◆症例◆其の一◆合田ケムリ◆

眉毛剃れって言われるが、そんな女みたいな真似、したくねーよ。
世界に唯一人、エロ絵師を名乗る生物。杉並区在住。性同一性障害でホモでロリコンという、多型倒錯者。アドルフ・ヒトラーの命日に、新宿のコインロッカーより保護された孤児であるという噂がある。
鬱病(障害者手帳二級)の為に雑踏が苦手で、自分一人での外出が困難。
第一のライフワークは、「ひとつのテーマで108枚の絵を描く」×10テーマ=全人類の煩悩を肯定する事。
第二のライフワークは、鬱病を日本の国民病と、世間に認識させる事。



座右の銘
おやり召され、あらゆる快楽の追求こそ、人間の務めでありますぞ。
 
(野坂昭如著「真夜中のマリア」より)

愛しの岡田、俺の目標。
  • 日本一好きな人=岡田准一(あの顔、あの声、あの体、俺も欲し〜い!)
  • 世界一好きな人=MADONNA
  • 宇宙一好きな人=デイタ少佐(アンドロイドになりた〜い!)
  • 目標にしたい芸術家=マレーネ・ディートリッヒ
  • 将来なりたいもの=松田優作、ブルース・リー
  • 最愛の友人=ジーコ内山
  • 最愛の主治医=上野の針間先生
  • 一番嬉しい事=自炊料理を友達に食べてもらって「美味しいよ!」って喜んでもらう事。

  • 2006年の目標=絵画の世界に復帰する事。
  • 今、一番欲しいモノ=睡眠、健康な体
  • 今、一番好きなお笑い番組=リンカーン
  • 今、一番好きなコメディアン=松本人志
    (今田耕司も捨て難いし、最近、原田泰造にも参ってる。)
  • 今、一番好きな毒舌家=爆笑問題、綾小路きみまろ、ホーキング青山。

俺のマシンのデスクトップは、
誰が何と言おうと、優作だ。

この世で最も嫌いなモノ=長電話


◆病歴◆

4歳のある晩、「どうしてちんちんついてへんのやろ」と疑問に思った。以来、メス豚である我が肉体に憎悪を持つ、性同一性障害である。

21歳の時に、バイト先(住み込み)で虐められ、ストレスの為十二指腸潰瘍に腰痛を併発。

1988年六月、新社会人となってたったの二ヶ月後、遅刻癖と腰痛が一緒にやって来る。それらが当社拒否反応だと、全く気付かなかった。職種は、外回りの印刷営業。以降、遅刻癖・腰痛共に悪化する一方で、通院治療するも甲斐無し。

1989年夏、連続幼女誘拐殺人事件の容疑者・宮崎勤が逮捕され、嗜好が自分と同じである事に、ショックを受ける。遅刻癖・腰痛共に治る事無く、十二指腸潰瘍も併発。

1990〜1992年、やはり遅刻癖・腰痛共に相変わらずで、中間管理職二人から罵られ続け、自分の存在の全て何もかもを否定され、毎日の様に、会社の便所で泣く。

1993年春頃、遅刻癖を一ヶ月だけ止め、同じ会社内で所属部署異動。職種は、オフセット用電算集版機オペレーター。以降、腰痛・胃痛は続いたが、遅刻癖だけ収まる。労働環境の悪さに、立腹する事多し。

1994年二月三日、職場で目下の者から喧嘩を売られた事から、自殺衝動が爆発。「独りでいたら本当に死ぬ」と思い、一旦実家へ帰る。遠距離通勤する羽目になる。(衛生博物館・常設展「不快日記」参照。)職場では常に怒りを覚え続け、仕事に対する責任感だけが原動力となる。

1994年四月、二月三日に喧嘩を売って来た張本人が、小生の隣席へ異動され、勘違いした上司の歪んだ寵愛を受け、わがまま増長、好き勝手し放題。以降、職場から逃げ出したい気持ちが頭を離れず、常に不愉快な気持ちで労働する事となる。理不尽な目に遭う事が多く、常に自殺願望を抱え、時折、会社の便所で泣く。

1995年梅雨頃、職場での差別待遇に耐え切れず、高円寺の心療内科へ駆け込み、「欝病」の診断書を貰い、休職。開放感から、芸術活動開始。高円寺の岡画郎へ出入りし始め、「イエーイ!欝病でーす!」と、明るく(?)鬱カミングアウト。

1995年秋頃、職場復帰。更に、同じ会社内で所属部署異動。以降、碌な仕事が出来ない役立たず者となり、社会人失格。休職と復職を繰り返す。この頃、椎間板ヘルニアの診断が下される。

1997年夏、通販業務のアルバイトを始める。出勤時間と仕事内容が楽だった為、そこへの通勤は、イイ感じのリハビリとなった。

1997年冬、体調が良くなった為、調子に乗って、転職活動をする。同時期に厚生障害年金を申請。

1998年四月、転職。職種は、DTPオペレーター。

1998年六月、厚生障害年金が三級で認定される。仕事のハードさに耐え切れなくなり、またしても自殺衝動が爆発。約一ヶ月間、入院。抗鬱剤は効果無しとみなされ、殆どカットされる。

1998年夏、実家で静養。「EATER VOL.6」のインタビューを受ける。

1998年秋、妹の裏切りにより、病状悪化。自殺願望が頭から離れず、「世界には、自分が生きる理由や意味が、全く無い。自分の命よりも金の方が価値がある」と思い込む、欝病的思考ルーチンに嵌る。睡眠リズムが狂い、布団から出られなくなる。以降、一年半弱ばかり、生きてるだけで精一杯の、寝たきりとなる。

1998年冬、クリスマスイブに無理矢理引越し。新居の片づけもせず、実家で寝たきり。また、以前から気になっていた、心療内科医の投げ遣りな態度に、ようやく不信感を抱き、「自分で治せって意味か?」と勝手に解釈し、欝病関連の書籍等を読み始めるが、内容は頭に入らず。

1999年春、新居へ戻ったが、腰痛が悪化。本格的に寝たきりとなる。外出の際、杖をつき始める。合田のインタビューが掲載された「EATER VOL.6」が、発売され、各方面の方々から、好評を得る。

1999年夏、寝たきり状態ながらも、インターネットを始め、自分のHP「衛生博物館」を作成、九月下旬に完成、開設(リンクページから飛んでみてね♪)。障害者手帳三級が交付された。

1999年秋、ソウルフレンド・ジーコ内山氏の紹介で、気功イラストレーター・菊池毒拳氏と会い、一度で椎間板ヘルニアを治療して貰う。寝たきりモードは相変わらずだが、以降、欝病も少しずつ好転。

1999年冬、池袋の障害者雇用促進協会に赴き、仕事の相談をする。年末には、自殺願望緩和の為に、生命保険二口を解約。2000年の目標を「鬱病系在宅ワーカー第一号となる事」と、決定。

2000年二月、ごく短期間だが、寝たきりモードを脱出。欝病関連書籍を再び読み始める。同時に東京鬱病会議を構想・開設。

2000年春、一時嵌っていた昼夜逆転モードから抜け出し、ボチボチ活動モードに入り始めるが、襲い来る睡魔に邪魔されっぱなし。気分的には何となくハッピー?という感じで、自殺衝動は殆ど消えたと言えよう。

2000年梅雨前、ドーピングにより、ヒーラー化した。少し気功が使えるようになったが、まだ加減が解らないと言うレベルである。アヤワス開放拳開発。薬のジャンルを乗り換えたら、睡魔に襲われなくなった。只今、(家の中では)元気一杯の鬱病患者。

2000年梅雨、「薬のジャンルを乗り換えたら、睡魔が来ない!」…と油断していたら、股しても、睡魔が襲来する日々が訪れる。更にその上、アサクラクチクラ(当時りるまざ堂)から、早朝の長電話攻撃を食らって以来、輪をかけた常時ネムネム状態に、落ち込む。(リハビリ日記参照ね♪)

2000年夏寸前、合田の身には遂に、『性に目覚める頃』が、やって来てしまった。しかも、合田の持つリビドーのタイプが、完全に「ホモでタチの男型・リビドー」である事が判明。我ながら呆れ、始終来る勃起感に当惑。目に見えないちんぽが生えてしまった。日々、睡魔との闘い。

2000年夏、マーガレットさんから「あなたもホモよ」と、性同一性障害ホモを公認してもらった。

2000年秋、気功の師匠と絶交、菊池毒拳と疎遠になる。また、死霊さんとの初の性交もこの頃。

2000年終わり頃、生活保護を受給し始めた。障害者手帳が二級に昇進。

2001年夏、アヤワス開放拳ほぼ完成。パニャグルミンのキャプテンパァニャから「あなたは世界を変えるキチガイさんです。」という最大の賛辞を受ける。

2001年秋口、自殺衝動緩和の為、女装して水商売を始めた。んが、二週間でお払い箱になる。

2001年、年末に家出問題児父親が、脳内出血で倒れ、右往左往。

2002年夏、夏風邪を引いたら、ついでに肋間神経痛を併発。肋間神経痛はその後、たまに大波が来たりしていたが、慢性だとは思わなかった。

2002年秋、生活保護を打ち切って実家に帰る。睡魔にはされるがまま。自殺衝動は高まるばかり。

2003年初春、深夜に偏頭痛の発作が突然訪れた。救急車に生まれて初めて乗った。

2003年3月初旬、オカルトHP作成。肋間神経痛の診断が正式に下る(原因は骨の異常、治療法は対処療法しかない)。

2006年二月十五日、母親の過干渉と罵詈雑言に耐えかねて、杉並区に家出。


初公開!
合田ケムリのドラァグクイーン姿!

だあら、コレは冗談だっちゅうの!抱きつくな!
女装、ドラァグ…
それは、自分を他人の肉体に変える作業。
念の為言っておきますが、普段からこんなナリをしている訳ではありません。忘年会の席で、純粋に、余興として、女装してみただけです。だから、「合田さんって、本当は女らしい人なんだ!」だとか、勘違いしないで下さいね。宜しくお願いします。この時も実は、冗談の通じない「セックス依存症」の女の子に、妙に懐かれてしまって、「こんな子だって知ってたら、呼ぶんじゃなかった?!」って、心底困りました。
しかしアレだね、自分で言うのも何だが、俺の女装って、マジぶさいくな、ただのオカマにしか、見えないね。(自分的には結構、ご満悦ナリ)

撮影・ジーコ内山

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