リアル!戦国時代 Vol.17

中世のキーワード・座シリーズ 第1回 はじめに

教科書などでは、信長によって楽市楽座令がしかれ、それまでの中世的独占から市場が開放されて、近世に向かったというような記述をよく見かけます。
しかしそれでは、座というものは良くないものだったのか、という話になりまして、良くないものを何でまた何百年も続けていたのかということになります。

だいたい平安時代末あたりから戦国末期まで、約400年近く、座を中心とした流通制度が中世の社会を担っていました。
座のない近世的流通とか言われるものが出てきて約300年、明治以降もそれが続いて、現在でもその名残はあります。
戦後の現在も加えて、まあ400年間としても、同じくらい座というものは長い歴史がありました。
それに近世都市商人などの株仲間も、言ってみれば座と同じような独占の一形態ですから、近世的とは言ってもその点に関して言えば、中世とあまり変わりはありません。

何が言いたいかと申しますと、それほど座というものは中世の社会を考える上で大切なものだったはずなのに、それが教科書などではせいぜい数行程度にしか、触れられておりません。
それが突然に楽市楽座の話になってしまいますから、前述したように、座については誤解が多いのではないかと考えているわけです。
まがりなりにも流通らしきものが登場し始めたのが平安時代後期あたり、言わば流通の草創期から出現して、戦国時代後期までの間に全国を網の目のように繋いでいた根元が「座」と呼ばれる制度でした。
この「座」制度は流通のみならず、商工業、芸能などにまで及んでいました。
これほど社会全体を担っていた制度は、そうそうあるものではありません。

よく言われるように、日本の「座」はヨーロッパの「ギルド」と対比されます。
時代的にも近く、内容的にも似ているところはかなりあるそうですけれど、違っている部分も実はあるようです。
初めからあんまり大風呂敷を広げるわけにもいきませんので、とりあえずは日本の中世を担っていた「座」について、これからシリーズで見てみようと思います。

まずはとりあえず、市場内での問題を1つだけあげておきます。
市場などでは品物を求めていろいろな人間が出入りしますから、市場を仕切る地方領主などの権力さえも超えるような連中、鎌倉時代で言えば得宗家の家人とかが悪さをしたりします。
そうなると必然的に、より上級の権力に話を持ち込むことになります。
それで商人や職人が寄り集まる事になり、上級権力を本所として仰ぎ、その保護の中に入ったりします。
これは座のできる1つのパターンです。

市場での禁止事項について、リアル的にすこしお話しましょう。
よく言われるのが押し売り押し買い、乱暴狼藉の類です。
乱暴狼藉はおいておいて、押し売りは戦後まであったそうですから、これは想像がつきます。
ただ、押し買いというものは、あまり耳慣れない言葉です。
しかしこれこそが市場内での最大の悪行でした。

法外な安値で無理やりに商品などを買い上げる。一応銭は払っているので、強盗とはみなされない。
市場の中はそれぞれの座が取り仕切っていますから、押し売りということはあまりなかったはずですが、乱暴な客が押し買いする可能性はかなりあります。
もともと定価販売ではないですから、購入価格は売り手と買い手の交渉次第なのですけれど、これをいいことに無理やり安値で商品を強奪しようというわけです。
これを見逃すと市場の秩序が乱れ、ひいては良質な客も逃げていってしまいますので、これは徹底的に排除する必要があります。
今に残る中世等の市場関係資料でも、この押し買い禁止事項は必ずと言っていいほど入っています。

中世は武力暴力がかなり横行した社会でしたけれど、それだけで物事が解決した時代ではありません。
平和的な秩序を求めて、それなりの対処や解決方法が考え出されました。
ですかられっきとした座の商人のいる市場には人も集まりますし、そうそう悪さもできませんでした。
治安の良い市場など、安定した流通拠点を確保するためには、地元領主も座と手を組む必要があったのです。

いかがでしょう。座の必要性がすこし見えてきませんか?
「座」も、けっこう棄てたものではないと思うのですが…。

前項へ     トップページへ     次項へ