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コージの独り言

歴史散歩を作成する中で感じたことを感じたままに書いていこうと思います。
このホームページ作成記録兼管理人の愚痴の吐き捨て場です。

教科書採択戦における言論弾圧(2001/8/20)

つくる会の教科書は、結局国公立では養護学校2校を除き採択されず、私立での採択も極めて少数に留まりました。
そもそもつくる会の教科書を潰すことだけを目的に反対キャンペーンを張ってきた朝日・毎日の姿勢は、言論での対抗とはいえ、明らかな営業妨害だった訳ですが、実際の採択戦における左翼の行為は目に余りました。
・つくる会事務所への放火
・教育委員へのファックス、電話攻撃による脅迫
・採択委員へのファックス、電話攻撃による脅迫
・つくる会、扶桑社、文部科学省に対する一斉アクセスによるサイバー攻撃
これだけのことをされている状況で、敢えてこの教科書を選択しようとする人がいる筈もありません。
左翼のテロ活動は右翼以上に十八番ですから、今更テロ活動自体について苦言を呈そうとは思いません。
問題は、こうしたテロ活動が明確な「言論弾圧」であるにも関わらず、朝日・毎日は事実を報じるのみで、いつものような人権派的言論の自由擁護記事を一切出さなかったことにあります。
つまり、朝日・毎日にとっての言論の自由とは、あくまで左寄りの言論の自由であって、異なる言論は封殺・弾圧されるべき、という証左となりました。

つくる会は再度トライするようですが、それにはまずこうした歪んだマスコミの体質を改善することが第一でしょう。
朝日が左翼的記事を書き、中国共産党を擁護する新聞であるのは、もう構いませんので、せめてメディアの一翼を担うものとして、社論と異なる言論の自由にもきちんと擁護の姿勢を打ち出す勇気のある記者が出てくることを期待します。

若い記者がいつまでもマルクス思想や毛沢東思想に染まっているとは思えませんので。

新しい歴史教科書(2001/6/24)

新しい歴史教科書が市販されました。
この教科書の理念は、その前書きに集約されていると思います。

「歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだと考えている人がおそらく多いだろう。しかし、必ずしもそうではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである。」

この教科書の特徴は、当時の価値観、考え方、慣習等から歴史上の出来事が如何に発生してきたのか、を記述している点にあります。人は歴史上の事実を判断するのに、今現在自分の持っている価値観、考え方、慣習を当てはめがちになります。しかし、それでは何故そのようなことが発生したのか、理解することは永久に出来ないでしょう。

天皇陵を作るのに大勢の人が駆り出されました。この労働に従事した人々は奴隷として扱き使われ、このような事業を憎んでいた、かどうかは判りません。寧ろ、自らの所属する集団の権力誇示、周囲の集団に対する威圧として、誇りに想い、国を護るための大事な事業だと考えていたのかもしれません。

大東亜戦争に日本が突入した際は日本人全体が軍部に騙されていたのでしょうか。当時の日本のおかれた状況、各国の圧力、などを考えれば軍部が民衆を騙したのではなく、日本人自らがそのような選択肢しか取れないように他国から追い詰められていったのではないか、とも考えられます。

強制労働は悪い事、戦争は悪い事、といった凝り固まった現代の観念から歴史の事象に善悪のレッテルを貼る事は、事実を見誤るだけではなく、歴史をその反省材料としてよりあるべき未来を築く事に対する弊害でしか有り得ないのではないかと思います。

現に、最近の人権派と呼ばれる団体は、歴史の結果を現在の尺度で善悪のレッテル貼りし、何故それがおこったのかということを考える事をしていません。完全な思考停止です。これでは歴史から何も学ぶ事は出来ないでしょう。
その結果が、「義務を教えず権利だけを教える」学校教育とそれによる学級、社会の崩壊、「戦争反対を唱えれば戦争が無くなると思っている幻想」による真の平和追求への妨害、となっています。

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私が小学校の社会科で歴史を勉強したときの印象は、
「歴史というのは、権力者が民衆を苛めて、やがて苛められた民衆が反抗して権力者を倒し、今度はその権力者を倒して民衆が新しい権力者となって別の民衆を苛める。その繰り返しだ」
というものでした。

しかし、必ずしもそうではないことをこの新しい教科書は教えてくれます。

新しい教科書への批判として、神話を掲載していることがあります。
しかし、神話を引用していても、天皇家を絶対視している訳でもなく、日本人を特に優れた民族として称えている訳でもありません。
では、歴史を学ぶのに神話の知識は必要なのか。私は必要と考えます。その理由は、神話にも何がしかの歴史的な事実は隠されている可能性があること、何故天智天皇、天武天皇、持統天皇が史書を編纂しようとしたのか理解が容易になること、などが挙げられるでしょう。

寧ろ今までの教科書のように、「記紀」の名前だけを教えるということの方が遥かに不自然に思います。


伝統と論理性(2001/3/11)

歴史や伝統について議論すると必ず直面する問題が、論理性・合理性との折り合いについてです。
伝統的に行われている事柄の殆どは、論理的・合理的な説明をつけることは凡そ困難でしょう。
何故お神輿はあんな形をしているのか、何故お神輿を担いで練り歩く必要があるのか、お賽銭にはどんな意味があるのか、鳥居とは何か、どれをとっても合理的な説明は不可能です。
こうした如何にも「伝統っぽいこと」に限らなくとも、何故会社に行くに男性はネクタイが必要なのか、どうして黒や茶の革靴なのか、どうしてシャツは襟付きなのか、といった今現在私たちの生活に密着していることですら、論理的・合理的な理由は何もありません。
つまりは、歴史的・伝統的事項を論ずるのに「合理性・論理性」を掲げる事自体、論理的では無いのです。

書きかけの「日本神話」コーナーでも触れていますが、内容が合理的・論理的であろうとなかろうと、日本の歴史は「神話」から始まっているのは、紛れもない事実です。
神話の内容が合理的・論理的ではない、という理由で、歴史教育から一切の内容を排除するのは、論理的根拠が無いからという理由でお賽銭を否定し、ネクタイを否定する行為に等しいと思うのですが、いかがでしょうか。



羽田空港の国際化(2001/1/25)

歴史とは直接関係ありませんが、千葉県に長期間住み、且つ成田空港にもよくお世話になる身として、今議論になっている羽田の国際化についてひとこと。
千葉県知事は羽田の国際化について、成田の地位沈下に繋がるとして強く反対しているようです。
確かに、成田空港建設の歴史は共産系過激派との闘争の歴史であり、千葉県並びにその関係者のご苦労には敬意を表します。千葉県に住んでいた者として、反対している心情を理解も出来ます。
しかし、国際空港の建設と言うのは、そうした一地方公共団体の考えやセンチメンタリズムとは切り離して議論されるべきです。

香港のチェプラックコク空港、シンガポールのチャンギ空港は、どちらもアジア地域のハブ空港としての地位を獲得するために、戦略的に作られた空港です。ハブ空港となれば、物流と情報がその国に自ずからに集中し、地域のリーダー国家として全てにおいて優位に立つことが出来ます。

一方、成田をみてみますと、一部共産系過激派にそそのかされた農家の方々の反対により、滑走路は全く計画通りには建設されておらず、また東京へのアクセスも異常に悪いく、お世辞にも香港やシンガポールには対抗出来る可能性はありません。
他国の空港には随分お世話になってきましたが、それらと比較しますに、成田はその設備、建物やレストラン、商店などは確かに先進国のそれですが、それ以外の全て、つまり交通の便、発着枠、など肝心の空港としての機能自体は、発展途上国並といっても過言ではありません。

現状を放置しておきますと、やがて日本の国際的な地位、特にアジア地域の中心としての地位は低下し、ゆくゆくは円の価値下落、政治的発言力低下にも繋がりかねません。
国際空港建設というのは、こうした政治的・経済的戦略にのっとり実施させるべき重要な国家施策の一環として行われるべきだと思います。感情的な議論を差し挟む事柄ではありません。

それと、これは感情論が入りますが、初めて日本に来た外国の方々は、あの空港に着いてさぞかしショックを受けることでしょう。
「新東京」などと言いながら、東京へは遠く、且つ世界的にみても異常な日本のタクシーに乗れば一万円どころの騒ぎではなく、一体この国は何なんだ、と殆どの人が感じているのではないでしょうか。ましてや物価の安いアジア諸国の方々にとっては、出来れば近づきたくない空港、ということになります。下手をすると、母国ー成田間よりも成田ー都心間の交通費の方が高いなどという馬鹿げたことになっている方も少なくないかもしれません。
あの空港は、日本の窓口としては正直言って相当に恥ずかしい代物といえます。

21世紀の日本(2001/1/1)

なんだかあっという間に21世紀になってしまいました。
もう20世紀は過去の出来事なんですね。
20世紀は人類史上最も変化の大きい100年でしたが、21世紀はどのような100年になるのでしょうね。

日本の繁栄(2000/12/10)

仕事、観光でアジア各国を回っていると、しみじみ感じるのは「日本人であることの有り難さ」です。
ビザ無しで入る事の出来る国は数知れず、
国際的な共通語では無いにも関わらず、殆どのお土産屋で日本語が通じ、
観光地では日本円での支払いもOKで、
国によっては日本人専用のツアーやレストランすら現地企業が準備万端!!
このような環境を享受出来る国民は、恐らくアメリカ人を除いていないのではないでしょうか。
勿論、こうした事象の背景には、「金持ちニッポン」「バラマキニッポン」といった決して尊敬されるべきではない
側面を多く含んでいるのは否定出来ません。
が、一方でこのような「国際的な優越性」を多くの日本人が受けており、今やこうした優越性無しに、
日本人が生きていけないことも否定しようの無い事実です。

さて、こうした優越性は、何故私たち日本人にだけ、与えられているのでしょう。
歴史的な背景からすれば、一部のアジア諸国(特にインドネシア、インド)を除き、国家間では決して対日感情は
良いとは言えませんから、政府同士の努力だけとはいえません。
つまり、こうした優越性は、ひとえに民間レベルでの経済交流にある、もっとストレートに言えば、多くの日本人が
プライベートを削ってでも「会社のため、日本のため」に働いてきた結果であると言えるでしょう。その結果としての
世界でも有数の経済力、技術力が、こうした日本の優越性の根幹を成しているのは否定出来ない事実です。

ところが翻るに、今の日本の若者には、そうした意識が全く欠如しています。
何故自分達だけが、ビザ無しで海外旅行にいけるのか、日本円を使えるのか、日本語が通じるのか、
そして、そのためにどれだけメリットを受けているのか、深く考えた事があるのでしょうか。
こうしたメリットを受けつづけるためには、私たちは、常に
「日本を国際的に認められた国家たらしめること」
「世界的に無視出来ない経済力を維持しつづけること」
が前提条件であることを、どれだけの若者が理解しているのでしょう。
毎日渋谷や原宿、新宿で、人生を謳歌している彼らは、海外旅行で当たり前のように受けているこうした利益が、
自分達の努力ではなく、偉大なる先達によって与えられていることを理解しているのでしょうか。
日本のマスコミは、若者文化に甘く、
「自由闊達」「旧文化の破壊」を賛美する傾向がありますが、こうした状態が長期間継続すれば、
私たち日本人が国際的に受けているメリットはいずれ失われるであろうことに対して、そろそろ警鐘を鳴らすべきでは
無いでしょうか。

いつまでも「国家」に対して警戒心を抱いている場合ではありません。
寧ろ、「国家」あってこそ私たちが日常を平穏無事に過ごす事が出来、世界に出ても大手を振って歩ける、
そんな当たり前の事に、気付くべきだと、私は思っています。
何だか年寄りの愚痴みたいですが・・・・・


シンガポール歴史博物館(2000/11/25)

シンガポール出張で土日が挟まっていたため、シンガポール歴史博物館に行ってきました。
ちょうど、日本との戦争に関する展示を臨時でやっており、主に「戦争とプロパガンダ」というテーマで、戦争当時、主に日本軍がどのようにして軍隊及び市民の戦意を高揚してきたか、当時のポスター、新聞、雑誌などに基づいて簡単に解説していました。
日本国内のものもありましたが、昭南島時代のものも当然展示されており、ここは興味深かったですね。また展示の仕方は、当然日本に好意的とは到底いえませんが、かといって敢えて悪意的にもしておらず事実を淡々と展示している印象で、ヒステリックな中国本土の展示に比べれば、シンガポール人の理性が感じられました。
またセントーサ島にあるImage of Singaporeというシンガポールの歴史をロウ人形で解説する博物館にも行ってみました。ここは10年ほど前にも来たことがあるのですが、今回は時間をかけて殆ど全ての解説やビデオも見てみました。
ここの展示は、何故か日本との戦争の部分が妙に充実しています。全般にここの展示も上の歴史博物館同様、決して好意的ではないが、事実を捻じ曲げてまで悪意的ではない、という内容で、少なくとも歴史の大きな流れはポイントを外していないように思われました。
戦前の第一次イギリス占領時代、欧米人が優雅な暮らしを満喫する一方で、アジア人が如何にシンガポールで差別されていたかもきちんと伝えていますし、その意味で日本のアジア進出はアジア人の欧米に対する反抗、というスタンスでの展示や解説も、僅か乍らありました。また、日本敗戦後のイギリス支配の復活についても、「イギリスの再占領」という表現で、決して好意的には扱っていません。
これは、シンガポールという国の成立過程やその後の発展にも関連しているようです。
香港の博物館では、基本的に「日本=悪、英国=善」的な図式が見て取れます。
実際には、香港に住んだ歴代の英国人は、相当に香港人を差別してきましたが(住む地域や福利厚生等で、欧米人と中国人には当初から非常に大きな格差有り)、何故か香港社会全体では「イギリスは我々を近代化してくれた神様」的な扱いになっているのが、何とも気になります。もとイギリス領なので止むを得ないとは思いますが、日本はその神様イギリス軍を苛めた悪者、というイメージがどこにいっても根幹にあります。
なんとなく、日本人を人間扱いせずに原爆投下や東京大空襲で殺しまくった米国に対し、戦後日本がすっかり陶酔してしまったようすを鏡でみているが如くで、何とも恥ずかしい思いを抱かざるを得ません。

上高森遺跡捏造事件に思う事(2000/11/12)

3月に「教科書的歴史観」について疑問を呈していましたが、今回の上高森遺跡捏造事件で、教育現場は大分混乱しているようです。学校では教科書に書いてある事が試験の「答え」であり、これ以外は点をもらえないシステムになっていますが、特に歴史については何が真実かは確定していない事が沢山あります。現在の教科書に書かれている大半の事項は、「事実」ではなく「多くの学者が指示している定説」に過ぎません。
また、歴史学上明確な誤りも多数あります。
例えば、「邪馬台国」「卑弥呼」を「やまたいこく」「ひみこ」と読んだかどうかは定かではありません。これらは日本を訪れた古代中国の役人が、現地の発音を当時の中国発音で近い漢字を当てただけのもの。もしかしたら「やまとこく」「ひめみこ」と日本人は呼んでいたのかもしれません。従って、テストでひらがな表記の「やまたいこく」と書けば、まぁ間違いでしょう。
『魏志倭人伝』もそうです。このような名前の書物はありません。
『仁徳天皇陵』も、歴史学ではこのような名前の古墳はありません。
どれも、正しい歴史学では不適切な名前であるにも関わらず、堂々と教科書に載ってしまっています。
今回の捏造事件で「何が本当か生徒に教えられないので困る」というたわけた教師のコメントをどこかで見かけましたが、こうした教師の態度こそ問題。そもそも教科書に載っている歴史が絶対だと信じていたのであれば、その教師は人に物を教える資質が欠如していると言わざるを得ません。
それにしても、(どうせ真実など完全には判り得ない)はるか古代遺跡の捏造にはここまで大騒ぎになるのに、100年も経過していない前回の戦争のことは、いくらでも捏造して記載して構わないことになっているのは何故でしょう。しかも自国に不利なように。
南京に30万人もいなかったことは、証明された事実。日本軍が占領してから治安が良くなり寧ろ人口が増加したのも物証を伴う事実。
にもかかわらず、未だに南京大虐殺などを教科書に書いている。こちらこそ、捏造で子供達に嘘を教えていることになるのだが。どうしてマスコミは誰も騒がないのだろう。

何を以って国とするか(2000/10/15)

国家観や国の歴史を語る前に、まず何を以って「国」とするのかが難しいところです。
形式的には台湾は国ではありませんが、実態的にはパスポートや通貨を独自に発行し、軍隊も保有する紛れもない「国」です。
また大陸中国は、中国五千年などとよく表現していますが、厳密に言えば中国は何度も異民族に征服されており、所謂漢民族国家であったのはごくわずかな時期ですから、漢民族中国という「国」の歴史は到底五千年には及びません。
結局「国」の定義とは何なのでしょう。特に歴史を語るときの「国」とは。
その点、私達日本国は、地理的に明確な比較的珍しい国かもしれません。
しかし、その日本の常識で歴史を読むと、大いなる誤解を生むことになりかねないのです。


国家観(2000/10/8)

現在作成中の香港サイトには掲載出来ないので、久々に市川のページを使って書きます。
先日、レコード店で中国国歌のCDをみつけたので買ってみました。
前回上海に留学していた時に、学生祭で留学生クラスで歌を歌ってくれといわれたので中国国歌を歌いましょうかと話したところ、老教師から中国の国歌は抗日の歌だから日本人が歌うのは良くないことだと教わりました。
今更乍ら、今回CDの歌詞カードで初めてじっくりと歌詞を読みましたが、確かに外国人が歌うべき歌ではありません。
要約すれば、
「奴隷労働を強制されている人民よ、立ち上がれ。今こそ民族の危機だ。皆最後の力を振り絞って、敵の砲火を顧みず前進せよ。」
というような感じです(注:多少意訳しています)。
ここでいう敵が具体的に何を指すのかは難しいですが、民族の危機と明記していますから、国民党ではなく諸外国勢力、特に日本を指していると言って間違いないでしょう。中国人民は、国歌斉唱の際には呪文のようにこの歌詞を唱えていることになります。

韓国では最近になってやっと日本の文化に門戸を開き始めていますが、戦後50年以上の間、一貫して「日本の文化的侵略」を公言し、敵意をあらわにしていました。

米国では、戦死した軍人に敬意を払うのは当然とされていますし、原爆投下は戦争終結の有効な手段であったというのが国内の常識です。

どこの国でも、自国の行いについては一定の弁護を加え、他国の行為については厳しいものです。それが世界の常識というものでしょう。

ところが翻って我が日本国は、言うべきことをきちんと主張していません。
原爆は被害者に同情はしても、加害者米国に一切の抗議なし。
東京大空襲という空前の大虐殺然り。
一方、韓国、中国の被害報告は検証なしのひたすら謝罪外交。
寧ろ、こうした態度が諸外国をして日本を軽蔑たらしめる原因になっていると思うのは私だけでは無いと思います。

日本には日本の歴史観がある筈です。
そして、その歴史観の根幹をなすのは国家観でしょう。
そして、今の日本にはこれが無い、またはこれを口にするだけで右翼のレッテルを貼られることになります。
私自身、学生時代に「国民が国家を敬愛するのは当然である」「前回の戦争には正義もあった」と主張しただけで右翼と罵られた記憶があります。おそらくそのような国は日本だけでは無いでしょうか?

以前掲示板の方にも書きましたが、日本の教育界にはあまりに左翼が多すぎます。
個人的な経験でも、明らかに偏向した左翼思想をもった教師が、予備知識の無い生徒・学生を「洗脳」しているケースは多いと思います。
既に手遅れの感はありますが、すぐにでも手を打たないと、やがて日本という国家は内面的に崩壊してしまうのではないでしょうか。


教科書的な歴史観(2000/3/25)

殆どの人が始めて体系的な「歴史」に触れるのは、やはり学校の授業ではないかと思います。
その意味で小学校、中学校の歴史教科書というのは極めて重要であり、ここで刷り込まれた記憶というのはなかなか消えないでしょう。
ところが今の歴史教科書は、視点が極めて限定的で客観的な記述が不足していると言わざるを得ません。

例えば古代史では、「大和朝廷による日本支配」を主軸に、「大和朝廷の勢力が日本全土へ拡大」という視点で歴史が記述されています。しかし、これは飽くまで「大和」という地域を中心とした政治勢力を基準にした歴史の見方であり、一方で当時の日本に存在していた熊襲、蝦夷(江上先生の騎馬民族征服説的には寧ろ彼らの方が純粋な「日本人」だと思いますが)については、それぞれ南方・北方の未開民族であって大和政権に敵対しており、「征伐」されるべき存在であるかのような記載が散見されます。
言うまでも無く、逆の視点からみますと、南方や北方の土着民族にとって大和政権は侵略者であり征服者です。従って彼らの視点からすれば、大和政権の「征伐」は、侵略者との闘争であるということになります(アメリカ史の「西部開拓」と「インディアンの迫害」のようなものです)。

市川や千葉県の歴史を紐解くと、関東ですら教科書的な大和政権史観では語れないことが多くあります。
その代表格は「平将門」ではないでしょうか。いずれ市川の歴史で詳述したいと考えておりますが、教科書には「平将門の乱」とあって、あたかも中央政権に反旗を翻した「賊」扱いです。しかし、これは千葉県史観からすれば必ずしも真実ではありません。
寧ろ形骸化した関西政権に対して、関東政権が独立しようとした「地域独立戦争」であって、市川や千葉では平将門は関西政権から自分達を保護してくれる「英雄」として扱われます。

教科書も、もう少し幅広い視野から歴史を記述して欲しいと思っているのは私だけではないと思うのですが。


歴史の中の民主主義(2000/2/21)

日本に「戦後民主主義」が持ち込まれて既に50年以上が経過しています。
しかし、この国の国民の体質は殆ど変っていおりません。

戦前は、「一億玉砕」「皇国」「神風」といった国粋主義思想に国民全体が心酔し、あの朝日新聞ですら「**陥落 皇軍勝利」とか、「栄光ある孤立、国際連盟脱退」といった記事を垂れ流して、国民感情を扇動していました。
戦後は全く逆で、「国民総左翼」「大東亜戦争全面否定」「自虐史観」と、国民全体が思い込んでしまっています。

この国の国民には「適度」「中立」という概念がないのでしょうか?

振り返りますに、日本人には、実は「民主主義」とか「民主的」という概念がそもそも無いのかもしれません。
歴史家が常々指摘するところですが、日本人の民主主義は、民衆の努力によって獲得されたものではありません。
殆どの国民の権利は、国民自らが行動して獲得したものではなく、一部の人の活躍によって「上からもたらされたもの」なのです。
日本に「民衆革命」が歴史上存在していないのがその証左です(最も民衆革命に近いのは明治維新ですが、あれも「下級武士による上級武士の打倒」ですから、歴史学的には「革命」ではなく「クーデター」と定義されます)。

日本人の心の奥底には「上から言われたことに従う」という遺伝子が組み込まれているのかもしれません。

最近の風潮をみると、「民主主義」「国民皆平等」という概念だけが先行し、不見識、不勉強な人も、まじめに物事に取り組んでいる人も、全てにおいて平等の権利を与えられています。
その結果として、全体としては誤った方向へ進むケースが散見されるように思われてなりません。
(このようなことを述べると「撰民思想」だと批判を受けるでしょうが。)

歴史に関する研究について(2000/2/20)

今回改めて『古事記』と『日本書紀』を原文で読んでいる(まだ途中)のですが、矢張り何事も原点を勉強しなくてはなりませんね。現代語に簡訳されてしまったものしか読んでいないと、訳者の恣意的な判断までも取り込んでしまうことになりますから。

『記紀』を研究すると必ず突き当たるのが「何故、殆ど同時期に2つの歴史書が編纂されたのか」という問題です。
両書を原文で読み比べると、あるところは全く同じ、あるところは類似、あるところは全く異なる、とお互いに参考にしたのかしていないのかすらよく分りません。これは大いなる謎として、今後も多くの研究者が議論を重ねていくことだと思います。

ところが、この「記紀論争」をいろいろ読むと、それこそ百家争鳴、皆さん云いたいことを述べられています。
率直な感想を申し上げれば、何と無駄なことをしているかと思われます。

歴史研究に答えはありません。しかし、現実として残っている「証拠」はあります。この「証拠」が正しいかどうか、またこれ以外に他の証拠がないかを議論するのも結構ですが、まずは目の前にある「証拠」を土台として仮説を構築するのが、ごく普通の科学的論法でしょう。

横から素人として拝見していると、歴史研究家の多くは、歴史の大半が証拠を持って証明できないことをいいことに、好き放題述べているように思われてなりません。

一番の好例は「邪馬台国論争」です。
例えば、三角縁神獣鏡にまつわる論争については、
・三角縁神獣鏡は、中国では発見されていない。
・三角縁神獣鏡には、中国では存在しない年号が記載されている。
・三角縁神獣鏡の出土枚数は、既に三国志魏書東夷伝倭人条に記載された枚数を超過している。
というのは誰も異論を挟むことの出来ない「今現在判明している事実」です。これらをごく普通に考えれば、「三角縁神獣鏡は卑弥呼が与えられた鏡ではない」という結論以外には有り得ません。ここで「今は発見されていないが、中国にも必ず三角縁神獣鏡はあるのだ」というところから始めてしまったのでは、全く科学とは言えません。勿論、様々な仮説を構築する(例:三角縁神獣鏡が中国にもある)のはかまわないと思いますが、少なくともスタート台はここであって然るべきで、これ以外の論を展開される方は、まず上記3事実を論理的に否定することから始めねばならないはずです。または、これらの事実を否定する証拠が出て来てから議論されべきです。
ところが、現実にはこれらの事実を敢えて曲解し、各自の理論にあうような解釈の仕方からスタートしています。これはどう考えても「学問」「科学」ではありません。

記紀研究も同様です。今現在の資料で判明している事実、
・太安麻呂が編纂した
・完成は和銅年間だった
・勅撰国史だった。
から云える事実をまずはスタート台とすべきにも関わらず、これらを否定する証拠もなく、
・太安麻呂が編纂したものではない
・古事記はずっと後代の作品だ
という議論がいまだに数多く出ています。しかもこれらはまず先に自説ありき。

歴史を専門に研究する人は、是非もう少し科学的な手法を用いて議論して欲しいなと思う今日この頃です。