さるぼぼタイトル

    サルボボを知っとるかいの?

    高山に来ると、あちこちの土産物店に下がっている、赤いお人形を「猿ぼぼ」っていうんじゃ。
    高山土産の定番の一つやな。可愛いじゃろ、大きいのもちっちゃいのも。
    せっかく買うのに、ただ訳知らずで買っては、土産の説明できんで、おばあが教えたるさ。
    ただ、いろんな風に伝わっておるんで、こりゃおばあが、おらんちのかかさまやばばさまから
    聞いた話やで、たのむさな。そしゃ、聞いてくりょ。

    さるぼぼの由来さるぼぼの由来
    さるぼぼが大切にされる訳さるぼぼが大切にされる訳
    さるぼぼに顔が無い訳さるぼぼに顔が無い訳
    今風のさるぼぼ更新案内今風のさるぼぼ


    さるぼぼ写真2





    さるぼぼの由来

      飛騨は山深く、奈良時代は「下々の下国」と呼ばれたほどの国じゃった。山が襞のように重な
      って見えるから飛騨となったという事を聞いた事がある。言葉合わせかもしれんがの。
      気候は寒いし、土地は無い上に痩せとるし、そんな風じゃから租(年貢)が出せんもんで、都に
      男は雑徭(宮大工)として駆り出され(これが後に飛騨の匠として、町屋造りや屋台などに大き
      な影響を与えたんじゃ)、少ない人口がまた減って大変じゃったようじゃ。おっと話がそれたの。
      それで、残った女子供者が細々暮らしてたんじゃが、そんなくらしじゃから、ええ人形なんか買
      ってもらえん。買おうにも昔はおもちゃ屋さんなんて無かったわな。

      ワシら女の子は、おっかさんやばばさまの作ってくれた人形さで、遊んだんや。ま、日本中
      似たり寄ったりじゃったやろうけどな。土人形や木彫り人形。布なんかの人形は、残り切れ
      のはぎ合わせでも、そりゃ嬉しかったやろうな。柔らかいしな。

      それが、いつの頃からか、しんしょうがようなった(生活が楽になった)頃やろうけど、新(あら)
      の赤い布で作るようになったんや。何でかって言うと、昔は流行り病が多くて、特に天然痘が
      いたって恐かったもんで、赤い布は天然痘予防になるっちゅうて、人形さ赤い布で作ったんやと。 会津の赤ベコや、熊本にも赤うて「あっかんべ〜」する首の人形あるってな?同じ考えやろな?
      そしたら、その赤っけえ人形さ、まるでさるの赤だんべ(なんちゅうても分らんさな)「猿の赤ちゃ
      ん」みたいやっつうて、「さるぼぼ」って言うようになったんやさ。「ぼぼさ」って言うんが飛騨では
      赤ちゃんの事を意味するんやでな。

      さるぼぼは、こんな風にして出来たらしいんや。

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    さるぼぼ写真

    さるぼぼが大切にされる訳

      そやって、かかさまやばばさまに作ってもらった大事なさるぼぼやろ、おろそかにはできんわな。
      女の子の節句には大事に飾ったんや。どうか、病気にならんようにってな、お祈りしてたんや。
      旦那衆の家では、ビードロのフラスコの中に手毬のように作ってあるのもあったんや。わしの幼
      なじみの家にも飾ってあったけど、どうやって作ったのか不思議やった。

      そんなお祈りをしているうちに、

        • 災いが去るように=サル:猿(訓読み)

        • 家内満・良・子エン:猿(音読み)

        • 子宝・安産=猿(犬が一般的じゃが)は安産やから

      なんて言われ出して、大事なお守りさまになっていったんじゃ。
      こんな事は、当て推量かもしれんけど、昔の人の事思うと、まんざら語呂合わせで済ましてはとも 思うんじゃ。
      そうやないかの?

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    さるぼぼに顔が無い訳

      「このお人形に、顔が無くて気持ち悪い」などという声を聞く事があるんじゃ。
      確かに、可愛い顔を描いた方がいいかもしれんのう。いつもにこやかで器量良しのキューピーさんや気品のあるお内裏様のようにな。
      そやけど、今まで話いて来たように、この「さるぼぼ」は土着の人形で、生活に根づいたものやからな。おっかさんの手作りの味の人形やもんな。 あまり布で一生懸命に子供らの為に作られた人形がもとやから、そこにゃ何の気負いもてらいも無いんやさ。 ごくたまに、糸で鼻と口を簡単に縫ってそれらしく見せてあるものも見た事があるんやが、それとて目などはついていないもな。

      わしの思うに、この「さるぼぼ」に顔が無いってのは、きっとその時々にさるぼぼを通じて自分の気持ちが写るようにする為ではないやろか? 嬉しい時には笑っているように、悲しい時には泣いているように見えてくるんやさ。
      遊びの中で、自分を見つめてくれるように、そこまでの意味ではのうても、そのお人形と対峙する時にな、はなから 顔が有るよりもずっと創造性を持って遊べるからなのではないやろうか。(ちょっとうがち過ぎかのう?)
      ほやけど、毎日見ていても飽きないさるぼぼに、その日その日違った表情が感じられるで、ふと、そんな気になってしまうわね。
      そやさけ、さるぼぼを買われた皆様よ、是非、何時もさるぼぼが「笑っている」様に見える楽しい人生を送ってつかあさいね。

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    今風のさるぼぼ

      この頃は昔ながらのさるぼぼを、色々と今風に工夫して作っとられるひともござるな。
      まあ時代の流れやで、こういうのも面白いんでないかな?おばあは今まで通りのもんしかよう作らんけど、若い衆は色々考えてやったらええ。
      それでこそ、さるぼぼも生活の中で活かされるってもんやし、第一かわええやないかこの「表情」が。おっと、かわよう見えるって事は今の気分が良いって こっちゃな。嬉しいこっちゃ。

      そしゃ、おばあが見つけた面白い「さるぼぼぐっず」を教えるさな。参考にしてくりょえな。

      どやな?いろいろあるな〜。おばあも、また気がついたら教えるで、待っとりねえよ。

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