〜春のカラス〜

カラス、クルミを割る
突然、ニュートンの林檎の如く −カラスの学習行動との出会い−

4月の札幌。春とは名ばかり、まだ市中央部の大通り公園には雪祭りの残雪がみられる時期である。
学生だったわたしは(かれこれ10年近く前のことだ。うわー。)、ある日だだっ広いキャンパスを自転車で走っていた。

そして、人通りの無い裏道に差し掛かったときのこと。
後方の舗道上で、なにやらかすかな音がした。

---------「げし」

不審に思って振り返ると、ちっぽけなクルミが転がっている。「何でまた道の真ん中にクルミが?」と思った途端、小柄なカラスが旋回しながら舞い降りてきた。(「小柄な」という印象を受けたのは、そのカラスが都市部に多いハシブトガラスではなく、ハシボソガラスだったためなのだが、そのときのわたしは知る由も無かった。)

カラスは3バウンドほどして着陸すると、件のクルミをくわえて舞い上がった。
そして、こずえの上あたりまで上昇すると、パッとクルミを下に落とした。

落下したクルミが舗道にぶつかる。・・・「げし」。

最前わたしが耳にしたのは、この音であったらしい。
音の正体は分かったが、カラスの意図がわからない。わたしはすっかり興味をひかれてしまい、この行為の行き着く先を見守ることにした。

こっちの心境を知ってか知らずか、カラスはそ知らぬ顔でクルミをくわえて上空から落とす行動を繰り返している。
すると、何回目かの投下で、舗道との衝突音に変化があらわれた。

・・・「くしゃ」・・・

硬いクルミの殻が舗道に叩きつけられて割れたらしい。カラスは「やれ嬉や」とばかりに舞い降りると、割れたクルミの中身をついばみ始めた。

・・・

・・・

なるほど(ハタと膝を打つ)、それがしたかったのね。

いや、驚いた。
カラスにこのようなことが出来ようとは。
現在でこそカラスの賢さ云々はしばしば取り上げられているが、当時のわたしの目には、この行動はあまりにも衝撃的であった。一般的に言われているイメージとしての「カラスの賢さ」という代物(そしてこの単語の前には大抵「狡」か「悪」がつく)を実際にこの目でみることが出来たのだから。

それまで、わたしは鳥が賢いというイメージはほとんど持っていなかった。
また、このころ、鳥の一見賢そうに見える行動(巣から転がり出た卵をもとに戻す行動や、天敵から雛を守るためにわざと敵の注意をひくいわゆる「偽傷行動」など)が、実は本能としてプログラミングされているものであるという話を聞いたばかりであったので、なおさらこのカラスの行動は驚きだったのである。

目からうろこ。

ニュートンの林檎。

いや、空からクルミ。

とにかく、おっこってきた。

われわれが住んでいる世界と重なって暮らしている連中に、こんな面白いことするやつがいるとは。

ヤツらはなんだってこんなことするのか。

この行動は本能なのか、因果関係をわかった上でやっている(学習行動)のか。

ってか、ヤツら自体、一体ナニモノなのか?

これがわたしのカラス探求のはじまりだった。


「落として割る」ということ

前項でカラスの投下行動に驚愕したわたしであるが、実はこの「落として割る」という行動、他の鳥でも見られる結構メジャーな行動であるらしい。

海に近い地域では、カラスが貝を落として割る光景がしばしば見られると聞く。
カラスの舞い上がる高度と貝の大きさを調査してカラスが貝を割るためにかかるコストを算出した論文があるくらいだ。(それによるとカラスはコストを最も小さくする方法で貝を選び、割っているらしい)

この「貝割り行動」はワシ、タカなど一部の猛禽類でも見ることができる(見たことないけど)。
古代ギリシアのある悲劇作家(名前忘れた。アで始まってスで終わる人。つっても古代ギリシアの有名人ってほとんどそうなんだけど)で、頭部の打撲により死亡したヒトがあるが、これは実は上空を飛んでいたワシが、彼の頭に亀を投げつけたためだそうな(岩と間違えたらしい)。信憑性の程はわからないが、この時代から鳥の投下行動がみられていたという貴重(かつ気の毒)な記録である。


落として駄目なら

とまあ、実はカラスのオリジナルではなかった、というオチがついてしまった投下行動であるが。
調べていくうちに、この投下行動はカラスにとってはほんの小手調べであったことが徐々にわかってきたのである。

上空から投下してのクルミ割りは、こう見えてなかなかリスキーなものだ。
殻が硬い場合は何度も投下しなくてはならず、効率が悪い。
ところが今から10年ほど前、このリスクを低減し、新しいクルミ割りの方法を編み出した連中が東北は仙台市に現れ、世の話題をさらった。

以降マスコミに何度か取り上げられ、今ではすっかり有名になってしまったが、「クルミを車に轢かせるカラス」という連中がソレである。

彼らはクルミを車のタイヤ前に置き、轢かせて割る。
この行動に最初に注目したのは、東北大学のある先生だったのだが、その方の研究によると、「車に轢かせて割る」パターンはさまざまであるらしい。

温厚派は、車通りの多い道路上にクルミをセッティングして、じっと車がクルミの上を通るのを待つ。置いた位置が悪くて、轢かずに車が通り過ぎてしまうと、改めてクルミをセッティングしなおすというのだから丁寧なものだ。
かとおもうと、路肩から車めがけてクルミを投げつける過激派、挙句の果ては道路上に飛び出して車を止めさせ、しゃあしゃあとそのタイヤの前にクルミを置く身投げタイプまで、実にバラエティに富んでいる。
しかも、連中は「信号待ち」の概念を熟知していて、赤信号で車が止まると待ってましたとばかりにタイヤの前にクルミを置くのだという。

この行動、どこのカラスがはじめたものかはわからないが、徐々に仲間内で広がっていったものらしい。最初のうちは単なる仲間のみようみまねで道路にクルミを置いていたカラスも、だんだんコツを飲み込んで割り方が上達していったのだそうだ。

わたしも仙台在住時代、1、2度車によるクルミ割りを目撃するチャンスに恵まれたが、いずれこの行動が口コミで広がれば、札幌でも見ることができるようになるかもしれない。(がんばれカラス!津軽海峡を越えろ!!)

ところでこの行動、なぜか実践しているのはハシボソガラスのみである。
都市部と田園地帯が近接する仙台では、シティ派ハシブトガラスと田舎もんハシボソガラスの両方を見ることが出来るが、ハシブトガラスにクルミ割り行動が見られたという報告例は無く、せいぜいハシボソが苦労して車に轢かせたものを横取りした、という事例が報告されている程度だ。

その原因としては、ハシブトのほうが身体が大きく強いため、餌争いで負ける心配が無い(餌に不自由しない)ことが考えられる。わざわざ手間をかけてクルミを割る必要がないのだ。
逆にハシボソは身体が小さく、よくブトに餌を横取りされるため、生きていくためには創意工夫が必要なのであろう。


もう何でもアリ

さて。車に胡桃を轢かせて割るだけで充分とんでもないと思ったが、まだまだカラスの能力はこんなものではなかった。

例えば、海外の実験では、「紐で吊り下げられたバケツに入った餌を、紐を手繰り寄せてゲットするカラス」が報告されている。また、この紐を長くしたところ、他の連中が嘴で引っ張りあげられる範囲内でしか紐を手繰れなかったのに対し、ハシボソは手繰り寄せた紐を足で抑えさらに手繰る、という高等テクを披露したのだそうだ。

そして、極めつけはこんな事例。
南方のある島に住むカラスは、木から枝を折り取り、葉をむしって棒をつくる。それを木に点々とあいている穴に突っ込んで、虫をほじくりだす、ということをやるらしい。

サルか、おまえは!

ついに「道具をつくって、使うカラス」登場である。この行動、現在海外の某所で研究が進められているのだそうだ。
調べれば調べるほどとんでもない行動が次々と明らかになるカラス。実にもう何でもアリという感じである。一体どこまで行くのか、カラスよ?


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