられたりモーニング娘。の幸福感がいわゆる一般大衆ではないひねた層にもねじくれずに素直に喜ばれたり「トラウマ癒しゲー」でもエロ目的でもないが何かを言わずにはいられないらしい『ONE』のような(よく知らない)エロゲーや大塚英志が反省だか転向だか知らないけど『蜂蜜パイのように甘い「お話」をけれども今は肯定するべきだということについて』(読んでない)なんて書いたり何なら電気グルーヴの『SHANGRI-LA』もその兆しだったといってもいいけどマスコミの言う現代は殺伐とした時代だとか何とか言うやつをあまり疑問もなく受け入れつつ十年一日の恋愛ドラマを見つづける実のところそう大して大勢いるわけでもない『一般大衆』以外の人々の中になんとも言えない流れがあるように思いますね。あ、あと『おジャ魔女どれみ』とか。いやなんとも言えないというのは愛とか幸福感とかこの世に対する絶望感を突き抜けて甘いお話に至るだのまとめるのはさすがに乱暴だしかなりそぐわないのでやらないだけで そういったものが恥ずかしいとかかっこ悪いとかいう気はまったくありません。いつまでたっても、いかにも電気グルーヴとダウンタウンで育ちました!的人格が変わらずその文化以外はヒステリックに排斥し自家中毒におちいちゃってる奴よりはましでしょう。でもなんとなーくこういう空気っていやな予感を抱いてしまうのですが。何故といわれても答えようがないしひねくれて見せたいわけでももちろんないんですよ。あー面倒くさいから誰かかわりに考えてくれ。

7/31
 一日に一度は『とりあえず君と君と君。頼むから死んでくれ』と言ってみたいものですね。

8/1
 誤解を招かないように昨日の日記を補足しておくと頼むから死んでくれといっても具体的に殺したい人間が大勢いるとか殺したい奴リストを作っているという話ではなく単に街中や喫茶店や店舗の中で誰彼かまわず『とりあえず君と君と君。頼むから死んでくれ』と言ってみたいだけなんですよ。別に根拠のない悪意に浸りたいお年頃というのではなくてね。悪意なんてないもの。ほら好きな人とかにひどい暴言はいてみたいというのがあるでしょう。暴言とまではいかなくてもちょっと意地悪な事言ってみたいとか。それの廉価版というか博愛主義者なので相手を選ばないだけなんですよ。

 あとそれから、三十日の日記の話には当然村上春樹の転向も入りますね。転向しようがしまいがどうでもいいのだけど。

 とまあこうやって自分の日記に言及するなんてのは無限後退っぽくて気持ち良いね。

8/7
 あんまり暑い暑いいうなよなお前。俺いつも思うんだけど太陽光線ってよけられるんじゃないか?ひょいっと体を交わすというか往なすというかさ、相手の力を逆用する感じで。『バキ』の達人みたいに。最近練習してるんだけど、もうちょっとでこう、スルリッと、トンパラリッと、シュイーンと、ほら惜しい!あと少しでいけそういけそう!もうちょっとだって。

8/8
 三つの願いってのがありますね。星新一のショートショートなんかでおなじみの。あれって大抵願い事を四つにしてくれとか百にしてくれの増加系願いはタブーですけど「願い事をひとつもかなえないでくれ」といったらどうなるんでしょうか。

8/10
 裸エプロンには萌えませんがつむじや指紋や血管の模様には萌えます。指紋の写真集とかないのか。あと美少女の細胞とかを顕微鏡で観察したいな。

 あと飽きたからサイト名変更。以前あるサイトの名前募集に考えたやつだけど見事採用されなかったのでここで救済。リンク張ってくれている方はわざわざ変更しなくても良いですなんて書かなくても変えないでしょあなたたち。

8/11
 両手でそっと蝶を捕まえる子供。うれしそうに小走りで駆け寄ってくる。僕に見せようというんだね。どれどれと言いながらかがんで覗き込む。いきなりその手を両側からパンッ!と手で挟んでやる。やわらかく穢れを知らない子供の手に伝わるジュルジュルとした感覚。ほんの一瞬ぴくぴくと動いて静まる肢。かすかに漂う妙に青臭い匂い。一生虫が嫌いになるであろう哀れな子。ああなんてかわいそうな我が子。でもね、お父さんはまだまだお前に植え付けるトラウマを用意しているんだ。いやどぎついAVを見せるような真似じゃないよ。横断歩道の黒い部分は子供を吸い込むから絶対絶対踏んではいけない、スプーンに顔を映すと本物の顔も逆さになってしまう、夕方の自分の影は時々こっちを見ているけど見返すと死ぬ、両手の指を絡めて「ミダリさんヒギさん」と三回唱えるといきなり自分の分身が出現して本物と入れ替わってしまう。それらのトラウマから逃れる事のないようにお父さんが汚れた世間から守ってあげるからね。愛してる、愛してるんだ。

8/12
 今無性に人助けがしたいのでとっとと誰か困難に陥りやがれ!

8/23
 あー。もう十日も更新してないねえ。いつもの事だけどさ。いやほら暇なんで書く気起きないんですよ。WWWCとか使ってくださいね。ジオでもフィルターとか使えばちゃんと更新チェックできますから。読んだマンガとか観たヴィデオの話をしても良いんだけどサブカル小僧っぽいのばっかりなんで嫌。

8/24
 まだクリアしてないんだけど『ガンパレードマーチ』に対する違和感。ものすごく今更。
 まずはゲーム中に出てくる軍歌について。
 嫌です。僕は神だの未来だの他者だの世界だの死だの、自分を超えるもの想像できないもの平等なものによって自分を生かす(またはそのために自分を抑える、殺す)という発想が死ぬほど嫌いです。もっともこれとまったく反対の内容の歌をうたわれても嫌ですと答えるんだけど、この歌が結局作品全体を貫いてしまっていてそういう作品は苦手なんですよ。軍歌だから多少大げさに作ってあるにしてもだ。登場人物にしてもある程度幅を持たせてあるとはいえ結局これにつながるような事を言う奴が多い。特に名台詞としてここぞというときに。せめてこの軍歌を絶対に歌わないキャラクターがいるとかね。たとえば瀬戸口なんて「僕に役割を押し付けようとする奴らに反発しているのさ(うろ覚え)」なんていう奴なんだし。みんな歌っちゃうんだもの。もっとゲームをやりこんでいけばそれなりにこの歌から外れる奴も出てくるかもしれないけど結局世界の謎とやら(どうでもいいね)が見えてきてより重層的に『ガンパレードマーチ』が歌われていく中での調味料としてだろうし。
 野暮の極みというかノータリンのような事を言うがしかしなんだかんだいっても結局テーマというか語りたい事をこめてしまっている以上その裏に秘められた思想(!)の嫌さが目に付いてしまうのです。あと念のために言っておくと僕はガンパレムーブメントとやらに反発して書いているのではありません。反発するほど知らないもの。
 それにいいかげん自由度が高く遊び方やプレイ態度がプレイヤーにゆだねられる度合いが大きいゲームを誉めさくさく進む最近のファイナルファンタジーのようなゲームは全否定というのはもう飽きませんか?それってハリウッドメジャー映画を貶してカラックスだのクストリッツァだのヴェンダースだのを褒めちぎったり商業音楽とやらは全否定マイブラッディーバレンタインだの暴力温泉芸者だのを誉める大学生の小僧と同レベルですよ? ああもちろん「普段マイナーな洋楽しか聞かないんだけどいまなぜかモー娘。にはまっちゃってる僕ちゃんっておもしれー」な人とか「いやーファイナルファンタジー良いねえこのクソっぷりが。何にも考えなくても進むぜえこれある意味すげえよある意味」な奴も嫌ですが。こういう事言い出すときりないんだけど。「評論家、評論家気取り向け映画は全否定、適度にマイナーな映画とハリウッド系のましなやつだけ誉める」やつも嫌だね!とかな。
 自由度なんていったらシューティングゲームだって格闘ゲームだって遊び方はプレイヤーの勝手でしょうが。たしかにその手のゲームよりは懐が深いとは感じますがね。懐が深くプレイヤーに判断が委ねられるからこそうるさい事もある。「べつに無理やり信じてもらおうとかくそまじめに受け取ってもらおうというつもりはないんですよ。ちょっと参加してもらうだけで良いんです。嫌ならいつでもやめてください」と言ってくる宗教の勧誘みたいなもんだよ。
 それは所詮見出したいがために見出した自由でしょ。そんな事言い出したらアニメ原作のクソゲーだろうがブラッカイマー映画だろうが自由なんてどこにでもあるだろうが。

8/28
 おお、そういえばもうすぐサイト復活から一年じゃないか。おめでとう僕!練乳教授終了はいつだったか忘れたなぁ。道に倒れて練乳さんの名を呼びつづけたのも今は昔。
人ごとに言うほど
たそがれは
優しい人好しじゃ
ありません

8/30
 手下がほしいなぁ。
「おい龍次!あそこに態度のでかいハトがいやがらぁ。気にくわねえから自転車で爪先轢いてこい!」
「わかりやした兄貴!でも自転車がありやせんぜ!」
「バカヤロウそういう時はパッと自転車盗んでくんだよパッとよお」
「なるほどぉ、さすがっすね兄貴!ところで自転車って車輪二つでしたっけ三つでしたっけ」
「そんな事俺が知るかいてめえで考えろタコ!見ろい、ハトが走ってっちまったじゃねえか」
「さすが速いっすねえハトは。俺昔ハトに噛まれた事あるんすよー」
「ああそりゃ俺がやらせたんだよ」
「ええ本当っすか?でもそれ兄貴と出会う前っすよ?」
「当たり前だよおりゃハトの王様なんだからよ」
「ええ王様なんすか?すげえやさすが兄貴だ」
「おうよ!任せとけ!」
フンッ私の暇つぶしにつきあってやっているだけだと言うのににつけあがりおってこの馬鹿が
「おお?なんか言ったか龍次ぃ?」
「いや何も言ってないっす」

8/31
 ミシェル・ポワカールでなくとも男性なら性欲とも恋愛感情とも無縁の純粋な気持ちで「スカートめくりてえ!」と思うことがありますよね。そう、そこには「君の子宮に帰りたい」「告白なんてしなくても僕の気持ちは十分伝わってるよね?」などというメッセージは込められていません。ただひたすら純粋に!スカートを!めくりたい!めくりたい!めくりたい!ただそれだけなのです。しかし、君も僕も彼も彼女もう大人。そんな行為が許されるはずもなく。ただ過ぎ去った日々を思い出すしかありません。鉄棒で遊ぶ子を狙う僕の友達。神風の術に挑戦。体育の日でもないのにあの子が穿いていたブルマ。

遠いことだ、それもみんな遠いことだ!

9/2
 罰ゲームとして今月の君の検索語を自分のサイトにすべて載せるというはどうだ?ええ何の罰ゲームかって?知ったことかそんなの自分で考えろ。何一つ心当たりが無いというのなら想像するんだ罰ゲームを与えられても仕方のないようなシチュエーションを。僕が罰ゲームと言ったら何が何でも罰ゲームをやりたまえ。さあわかったら検索語を載せるんだ。これは君が望んだことなんだ、君がすべてをさらけ出したいと望んだのだ。一日ずつで良いから。ゆっくりでいいから。君の本当に恥ずかしい検索語は「焚書せよ」や「尿道に麺棒」や「ショートカット萌え」じゃないんだろう?知っている全部知っているんだよ僕は。

9/5
 ヴィスワヴァ・シンボルスカ『終わりと始まり』をちびちび読む。一気に読んでしまうのがもったいないから。知りたい人はこことか参考にしてください。あとは適当に検索してくれ。田舎の秀才君向けお手軽絶望感なんざくそくらえ!

9/12
 最近腹が痛い事が多かったんだけど痛みが治まるとなんかちょっと寂しい。いなくなって初めてわかるあいつの良さ。君とのあの日々は二度と帰ってこない。

12/1
 ネット使えなくなって二ヵ月半。復活した途端にW32.Badtrans.B@mmに感染してしまいました。うちから感染メールが送られてきてしまった人ごめんなさい。駆除したので今後来ても僕のせいではありません。多分。

あとNHKはなぜ紅白にくだらないのを出すくらいならジュリーを出さんのだ!死ね!

12/20
 あー象飼いたいなー。カバとかサイでも良いんだけど。なにも考えてなそうなのがいいからやっぱり象だね。何故かやさしそうとか芸を覚えるからかそれなりに頭よさそうというイメージあるけど絶対嘘だ。あいつら絶対何も考えてねえ。だって仕事終わって返ったら家半分つぶれてたりするんだよ?で、叱るんだけど当然全然聞きゃしないのよそいつ。おまけにいつまでたって俺の顔覚えやがらねえし。通りすがりの赤の他人にはなつくんだそのくせ。象最高。

1/26
 ふだんJ-POPはほとんど聴かなくて勝手にやってて下さいって感じなんですが宇多田ヒカル『Traveling』は良い!なんすかあのイントロのかっこよさは。PVも実にgood。最近は一日中流しております、なんて事は全然まったくありません。

久しぶりに(貧乏で買えなかった)眼鏡を作ったので映画を観にいきました。『ムーラン・ルージュ!』。こりゃすごいですな。中原昌也の映像暴力という評価に賛同。

え〜今日の話はこんなところでございます。じゃ。

1/30
 以前耳掻きに毒塗って自殺というのを考えたけどウォシュレット自殺ってのも悪くない。いや死ぬ気はまったくないんだけど。

2/15
 今日は皆さんに訊きたい事がある。まず何から説明したら良いのかわからないのだがあなたは『オマンコ』をご存知だろうか。噂によるとこれは非常に不思議な生き物で見た目はアワビや赤貝に似、なにやらビラビラでグチョグチョでウニョウニョであるらしい。生態や性質は諸説あり確かな情報はないようだ。数少ない遭遇例では「すげえよお前ん中別の生き物みてえに絡みつくぜ」「おいなんでこんなに濡れてんだよこの淫乱が」といった意味の読み取れない証言が残っており謎は深まるばかりである。ごく一部で女性の体のどこかに寄生するなどとという珍説もあるが街でそのような女性を見ない以上これは信頼するに値しない。目撃例もあるが信憑性は薄く、少なくとも私は見た事はないし信用する気もおきない。おそらくは人目につかない山奥あるいは海底に生息していると思われるのだが。ひょっとすると一種の都市伝説なのかもしれない。だが私は実在すると信じたい。オマンコ発見の夢だけは捨てられないのだ。このサイトをご覧の方でもし見かけたという人は写真でもスケッチでもいい。またその排泄物(液体との噂)を採取できるだけでもありがたい。情報を求む。

2/27
 その後幾つか情報が寄せられたが驚いた事に例の珍説、女性の体に寄生していると信じている者が少なからずいるのだ。無知とは悲しいものであの気高く清らかな女性の体にそのような奇妙な生物が潜んでいる筈がないであろう。私はまじめにオマンコを研究したいのだ。からかうつもりならやめていただきたい。一生をオマンコに捧げるつもりの私にそのような幼稚な真似を続けるものがいたら法的手段に出る事も辞さないつもりだ。私はここに宣言する!どんな困難にもめげずオマンコを捕獲し生態を明らかにし繁殖を成功させてみせる事を。ゆくゆくはオマンコのオマンコによるオマンコのための王国を北海道に作る計画だ。くれぐれもまじめな情報を求む。

3/15
 いやあ今日の朝日新聞夕刊の渡辺直己『”審美的な誤審”で挑発を』は読んでてすごく楽しかった。言ってる事がうすた京介の『もうちょっと右だったらストライク!!』の主人公にそっくりなんだもの。もちろんうすた京介はギャグなんだけど、「アウトさーん!!」や「誉ーめラン!!!」と渡辺直己、紙一重では?この人野球に関する話になると単なる文章力抜群の中学生みたいになっちゃうのがすごくキュートだ。『web critique』で柄谷行人にこけにされたからってめげる事なんてないさ、君はとても素敵だナオミ!

3/17
 MSNメッセンジャーとやらを入れてみました。名前はayamaranai。一応言い訳しておくとサイト名や名前では既に登録されていたのです。深く追求しないでください。あと「オマンコ」で検索してくる人達。ここにエロ画像はありませんよ。それと「炉」で検索してくる人。そんななまっちょろい検索ではあなたのお求めの物は見つからないんじゃないでしょうか。

3/19
 僕にとって今一番楽しいものが高野文子の新作でもデンドロビウムの組み立てでもWINMXでクラック済みXP落としでも菊地成孔の日記でも龍騎でもムネオハウスでも実姉妹の主題歌でもエイベックスコピー防止CDのピーコでもなく、ましてやオザケンの新譜でもなく、『天使な小生意気』だというのはかなりまずいんですかね。

3/22
 素朴な疑問なんですが皇室萌え漫画ってないんですかね。いやギャグじゃなくて本気のやつ。何せ眼鏡っ娘で性質オタク属性妹設定処女なプリンセスを筆頭に逸材がそろっているんだから有ってもおかしくはないはずけど検索してみた限りない模様。長男次男の嫁が見分けがつかなくって父さん困っちゃったよ〜長男が何考えているのかわかんないのは親父に似たのかねぇと愚痴る一家の大黒柱とかひそかに次兄に恋心を抱くプリンセスがうっかり目撃しちゃったお兄様のキスシーン嫉妬にうずく乙女心とか雅子様紀子様がいたずらでこっそり入れ替わるんだけどどっちの旦那も気付かなくってそれどころか何故かかなりご無沙汰だったのに「き、紀子〜今夜久しぶりにどうだい」なんて言い出したりしてどうしましょうってなラブコメ展開とかすごく読みたいんですけど。

5/3
 当人達はまったくそんなつもりはなくあるいはそのような真似は蛇蠍のごとく嫌っていたとしても細かな対立や意見の相違は含みつつも結果的に外から見れば明らかに党派的な振る舞いをしている、というのは珍しい話でもないしそれを指摘する者もまた珍しくはない。例えば柄谷浅田一派のWebCritique。山形浩生稲葉振一郎を含めた黒木の何でも掲示板付近。東浩紀伊藤剛周辺。当然これはもっと下世話なレベルでだがいわゆる個人サイトについてもいえる話で例によって未来永劫続きそうなリンク論議、掲示板でのルール、『何々系』という分類、大手サイト叩き、オフレポによる仲間内ランキング変動その他諸々僕らはうんざりするほど政治的な振る舞いをみてきた。本当に飽き飽きだ。もちろん僕もそんなうざい真似を繰り返ししてきたわけだが、などというようなちょっとした自己批判に見せかけたナイーブな僕ちゃん防衛文は嫌いなんだけどじっさいやってきたんだからしょうがない。で、何を言いたいのかというとサイトとかやっていくのもう面倒くさいなあという話。やめないけど。あと結論とかもないわいアホ。知るかいそんなもん。あとなIE6とかで見るとこのサイトめっちゃかっこ悪い ことなってるけど絶対なおしたらんからな。

5/12
 むしろ狭義のエゴイズム、自己を中心に据えた他人の不利益を顧みないエゴイズムこそ飼い慣らされたとおりのいいうわっつらだけのエゴイズムなのだ。なにやら人間の本性を抉り出してやるなどと称する連中の毛嫌いするたしかに表層的であるに違いない愛の伝道者達の「うわっつら」は本性とやらを隠蔽するものではなく偽のエゴイズムへ無限の活力を供給しそれを生かしつづけるためにこそ有るのだ。したがってエゴイスト達は愛の伝道者達へ感謝と敬愛こそが其れを滅ぼす唯一の手段と知るべきである。

 なんて事はどうでもよくって誰にでも受け入れられる優れた作品よりも出来の悪いものの方がこちらの解釈の余地が有って愛情を注げるだの優れた小説とは読者にさまざまな想像を働かせるものですだの、この手の腐れた発言がむかつくのは何よりもまずさもしく貧乏臭いからでしょう

5/19
 君は駅の周辺などで地面に座り込んでいる連中はお尻で地底人の侵略(まずは交通の要を押さえようというすごい戦略)を必死に防いでいるんだと思ってる?思ってるだろ。けどそれ違うんだよね。本当は、ほくろは数えると増えてしまうというのならずっと数え続けた素敵な人々が黒人?と考えているのさ!

5/21
 今週の『すべてに射矢ガール』。何だかちょっと嫌な予感がしますね。ずば抜けて面白いものではないけどほどほどに笑わせてくれたこの作品ですがまさか来週『この矢が私のアイデンティティなのよ!』なんて叫んだりしないでしょうね。まあさすがにそれはないにせよマンガに限らず最近の平均的な出来の作品はちょっとおかしな奴が出てきても「変な奴は変なままでいいじゃん」とか「ぼんくらだって堂々と生きたって良いんだぜ」なんて所へ持っていきがちですよね。そりゃまあ一昔前の「変な奴はやわらかい人格改造で何とかしましょうよ」よりは多少ましなんでしょうが胡散臭い事に変わりはなく結局世間(まあ『制度』と言いたい人はそう読み替えてください)に対して何らかのエクスキューズを用意しなくてはならない点では何ら変わりありません。お前らに肯定される覚えはねえよボケ!まあそれはともかく、そもそも良い意味でラブコメと呼ぶには幸福感が絶対的に足りない『すべてに射矢ガール』ですから何らかの形でどこかへ着陸させざるを得ないんでしょうけど。そういったこせこせした例えば別系統のマンガで言えばなにやらトラウマよりちょっと高級な意味で使われているらしい「 人間の業」とやらが描かれているなどと評され下手をすると文学的などといわれたりする作品も何だかせせこましい世界でごちゃごちゃやってんなぁという感想しか持てません。「人間の業」+「つまらないセックス」+「死」でマンガ一人前出来上がり、ですか? そんなしょぼい肯定否定だのなんだのをあっさり超えていて描かれたものはすべてそのまま全部ほったらかし、その上積み重ねられた不条理が茫洋と広がったままの『うる星やつら』はユリイカでのインタビューで好きなマンガ家に高橋留美子をあげていた吉田戦車の諸作品への流れからもわかるように実に幸福感にあふれていた傑作であったと改めて思うわけですが。ちなみに『めぞん一刻』は名作には違いありませんが所詮名作に過ぎませんので高橋留美子は『めぞん一刻』以外は駄目だねなどといっているボンクラどもはとっとと死滅してください。あと幸福感にあふれているというのは要するに多幸感って事でしょうがと指摘する向きもございましょうがやはり多幸感=幸福感たっぷり、とは言えないでしょう。多幸感というのはもう少し人工的な、例えば『ムーラン・ルージュ!』の前半部分のようなものを指すのではないでしょうか。まあ 僕はどっちも大好きなんで細かい区別は実はどうでも良かったりしますがね(プレイヤーも持ってないのに『ムーラン・ルージュ!』のDVD買ってしまった事は秘密です)。いやほんと、高橋先生には犬夜叉なんぞとっとと終わらせてもらってラブコメを描いていただきたいものですねぇ。

 あとあすみに刺さっている矢=ペニスであって男性社会がどうのこうの言ってる奴っているのかな。

7/27
 あぁ、平然としたツラでセックスしながら電話で闇の仕事を引き受けたい。日本を牛耳る『鎌倉の御老』とかから。女はもちろん金髪の巨乳で。

9/7
 なるほど確かに、希薄な小泉今日子性が普遍化して久しい現在の芸能界においてむしろその虚ろな人工性を前面に押し出すわけでもなければ隠蔽するわけでもないガクトの様な在り方のほうが『頭が良い』のかもしれないし、ひょっとしたら、なにやら『これに興味を持てないのは面白アンテナが低い』などと未だに言われ続けるモーニング娘。よりも正しいスター性の持ち様でさえあるのかも知れないがだからと言ってあれに興味を持てるわけもなく今日もジュリーを聴いている。



 ところで皆さんご存知ですか。最近地球の奴は許しがたい事に自転とかしてるらしいですよ。でも心配ご無用。僕が何とかしますから。

9/22
 周知のようにすべてにおいて美しくある事を至上の目的としているダルメシアノにおいて、もっとも忌むべきものは救済でも癒しでも「物事すべてに裏の顔があり自分の預かり知らぬところで『神』や『やくざ』や『敵』や『アメリカ大統領』や『テロリスト』や『不在の存在としての天皇』や『敏腕プロデューサー』によって世界は動かされている」という思想でもなく、耳の穴が痒いときに耳掻きが見つからない事だ。必要なときに必要なだけ耳掃除をする耳掻きはそれほどまでに美しい。

9/29
 スパンクハッピーのインストアライブに行ってまいりました。まあ正直言うと元々80年代もピチカートファイブ的音楽もどうでも良い僕にとってスパンクハッピーは音的にはどうでもよく、岩澤瞳とはいかなる存在かを観に行った次第でございます。で、どんなだったかというとポニャポニャした外見とふわふわした天然系キャラに適度な邪悪さが加味されたその日の変な客層(局地戦闘タイプな眼鏡オタク率高し)にふさわしい人物でありました。大阪の印象について菊地成孔に尋ねられて「男の子が可愛い」「女の子が可愛い」などと言っておりましたが多分思ってもいないことを嘘という自覚もなく言えてしまうような人物なのではないでしょうか。

 まあ全体的にどうでもいい感じでした。終わり。

6/9
 山口貴由『蛮勇引力』のラストが不意に浮んできた時に思ったんだけどね、天皇人間宣言って今にこそ必要なのかもね。なんかちょっと忘れかけてるよねあの人が生きた人間だって事。あれはいっこくどうの腹話術人形じゃないんだよ、知ってた?まあ僕は左翼でも右翼でもないから天皇制があろうがなかろうがどっちだって構わないんだけどせっかくあるんだしなんか面白い使い方ってないもんかなぁと思ってね。直接選挙制天皇とか。もちろんこれは民主的にどうこうしようってんじゃなくて、周知のように天皇は一般人に認められた様々な権利を剥奪されてるわけだからようは生贄みたいなもんなんだし、やりたがる馬鹿ににやらせときゃ良いじゃん、って事。で、現在に天皇人間宣言が必要ってところにそれがどうつながるかって言うと、えー、何だっけ、忘れた。まあそれはいいや。で、実際選挙制にしたら誰がなるんだろう?まあ多分右翼っぽい連中は立候補しないだろう。石原慎太郎とかね。やっぱり左翼系が来そうだよね、こういうのは。柄谷行人とかが「まわりに押されて仕方なく」なんて言いながら。現実的にはやっぱり芸能人が当選するかな。現実的には?なんかおかしな事言ってる?まあそ れはいいや。芸能人としたら誰だろう。若い奴は不利かな。みのもんたはどうだ?国賓招いたときに出すのもやっぱりココアで。皇室アルバムで人生相談。どうよ?

6/13
 いつも通り何を今更な話なんですがヤングマガジンに載ってた稲中の人のギャグマンガじゃないやつ(『ヒミズ』でしたっけ?)が妙に評価が高いのは例えば片岡鶴太郎や竹中直人が芸人としても役者としても実につまらない存在なのにただ転向したという一点のみで評価が底上げされるというチンケな現象が未だ芸能界や視聴者に存在するのと同様に一部のマンガ読者の中にこびりついている為としか思えないんですがもちろんあれを傑作などと呼ぶ方々はそんな事はないちゃんと作品そのものの力を認めているんだなんて言うんだろうけどそもそも稲中だってあんなとろくさい青年マンガ絵でギャグマンガ描かれてもねぇサークル内恋愛マンガでも描いてればぁ?って感じでそういえば何かのムックで『ハイスクール奇面組』を80年代の稲中と評していたんですが奇面組は特に好きでもなかった僕でもそれは新沢基栄に失礼ってもんだろうと思いましたしまあ個人的な好みもあるにせよギャグマンガを描くならちゃんと洗練された一例をあげるならおおひなたごうのような絵で描いて欲しいものでギャグの為にあえて青年マンガ絵を使うのならともかくあんな中途半端なギャグマンガに比べれば泥臭い上に情念 たっぷりで僕は大嫌いなんだけど小林よしのり『東大一直線』あたりの方がまだましだしというか男のマンガ家ってエロマンガ雑誌に現代版責め絵のようなものを描いてしまう沙村弘明みたいに半端に頭のいい人がとても多くって嫌になるんですがそういった諸々の人々がありもしない才能を使って描くと悪い意味で文学的だったり田舎臭かったりオリーブ少女に媚びてたりと(まあこれは全部よしもとよしともの事なんだけど他のマンガ家にもあてはまるからいいとして)ろくな作品にならないのは沙村弘明はちょっと違うけどまあ割とよく見る大切な何かを忘れてしまっただのなんだのいう喪失感(そんなものはいつか振り返りそれに浸りたいが為に最初から進んで失うつもりで手に入れた脳内処女膜に過ぎないんだよ)とかストイック(何がストイックだそりゃ単にお前の欲望が人一倍大きいのをちょっと小賢しいものだからおおっぴらにはせずに隠しそのくせ小出しにして私はこんなに欲望を押さえているんですよとアピールせずにはいられない性質を言うんだボケ!)なんてものを込めやがるからでただこれらが『ヒミズ』にあったかどうかは覚えてないのはそもそも当然のように全然読んでないからです 。

6/14
 ジャンプに載ってるイチゴ何とかって言うパンチラマンガを読んでて思ったんですがこの手のパンツ描写って『サルでもかける漫画教室』のパンチラ進化論からすると先端にいるはずなのにちっともエロくないのは困ったもんですね。エロマンガ方面を見ても性器の消しが薄くなったせいもあってかパンチラはおざなりになっている気がします。まあ桂正和じゃなくともこの程度のパンチラを描けてしまうマンガ家が珍しくなくなったのと我々が慣れてしまっただけの事かも知れませんが。ネットやグラビア等で資料となるパンツが増えたため誰でも描けるようになったのかねぇ。なんにしても理由はどうでもよく、ご存知の通りダルメシアノは常にエロいパンチラ描写を求めてやまないサイトなわけですが、とりあえず一つ思い付くのは消極的な手段、一昔前の描写に戻す事です。同じジャンプで言うならぬーべーの人のようなやつですね。まあこの人はこれしか描けないんでしょうけどそれはともかく、昔僕はこの人は服を溶かしたり透視したりするようなエロ妖怪を登場させて現代版『まいっちんぐまちこ先生』を描くべきだと書いた事がありましたがこれは現在も有効な手段だと思います。イチゴ何と かよりよっぽど人気出ると思いますけどね。ジャンプの主な読者は小中学生なんだし。とはいえこれは根本的は解決にはなりません。パンツの皺を増やすのは『サルでもかける漫画教室』でもいまいちとされていましたし、エロゲー等によるカラー化や、一部にあるように妙に割れ目を強調するのも正当な進化とはいえません。あれはパンチラ進化上の徒花だった大仰なフリルのように過剰な演出に過ぎません。残念ながら僕程度に新たなるパンツ描写を考えるなんて不可能ですが、人が進化するなんてのは嘘ですけどパンツ描写は間違いなく進化するわけですから、横道にそれる事なくマンガにおけるパンチラはあくまでもマンガでしかありえないパンチラのまま現実のパンツにも性器描写にも媚びる事なく未来永劫その道を歩んで行って欲しいと思います。





 ところで僕はテキストを書くときはいつも裸です。(アメリカンジョーク)

6/19
 最近出てる名前を挙げるまでもない一発屋連中のようにタレント自身もそれを出演させる側も視聴者も、誰もが一発屋である事を承知の上で、しかもそれをお互いが知っていることを知っていながら盛り上げるという傾向はいつ頃から始まったんだろう。モーニング娘。や氷川きよしのように出た当初は一発屋の空気が漂っていたのに生き残っている現象の裏返しなんだろうか。いやどうも違う気がする。むしろ以前書いたガクトのあり方や芸人が時々やるようなやらせである事を芸人も視聴者も承知の上でやるコント(というかなんというか深夜にダウンタウンがやってた板尾の嫁とかナインティナインの『スクリーム』もどきとか)の方が関係ありそうなんだけど。そしてそれをやらない石橋貴明とモーニング娘。や計算女には違いないけどその計算ぶりが当人の頭の中でしか成り立たない方程式に基づいているために頭おかしい女にしか見えない松浦あや(こいつがトップアイドルってのは一体どういう事態なんだ)と切り離せない事とも。まあそのうちまた考えてみよう。

6/22
 ここ半年くらい金がなくってダイヤルアップにしてある所為もあってほとんどネットに繋げてなかった為に今所謂個人サイトがどうなっているのか全然解りません。まあ別に知りたくもないんですが知らない人間の印象でもニュースサイトが少なからずどころか結構な数になった感がありますね。まあもっと以前からとっくにそんな状況になっていたのかもしれませんがどうも昔からあの形式が好きになれずといってもオリジナリティだの盗作だのといった話はどうでもよくって、あれが隆盛になる理由ってあの「どうよこの俺の絶妙は距離感の取り方は?俺は毒舌なんてわかりやすい手法を使わなくてもこれくらいネタを扱えるんだぜぇ?」感の為に違いないとほとんどニュースサイトを観もせずに決め付けているからです。ただそう考えてしまうと、書き手が安全圏の内側にとどまり決して自我か揺るがない手法、という方向へ行ってしまいまるでそこらの慨嘆親父が言うような「希薄化した人間関係、己を傷つけない半自閉とでも言うべきコミュニケーション」みたいな実に詰まらない結論に成ってしまうのでなんかもっと面白いケチの付け方はないものかと考えています。2ちゃんねるがイドでニュースサイ トがエゴ、というのも考えたけどこれもなんだかねぇ。

6/30 漫☆画太郎チャンピオン連載終了記念

 前言が撤回される為にある様に、漫☆画太郎のマンガは貶される為にあるのは承知の上ですが、過剰にくだらなくて最初から最後まで最低マンガでありつづけたその胆力、感服いたしますが一見何も考えていない様でやっぱり本当に全く何も考えていないその作風、飽きた。いいかげんにしやがれ。

7/2
 『人類皆平等』というのは真理でもなければ至上命令でもない単なるプロトコルまたは約束事なのだからその上に乗っかってどうするかあるいは土台としてどの程度有効か弊害は許容範囲か等を考えればいいだけであってその内容が倫理的に正しい必要も哲学的な考察に耐える必要もないのであってもし『封建主義』や『人類は平等ではない』や『左利きだけは迫害する』や『靴下至上主義』というプロトコルの方がより有効またはある程度ましだというのならそれに乗り換えればいいだけの事だ。もちろんそのプロトコルが単独である必要もない。『人類皆平等』とか反差別思想とかに噛み付きたがる人は昔から尽きなくて差別はいけませんもその反論も聞かない日はない。ブラックユーモアは制度のブラッシュアップや強化の側面だってあるし下手するとありもしない制度とやらを見出しそれを作り出したのは他でもないブラックユーモア(に代表されるような妄想群)だったりする。あんたの大嫌いな『人類皆平等』を支えているのはあんた自身だよ、というわけだ。制度様ありがとう今日も元気にブラックユーモアが書けます!と筒井康隆が言ったかどうかは知らないが。

7/3
 『谷君は強さの質も思い込みの激しさもまんま坂本ジュリエッタですね。』
というのを読んではたと膝を打つ。そうか、それで質がどんどん向上して行くのに『エアマスター』に乗れなくなって来てるのか俺。マンガの質は『谷仮面』よりずっと上がって来ていて、現実の格闘技に全然媚びないところは変わってないんだけどなぜかうっかり本格格闘マンガになっちゃってるのが原因だったんだ。『谷仮面』はあんなにバカで楽しかったのに。だから俺が今でも一番好きな対決はエアマスター対ジュリエッタなのよ。登場から戦いに到るまでのジュリエッタのアホっぷりはファーザー級(神聖モテモテ王国)だけど彼は要するにソノコでもあり水泳でもある存在についに出会えた花井薫(バタアシ金魚)だったんだ。というわけでやけに熱い今の展開をジュリエッタが「マキ!」と叫びつつ突如登場してゲームバランスならぬマンガバランスを崩壊させてしまう事を希望。

 それはそうと望月峯太郎の新作は久々に面白くなりそうな予感。『ドラゴンヘッド』や『座敷女』はそりゃ質は高かったかも知れないけど正直つまんなかったし。

 あと尾玉なみえのビジネスジャンプでやってるやつはいまいち失踪感が足りない様に思える。
追記(7/8)失踪感てなんだよ。疾走感の間違い。でも尾玉なみえには失踪感の方が合ってる気がするのでこのままにしておく。

7/7
 アシュラマン*サンシャイン
 アシュラマン攻めサンシャイン受け。アシュラマンは当然あの六本の腕を駆使してもうすんごいことする。あれも三本ある。顔によってプレイスタイルが違う。実はマスクが取れた泣き顔状態の時が一番テクニシャン。サンシャインは体を変形できるのでいろいろエロ変形する。穴も三つに出来る。旧タイプには胸に鍵があったことから解るように常にあれをつっこんでいてもらわないと自分でいられないド淫乱。

7/10
 『ドン・キホーテ』(永田寛定版)を読み終わってご多分に漏れずその悲しいラストが気に食わないので妄想変換しようと思う。やはりドン・キホーテはアロンソ・キハーノとしてではなくドン・キホーテとして死ぬべきだろう。いやまあ別に死ななくても良いんだけど。偽ドン・キホーテと対決して勝って凱旋というのも確かに悪くない。悪くはないがいっその事こういうのはどうか。ヒロインならぬ騎士妄想と大ゲンカで対立し、とうとうドンキホーテはその妄想と決別してしまうのかとサンチョは勿論今までの登場人物が全員出てきててんやわんやの大騒ぎどうなる事かとやきもきさせておいて結局妄想とドン・キホーテは元の鞘、腐れ縁は永遠に続く、という高橋留美子オチ。



 ところで、差異ではなく共通項を見出すマンガテンプレートについて書いた時の方が小説にせよマンガにせよその作品にしかありえない過剰な何かを抽出してみせる普段のインターネット殺人事件よりも反応が良かった、というのは実にネットらしくってうんざりさせられる話だ。リンクを張りやすい話題張りにくい話題、という点を差し引いたとしても。

7/16
 自分の部屋には出来るだけ物は置かない、本は好きだけど読んだ端から売ったり捨てたりするからほとんど残らないという様な人は、きれい好き、質素な生活が好み、下世話な物欲に囚われてない、などと自覚しているんだろうか。こういうのはむしろ精神の潔癖症の匂いがするのだが。勿論、あれこれと物に溢れた部屋、例えば所謂魔窟ちゃん等がかっこいいのだなんてくだらない発言をしようというつもりはない。話は逸れるがどうして魔窟ちゃんに代表される文化を作る人々はいちいち私達はこぉんなに徹底して高級ぶらないんですよぉアカデミックなメッキなんてどっこにもしてないでしょぉ?という顔をしたがるのか。遊戯に徹する態度も充分インチキ臭いメッキに過ぎない、なんてとっくの昔に通過したんじゃなかったっけ?

7/17 小泉今日子について
 元々僕は昔から小泉今日子は特に好きでも嫌いでもなく唯一記憶に残っているのはあのかっこ悪い結婚式だけなんだけど十二日の土曜日に放映していた「すいか」というドラマに出演する化粧っ気のない彼女を見て思ったのは、小泉今日子はひょっとしてちゃんと歳を取ろうと考えているんだろうか、ということだ。
 以前に何かのドラマに出演した時にあの老け方はやばいよね、という声がちらほら在った事は知っているがその時も特に興味は湧かなかった。今回はたまたま見たんだけど確かに元アイドルにしてはちょっときつい老け方である。しかし、収入が減って外見に金をかけられなくなったんじゃないの?というような穿った立場はここでは取らない。役柄に合わせているのだろう、という当たり前の判断は面白味がないので却下。例えそうだとしてもああまで化粧っ気のない顔をさらすのは普通出来ないだろうし。
 アイドルや女優が「いつまでもお綺麗でいらっしゃる」という評価軸を自ら離脱するのはおそらく想像以上に困難で、彼女と同年代の元アイドル達は明らかにそこにしがみつこうとしている。別にそれが醜態だなどというつもりはない。むしろ芸能人としては当たり前の事だろう。そして知らぬ間に取り返しがつかなくなる。ちゃんとおばさんにもなれず、引退も出来ず、他人と自分のプライバシーを安値で切り売りするフリーマーケットの売り子となる。小泉今日子もそうなるのだろうか。いや、おそらく世間はそのような落ち方を許さないだろう。昼ドラや火曜サスペンス劇場といった場所へ降りる事だって難しい。そのような緩やかな降下を冷たく突き放す。「あーあ、キョンキョンもとうとうこうなったか。もう終わりだねー」という風に。彼女の出演する火曜サスペンス劇場が人気シリーズになるなんてとても想像できない。蚊取り線香の煙のようにいつのまにか見えなくなるのではなく突然完全に消えることを世間は望むだろう。ありえそうな抜け道は(決して見た目不細工の婉曲な表現ではない事を願わずにはいられない)「性格俳優」くらいか。けどこの道を選ぶにしてもまだ素顔(に近いもの)を 晒す必要はまだ無い筈だ。その気があればまだ時を止めている事も可能だろう。芸能人なら。
 そこで思い出すのは重信房子だ。彼女の中でずっと時間が止まっていたかのように場違いなあのピースマーク。あれは権力には屈しないという矜持を示したわけではないのは勿論、強がりでも若ぶろうとしていたわけでもなくただ場の空気に絶えられなくて出た照れ隠しだった。あの歳で彼女はどういう態度を取ったら良いかわからなかったのだ。別に時を止めているのは彼女だけじゃなく僕ら皆なのかも知れないけど。
 果たして小泉今日子は時を止め続けるのをただ諦めたのではなく自ら拒否したのだろうか。結構真面目にそれを知りたいと思っている。

7/23
 『エースをねらえ!』や『ガラスの仮面』と言った古典(とするのはマンガ史上から観ると無理があるけど現在マンガと断絶があるという意味で)を読まずにバカにしている人が後を絶たないのは『サルでもかけるマンガ教室』的視点でマンガを消費するのが常態に成ってしまったからなのか。別に古典を持ち上げ現在の作品を蔑むような底の浅い教養主義じみた真似をする意思はないんだけど、そもそもマンガへの愛情から描かれた筈の『サルでもかけるマンガ教室』が何故か単なるマンガを虚仮にする為のツールとして扱われてしまった面があるのは確かだろう。そのような浅薄な視点に囚われた人々というのはマンガの表現形式に意識的な割には現代マンガの平均的な表現に関しては無頓着だったりするのも不思議だ。例えば瞳の消えた白眼や靴に画鋲等の表現をおちょくったりするのは良いけどそれって単に現代マンガが多く採用している表現形式に関しては無条件に受け入れてるって事でしょ?今は使われなくなったテクニックが目につき易いのは当たり前。何故そこであんたの視点そのものを問い直さないわけ?パロディも既に一典型、通俗を笑う通俗でしかなくなっているのに。とりみきや唐沢なを きくらい描けるならともかく大抵のパロディマンガの作者は自分自身が好んで使っている手法で己も切り裂けてしまう点は都合よく忘れているとしか思えない。そういった意味で、パロディマンガの手法をおちょくったパロディマンガが在ってもおかしくないんだけど、読んだ覚えがない。まあこれは単に俺が無知である可能性は高いか。すでにそのような作品はあるだろう。それもまたすぐに通俗と成るわけだけど。念のために言っておくけど通俗を全て否定するつもりは毛頭ない。ただ大抵の通俗は堂々と胸を張って通俗たろうという覚悟が足りないだけだよ。半端なシニシズムはただのナルシシズム。

 ところで『拳闘暗黒伝セスタス』のザファル先生は明らかに宗方コーチを意識してますね。



 そうそう、書くの忘れてたけどリンクを更新しました。

 それから下の項目にメールも追加。

7/31
 氣志団は過去のヤンキーバンドのパロディというよりもナメネコの再来だ。

8/9
 しまった、せっかくの台風だったのにありもしない用事で出掛けて傘をおちょこにするのを忘れてた!毎年やってたのに!

8/10
 以前放送していた時代劇『御家人斬九郎』をもう一度観たい。再放送してくれないかな。数シリーズあって段々つまらなくなっていった(マンネリ化に対抗しようという心意気は買うが残念ながら空回りしていた様に思う)記憶があるので最初の頃の半分シットコムみたいなやつだけでいい。ただ、小林聡美が出演していたような気がしていたんだがどうも『鍵師』(これはドラマ自体は面白くなかった)という渡辺謙・岸田今日子・小林聡美が出演していたものとごっちゃになっていたらしい。という事は俺が一番面白いと思っているのは脳内変換されたヴァージョンかも知れない。したがって再放送、またはDVD化する場合は俺の妄想版に合わせて作り直してもらわないと困る。まあ番組制作者もプロなのでその辺りはよぉく分かっているとは思うが。

8/11
 メインで使っているパソコンが絶不調。VGAモードで何とか使えるのは使える。いろいろやってみるがどうもビデオカードがいかれたらしい。でも「このデバイスは正常に作動しています。」とかぬかしやがる。どの口でほざくか。

8/12
 世の中にはその人物を量る尺度がその人自身以外ない、という生き物が確かに存在する。長島とかボンバイエとかオッケー牧場とか板垣とか飛呂彦とか。つまり問われるのはいかに長島的であるか、ボンバイエ的であるか、オッケー牧場的であるか、板垣的であるか、飛呂彦的であるかに限られ、人格や常識なんぞは云々する必要は全くない。そもそも彼らには近代の発明品である『内面』なんて猪口才な代物があるわけがないのだから。

8/13
 室伏選手はかっこいいね。というと冗談と思われるかも知れないが、本当にそう思っている。そりゃまあ黒人のスプリンターやバスケット選手も確かに皆見事な肉体の持ち主かも知れないが美しいだけにその分退屈である。では室伏選手はどうかっこいいのかというと大変失礼ながら、異形、クリーチャーとしてのかっこよさである。ヒラマツ・ミノルの『REGGIE』『アグネス仮面』はスポーツ選手という我々とは全く別世界の生き物を見事にを描写した作品だが仮にこの中に登場したとしても違和感は特にない。今現在のタイミングで書くなら『ハルク』に例えても良いかもしれないが。ただ一つ残念なのは顔が中途半端にハンサム、それもちとホモ臭い類の男前である点だ。あれで顔も異形だったら完璧だったのにねぇ。

8/14
 荒木飛呂彦の新作『スティール・ボール・ラン』を心待ちにしている人は大勢いるんでしょうねぇ。勿論、御多分に洩れず僕もその一人なんですがね。果たしてこれジョジョなのか別の作品なのか。読みきりだという噂は本当?ジョジョであって欲しいようなそうでないような。正直スタンドバトルは限界に来ていると思う。まあボヘミアンラプソディとかいっちゃってる設定スタンドとかもすごいけどバトルとしてはいまいちだったし、所謂強さのインフレとは少し違って素っ頓狂ぶりのインフレというかな、プッチ神父のスタンド能力もワケわからんかったし。ああいうアイデアをバトル物の範疇に収めるのが無理なんじゃないかな。いくらイロイコ先生でも。といってイロイコ先生は少年誌より青年誌の方が向いてるんじゃないかという意見には賛成出来ない。あくまでも少年マンガ家だよ。ただ、少年マンガには違いないけどジャンプ的な枠には収まらなくなって来ているように思える。バトル物という枷を外しスタンドを前面に押し出すのはやめて一異常能力として扱ってキング的な世界を描くとか、あるいは今は無理矢理スタンドの能力に押し込めている異常なアイデアをメインに据えて(破綻す るのが誰にでも予想出来てしまうが)SFマンガを描く、というのはどうかなぁ。

8/14 『プラネテス』への違和感
 個人的な好みにはあまり合わないにせよ連載開始当初は結構期待を抱かせてくれた『プラネテス』なんだけど、徐々に違和感が強くなって来ている。
きちんと文章で書くのがめんどくさいので箇条書で。

・2巻PHASE11ハチマキの『気付き』=1巻の作者コメントの『宇宙の語源』=PHASE4ユーリの出会ったインディアンの語る宇宙=ユーリの到達した宇宙観。宇宙観が重なっているというよりほとんど同じである。その宇宙観の内容に関わらずこういうのは安っぽい。作者が語りたい宇宙観に複数の登場人物を辿り着かせてしまうなんてのはだらしがない。先週号のモーニングでの展開もフィーを同じ所に進ませたと言えるのでは?作者のコントロールが行き届きすぎである。ロックスミスの異質性も宮沢賢治なんぞの引用と絡めて妙な人間味を出してしまって薄れてきている。

・フィー一家を巡る『ET』方式。身近な大人や世間の大人と人外のもの(犬、禁治産者風のおいちゃん)を対比し、一方を俗物視して嫌悪の対象としもう一方を距離が遠いが故に共感の対象として描く、というET方式は勘弁して欲しい。これは本当に安っぽいから。それにフィーの子供も、フィーが忘れたふりをしていた・押さえ込んでいたものを心に持っている、というような描き方をしているが、鳴きたい時に鳴けないような躾をするのは犬が可哀相だとか何とかぬかすんだが可哀相という視点を持つのなら何故「犬の鳴き声に阻害されて眠りたい時に眠れない隣のおばさんは可哀相」とか「狭いマンションで犬を飼うのは可哀相かも知れない、そもそも犬にとって可哀相じゃない飼い方って?」と言ったような考えは出てこないんだろうか。勿論僕個人がそう考えているという意味じゃない。子供の描き方の話である。当然もっと様々な視点がありうる。これではエゴイスティックな子供どころか単なる想像力に欠けたガキでしかない。それだけにフィーの出会った野良犬が嵌めていた子犬サイズの首輪を外したらいい声で鳴くと言うエピソードもインチキ臭く映る。

 これはよく言われるような「何を書くか」の段階に留まっていて「いかに書くか」にまで来ていない作品の典型例になってしまっているという事だろう。


8/18
 リンク更新。

8/22
 世の中には人としての在り方がソフトロックまたはギターポップ的と言おうか、あるいは永遠の夏休み文系大学生とでも評した方が的確かも知れない、他の様々な人々に有って嫌な代物(毒舌、上昇志向、現世利益追求、オタク的トリヴィアリズム、人生に対する情熱等々)が殆ど排除されている上に確かに知性もあり恥も知っているので程々の敬意は抱かせるものの、その排除振りゆえに常に余力を残している印象を拭えない、オザケンにアンビヴァレントな感情を抱きモー娘。に半身のめりこみ菊池成孔文体にうっかり酔い痴れ、自らも仕事の無い週末にはDJをやってのけたりもする、文学音楽映画になかなか造詣が深くマンガだけはちょっと態度が違って勿論馬鹿にするほど浅はかではないのだが岡田史子や高野文子を誉めたりするわかり易い態度をさらけ出したりしてそれなりの微笑ましさを感じさせもする方々はその親和性の高さも有ってか個人サイトを結構以前から作成しており個々にはそれなりの独自性を持ち俺のようなボンクラの蒙を啓いてくれたりもするのだが同時に散漫な生き物でもある俺にはその区別がつかなくなる事も珍しくなくその実に巧妙な脱力の身振りがワレええかげんマジで やったらどうなんじゃボケ!と似合いもしないヤンキー的叱咤を己も顧みずぶつけそうになってしまうが本気でそう思っているわけではなく実のところいつまでああいった『永遠の夏休み』性を発揮し続けられるのかという実験体として興味深い適度に拡散した集団(こういう露骨な徒党を組まない態度もまた適度な知性なわけね)だと常々考えているなんて事はないがたまには思わないでもない。

8/31
 人の雑食性はより交流を促進する為の生き残り戦略では?

9/14
 アメリカの映画やドラマに時々出てくるまずそうなテイクアウト中華(細長い箱に入ったやつね)を食いたい。猛烈に。













index