血脈相承論考証

 
 この段では顕正会の最近の核となる教義である、顕正会の示す血脈相承論について考証してみたい。
 顕正会では、実は会員はこの血脈相承論については、はっきりと断言できる理論を持っていない。
 最近の顕正会の中核となる教義であるにも関わらずに、である。
 この事自体、多くの問題を孕んでいるのであるが、では顕正会が現在提示している血脈論を詳らかにすることによって、顕正会主張の血脈論の実体を掴んでみたい。

日蓮正宗 血脈相承とは

 まず、血脈相承について少々触れておきたい。
 日蓮正宗の血脈相承とは、すなわち日蓮師より日興師、更に日目師と連綿と一器に一器を移すが如く、祖師の意を正しく伝えられている正統を示すものである。
 血脈として伝えられる内容は、一般的な教えではなく、奥義にあたる口伝や秘伝の部分であり血脈を受けるには、それ相応の器量と能力が要求されるという。
 また誰から誰に伝わったか、そのルートは最も重視されるところであり、血統のように受け継いできたものを伝える、という意味で血脈と呼ぶのである。
 更には受け継いだ弟子がいずれは師となり次の弟子へ伝えることから、相互に継承する意味で師資相承(師は師匠、資は弟子の意)ともいう。
 そして血脈には「唯授一人の血脈」と、その唯授一人の血脈を中心として信徒一人一人に流れる「信心の血脈」があり、この「唯授一人の血脈」を授された者が、時の法主として日蓮師の三大秘法を弘める棟梁の立場になって信徒の信仰、日蓮正宗の信仰の指揮を執るとされる。

 上述の如く血脈相承は、これ自体が日蓮仏法の正統性を示すものであれば、当該関係者等の誰の目にも明らかなる相承授受がなされるべきなのであるが、日蓮正宗史においては実は様々な問題に度々遭遇している現実がある。
 勿論、短絡的に相承が公でない場合の疑難者達を支持するものではないのだが、本来法主となって僧侶、信者等一切の指揮を執るべき立場になる人が、それら全ての人々に納得できるような形態になるべきであろうと考える。
 目師から道師、時師から影師、昌師から就師等、或いは稚児相承といって幼少時期に既に相承を受した法主もいたようだが、様々な血脈授受形態をとりながらも連綿と血脈が受け継がれてきたとするのが日蓮正宗である。
 ところが当代である阿部日顕師においては先代細井日達師より血脈相承の授受が為されなかったとする、顕師非法主論が、多く取り沙汰されている。
 その理由は様々であるが、最も有力視されている根拠が達師より顕師へ相承されたとする昭和五十三年四月十五日であろう。

 昭和五十四年七月二十二日の早暁、第六十六世日達上人は急逝されたが、その日の朝に開催された重役会議において、日顕(上人)は突然、『昨年四月十五日、総本山大奥において、日達上人猊下より自分に対し、内々に御相承の儀に関するお言葉があり、これについての甚深の御法門の御指南を賜わったことを御披露する』と言って、猊座についた。

 と顕師は発言しているが、相承されなかったと主張する側の意見としては、この日の達師の行動を調査したところ、相承をする時間は無かったというのである。
 先述の如く、日蓮正宗側にも反論はあるだろうし、批難側にも雄弁の材はあるだろう。
 私が問題としたいのは、やはり相承授受を公として為さずにおく結果が、こういった問題への発展へと繋がってしまったのだろうと思うのである。
 血脈相承の性質を見れば、当然秘伝ゆえに第三者への公開の必要は絶対ではなくとも、しかし文証もなく証明材料がないのであれば、疑難が発生することは当然といえば当然である。
 ある法華講員は反論してこう言う。

 宗内において唯授一人の血脈相承の存在と重要性が徹底されて以降は、一々師が弟子への相承を第三者に証明する必要はない。付弟一人が貫首となり、一宗を統率されている姿そのものが、唯授一人の血脈相承がなされた何よりの証拠である と。

 しかしこの論こそが、私が盲目を打ち破り、盲目より脱却せよと強く強調したい部分なのである。
 これが日蓮正宗の理論なのであれば、結局は証明できぬものは「信」の一字を以て統率しようとしているだけであり、日蓮正宗の根本教義である「理証」「文証」を全く無視したものであると断じざるを得ない。
 こういった主張や反論が様々な場所で議論され、大きな問題となっている事実なのである。
 もっともこういった妄信的な発言だけではなく、きちんと相承日の詳細の裏づけをしながら、相承の事実を正とする者もいるが、いずれにせよ現在の日蓮正宗の大きな問題の一つであることは間違いないであろう。

顕正会の血脈否定

 さて、顕正会ではこの血脈問題についてどう考えているのだろうか。
 まずは顕正会の発言について言及してみたい。

 「戒壇の大御本尊は一日として付嘱の人の空白ということがない。 またこの付嘱に付随して「金口の血脈」もなくなることはない。」
「何代・代を重ねようとも、また面授の儀式があろうとなかろうと、 断絶もせず、色も替わらず、伝わるように出来ているんだ。 これが御本仏の御仏智なのです。
 だから御相承の儀式のあるなしは、本質的には全く問題ない。 断絶などはあり得ないのです。」


 顕正新聞・平成五年一月五日号(新春座談会) において以上のような指導をしているわけであるが、面談形式であろうとなかろうと、附属の人、つまり血脈を所持した人が一日でもいないということがない、と言っているのである。

 より 而して日興上人はまたこの大御本尊を第三祖日目上人に付嘱し給うた。
 その御遺状に云く 「日興が身に宛て給わる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を授与す」と。
 「弘安二年の大御本尊」とは、弘安二年十月十二日御図顕の「本門戒壇の大 御本尊」なることは論をまたない。
 かくて日道上人・日行上人・日時上人・日阿上人・日影上人・日有上人と、 「本門戒壇の大御本尊」を付嘱の法体として代を重ねること六十七、清浄 の法水はいささかも断絶することなく今日に至っている。
 これが正系門家・富士大石寺の伝統である。

 これは叱呵痴犬抄に掲載されている文面であるが、ここでは蓮興目以来六十七代に至るまで附属の法体、そして清浄の法水、つまり血脈は一度の断絶もなく今日に至っている、とされている。
 次に創価学会が破門宣告を受けた後に血脈相承を否定した事について言及している指導を掲載する。

 「『血脈相承の否定』について少し説明します。最近、学会では、盛んにこんなことを繰り返していうようになった。
 教学誌『大白蓮華』四月号にはこのような記事を載せております。『血脈相承といえば、高僧から高僧へと神秘的な儀式を踏まえて受け継がれるものだとされてきたが、そうではない。
 ……血脈相承といっても特別の儀式の中になされるものではなく、信心の中に受け継がれるものであり、日蓮大聖人の御遺命である広宣流布に向かって異体同心の実践に励む一人一人の胸中において血脈相承があるのである』と。
 すなわち『歴代の御法主から御法主へと血脈相承がなされるというのは嘘なのだ、一人ひとりの学会員の信心の中に血脈があるのだ』と云っているのです。
 これでは明らかに、大聖人から日興上人、日興上人から日目上人へと、歴代御法主に伝わる唯授一人の血脈相承そのものの完全否定ではないか。阿部管長憎しのあまり、そして池田大作を偉く見せるために、ついに下種仏法の命脈たる金口の相承までも学会は完全否定してしまったのであります。
(略)これを仏法破壊といわずして、何を仏法破壊というのか。これを大謗法といわずして、何がいったい大謗法でありましょうか。」

 これは平成四年六月五日号の顕正新聞での指導内容であるが、つまり創価学会が破門処分された結果として血脈の否定にまで路線変更が為されていった学会の血脈観の変貌に対して会長は上記のような指導をしているのである。
 これらの内容を見る限り、顕正会は「唯授一人の血脈相承」については何ら日蓮正宗の論と相反したものではなく、かえって創価学会の論に対して大謗法と断定しているのがよく分かる。
 ところがこれより七年を経過した平成十一年四月十二日、顕正会幹部を召集して本部指導会を開いた際、一変して血脈に対して独自の論理展開として「血脈相承授受断絶」を公表したのである。
 当時幹部として名を連ねていた私も、当然この指導を直接聞いているが、その驚きは今でもはっきりと覚えている。

 
七百年来曾て無い御遺命違背の大罪であるから、罰もまた七百年来曾て無い、 大きなもんです。
 これは、どういうことんなって現れたかというと、御相承の断絶であります。
 細井管長は、昭和五十四年の七月二十二日、入院していた白糸の滝の側にあ る富士山病院で、臨終思うようにならず急死を遂げた。
 これも罰ですね。 貫主の立場にある人が、誰も側にいない時、一人でもって急死してしまった んです。
 よって、御相承をすることが出来なかった。 まさしく御遺命に背いた故にですね、細井管長は御相承を授けることが出来なくなってしまった。
 次の阿部管長また、御遺命違背の失によってですね、これを受けることが出来なかった。
 すなわち、御相承の授受っていう、授ける受ける、この両方がですね、出来なかったわけであります。
 まさに、七百年来、富士大石寺門流において、未だ曾て無いっていうことが起きた。
 この事は宗門の奥の、奥深くに起きたことであるから、一般の人は知らない。
 しかし、これほど重大なことは私は無いって思ってんですね。
 私は今まではこの事はあんまり言葉には言わなかった。
 しかし密かに何という重大なことが正系門家に起きたんだろうかと、大聖人様は報恩抄にですね、「法王すでに国に失せぬ、人王あに安穏ならんや。」「法王 すでに国に失せぬ、人王あに安穏ならんや。」と仰せあそばしておられます。
 けれども、この御遺、御相承の断絶こそが、日本の命運に関係の無い筈が無いんですね。
 私は一昨年の諫暁書において、日本の滅ぶる原因としてですね、一国一同が、七百年前御頸を刎ね奉りながら、なお改悔ない、いうことを一つあげて、もうひとつ、正系門家の御遺命違背、この失を挙げた んでありますけれどもですね、日本一同の捨離ということ、三大秘法に背くということは、広いけれどもこれはみんながわかることであります。
 しかし、 正系門家の御遺命違背ということはですね、ついには、御相承の断絶まで至った、この仏法上の重大事は狭くとも深い、これこそ最も重大なんですね。
 ですから、この御相承の断絶を見て、正信会僧侶二百余名がですね、阿部管長が、創価学会と手を組んで、反創価学会の活動をしている僧侶を取り締まったんですね。
 それが所謂、この二百四名だったんですが、それに反発し て、この二百四名の者が、正信会を名乗ってですね、何て言って阿部管長と戦 ったかというと、詐称法主と呼んだんだ。
 詐称ってことは、偽り称するですね。法主でない者が、法主と詐称してるんだ。
 あれは相承無いではないか。 いうこと言って、詐称法主と呼んで、阿部管長と裁判で争った。

(中略)
 さ、それでは、重大なことは、これで、正系門家の血脈は断絶してしまうのか、そんなことは断じてありません。
 たとえ、六十六代・六十七代の間でもって、相承の授受ができなかったとしても、どんなことが事態がおころうとも、この、大聖人・日興上人・日目上人から伝わってきた、本宗の血脈ということは、絶対に断絶しないんですね。
 大聖人様の、万々の御配慮がまします。御相承というものは、口伝えとか、そのような一
つのものではない、いかなることがあっても絶対断絶しないようにできてんです。
 故に、もし、大聖人様の御心に叶う、正しい貫主上人が御出現になれば、その時忽ちに正系門家の血脈が甦る。そういうことになってんです。
 況や、広宣流布の時には、既に前生、前の世に御相承を所持された、日目上人が御出現なるんでしょう、ですから、少しもそのような断絶は心配する必要がないってことであります。
 但し、それ以前に、末法濁悪の徴として、このような異常事態が正系門家に起こるんです。そして宗門が、もの凄い抗争に陥って泥沼んなる。仏法の世界がそれならば、世間もまた今度は濁乱を起こして、ついには、自界叛逆から、そして他国侵逼に至るんだ、まさに広宣流布の前夜だ、私がいうのはここにあるわけなんであります。
 そしてですね、この異常事態こそ、広宣流布前夜の出来事でしょ、『末法濁悪の未来に移さん時』てことでありますから、この異常事態の中にです、広宣流布はしんしんと進むんですね。

これを進めるのは、御遺命を正系門家の中で独り、命をかけて守り抜いてきた顕正会以外にはない、まさに、大聖人様が、顕正会をして、立たしめ、戦わしめ給うのであります。」


 
以上が平成十一年四月十二日の指導会内容の抜粋であるが、突然の血脈相承断絶発言に、私は正直会長の指導をどう会通して良いものか戸惑いがあった。
 当時は顕正会の組織を預かる幹部として後輩に対する徹底した指導を以て、入信者獲得に打って出なければならなかったので、会長から受けた指導を会員に広く伝える必要があったのだが、実際には私は躊躇した。
 理由は至って単純である。
 この指導以前には、上記の如くそれまで血脈相承で問題となっていた正信会、そして破門宣告より路線変更し、血脈断絶を強調してきた創価学会に対し、大謗法と宣揚してきたのだが、ここに至ってなぜ顕正会もまた血脈相承授受断絶を公表せねばならなかったのだろうか、という事である。
 他の日蓮正宗系、とりわけ創価学会の者と対峙すれば、必ず突っ込まれるであろうし、法華講の人であれば尚更である。
 深く論じるまでもなく、私が動揺したということ自体が、会長の指導の異常性をよく理解できるのであろう。
 私はそれまで血脈否定をする団体員に対し、直接会っては責め、会員内部の者に対しても「一切血脈断絶など無し」と自身が宣言してきたわけであるから、動揺は当然である。
 つまりそれまでの会員意識には血脈断絶など顕正会が発表するわけがない、という観念が当然のようにあったわけであり、だからこそ会長が突如言い出した百八十度転換した指導にどう対処してよいのか、思考することにすら躊躇したのである。
 そして当時出した結論は、やはり他の幹部会員と同様に「授受断絶であって、血脈が完全に断絶したとは言っていない」ということであった。
 会長はこの指導の中で中略後の中でそういった意味を含む指導をしており、それに基づく結論を導く以外にはなかったのである。
 しかし、この指導を今改めて何度も読んでみたのだが、どうにも腑に落ちない点がいくつも見い出せる。
 要略すると会長のこの指導は次のようになる。

 ・七百年来かつてない国立戒壇否定という大罪は、やはりかつてない大罰となった。
 ・大罰の現証は相承の断絶という形で現れた。
 ・第六十六代細井日達師が急死を遂げたことにより、相承の授けるという資格を失った。
 ・第六十七代阿部日顕師もまた相承の受けるという資格を失った。
 ・相承の授受断絶が日本の命運に関係ない筈がない。
 ・相承授受ができなかった以上、正系門家の血脈は断絶してしまうのかというと、そんなことは断じてない。
 ・たとえ相承授受ができなかったとしても、日蓮正宗の血脈は、絶対に断絶しない。
 ・日蓮師の万々の御配慮があり、いかなることがあっても絶対断絶しないようにできている。
 ・もし日蓮師の御心に叶う、正しい法主が出現すれば、たちまち正系門家の血脈が甦る。
 ・そういうことになっている。
 ・広宣流布の時には、既に相承を前生所持した目師の再誕が出現する。
 ・ゆえに現在の授受断絶は心配する必要がない。


 特に重要と思われる指導を抜粋したのだが、順に読んでいっても中々理解ができない。
 否、この指導から一つの論を立てると一つの論が死ぬことになるのである。
 相承の授受はできなかった事は国立戒壇を放棄した大罰であるが、広宣流布の時に目師の再誕が出現されればたちまち血脈は蘇る、というのであるが、では血脈附法などそもそも必要なかったのではないだろうか。
 血脈が途絶えても、忽然と血脈を所持した人、つまり顕正会でいう前生所持の目師が再誕すれば、血脈は復活するというのであれば、問題点がいくつも浮上する。
 第一、血脈所持の法主が中途断絶しても可とするのであれば、その時その時の法主などそもそも必要ないのである。
 蓮興目という譜系さえ整則されていれば、以後法主を指名し授受する必要などないものと考えられ、それでも尚日蓮正宗は現在まで、血脈相承を行う形態をなぜ取ってきたのか、また妙信講としてその体制に追従してきたのか甚だ疑問となる。
 また、途中血脈所持者が不在となる期間があっても良いとなるのであれば、その間の衆生の成仏にも関わってくるであろう。
 これは日蓮正宗教義に基づくものであり、この指導を照らし合わせるならば、信徒は血脈所持の法主が出現するまでは、成仏できなくなる理屈になる。
 ところが以前は一時の血脈も断絶した事などない、血脈所持の人が不在の時などない、と断言しているわけであるから、これはどう解釈すべきか謎となる。
 日蓮正宗では血脈不断が基礎であるから、途中で断絶してしまうという事は、既に日蓮正宗の破綻とさえなる。
 そこで会長は、「日蓮師の万々の御配慮があり、いかなることがあっても絶対断絶しないようにできている」として目師の再誕を持ち出し、現在も血脈は断絶してはいない、というのだがこれでは先の指導と矛盾するし、この論拠提示がされていない。
 また「万万の配慮がある」とは言うもののそれが一体何なのか、明言されていない。ただ「そうゆうことになっている」と。
 これでは余りに会員が不憫であろうというものである。
 粗雑に「そうゆうことになっている」と一蹴してしまうことは、発言が発言だけに会員に対して血脈不断の理由を明白にする必要があるのだが、全くなされていないのはあまりに稚拙であると言わざるを得ない。
 断絶はしていないのであれば、顕正会のいう血脈を受けることができなかった阿部日顕師以外に誰かが血脈を所持していなければならないのだが、これが全く明かされていない。
 蓮興目に血脈移動の証明がありさえすれば、後にまた目師再誕が出現さえすれば血脈が滅していなかったことになる、という理論は通用しない。
 身勝手にもそこまで言い切るのであれば、その根拠を示す必要があるのだが未だになされていないのは不明である。
 これ程の重大な事柄であるにも関わらず、である。
 このため、ゆえに会員は困惑してしまい、この指導を機会に大勢の幹部が顕正会から離れていってしまった。
 およそ日蓮正宗の教義中において、このような教義解釈が公然と為された例を私は知らない。
 血脈に関しては、あくまでも前述した会長の三つの指導の通りであることが日蓮正宗古来よりの基礎教学であり、これを無視することは、自らのかつての指導すら否定することになり、それは会長自身の言葉を借りれば「仏法破壊」であり「大謗法」となるのは必然の理であろう。
 前言撤回する他団体、或いは宗門を「二枚舌」と嘲笑している顕正会こそ、また自身が嘲笑されるのであり、この一字をしても一貫不変が見出せないのである。
 血脈についての論展開は様々あるだろうが、この顕正会の相承断絶発言は最も重大と思える顕正会の問題点であろうと思われる。
 後に顕正会のアキレス腱ともなるかもしれない程の爆弾発言でもある。
 そもそも目師再誕説など保田から流用した伝説に過ぎず、あたかも日蓮正宗古来からの口伝とし、これを論拠としている自体が愚かであろうと考えるのである。

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