リアル!戦国時代 Vol.56

中世のキーワード 「座」 シリーズ 猿楽の座特集 第8回 「花」と「幽玄」(後)

前回のことを受けて、世阿弥の別の能楽論である『花鏡』を見てみます。
『花鏡』においては、「幽玄之入堺事」(幽玄の堺に入る事)の項目があります。これは「花」のための幽玄について具体的に述べたものです。以下、これも重要な部分のみ抜粋、意訳します。

「幽玄の風体の事。諸道・諸事において、幽玄なるをもて上果とせり。ことさら当芸において、幽玄の風体、第一とせり。まづおほかたは、幽玄の風体、目前にあらはれて、これをのみ見所の人も賞翫すれども、幽玄なる為手、左右なくなし。これ、まことに幽玄の味はひを知らざるゆゑなり。さるほどにその堺へ入る為手なし。」

幽玄の姿かたちについては、立花(道)・書道など、いろいろな道や事柄において、幽玄であることを持って最上としている。ことさら、当猿楽能においても幽玄の姿かたちは第一に考えることだ。まず、一通りの意味では、幽玄の姿かたちを目の当たりにして、これだけを観客も楽しむものだが、残念ながら幽玄の判っている演者はなかなかいない。これは、幽玄の意味を知らないからである。だからこそ、その境地に入る演者がいないのだ。

「そもそも幽玄の堺とは、まことにはいかなるところにてあるべきやらん。まづ世上の有様をもて、人の品々を見るに、公家の御たたずまひの位高く、人ばう余に変はれる御有様、これ、幽玄なる位と申すべきやらん。しからばただ美しく柔和なる体、幽玄の本体なり。」

だいたい幽玄の境地とは、本当のところはどのような境地と言うものだろうか。まず世の中のありようを見て、人々のなりを見てみると、公家の態度や動作は上品で、人望があって他人から尊敬を勝ち得ている姿は幽玄の位と申して良いだろう。つまりは、ただ美しく、柔和で気品のある姿が幽玄の本体というものである。

「また怒れるよそほひ、鬼人などになりて、身なりをば少し力動にもつとも、また美しきかかりを忘れずして、動十分心、また強身動宥足踏を心にかけて、人ない美しくは、これ鬼の幽玄にてあるべし。」

また怒っている姿、怨霊などになって姿を地獄の鬼のようにしたとしても、これまた見た目の美しさを忘れずにいて、心を十分に働かせ、肉体を強く動かして足も踏む姿にも心を砕き、生きた人に見えない美しさは、鬼の幽玄というものだ。

「心といふは、この理をよくよく分けて、言葉の幽玄ならんためには歌道を習ひ、姿の幽玄ならんためには、尋常なる為立の風体を習ひ、一切ことごとく、物まねは変はるとも、美しく見ゆる一かかりを持つこと、幽玄の種と知るべし。」

心というものはこの考えをよく理解して、言葉を幽玄にするには歌道を習い、姿かたちを幽玄にするには上品な扮装の仕立て方を習い、全ての物真似の種類は変わるものの、どこか美しく見える姿かたちに配慮することが幽玄の種ということを知らなければならない。

「見る姿の数々、聞く姿の数々のおしなめて美しからんをもて、幽玄と知るべし。この理をわれと工夫して、その主となり入るを、幽玄の堺に入る者とは申すなり。」

他から見える姿の数々、声を聞かれる様子の数々を押しなべて美しいことこそ、幽玄と知らなければならない。この考えを自分で工夫し、完全に自分のものとする人こそ、幽玄の境地に至った人と言うのだ。

以上、少々長いですが、述べてみました。
ここでは、「幽玄」は猿楽能の専売特許でもなく、猿楽能に限ったことではないことを示しています。むしろ、上品で優雅な身のこなしをした公家などに学べと言っているわけです。
つまりはむしろ「幽玄」の真似をせよ、他道の「幽玄」を学べと戒めているのです。

本来の「幽玄」は、「道理がおくふかく知り難し。」(『字源』角川書店1923年初版 1955年増補版)というものであるものの、それは猿楽能に限るならば、「@物事の趣が奥深くはかりしれないこと。また、そのさま。A中世の文学・芸能における美的理念の一。〔イ〕能楽論で、優雅で柔和な美しさ。美女・美少年などの優美さや、また寂びた優美さをいう。」(『大辞泉』小学館1995年)ということになります。

この「幽玄」すなわち優美さが、猿楽能の「花」のためには大切だというわけです。
これらの事柄を絶対に忘れないで、次回以降を読んでいただきたいと思います。

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