アイコン古墳とは?
 

三浦半島にもいくつか古墳がありますね。
意外と、この時代って人気があるんですよね。
ボクはあんまり詳しくないのですが、勉強のために作成してみました。
古墳のページでギャフンと言ってくれました?

古墳の出土品に関しては、画像が集まり次第、別のページで改めて作成する予定です。
こうご期待!!

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アイコン04古墳時代

高く土を盛った有力者の大墳墓が築造された4世紀初め頃から、7世紀までを古墳時代といいます。
古代国家の成立と、浸透の時期で、中国・韓国との外交が積極的に行われ、文化面でも大きな影響を及ぼしています。

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アイコン04古墳時代の時期区分

古墳は、北海道・東北北部・沖縄諸島を除く各地に広く分布しますが、それぞれ地方色を持っています。統一国家形成の過程が、単一の歩みでなかったことがわかると思います。この中心は大和になります。

時期 年代 形態・性格 石室・埴輪 副葬品
前期
4世紀初頭

4世紀後半
集落を見下ろす山麓・台地を利用
前方後円墳
首長の権威を誇示するため

竪穴式石室
粘土槨(ねんどかく)

円筒埴輪(えんとうはにわ)
家形・器財埴輪

中国鏡
ホウ製鏡
硬玉(こうぎょく)・勾玉(まがたま)・碧玉(へきぎょく)

剣などの呪術的なもの

鉄製農具
石製模造品

中期
4世紀末

5世紀末
平地を利用
前方後円墳
大型化・二重の周濠を巡らすものもあります
大王と有力豪族のお墓
東北南部から九州南部に広く分布

横穴式石室の出現

人物・動物埴輪の出現

馬具・金銀製装身具など朝鮮系

直刀・鉄鏃・甲冑(かっちゅう)など

須恵器

後期
6世紀初頭

7世紀後半
小規模化
群集墳墓・横穴群が増える
地方官吏・有力農民の家族墓的性格

横穴式石室

円筒埴輪
器財・人物埴輪が関東で発展

直刀・土師器須恵器・金環など
壁画表現が増える
仏教的遺物もある

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アイコン04古墳の形状

古墳というと、樹木がうっそうと生い茂る小山のイメージがありますが、それは古墳が後世長い間放置されてしまった姿です。葺石(ふきいし、こぶし大から人の頭大)で覆われ、白かったとされています。
神戸市にある五色塚(ごしきづか)古墳は1975(昭和40)年から10年かけて復元され、古墳造成時の状況を知ることができます。総工費2億5000万円だったそうです。

外形を大別すると、円墳方墳前方後円墳の3つにわけることができます。
前・中・後期を通じて一般的なのは円墳です。方墳の築造には、地域的性格がかなり強くあらわれています。
大型の古墳に巡らされている濠は、墳丘に盛る土をとったためにできた溝に、水を溜めたもので、その水面を基準として墳丘の形を整えたとも考えられています。

エジプトのピラミッドは高さ147m、底辺230x230m。
秦の始皇帝陵は高さ76m、底辺485x515m。
大山古墳(仁徳天皇陵)は高さ??m、底辺486x???m。


前方後円墳
ぜんぽうこうえんふん
前方後円墳
前期は西日本各地の丘陵部が中心
中期は河内(かわち)平野などでは平野部にも巨大な王陵があらわれる
前方後方墳
ぜんぽうこうえんふん
前方後方墳
 
双方中円墳
ぜんぽうちゅうえんぷん
 
方墳
ほうふん
地域的性格がかなり強くあらわる
上円下方墳
じょうえんかほうふん
 
円墳
えんぷん
前・中・後期を通じて一般的
帆立貝式古墳
ほたてがいしきこふん
 

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区切り線古墳の中

(かん)を置いて石室を設けた竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)と、横穴式石室の中に棺を入れる方法があります。横穴式石室は、中期以後、朝鮮半島を経由して日本に伝わってきました。

前期には、割竹形(わりたけがた)木棺を粘土床にのせ、竪穴式石室で覆う方法が多いようです。棺は、しだいに、石棺に変わっていきました。
中期の石棺では、くりぬき式の舟形(ふながた)石棺や、組み合わせ式の長持形(ながもちがた)石棺が普通です。横穴式石室では、石で壁を積んで羨道(せんどう)を通って、奥の玄室に通じるもので、箱形木棺や、家形石棺が置かれることが多かったようです。遺骸をじかに石室を安置する場合もありました。
後期の終わりごろには、夾紵(きょうちょ)棺(乾漆棺)などの特殊な棺もあり、貴人・高位の人物の棺であろうといわれています。

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