ヤクザの生活 

 晩年は娘の統一教会入信問題の方がすっかり有名になってしまったが、やはりヤクザものの本といえば飯干晃一を欠かすわけにはいかない。映画にもなった「仁義なき闘い」(角川文庫)をはじめ、「山口組三代目」(徳間文庫)、「雷鳴の山口組」(徳間文庫)、「条理なき闘い」(角川文庫)などなど、三代目から五代目に至る戦後山口組の流れを克明に追いかけ、山口組といえば飯干、とまで言われるようになった。
 その「山口組三代目」の主人公、田岡一雄がそれに反撥して「田岡一雄自伝」を同じ徳間文庫から出しているのが何となくおかしい。そこで飯干が若き日の田岡を「バラケツ」といっているのに反論し、「私はクスボリである。バラケツではない」と書いている。
 どっちだっていいじゃないか、と思えるような話だが、当事者にとってはそうではない。バラケツというのはいわゆる愚連隊。組織に属さぬ遊び人である。バラケツという名前は喧嘩をしては着物の裾をまくって逃げていくのが尻に薔薇が咲いたように見えたからともいい、薔薇のように近づくと刺すからだともいう。
 対してクスボリというのは博徒の下っ端である。厳しい序列に縛られ、いつも親分の屋敷の玄関か土間で正座して小さくかしこまっている、それが火の消えた火鉢で燻っている炭団のようなのでクスボリと呼ばれたらしい。
 つまり田岡一雄は、自分はきちんとした組織に所属して任侠を実行している正統派であって、遊んで喧嘩して暮らすはみ出し者ではない、と主張しているのだ。

 ヤクザと一口に言っても、このようにいろいろな分類がある。大きく分けると、祭りで屋台を営むテキヤ、博打の胴元で食っている博徒、そしてどこにも属さず遊び暮らす愚連隊、というのが古典的分類らしい。このあたりの基礎知識については「ヤクザ大全」(山平重樹:幻冬社文庫)がわかりやすい。また江戸時代から始まるヤクザの歴史については、「やくざと日本人」(猪野健治:ちくま文庫)に詳しい。
 テキヤ、博徒、愚連隊のそれぞれの列伝を追ってみたいのだが、テキヤについては、そういう本を持っていません。ごめんなさい。「フーテンの寅さん」シリーズでも見てください。それにしても寅はテキヤのはずなのに、厳しい掟を守っている風もなくふらふらと全国を廻っている。大丈夫なのだろうか。
 博徒はやはり「最後の博徒・波谷盛之の半生」(正延哲士:幻冬社文庫)が面白い。この人、「仁義なき闘い」の広島抗争で暴れたあと大阪でボンノこと菅谷政雄の弟分となり、ボンノが山口組から絶縁された後に、絶縁の原因となった川内弘殺害の容疑で逮捕され、最高裁まで闘って無罪を勝ち取ったという痛快というか波瀾万丈というか、そういう人である。「残侠 会津小鉄・図越利一の半生」(山平重樹:双葉文庫)は、江戸時代からの名門博徒、京都の会津小鉄会の二代目となった図越利一の一代記である。ちょっと理想化しすぎている気がするけどね。

 愚連隊なら「やくざと抗争」(安藤昇:徳間文庫)がおすすめ。横井英樹銃撃事件で名を馳せた安藤組(実際に自称したことはないらしいが)のボス、安藤昇の自伝である。のちに俳優になったことでもわかるように、安藤昇という人は少々おっちょこちょいで新しい物好きである。この自伝にはそのへんのところが随所に出ていて微笑ましい。会社組織として債権取り立て、倒産の整理など、博徒でもなくテキヤでもない新機軸を目指したのは慧眼だったが、愚連隊上がりの哀しさ、組織がやわだったために親分がパクられるとたちまち崩壊する。
 この辺の機微は同じ愚連隊上がりで山口組の一翼となり、のち解散に追い込まれた柳川組を描く「実録柳川組の戦闘」(飯干晃一:徳間文庫)にも共通する。もともと愚連隊で統制がとれないので、にわか仕込みで組員を教育したりしたが、結局口が軽く、簡単に親分の犯罪を自白したりしてあっという間に組織は崩壊する。
 「伝説のやくざボンノ」(正延哲士:三一書房)にも愚連隊の哀しさがにじむ。菅谷政雄ことボンノは山口組の最大の実力者にまでのし上がったが、どうしても愚連隊の放縦さが抜けず、山本健一ら主流派に絶縁処分を受け、その最期は淋しい。組織からどうしても浮いてしまう哀しさ。
 ボンノに比べると、安藤昇の兄貴分だった「愚連隊の元祖 万年東一」(山平重樹:幻冬社文庫)の万年東一は、生涯組織というものを作りもせず、属しもしなかった。賢明だったのかも知れない。
 「稲川組外伝 最後の愚連隊」(正延哲士:幻冬社文庫)は、そういう愚連隊が博徒組織に吸収されていく過程を描いたもの。

 戦後、これらの分類にあてはまらない新しいタイプのヤクザの集団が登場した。それは力道山、美空ひばりら人気者の興業と、神戸港湾事業の二本柱を経済基盤に据え、その経済力と、経済力によって養われた精兵の武力で日本を席巻した。言わずと知れた山口組。いまや日本のヤクザの四割から五割が山口組傘下であるとまで言われる。
 冒頭にも書いたように、これは飯干晃一の独壇場に近い。山口組伸張の歴史を辿った「山口組三代目」(徳間文庫)、鳴海清による三代目銃撃事件にはじまる大阪戦争を描いた「雷鳴の山口組」(同)、三代目死後の混迷を描く「戒厳令下の山口組」(角川文庫)、跡目を巡って山口組が分裂し、四代目竹中正久も暗殺された山一戦争を描く「条理なき戦い」(同)、一和会を壊滅させた後の五代目渡辺芳則の動きを追う「ネオ山口組の野望」(同)を読めば、山口組の歴史を知ることになる。
 また、三代目田岡一雄が構築した組織を詳しく分析した「血と抗争 山口組三代目」(溝口敦:講談社+α文庫)、その若頭山本健一の伝記「武闘派 三代目山口組若頭」(同)、四代目竹中正久の伝記「山口組四代目 荒ぶる獅子」(同)も参考になる。飯干晃一と溝口敦が好ましいのは、ヤクザをはっきりと「好ましくないもの」と規定して、その上でヤクザが必要とされる社会の矛盾や個々のヤクザの人間性を描いているところ。この点が、ヤクザ賛美一辺倒の幻冬社作家陣と異なる。ヤクザの生き方に興味はあるが、ヤクザに説教されなくちゃならないほど落ちぶれていませんって。
 ヤクザに詳しい週刊誌なら何と言っても週刊大衆だが、それが編集した「五代目山口組がゆく!」「五代目山口組の激流!」(双葉社)は傘下組長の顔写真と組織図付きの詳細な本。オウム事件と山口組の関係、阪神大震災での山口組の救援活動、97年の宅見若頭暗殺事件など最近の動きに詳しい。

 最近は国際化も進み、ヤクザの世界も外国人の浸食が激しいらしい。山口組の宅見若頭暗殺の下手人も、北朝鮮か香港のヒットマンが依頼されてやったのではないかと言われていた。特に歌舞伎町では、中国系を筆頭にイラン、香港、コロンビアなど外国人ヤクザが跋扈しているらしい。「新宿歌舞伎町 マフィアの棲む街」(吾妻博勝:文春文庫)、「東京チャイニーズ」(森田靖郎:講談社文庫)に詳しい。「蛇頭」(莫邦富:新潮文庫)はすっかり有名になった密航斡旋組織を取材したもの。


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