| 1月22日(火) |
| 「わいわいサークル」の日だと喜んでいたの、天候が悪いので中止になってしまった。
みんな臆病者だな。もっと頑張れよ。何かと理由をつけて休みたいのでしょうね。
キンカンナマナマの日でもある教室に行ったことがあるよ。楽しみがなくなってつまんない。
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| 1月20日(日) |
| 中国語教室の1人の人の家ですき焼きパーティをした。
奥さんは友達と京都へ行ったそうだ。集合時間をはっきり覚えてなかったので適当の時間に行った。
最初に刺身を出してくれた。すき焼きは食べても食べても減らない。みんな手土産を持って来ていた。
私はそんなことは全然考えなかった。だめだなー。人の持って来たものを喜んで食べていた。
最後に家主さんが咋夏北京へ行ったビデオを見せてもらった。勝手にビデオ屋さんが撮ってくれて、2本5000円だったそうだ。日本人にとっては安いが、彼らにとっては結構な儲けになるだろうなー。
北京は本当に広い。彼はその旅行で北京だけ行ったそうだ。それでもまた行きたいそうだ。私も行きたくなって来たよ。
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| 1月19日(土) |
| ダベリに行ったよ。約2時間しゃべった。大きいテーブルで他のグループと相席だったが、気にならない。だが、相席のグループの人は次々と食べていた。
着る物もたくさん着ていた。目を見張った。
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| 1月18日(金) |
| 明日はSDが休みだ。でも友達から電話があって、どこかでダベルことになった。うれしいなぁー。
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| 1月17日(木) |
| 仕事をしてても亡くなった先生のことが思い出される。ほんとにいい人ほど早死にする。死んだことが信じられない。
他の2人と一緒にお通夜に行く。初めて行くセレモニー会館だ。今夜はここで他に2つお通夜がある。
真言宗のお経だ。初めての宗派だ。先生のことは悲しいが、やはり訳のわからないお経は退屈だ。丁度一時間で終った。
先生の知り合いの外国人夫妻を来ていた。先生は死ぬまで自分の病気を知らなかったみたいだ。復帰を楽しみにしていたそうだ。
お坊さんの話しでは「若くして亡くなったけど、それなりに意義があります」とのことだ。
でもやはり先生としてはもうこの世とおさらばして、名残惜しいことだろう。
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| 1月16日(水) |
| ピアノの調律師さんが来るので、仕事を休んだ。ピアノ部屋は物置状態だからその部屋にあるガラクタを居間に運んだ。
調律が終ってからまたそのガラクタを、風邪気味の娘をこき使って移した。そうこうしているうちに娘が向こうへ戻る時間になった。
夜、vinusから電話があって一昨年まで行っていた英語サークルの先生が亡くなったと言った。突然のことで驚いた。
明日がお通夜だそうだ。vinusと他の人はお葬式に行くそうだ。私は今日休んで、また明後日も休めないのでお通夜に行くことにした。
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| 1月15日(火) |
| 昨日の残りのハンバーグで夕飯にしようとするが、娘は風邪をひいて寝ている。せっかく南瓜も煮たのにね。
「ワイワイサークル」に行く。今日の出席人数は2人だった。殆ど会館閉館のベルが鳴ってから、もう1人が来た。今年も前途多難なサークルだな。
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| 1月14日(月) |
| 振り替え休日だから、仕事場へ行く道はすっごくすいていた。
晩御飯は娘が食べたいと言っていたハンバーグにした。
娘と食べる夕食は食が進む。旦那は歯が痛くてゆっくりと食べている。全然おいしそうには見えない。
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| 1月13日(日) |
| 今日は成人式。娘はスーツを着るので、精一杯お寝坊をしていた。会場へ送って行く。みんな華やかだ。娘が着ないからと言っても残念なことはない。
だが、他の華やかさを見ているのも気持ちがいい。子供連れの人も2人いた。
娘は夜から友達と焼肉を食べに行った。私も行きたいなー。
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| 1月12日(土) |
| 成人式のために帰って来る次女を迎えに行く。その足で入院している彼女の友達を見舞いに行く。彼女は交通事故を起こしたのだ。
2回目の松任中央病院だ。建ってもう十年以上だけど、とってもきれいだ。友達は手をつって、足にも包帯を巻いていた。私は気がつかなかったが、額にも包帯を巻いていたそうだ。額で良かった。
お見舞いの後はお昼を食べに天晴屋へ行く。以前に人がおいしいと言っていたところだ。特別美味しくはなかった。不味くもなかったけどね。
ビールを飲みながら食べたら、もっと美味しかったことだろう。あいにく運転中なので飲めない。
お腹が膨れると眠くなり、家に帰ると即寝てしまった。
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| 1月11日(金) |
| 「萩原朔太郎の亡霊」を読む。推理小説なので一日で読み終えた。
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| 1月10日(木) |
| 久しぶりのドイツ語。いつもそうだが、休みの間も全然勉強してないので不安だった。
でも今日はユーロについての話しばかりだった。ユーロの本物も見せてもらった。
全面的にユーロに切り替わるのは結構時間がかかるとの予測だったらしいが、実際には2週間程度で変るらしい。
最後にドイツのチョコのお土産ももらった。
子供から電話があり、友達が事故ったからお見舞いに行くと言う。彼女は成人式には出られない。せっかく振袖を準備したであろうにね。
写真だけは撮るらしい。
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| 1月9日(水) |
| 仕事が終ってからサティに行く。テレビでは今日から8割引セールをしていると言っていた。
私は娘のスーツの直しを取りに行くのだ。8号線から曲がる時から混雑していた。陳列棚はほとんど空っぽだった。
帰る時にも大通りに出るのは危険だと思い、裏通りへと行った。だが裏通りも混雑していた。私は安くてもいらないものはいらない。
みんな何をあんなに買っているのだろう。
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| 1月6日(日) |
| 子供は8時40分のバスで京都へ行く。彼女はもっと遅いバスで行きたかったのだが、他の時間帯は満員だったので、この時間になった。
乗ったバスを見ると混んでいた。チケットを予約した後でも買った人がいるんだろうな。
12時から金沢へ車を走らせ、「アメリ」を見た。もうすでに始まっていたが、入った。
終って出ると、列をついていた。掲示板で推薦してくれた人がいたのだ。私にはあまり面白い映画とは思えなかった。
なんかまだるっこしかった。
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| 1月5日(土) |
| 今日から仕事始め。午前は仕事をして、お昼に会食。終ってから図書館に行った。
停めるところがない程混雑していた。
今日で子供のバイトは終わり。少し荒れていたので迎えに行く。
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| 1月4日(金) |
| 朝子供のバイトに行く時に運転させて行った。免許を取って2回目の運転だ。
大通りに出るまでは私が運転し、出てからは娘が運転した。少しは自信がついたかな。でもあいかわらず車の中で「恐い恐い」の連発だった。
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| 1月3日(木) |
| ◇今日も雪の日。いい加減に家に閉じこもっているのも飽きて来た。3時過ぎに少しは雪も融けただろうとお出かけすることにした。
雪の中をやっとのことで車を出した。肉も買って家でシチューを作り始めた。いざ素を入れようかとしたらなかった。
子供を迎えに行く旦那に頼んで買って来てもらった。
◇年賀状が来た、私が初めて勤めた頃の友達に電話をした。年賀状には「会社をやめた」とあった。電話では会社が解散したと言っていた。
数年前から、危ないと言っていたがとうとう解散か。感慨深いものがある。
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| 1月2日(水) |
| 昨晩から荒れていたと思ったら、朝窓から覗くと雪が積もっていた。
昨日映画に行って良かった。こんな日だと言うのに娘は友達のところでなべをすると言う。旦那がバイトをしているスーパーまで迎えに行った。
私は一日中ほとんど本を読んでいた。推理小説はすらすらと進む。
ちょうど8時に娘の友達が車で迎えに来た。大人なら絶対にお出かけしないような日だ。さすがに若者だな。
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| 1月1日(火) |
| 朝というか真夜中に那谷寺に行った。以前に長女が「那谷寺に行ったことがない」と言っていたので、次女と行くことにした。
自分で行くのは初めてだ。行けるかな。とにかく標識通りに行けば行けると思い、真夜中の国道を走った。道に迷ったかなと思ったら渋滞にぶつかった。こんな田舎道で渋滞とはと思ったところの近くが
那谷寺だった。みんな路駐している。よっぽど私たちも歩いて行こうかなと思ったが、行けるところまで行くことにした。
ちゃんと駐車場に停めることが出来た。真夜中なのに随分たくさんの人が来ていた。寺の中にあるお札などを売る店の外観はまるで「千と千尋の…」に出てくるお風呂屋さんみたいだった。
朝は7時半に家を出ることにして、6時半に目覚ましをかけて寝た。6時半に起きたが、もう少しと寝ていると、旦那に起こされてしまった。どうにか寝ぼけ眼の娘に雑煮を食べさせ、車に乗った。
8時ちょっと過ぎにシネコンに着きチケットを買った。上映時間は11時半。スーパーが開くのは10時。それまではその辺のイスに座って持って来た本を読んでいた。
店が開き、いよいよ娘のスーツを買った。
映画はちょっと話が散漫だったかな。
このスーパーには福梅のバラ売りがなかった。帰りに別のスーパーに寄り、バラ売りを買った。
お正月はやっぱり福梅がなければね。
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