古細菌型レチナール蛋白質の吸収波長制御機構

 

光はエネルギー源としてだけではなく、情報としても重要である。この光の恩恵を預かるために地球上の多くの生物が光吸収物質(発色団)としてレチナール(ビタミン A アルデヒド)を利用している。例えば、脊椎動物のロドプシン、無脊椎動物のタコロドプシンや古細菌である高度好塩菌のバクテリオロドプシンが代表的である。また最近になってアカパンカビや海洋性のバクテリアで古細菌型レチナール蛋白質が発見され真核単細胞生物や真正細菌にもレチナール蛋白質が存在することが明らかとなった。レチナール蛋白質とはレチナールを発色団として持つ光受容蛋白質の総称である。

我々は可視領域 (360 - 600 nm) の光を感知することができる。これは吸収波長の異なる3つの視物質(極大吸収波長の短波長側から青、緑、赤視物質(3原色))が存在し可視領域すべてをカバーしていることによる。これほど広い吸収帯をもつ視物質もすべて 11-cis 型レチナールを発色団としている。レチナール自身は近紫外部 (380 nm) に吸収極大(lmax )を持つため、視物質の特有な吸収波長はその蛋白質部分(アポ蛋白質、オプシン)との相互作用の違いによる。しかし、これらの視物質はアミノ酸配列から互いに良く似た膜蛋白質であることが知られているため、古くからこの波長認識機構については興味の対象として数多くの議論がなされてきた。

古細菌である高度好塩菌にも視物質と同じようにレチナール(この場合 11-cis 型ではなく all-trans 型である)を発色団とする光受容膜蛋白質の存在が古くから知られている。これらの古細菌型レチナール蛋白質は分光学的性質、機能の違いから、現在4種類に分類されている。それらは バクテリオロドプシン (bR)、ハロロドプシン (hR)、センサリーロドプシン (sR)、フォボロドプシン (pR) と呼ばれている。前者2つ (BR、hR) は光駆動型イオンポンプ (BR, プロトン、細胞質→細胞外;hR, クロライドイオン、細胞外→細胞質)として機能している。BR によって生み出されたプロトン濃度勾配は ATP 合成酵素の駆動力となる。また hR のクロライドイオン輸送によって生じた膜電位も ATP 合成に使われると考えられている。対して後者2つ (sR, pR) は光駆動型イオンポンプではなく高等生物のロドプシンと同様に光センサーとして生体内では機能している。この4つの古細菌型レチナール蛋白質は一次構造のみならず立体構造までもが良く似ている膜蛋白質である。しかしその吸収波長及び生理的機能は互いに異なる。従って、古細菌型レチナール蛋白質はそれらのわずかのアミノ酸残基の違いによりこのような機能分化が実現していることは、非常に興味深い。

発色団であるレチナールはオプシンの7番目の膜貫通 a ヘリックスに保存されているリジン残基とシッフ塩基を形成して結合している。さらにこのシッフ塩基はプロトン化している (プロトン化レチナールシッフ塩基、PRSB)。発色団の吸収極大波長は分子の p-p* 励起エネルギーに相当する。PRSB の電子状態をみると、基底状態では正電荷がシッフ塩基部分に局在化しているのに対し、励起状態では正電荷が共役ポリエン鎖全体に非局在化している。従って、基底状態において正電荷を非局在化させるような相互作用(または励起状態において正電荷を局在化させるような相互作用)は、基底状態と励起状態の電荷分布の差を小さくし、長波長シフトを起こすと考えられる。言い換えると、このような相互作用の違いによりレチナール蛋白質の吸収波長制御が行われていると理解できる。この原理に基づいて、オプシンシフトの要因として以下の4つのモデルが提唱されている。

) PRSB とその対イオン間の距離が大きくなることによる p 電子の非局在化

) b イオノン環付近の極性残基による負の静電場が p 電子の非局在化を引き起こす。また逆にシッフ塩基付近の負の静電場は p 電子の局在化をもたらす

) b イオノン環とポリエン鎖の共平面化による p 共役鎖の延長

) 発色団と蛋白質中の分極率の高い芳香族アミノ酸との相互作用による励起状態の安定化

上記のようなオプシンシフトの要因が具体的にどの程度の寄与でレチナール蛋白質の吸収波長制御に関与しているかは明らかではない。ではレチナール蛋白質の吸収波長の違いはどのような分子機構のもとに引き起こされているのか?

ここで pR 様蛋白質の吸収波長は、他の3つの古細菌型レチナール蛋白質とは大きく異なり、1つだけ短波長側に吸収波長を持ち、特徴的である。しかしこれらは一次構造のみならず立体構造までもが良く似ているため、この吸収波長の違いに注目し pR 様蛋白質を研究材料として用いることは、オプシンシフトの分子機構に対する統一的見解を得るのに大変役立つ情報を与えると思われる。そこで現在私は、実験報告例の多い BR と、高度好塩好アルカリ性菌、Natronobacterium pharaonis に存在する pR 様蛋白質ppR との吸収波長制御の分子機構に焦点を当てその解明に取り組んでいる。

 

 

これまでの結果;

 

1.        BR での遺伝子改変実験の結果と現在報告されているレチナール蛋白質のアミノ酸配列の比較により ppR の108番目の残基の大きさ(bR ではメチオニン、 ppR ではより小さいアミノ酸であるバリン)が極大吸収波長を決定するのに重要であるという仮説に従い、Val108 の変異体 ppRを作製し、その極大吸収波長に及ぼす影響を検討した。その結果、この位置のアミノ酸残基は重要ではないことを明らかにした。[J. Biochem. (1998) 124, 404-409]

 

2.        古細菌型レチナール蛋白質のアミノ酸配列の比較からppR に特徴的な3つの部位 (Val108, Gly130, Thr204) を見い出した。それらの部位の変異体を作製し、吸収波長制御に対する寄与を検討した結果、これら3つの部位のみではレチナール蛋白質の吸収波長の違いは充分には説明できない。しかし極性が変化する Gly130 (BR, Ser)、Thr204 (BR, Ala) は若干ではあるが吸収波長制御に寄与していた。[Photochem. Photobiol. (2000) 71, 141-145]

 

3.       BR 様レチナール結合部位を持つ多重変異体 ppR (BR/ppR) を用いた解析では、BR/ppR の極大吸収波長 (524 nm) は BR (568 nm) と ppR (499 nm) の中間に位置し、吸収波長の差の 40 % 程度のシフトしか示さなかったことから、アミノ酸残基置換以外に構造の違いによる効果も関与していることが示された。[BBA (2001) 1515, 92-100]

 

4.       吸収スペクトルに影響する構造を解析する目的で、多重変異体 BR/ppR と ppR、BR の低温赤外分光を行った。その結果、多重変異体 BR/ppR ではシッフ塩基に由来する振動バンドだけは、BR とは大きく異なり ppR とほぼ等しかった。このことは、レチナールシッフ塩基部分の構造構築がより広範な領域に依存することを示し、BR/ppR における限定された波長シフトの主要因であると考えられる。[Biochemistry (2002) 41, 6504-6509]

 

 

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