フェアプレイにはまだ早い(2002年1−2月)


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2002.2.14(Thu)
うわわわーーーーーん!!!!茶川さん以外に完全無視されたよー!!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           Λ_Λ
          ( ´Д⊂ヽ
         ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

 ということで。最近お気に入りのAA。

 ついでに限りなく私信に近い替え歌。茶川”内藤やす子”マチルダ軍曹(おーた二等兵の管理不行き届きにより中尉から降格)のデビュー曲「おーたよ」をどうぞ。

テレビ見ながら 酔いどれて
娘に毛布を かけられながら
ふと想い出す 関西の
ひとつちがいの(?) おーたを
暗い 暗い目をして すねていた
おーたよ おーたよ
自虐するのは もうやめて
あなたを見捨てた わけじゃない

かれこれ二年ね サイトを開いて
日記才人の 上位も占めて
今じゃ男の サイズさえ
語るおんなに なりました
遠く 遠く離れて 暮らすほど
おーたよ おーたよ
ささいなことが 気にかかる
看護婦にもてた わけじゃないだろゴルァ

暗い 暗い目をして すねていた
おーたよ おーたよ
ゲロをはくのは もうやめて
面倒見きれる わけじゃない


2002.2.12(Tue)
 ちょっと今日のはエッチな話題なので、この日記の読者に多い上品な方々にはアレかも。
 龍成さんの「女のおっぱいに対応するものは男のちんちんだ。どちらも大きければ大きいほどよい」という発言に対し、女性陣がいっせいに噛みついたようです。
 いづむさんは「胸の大きさ、ご子息の大きさ」で、「女はちんちんの大きさは気にしない。女性のおっぱいに対応するものは、むしろ男性の頭髪では?」と発言。
 されど不屈の龍さんは、「でもやっぱり、デカいほうがいいよね」と発言し、ますます総スカンを。
 茶川さんに「大きければ大きいに越したことはないって思ってる?」で、「チャッピーひとりで女のすべてをわかったような気分になってるんじゃないわよ未熟者クン(意訳)」と叩かれてしまいました。
 たしかに女性の胸に対応するものは、歴史的文化的にいっても龍成さんのおっしゃるとおり、男性のちんちんに間違いありません。ニューギニアでは男たちがペニスケースを見せびらかしていますし、中世ヨーロッパにはコッドピースという股袋をでかくでかくして、そこにナスだとかカボチャだとか入れるファッションが流行しました。
 しかし生物学的には、男性のちんちんに対応するものは女性のおまんこなのです。これは動かしようがありません。
 そして男性のちんちんには生物学的対応物があるが女性のおっぱいにはない(男性にも乳首はありますが、これは用をなしません。若干の興奮剤になる程度)、これこそ致命的な違いなのです。
 女性のおっぱいには対応物がない、つまり勝手に進化することが可能なのです。底なしに大きくなることができるのです。一メートルでも二メートルでも、別に男性はかまわない。揉みにくい、という話はありますが、そこがまたいい、とご満悦な殿方もいらっしゃる。むかし、タイタニック・ティナという二メートルになんなんとする巨乳の持ち主(だけどウェストは六十センチ)のファンの先輩がいて、巨乳雑誌に漫画を連載していたので買いましたが、いやすごいねああいうの。おっぱいが臍まで届くもん。それで垂れているという印象がないの。
 ところが男性のちんちんは女性のおまんこに入れるものです。一メートルのちんちんはおまんこに入りません。五十センチならいいかというと、これも痛いのではないか。男性のちんちんはあくまで、女性のおまんこと共進化しなければならない宿命なのです。ちんちんが大きくなれば、おまんこも大きくならねばならないのです。茶川さんのおっしゃる「相性」みたいなもんですかね。
 もっともここで、男女の利害は必ずしも一致しません。性行為とは男性のちんちんを女性のおまんこに入れ摩擦行為することによる快感を得ることですが(それ以外の変態行為はここでは除く)、男性側からすればそのばあい、きつければきついほど摩擦がよくて快感です。ところが女性の場合、きつすぎると痛みも発生します。つまり「でかいちんちんに小さいおまんこ」の組み合わせは、男性にとって吉、女性にとって凶(いや、末吉かな? ←これも男性の思いこみ?)なのです。
 ここらで問題点がはっきりしてきました。つまり「ちんちんが大きければ大きいほどよい」というのは男性の論理なのです。とりあえずちんちんが大きければ、どんなおまんこを相手にしても快感です。男性は。だからこそ、「オレのちんちんは大きくあって欲しい→女だってそう思っているだろう」という思いこみが発生するのです。
 そしてまた女性陣がすべて「大きければ大きいほどいいなんてとんでもない!」と反発した理由もわかってきました。「大きいちんちんがいい」と発言することは、イコール、「あたしのおまんこはゆるゆるよ」と発言することなのです。そんな発言、万に一つ本当であっても、女性ができるわけがありません。たぶん本当ではないし。とフォロー。
 結論。「大きいちんちんがいい、というのは男の独断。大きさなんて関係ない、というのは女の見栄」ということで。
 しかしこれも叩かれそうな発言だな。

 追記。ついに椎名さんが「本当に大は小を兼ねるのか?」で呼応。あああああ。入れてみたいとは思わないが、結んでみたい気はするなあ。でも堅くなっちゃったらどうするんだろう。痛くないのか。結んだのを入れちゃったりして。真珠よりすごいぞ。とりあえず椎名さん、これの朗読をやってください。命令。


2002.2.11(Mon)
 たまには普通に日記やら雑文やら読み日記などを。

「男と女の料理(2月10日)」(トモミックス)。漢たるもの、料理は単純にして苛烈、単品大盛りに限るべし! 肉食ったくらいでどうにかなる健康など、ドブに捨ててしまえ! という世界観です。私も。シチューには肉とタマネギとニンニクと、あと葉野菜一種類くらいしか入れませんし、スキヤキは肉と葱だけのが好きです。ステーキに付け合わせなど不要。キャベツを下に敷いて肉汁で食えばよろしい。ところがうちの母親は世の母親に似てやたら品数が多いのです。私はそのうち一品か二品しか食べないというのに。ラタトゥィユとか筑前煮とか、他品目をぐちゃぐちゃと煮込む料理が好きです。せっかくの肉を細かく切って野菜と混ぜたりします。もったいない。

「牛丼の正しい食べ方」。タイトルにつられて入ってしまいました。なかなかコンテンツの充実したところです。去年から活動されているのですね。牛丼、カレーなど雑文界隈に密着したテーマを扱いながらも媚びずに淡々とした姿勢がいいです。ラーメンの海苔でゴハン食べるの、いちどやってみようかな。まずは前歯を治してからだけど。

「おめでとうフジテレビ(2月11日)」(九条探偵事務所)。二大会連続は史上初って。だいたいあのけったいな種目がオリンピックに入れてもらってから、まだ四回目やん。偉業でもなんでもないやん。解説のあんちゃんは、まあ素人があんだけ前回のとき叩かれたり笑われたり馬鹿にされたりしたら、そらなんぼ馬鹿でもへこむわな。テキストサイトでネットバトルして叩きのめされた新人さんのように。

「頭の天辺に」(大西科学)。すね毛を剃られようとしているようです。きっと奥様の命令なのでしょう。エステとかいっしょに行ったりして。うふん。ここは奥様に身をゆだねることを希望。次回にお会いしたときには、短めのタイトジーンズからつるつるのすねがむきだし、お腹はすっかりへこんで、むろんシャツをまくり上げるとつるつるの腕にじゃらじゃらとややこしい形状の腕輪とタトゥー、そして顔にペイント、耳にはマサイの人のようなでっかい耳飾り、髪は以前にも増してふさふさの黄金色、というのを楽しみにしています。

「2月10日」(なめらいと)。風俗関係の職場に勤める女性のページ(とひとくくりにすると、また紛糾がもちあがりそうですが)は、自分についてあれこれ言われるのを嫌う人が多いようです。その点、地に這いずって自分をネタにする雑文の人(たとえばこの人)とは対極にありますね。なめらいとはそうではないですが、客の痴態をセキララに書いている人も多いと思うのですがね。むろん、どっちがいいとか悪いとかいう問題ではなく、あくまでそういうことである、という話。

 そういえば雑文の人でも最近はイメージ向上運動とかいって悪しきイメージ(たいがいのばあい、それはイメージではなく実像なのですが)を払拭しようと無駄な努力を繰り返す人も多いようです。ぽいうさんに始まり、徳田さん茶川さん、そしてういろうさんまでもが。それに比べると地に這いずったままそこで寝そべってゲロをはくおーたさんの姿勢には好感が持てます。書いたのは別の人ですが。

「それは仕様です」(がんばれ!! ゲイツ君)。どんなクレームにでも対応できる黄金の言葉として日本国民があまねく知るギャグにまでなった言葉。「このゲーム、ぜんぜん先に進めないんだけど」「それが仕様です」「ここのボスと闘っている最中フリーズするんだけど」「それが仕様です」「今回の措置に、国民の七割が反対しているのですが」「それが仕様です」「けっきょくあんたも自民党の犬だったのね」「それが仕様です」「あんたの文章、おもしろくないんだけど」「それが仕様です」。それにしても阪神に田淵コーチが就任したとき、「がんばれ! タブチくん」という漫画があったことを知らないファンが三割くらいいたのですが、このサイトがその漫画か、タブチくんをもじったやくみつるの「がんばれ! エガワ君」のもじりであることを知っている人はどのくらいいるのでしょう。ははあ、それも仕様ですか。


2002.1.31(Thu)
 一部では「日記界の女帝」「雑文界の御意見番」「テキスト界のゴッド姐ちゃん」「エロ語りの闇の副将軍」「やぱしらぶ」などと呼ばれ、畏敬されたり畏怖されたり恐れられたり怖がられたりびびられたりこわもてしたりしている茶川さんのことですが。
 ときどき日記読み日記なんかもやっておられるようです。こないだも、「日記読み日記なんかやってみようかしら。あたしの女らしくしおらしいキャラで……もちろん匿名よ……だってあたし、繊細なんだもん」(意訳)などという神もご照覧あれというようなことを書いていらっしゃいましたが。
 茶川さん、あなたは、そのまんまで凄いパワーです。日記読み日記なんか屁でもありません。
 日記とは日記書きが毎日ひりだすウンコみたいなものです。日記読み日記とはそのウンコにたかって今日は苦いとか血が混じってるとか繊維質が足りないとかほざいているハエのようなものです。
 茶川さんがおそれられているのは、そういう日記読み日記でなく、日記書き読み日記を書いてしまうところなのです。日記書きの日記ではなく、日記書きそのものを評論してしまうところなのです。
 ほら、そこに、おーたさん徳田さん、松島さんなど、人格を直接評論されてしまって立ち直れなくなった前途有望な若者のシカバネがルイルイと。
 ウンコにたかるハエよりも、直接本人にたかるツェツェバエのほうが、その威力おそるべきものがあります。はっ。そうか。その毒性を弱めるためには、日記読み日記執筆をおすすめしていればよかったのか……しもうた。


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