トップページへ戻る

上総国分寺・国分尼寺



【上総国分寺・国分尼寺の歩き方】

千葉県内には管理人の住む近くにある下総l国分寺の他、上総と安房の国に国分寺が建立されました。うち、上総国分寺は、下総同様に現在まで地名の残る千葉県市原市国分寺台にあります。

上総国分寺は車でのご訪問をお勧めします。京葉道路・館山道路の市原ICを下車し、市役所通り・更級通りを経由して約10分です。
尚、電車・バスの場合、JR内房線五井駅より小湊鉄道バス国分寺台行き・山倉こどもの国行き等にて「市役所」下車、徒歩10分。こちらはお時間のある方にお勧めです。
国分寺と国分尼寺は、市役所庁舎を挟んでおり、且つ尼寺は現在整備されており、案内板などもありますので比較的わかり易いと思います。

尚、国分寺、国分尼寺については、国分寺の世界をご参照ください。


【古代上総と国分寺・国分尼寺】

天平13年(741年)、全国各地に「国分寺」(金光明四天王護国之寺)及び「国分尼寺」(法華滅罪之寺)建立の聖武天皇の詔勅が発され、現在の千葉県には上総・下総・安房の3国に建立されました(市川市の下総国分寺、館山市の安房国分寺はリンク先をご覧下さい)。

特に上総の国(現在の市原市一帯)は古代関東の中心地の一つであったことから、上総国分寺・国分尼寺の規模は全国有数であり、特に上総国分尼寺は全国最大と言われています。
また、瓦の文様は平城京と同様のものが使われており、その意味でも関東一帯で最も奈良の都に近い場所であったことが伺えます。

然し、これだけの規模を誇った上総国分寺・国分尼寺も、律令政治が徐々に崩壊しはじめた平安時代後期の11世紀頃には急速に衰退したと思われます(左写真は国分寺塔跡の記念碑)。


【上総国分寺】

上述の通り、上総国分寺はかつて全国有数の威容を誇っておりましたが、現在は非常に小さな規模となっております。
本ページトップの写真が現在の上総国分寺であり、この右手に大きな古代上総国分寺遺跡が広がっております。古代の国分寺と現在の国分寺では伽藍配置の方向も異なっており、規模も全く比べるべくもありません。
逆に、現在の国分寺横に残ります古代国分寺の遺跡をみると、如何に巨大なものであったかが判ります。


【上総国分尼寺】

上総国分尼寺は、発掘調査の結果、南北371m・東西285〜350m、寺域面積12.3万uの大きさを持ち、全国最大の規模であることが判明しました。また、各種付属施設も含めた国分尼寺の全容がこの上総の発掘で初めて明らかになったことから、昭和58・61年に国史跡に指定されました。
寺域内には、塔は無いものの、
尼僧の日常生活の場である大衆院、運営を執り行う政所院、建物や器具の維持を行う修理院、雑役夫の居住区である賎院、栽培を行う薗院・花苑院など、さまざまな施設があったことが判明しています。

地元市原市も非常に力を言えた保存活動を行っており、右写真及び下写真の通り、中央回廊部分の復元を行っております。また、近くには展示館も備えられております。この展示館では当時の国分尼寺の様子の他、国分寺・尼寺に関する基本的な事項を学ぶことが可能であり、是非ともご訪問をお勧めしたい場所です。




<展示館>
開場時間:午前9時〜午後5時 (入場は午後4時30分)
休館日  :月曜日(祝日のときは翌日も休館)、祝日、年末年始(12月29日〜1月3日)
電話番号:0436(21)7633
市原市HPへのリンク http://www.city.ichihara.chiba.jp/p/a/3/p_a_330.htm



2003年12月