二風谷ダム裁判判決文

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判決

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判決理由の骨子

1 土地収用法に基づく収用裁決の取消訴訟において、先行処分である
事業認定の違法性を争い得る。その場合の判断基準時は事業認定時で
あると解される。
2 国は、先住少数民族であるアイヌ民族独自の文化に最大限の配慮を
なさなければならないのに、二風谷ダム建設により得られる洪水調節
等の公共の利益がこれによって失われるアイヌ民族の文化享有権など
の価値に優越するかどうかを判断するために必要な調査等を怠り、本
来最も重視すべき諸価値を不当に軽視ないし無視して、本件事業認定
をなしたのであるから、右認定処分は違法であり、その違法は本件収
用裁決に承継される。
3 しかし、既に二風合ダム本体が完成し湛水している現状においては、
本件収用裁決を取り消すことは公共の福祉に適合しないと認められる
ので、事情判決をすることとする。

判決理由の要旨
土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、相結合して当該事業にお
いて必要とされる土地を取得するという法的効果を完成させる一連の行
政行為となっているものであるから、先行処分に違法があった場合には、
その違法は当然に後行処分に承継されると解するのが相当であり、収用
裁決の取消訴訟において、先行処分である事業認定の違法性を争い得る。
その場合の判断基準時は事業認定時であると解される。
そこで、本件事業認定が土地収用法二〇条三号の要件を満たすか検討
するに、その要件は、当該事業の起業地がその事業に供されることによ
って得られる公共の利益とその土地がその事業に供されることによって
失われる利益ないし価値を比較衡量して、前者が後者に優越するかどう
かによって判断される。
本件において、事業計画が達成されることにより、洪水調節による沙
流川流域住民の生命、身体及び財産の安全が確保されるとともに正常な
流水の維持及びかんがい用水、水道用水・工業用水の配給並びに発電な
どが可能となるから、右事業計画達成による公共性は高い。
他方、本件事業計画の実施により失われる利益ないし価値は、「市民的
及び政治的権利に関する国際規約(B規約)二七条や憲法一三条によっ
て保障されている少数民族であるアイヌ民族の文化享有権であり、その
制限は必要最小限度「おいてのみ許される。また、B規約二七条にいう
「少数民族」が先住民族である場合には、単に「少数民族」に止まる場合
と比較して、民族固有の文化享有権の保障についてはより一層の配慮が
要求されると考えるところ、アイヌ民族は、我が国の統治が及ぶ前から
主として北海道に居住し、独自の文化を形成しており、これが我が国の
統治に取り込まれた後もその多数構成員の採った政策等により、経済的、
社会的に大きな打撃を受けつつも、なお民族としての独自性を保ってい
るということができるから、先住民族に該当するというべきである。
これらの観点に立って対立利益を比較検討するに、二風谷地域は、先
住少数民族であるアイヌ民族にとっていわば聖地といえる場所であり、
住民のうち極めて多くの割合をアイヌ民族が占め、アイヌ文化がよく保
存され、それを後世に伝える多くの伝承者が存在し、多くの国内外の研
究者等がこの地を訪れ、アイヌ文化の研究の発祥地ともいわれていると
ころであるうえ、二風谷地域で近年行われているチプサンケの行事は、
和人とアイヌの人々の交流の場となつて、和人によるアイヌ文化への理
解を助け、アイヌの人々自身の民族的帰属意識を再認識し得る意義を有
しており、また、同地域に存在するユオイチャシ跡やポロモイチャシ跡
はアイヌ民族の歴史を知る上で重要な遺跡であり、チノミシリは二風谷
地域のアイヌの人々にとって神聖な地である。それのみならず、アイヌ
文化は、自然と共生し、自然の恵みを神と崇める中から生まれたもので
あるから、当該地域のこれらアイヌ文化とそれを育む上地を含む自然と
は切っても切れない密接な関係,あるのであるしかしながら、本件事
業計画が実施されると二風谷地域は広範囲にわたり水没し、右のような
アイヌ民族の民族的・文化的・歴史的・宗教的諸価値を後世に残してい
くことが困難となる。
そこで、このように先住少数民族の文化享有権に多大な影響を及ぼす
事業の遂行に当たり、起業者たる国としては、過去においてアイヌ民族
独自の文化を衰退させてきた歴史的経緯に村する反省の意を込めて最大
限に配慮をなきなければならないところ、本件事業計画の達成により得
られる利益がこれによって失われる利益に優越するかどうかを判断する
ために必要な調査、研究等の手続を怠り、本来最も重視すべき諸要素、
諸価値を不当に軽視ないし無視し、したがって、そのような判断ができ
ないにもかかわらず、アイヌ文化に対する影響を可能な限り少なくする
等の対策を講じないまま、安易に前者の利益が後者の利益に優越するも
のと判断し、結局本件事業認定をしたといわざるを得ず、土地収用法二
〇条三号において認定庁に与えられた裁量権を逸脱した違法がある。
以上のように、本件事業認定が違法であり、その違法は本件収用裁決
に承継されるから、本来であれば本件収用裁決を取り消すことも考えら
れるが、既に本件ダム本体が完成し、湛水している現状においては、本
件収用裁決を取り消すことにより公の利益に著しい障害を生じる。他方、
チヤシについて一定限度での保存が図られたり、チプサンケについて代
替場所の検討がなされる等、不十分ながらもアイヌ文化への配慮がなさ
れていることなどを考慮すると、本件収用裁決を取り消すことは公共の
福祉に適合しないと認められる。
よって、本件収用裁決は違法であるが、行政事件訴訟法三一条一項を
適用して、原告らの本訴訟をいずれも棄却するとともに本件収用裁決が
違法であることを宣言することとする。

平成五年(行ウ)第九号  権利取得裁決等取消請求事件

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判決


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主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。
ただし、沙流川総合開発事業に係る一級河川沙流川水系三風谷ダ
ム建設工事に関する権利取得裁決の申請及び明渡判決の申立てに対
して、被告が平成元年二月三日付けでした権利取得裁決及び明渡裁
決のうち、別紙物件目録一ないし四記載の各土地に係る部分はいず
れも違法である。
二 訴訟費用のうち、参加によって生じた分は参加人の負担、その余
は被告の負担とする。

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事実及び理由

第一 請求
沙流州総合開発事業に係る一級河川沙流川水系二風谷ダム建設工
事に関する権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立てに対して、被
告が平成元年二月三日付けでした権利取得裁決及び明渡裁決のうち、
別紙物件目録一ないし四記載の各土地に係る部分をいずれも取り消
す。
第二 事案の概要
本件は、沙流川総合開発事業に係る一級河川沙流川水系二風合ダ
ム建設工事に伴う権利取得裁決及び明渡裁決の対象とされた土地の
所有者あるいはその相続人である原告らが、右権利取得裁決及び明
渡裁決並びにこれらに先立つ事業認定の際、右ダムの建設によるア
イヌ民族及びアイヌ文化に対する影習が考慮されなかった違法があ
るとして、右各裁決の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等(争いのない事実及び当裁判所に顕著な事実
以外の事実は、適宜かっこ内の証拠によって認定した)
1 当事者等
(一) 被告は、土地収用法五一条により設置された独立の行政委員
会である。
(二) 参加人は、沙流山総合開発事業に係る一級河川沙流川水系二
風合ダム建設工事の起業者である。
(三) 原告菅野茂(以下「原告菅野」という。)は、別紙物件目録一
及び二記載の各土地を、訴外貝澤正(平成四年二月三日死亡)
は、同目録三及び四記載の各土地(以下別紙物件目録一ないし
四の土地を総称して「本件収用対象地」という。)をそれぞれ以
前所有していた。
(四) 原告貝澤耕一(以下「原告貝澤」という。)は、右貝澤正の長
男である。
2 沙流川の概要
沙流川は、日高地方の最西端に位置し、日高山脈の北端近くの
熊見山を源にほぼ南西に流下し、途中いくつかの支流と合流しな
がら日高町に至り、更に額平川と合流し、平取町を経て門別町富
川で太平洋に注ぐ、幹線流路延長約一〇四キロメートル、流域面
積約一三五〇平方キロメートルの一級河川(河川法四条一項)で
ある(乙ロ一、一八)
3 本件収用裁決に至る経緯等
(一) 一級河川の管理者である建設大臣(河川法九条一頃)は、昭
和五三年三月二三日、沙流川水系におけるそれまでの治水事業
を受けて、その後の洪水の実績並びに流域の発展に伴うはん濫
区域内の人口及び資産の増大にかんがみ流域の安全度を高める
必要があるとの理由から、流域の治水計画を見直し、二風谷ダ
ム(以下「本件ダム」という。)及び平取ダムを建設するなどし
て洪水調節を行うとともに併せて水資源の広域的かつ合理的な
利用の促進を図ることなどを内容とした沙流川水系工事実施基
本計画(以下「本件工事実施計画」という。)を改定した(乙ロ
二、一八)。
(二) 建設大臣は、昭和五八年三月二四日、特定多目的ダム法四条
に基づいて、洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用
水、水道用水及び工業用水の確保並びに発電を目的として、本
件ダム及び平取ダムの建設に関する基本計画(以下「本件基本
計画」という。)を策定した(乙ロ三)。
(三)北海道開発局(以下「開発局」という。)は、本件基本計画を
受け、昭和五九年に地元地権者協議会との間で損失補償基準を
妥結し、その後右基本計画においてダム用地となっている土地
の所有者と個別的に任意の用地取得交渉に入ったが、相続人が
不明の場合のほか、主に価格に不満を持っ人々更にはアイヌの
人々に対する補償等の要求を掲げた原告宣野及び訴外貝澤正ら
一部地権者との間の交渉が難航した(乙ロ一八、二三、証人田
中、原告萱野)。
(四) そこで、右開発局長は、起業者である参加人の主管大臣であ
る建設大臣の代理人として、昭和六一年四月二五日、認定庁で
ある建設大臣に対し、土地収用法一六条に基づき、起業者の名
称を建設大臣、事業の種類を沙流川総合開発事業に係る一級河
川沙流川水系二風谷ダム建設工事、起業地を北海道沙流郡平取
町字二風谷、字荷負及び字長知内地内とした事業(以下本件事
業計画」という。)の認定を申請した(乙ロ一八、二二)。
(五) 建設大臣は、右事業認定の申請を受けて、起業地が所在する
市町村の長である平取町長に事業認定申請書等を送付し、これ
を受けた平取町長は、昭和六一年六月一九日、起業者の名称、
事業の種類及び起業地を公告し、二週間後の七月三日まで書類
の縦覧を行った。このとき、訴外貝澤輝一及ぴ同貝澤正から北
海道知事に対してアイヌの人々が近代化の歴史の中で喪失した
上地等に対する権利の回復及びこれらに対する補償等を理由と
して右事業に反対する旨の意見書が提出された。
このような手続きを経て、建設大臣は昭和六一年一二月一六
日に事業の認定一以下「本件事業認定」という。)をし、建設省
告示第一九四七号をもって告示したが、出訴期間内にその取消
しの訴えが提起されることなく、現在に至っている(乙ロ二三、
二七、二八、証人田中、弁論の全趣旨)。
(六) 参加人は、昭和六二年一一月三〇日、沙流川総合開発事業の
一環として、北海道沙流郡平取町二風谷にダムを建設するため、
被告に村し、土地収用法に基づく権利取得裁決の申請及び明渡
裁決の申立てをした。
(七) 被告は、右申請及び申立てについて、平成元年二月三日付け
で別紙物件目録一ないし四記載の各土地につき、権利取得裁決
及び明渡裁決(各裁決を総称して以下「本件収用裁決」という。)
をした。
(八) 原告らは、本件収用裁決について、平成元年三月四日付けで
建設大臣に対し、土地収用法一二九条に基づく審査請求をした
が、建設大臣は、平成五年四月二六日、右審査請求を棄却する
裁決をし、右裁決書は、平成五年四月二八日、原告らに送達さ
れた。

二 争点
1 本件収用裁決は憲法二九条三項に違反するか。
2 本件収用裁決は本件事業認定の違法性を承継するか。
3 本件事業認定は土地収用法二〇条三号、四号に違反するか。
4本件収用裁決について理由附記の不備の違法があるか。
これらの争点に関する当事者双方の主張の詳細は、別紙「当事
者の主張」のとおりである。

第三  争点に対する判断
一 争点1について
原告らは、本件収用裁決が憲法二九条三項に違反する旨主張する
ところ、右主張は、本件収用裁決の根拠法規である土地収用法自体
についてこれが合憲であることを前提にしたうえ、個々の行政処分
である本件収用裁決が直接憲法に違反するとの趣旨と解されるが、
個々の行政処分については、法律との適合性が検討されなければな
らないのであって、直接憲法適合性を論ずることはできず、かかる
主張は主張自体失当というほかはない。
二 争点2について
1 前記のとおり、本件事実認定について出訴期間内に取消の
訴えが提起されることなく、現在に至っているところ、原告らは、
本件事業認定が土地収用法二〇条三号、四号の要件を欠き、その
違法が本件収用裁決に承継される旨主張し、これに対し、被告は、
違法の承継そのものを争うので、本件収用裁決の適法性を検討す
るに当たり、出訴期間を経過し、いわば形式的に確定した本件事
業認定に関する違法性を本件収用裁決の取消訴訟である本件にお
いて争い得るのかどうかについて判断する。また、争い得るとし
た場合、先行処分の違法性をどの時点を基準に判断すべきである
のかが問題となるので、この点についても検討する。
2 土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、両処分の主体、法
律要件及び法律効果は異なるものの、両処分が相結合して、当該
事業において必要とされる土地を取得するという法的効果を完成
させる一連の行政行為となっているものであり、このような場合
には、先行処分たる事業認定が適法になされることが、後行処分
たる収用裁決の要件となり、先行処分に違法があった場合には、
その違法は当然に後行処分に承継されると解するのが相当である。
なぜなら、土地収用法手続における法的効果の完成は、最終処分
である収用裁決に留保されており、事業認定が独立の争訟の対象
となっているとしても、それは、行政上の法律関係の早期確定を
意図して事業認定段階で争わなければ後の収用裁決段階で争うこ
とを排除するという趣旨によるものではなく、国民の権利利益に
大きな影響を与える行政行為について、各段階に争訟の機会を設
けることにより、その手続を慎重ならしめ、もって、その手続及
び内容の適正を確保しようとした趣旨であると解されるからであ
る。また、事業認定をするのが建設大臣又は都道府県知事である
のに対し、収用又は使用の裁決をするのは収用委員会であって、
この収用委員会に事業認定の適否を審査する権限がないが、これ
は被収用者からすれば行政庁相互間の権限分配の問題にすぎない
し、仮に、収用委員会が事業認定の適否を審査する権限を有する
のであれば、事業認定が違法であるにもかかわらず収用委員会が
これを適法であるとして裁決した場合、その収用裁決自体にも固
有の瑕疵があるということになるので違法性の承継を認める必要
がないのであって、むしろ、収用委員会が事業認定の適否を審査
する権限を有していないからこそ、違法性の承継が認められなけ
ればならないのである。このように違法性の承継が認められるこ
とによって、前記のような法の趣旨が全うされるものである。
被告は事業認定がなされると、土地所有者等が自己の権利に係
る土地が起業地の範囲に含まれることが容易に判断できる起業地
表示図が長期間縦覧されること、補償に関する事項について周知
措置がとられていること、起業者が用地の大半を取得してから事
業認定の申請をする実情等から、事業認定に際して権利者が不服
申立ての機会を失することはほとんど考えられないことを理由に、
収用裁決取消訴訟において事業認定の瑕疵を主張させる必要はな
い旨主張する。しかしながら、法の趣旨が事業認定段階で争わな
ければ後の収用裁決段階で争うことを排除するというものでない
ことは前記のとおりであるし、事業認定は土地所有者等に個別の
通知がなされることなく、単に官報に告示されるだけであり、し
かもその告示内容も、起業地として字名が表示される程度であっ
て地番等の表示はなく、また起業地表示図が縦覧に供されるとし
てもその場所は市町村役場にすぎず、土地所有者等が実際に縦覧
する可能性は乏しいと考えられるのである。加えて一般的に土地
所有者等は自己の所有する土地等について個別に収用又は使用裁
決を受けて初めてその事態の深刻さを認識するのが通常であると
考えられる。これらの諸点に照らすと、実際的にも収用裁決取消
訴訟において出訴期間を経過した事業認定の取消事由を主張する
ことができるとする必要があるというべきである。被告の主張は
理由がない。
3 右2のように後行処分が先行処分の違法性を承継すると解した
場合、先行処分についていつの時点を基準にして違法性を判断す
べきか、すなわち先行処分時か、それとも承継した後行処分時か
が検討されなければならない。なぜなら、本件の場合は、事業認
定が昭和六一年一二月一六日になされているのに対し、収用裁決
は平成元年二月三日になされ、その間に約二年三か月の期間の経
過があり、事実関係等が変化していることも考えられるからであ
る。
抗告訴訟が行政庁の処分の事後審査を本質とするものであり、
本件のように事業認定と収用裁決の場合、後行の収用裁決を行う
収用委員会には先行する事業認定の適否について審査する権限が
ないのであるから、先行処分の適否は、その処分当時の、いわば
塩漬けされた状態で後行処分の適否の要素となっていると考える
ことができる。したがって、先行処分の適否は先行処分がなされ
た当時を基準として判断すべきものである。このように考えない
と、先行処分時に存在せず、行政庁において考慮し得なかった事
実関係に基づいて裁判所が先行処分の適法性を判断することとな
り、行政庁の第一次判断権を奪うことになり、相当でない。右説
示のとおりであるから、本件において先行する本件事業認定の違
法判断の基準時は、本件事業認定時と解するのが相当である。
したがって、本件事業認定の適否を判断するに際しては、右認
定処分時に存在していた事実等を基礎とし、右処分後の事実は、
その処分当時の事情を推認する間接事実等として役立つ限りにお
いて斟酌することとなる。
4 右のとおり、収用裁決に事実認定段階における違法性が承継さ
れるから収用裁決取消訴訟である本件において、本件事業認定段
階における違法性を争い得るし、その違法性は本件事業認定時を
基準として判断されることになる。
三 争点3について
原告らは、本件事業認定が土地収用法二〇条三号の要件を欠く旨
主張し、被告らはこれを争うので、同号の要件適合性について判断
する。
1 事実関係
土地収用法二〇条三号の「事業計画が土地の適正且つ合理的な
利用に寄与するものであること」との要件は、当該事業の起業地
がその事業に供されることによって得られる公共の利益と、その
土地がその事業に供きれることによって失われる公共的又は私的
利益とを比較衡量して、前者が後者に優越すると認められるかど
うかによって判断されるべきであると解される。そして、右比較
衡量に当たっては、事業計画策定に至る経緯、事業認定に係る事
業計画の内容、事業計画の達成によって得られる公共の利益、事
業計画の実施により失われる利益ないし価値、本件事業により失
われる諸価値に対しなされた配慮等を総合し行われるべきである
と考えられるので、以下これらの事実関係について、順次検討す
ることとする。
(一) 本件事業計画策定に至る経緯及びその内容
証拠(乙ロ一八、二二、証人森田)によれば、本件工事実施
計画を改定するに際して、沙流川の治水方法として堤防方式と
ダム方式が考えられたが、現在の堤防はダムによる洪水調節が
行われることを前提としており、堤防方式による場合には、土
地利用が進んでいる下流の市街地を含む沙流川本流とその支流
である額平川の両方の河川の川幅を広げるなど大規模な河川改
修工事が必要となり、そのための事業用地約六三〇へクタール
の取得、住家・事業所等二九四戸、学校二校、その他多数の公
共施設等の移転が必要となって社会的影響が大きく、そのため
に約一七〇〇億円もの多額の事業費が必要となるうえ、堤防方
式だけでは、洪水調節という問題は解決されても流水の正常な
機能の維持や都市用水等の問題は解決されない等の理由から、
ダム方式が採用されたこと、本件ダムの建設位置については、
沙流川本流と額平川の両方からの流水を貯めることができるよ
うに、両川の合流点より下流の場所であること、地形、地質等
からみた安全性や洪水調節の効果が高く、効率的に貯水量が確
保できること、水没地内に大規模あるいは重要な物件が少なく、
経済的にダムが建設できることという観点から上・中・下流の
三案(別紙「二風谷ダム候補地点位置図)参照)が選定された
うえ、ダムの建設には、河川の川幅が狭く、両岸の位置が高く、
強固な地質で、かつ、支障物件が少ない場所が物理的にも経済
的にも優れている場所であるとの理由で、中流案すなわち現在
の本件ダムの位置となったこと、本件事業計画は、洪水調節、
流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道用水及び工業用
水の確保並びに発電を目的として、沙流川の河口から約二一キ
ロメートル上流の地点に、堤高三一・五メートル、堤頂長五八
〇メートル、潅水面積四,三平方キロメートル、総貯水容量三
一五〇万立方メートルの重カ式コンクリートダムである本件ダ
ムを建設するものであることが認められる。
原告らは、本件事業計画の主たる目的は苫小牧東部工業基地
(以下「苫東基地」という。)に対する工業用水の供給にあった
とし、本件事業認定時には苫東基地に対する工業用水の供給の
必要はなくなっていたのであるから、本件事業計画はその目的
がない旨主張し、右主張に沿う証拠(甲三の一・二、六、一〇
の一ないし四、原告らの各該当供述部分)も存在する。
しかし)、沙流川流域において洪水による被害が頻繁に発生し
ていることは後記のとおりであることに加え、前記第二(事案
の概要)一3(一)、(二)記載の事実及び証拠(己ロ二、三、一八、
二二、証人森田)によれば、本件ダム及び平取ダムは、昭和五
三年に改定された本件工事実施計画においても洪水調節や水資
源の広域的かつ合理的な利用の促進等が内容とされ、特定多目
的ダム法に基づいて作成された本件基本計画においても、洪水
調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道用水及び
工業用水道の確保並びに発電がその建設目的として掲げられて
いるが、各種用水の確保及び発電は、洪水調節及び流水の正常
な機能の維持に支障を与えないように行うこととされているこ
と、本件ダムの総建設費用のうち治水部分の費用負担割合が七
一・八パーセントとなっていること、有効貯水容量(総貯水谷
量と堆砂容量の差)二六〇〇万立方メートルに対し、洪水期の
治水容量(洪水調節容量と流水の正常な機能維持のための容量
の和)がその八割強の二一六〇万立方メートルと計画されてい
ることが認められ、これらの事実によれば、本件事業計画の主
たる目的が治水(洪水調節及び流水の正常な機能の維持)にあ
ることはあきらかである。
(二) 本件事業計画の達成によって得られる公共の利益
(1) 洪水調節について
ア 沙流川流域における沙流川水系河川の洪水の発生状況
証拠(乙ロ二、四、二一、二二、証人森田)によれば、
沙流川水系河川の洪水被害として、1明治三一年九月六日、
台風により、門別町及び平取町において、死者二九人、行
方不明一二人、流失家屋七二戸、浸水家屋一六六戸、全半
壊家室一〇八戸などの被害が生じたこと、2大正一一年八
月二四日、二五日、台風に伴う豪雨により、門別町におい
て、死者五九人、流失家屋一一二戸、浸水家屋三六一戸な
どの被害が生じたこと、3昭和一〇年九月二六日、二七日、
台風により、日高町において、全壊流失家屋一戸、半壊家
屋二戸などの被害が生じたこと、4昭和三〇年七月三日、
大雨により、日高町及び平取町において、死者一人、流失
家屋五戸、床上浸水四二戸、床下浸水七三戸などの被害が
生じたこと、5昭和三六年七月二六日、大雨により、平取
町の紫雲古津地区、ヌタップ地区、二風谷地区、門別町富
川地区、富浜地区の各所ではん濫し、平取町において、全
壊家屋一戸、半壊家屋五目、流失家屋三〇戸、床上浸水六
三戸、床下浸水二二四戸の被害が生じ、はん濫面積は二二
一へクタールに及び、また門別町において、床上浸水二戸、
床下浸水二六戸の被害が生じたこと、6昭和三七年八月四
日、台風により、沙流川上流の下取町紫雲古津地区、ヌタ
ップ地区、オユンべ地区、下流の門別町富川左岸地区、富
山右岸地区の各所ではん濫し、被害は平取築堤が溢水、二
風谷築堤が決壊し、平取町では死者一名、負傷者二名、全
壊家屋一戸、半壊家屋一戸、流失家屋四戸、床上浸水六〇
戸、床下浸水九九戸の被害が生じ、はん濫面積は五九0へ
クタールに及び、また門別町では床上浸水五八戸、床下浸
水八七戸の被害が生じ、はん濫面積は二七〇へクタールに
及んだこと、7昭和四一年八月一七ないし一九日、局地的
豪雨により、平取町では床上浸水四戸、床下浸水五三戸、
また門別町では床上浸水六一戸、床下浸水一一九戸の被害が
生じたこと、8昭和五〇年八月二四日、連続した台風によ
り、沙流川上流の平取町紫雲古澤地区、荷菜去場地区、平
取地区、下流部の門別町河口左岸地区、富川地区の各所で
内水はん濫があり、平取町では全壊家屋一戸、半壊家屋一
戸、床下浸水五戸の被害が生じ、はん濫面積は三〇へクタ
ールに及ぴ、また門別町では死者一名、床上浸水二戸、床
下浸水五三戸の被害が生じ、はん濫面積は三八へクタ|ル
に及んだこと、9昭和五六年八月五日、台風の影響等によ
り、平取町の紫雲古津地区の向水はん濫が発生し、門別町
では富川地区、河口左岸地区、河口右岸地区の各所ではん
溢し、平取町では床上浸水三戸、床下浸水三一戸、門別町
では死者一名、負傷者五名、全壊家屋三七戸、半壊家屋一
三戸、一部破損一九戸、床上浸水一七三戸、床下浸水四九
一戸などの被害が生じたこと、以上の事実が認められる。
原告らは、乙ロ第四号証について、門別川等他の水系の
洪水被害も加わっており、実態とかなり異なっている可能
性が高いとし、その内容の信用性に疑問を呈するようであ
る。確かに、証人森田の証言によれば、同号証の被害状況
一覧表(別表)の各数値には沙流川水系以外の水系におい
て発生した被害が含まれているものがあることが認められ
る。しかし、他方証人森田の証言及び弁論の全趣旨によれ
ば、右数値は、北海道や地元自治体作成の資料等がその根
拠となっていること及びこれらの資料は町単位で被害の集
計をしており、沙流川以外の水系の川の洪水被害も含まざ
るを得なかったが、基本的には、沙流川水系の河川の洪水
被害が中心であることが認められ、その数値の客観性は担
保されているといえる。そして、本件全証拠によっても、
同号証の作成に当たって、被告らが恣意的に被害を増大さ
せたなど事情は認められない。
イ 洪水調節の必要性
有ア認定の事実によれば、本件事業認定時において、沙
流川水系あるいはその周辺地域において、洪水による被害
が頻繁に生じており、沙流川においては洪水調節を行うこ
とにより流域住民の生命、身体及び財産の安全を図る必要
性が高かったことが認められるし、前掲各証拠(乙ロ二、
三、一八、二二、証人森田)によれば、本件事業認定後の
平成四年八月九日、大雨により、沙流川水系平取観測所で
は警戒水位を二・八〇メートル超えた二六・九〇メートル
の水位を記録し、平取町では床上浸水九戸、床下浸水四〇
戸、門別町では半壊家屋一戸、一部破損二戸、床上浸水四
一戸、床下浸水四三戸などの被害が生じたことが認められ
るところ、右事実は、本件事業認定時に沙流川流域におい
て洪水調整の必要性があったことを推認させるものである。
また、証拠(乙ロ一八、証人森田)によれば、本件事業
計画では、沙流川の洪水記録や雨量を勘案して、一定の治
水安全度を設定し、基準地点平取の基本高水流量毎秒五四
〇〇立方メ|トル、計画高水流量毎秒三九〇〇立方メート
ルと定め、この差の毎秒一五〇〇立方メートルを本件ダム
及び平取ダムで調節し、もってはん濫区域の洪水調節を行
うものとされていることが認められる。
原告らは 1 昭和五〇年過ぎころまでにはヌタップ築堤以
外の築堤は完成しており、その後は、二風谷地域から河口
までの間で、外水はん濫や破堤は生じていないこと、2 ダ
ムが完成しても内水はん濫の発生そのものは防止できない
こと、3 内水はん濫の防止策としては、配水樋管・排水樋
門・排水水門の設置・増設、排水機場の設置等が最も有効
であるとして、本件ダムによる洪水調節の必要性はない旨
主張する。確かに、証拠(甲四〇、乙ロ二二、証人森田)
及び弁論の全趣旨によれば、右1の事実、本件ダムが完成
しても計画高水流量の規模の洪水時には内水はん濫は生じ
うること、内水はん濫の防止策として右3のような方法が
あることが認められる。
しかしながら、昭和五〇年以降においても内水はん濫が
生じていることは前記認定のとおりであり、右1の事実に
よってもダムによる洪水調節の有用性が否定されるもので
はない。また、本件ダムがない場合には、洪水時に沙流川
本線の水位が上昇するため、支流の水を本線に流すことが
できず、その場合の生じる内水はん濫の規模は、本件ダム
がある場合の内水はん濫に比較して拡大することは明らか
であるから(証人森田、弁論の全趣旨)、右2は本件ダムの
必要性を減退させるものではない。更に、証拠(甲四〇、
乙ロ二二、証人森田)及び弁論の全趣旨によれば、排水機
場等の施設は内水排除に一定の効果はあるものの、計画高
水流量の洪水時においては沙流川本線の水位が上がるため、
その場合排水機場は洪水調節のためには有効に作用しない
ことが認められるのであり、結局右3も本件ダムによる洪
水調節の必要性を否定するものではないというべきである。
(2)流水の正常な機能の維持について
証拠(乙ロ一八、二一、二二、証人森田)及び弁論の全趣
旨によれば、沙流川は、日高町、平取町及び門別町の耕地等
に対する水源として利用されているところ、昭和四四年、昭
和五二年及び昭和五三年の各冬期において水不足が生じてい
ること、沙流川は、昭和四六年及び昭和四七年の夏期におい
ては流量が低下し、河口閉塞(河口付近に砂州が発達して河
口の幅が減少すること)により、河口付近市街地である門別
町富川において内水排除に支障を来したこと、昭和五〇年八
月の洪水の際、河口閉塞を原因として洪水の際に水位が上昇
し、沙流川河口左岸地区で内水被害が発生したこと、河口閉
塞が生じると右被害をもたらすのみならず、シシャモ、サク
ラマスといった魚の遡上にも悪影響を与えること、河口閉塞
を防止するためには、河口導流堤を建設して河口位置を固定
したうえでダムにより一定の流量を維持し河口付近における
砂州の形成を阻止する必要があることが認められ、これらの
事実を総合すれば、沙流川においては、通年にわたり流水の
正常な機能の維持を図る必要があることが認められる。また、
証拠(乙ロ一八、証人森田)によれば、本件事業計画は、沙
流川の流水を計画的にダムに貯留及び放流することにより、
不安定な取水を解消し、また、基準点平取おいて毎秒一一
三立方メlトルの維持流量を確保することにより、河口閉塞
の防止、漁業・景観・地下水の維持、動植物の保護及び流水
の清潔保持等を図るものであることが認められる。
原告らは、河口閉塞を防止するには、砂防堤・導流堤等の
突堤を出したり、堆積土砂を浚渫したりするなどの方法があ
るとして、本件ダムによる流水機能の維持の必要性を否定す
る。しかし、河口閉塞の防止方法については前記認定のとお
りであるところ、証拠(乙ロ二二、森田証人)によれば、導
流堤の建設だけでは河口閉塞は防げないこと、また、仮に堆
積土砂を定期的に取り除くことによって河口閉塞が防げると
しても、流水の維持による取水不安を解消することはできな
いことが認められるから原告らの右主張は理由がない。
(3)かんがい用水及び水道用水について
証拠(乙ロ一八、二二、証人森田)によれば、手取は水道
用水の需要の一部を地下水等の不安定な水源に依存しており、
より安定的な水道用水を確保する必要があること、門別町は
住民の生活水準の向上及び配給区域の拡大に伴う水道用水の
需要の増加に対応する必要があることが認められ、また、本
件事業計画は、道営土地改良事業として計画されている平取
及び門別町内の合計二三五〇へクタールの畑地及び草地に
対し、最大毎秒〇・四〇六立方メlトル(平均〇・〇八三立
方メlトル)のかんがい用水を新規に供給すること、また水
道用水として、手取町及び門別町に対し、それぞれ昭和七五
年の計画給水人口に対応できるだけの水道用水を配給する予
定となっていることが認められる。
(4)工業用水道について
証拠(乙ロ一八、二二、証人森田)によれば、北海道は、
昭和四六年八月、立ち遅れている北海道の産業構造の高度化
を通じて、経済社会の発展と基盤の形式を図るため、勇払原
野にエ業地区を設け、堀込み港湾を核として、基幹資源型工
業とこれに関連する諸工業の立地を推進し、周辺地域を含め
た広域的、合理的な土地利用の中で生活環境の整備を進める
ものとして、苫東基地の開発に関する基本計画(以下「苫東
基本計画」という。)を策定したこと、本件事業計画は、北海
道の申請に基づき、苫東基地に村し、一日二五万立方メ|ト
ル(取水量一日二七万立方メ|トル)の工業用水を配給する
ため、本件ダムで一日八万四〇〇〇立方メ|トル、平取ダム
で一日一八万六〇〇〇立方メ|トルの水を確保することにな
っていること、右一日二五万立方メ|トルという量は、北海
道がダム建設に関する基本計画が策定された昭和五八年に苫
東基地の昭和七〇年における開発規模を想定して算出したも
のであることが認められる。
原告らは、本件事業認定当時、苫東基本計画がとん挫して
いたとし、一日二五万立方メ|トルもの工業用水は必要では
ない旨主張する。
しかし、証拠(乙ロ二二、証人森田)及び弁論の全趣旨に
よれば、北海道は、本件事業認走時において、参加人に対し、
本件事業計画による苫東基地に対する一日二五万立方メート
ルの工業用水の供給について、変更を求めていなかったこと
が認められるから、原告らの右主張は、採用しない。
なお、証拠(甲一〇の一ないし四、乙ロ二二、証人森田)
によれば、北海道開発庁は、平成四年一〇月二日、苫東基地
の将来像を工業都市から生活・文化、レジヤー機能を有する
複合都市にすることなどを要旨とする調査報告書を作成した
こと、北海道は、平成七年八月、苫東基本計画を見直したこ
とが認められるが、これらの事実は事業認定時点以後の事情
であり、本件事業認定の適否の判断に影響を与えるものでは
ない。
(5)発電について
証拠(乙ロ一八、二二、証人森田)によれば、本件事業計
画は、北海水力発電株式会社の申請に基づいて、本件ダムの
建設に伴って新設される二風合発電所に対し、水を配給し、
同発電所において最大出カ三〇〇〇キロワット(一般家庭約
一〇〇〇戸分)の電力を発生させることができることが認め
られる。
(三)本件事業計画の実施により失われる利益ないし価値
(1)二風谷地域の住民の民族性

原告らはアイヌ民族であり(明らかに争わない。)、アイヌ
民族が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下これ
を「B規約」という。)二七条にいう少数民族であること及び
二風谷地域にアイヌの人々が居住し、独自の文化を有してい
ることは争いがないところ、証拠(証人田中、原告貝澤)に
よれば、平成五年四月当時、二風谷地域の人口約五〇〇人の
八割に当たる約四〇〇人がアイヌ民族であること、平成七年
一二月一四日当時、同地域の人口は五〇〇人弱であり、そ
の七割以上がアイヌ民族であることが認められ、この事実と
弁論の全趣旨によれば、本件事業認定時において、本件収用
対象地を含む二風谷地域の人口の多くを占める住民がアイヌ
民族であり、アイヌ民族が多く居住している北海道内の他の
地域と比較しても、その割合は極めて高いものであることが
認められる。ところが、証拠(乙ロ一八)によれば、本件事
業計画が実施されることにより、本件収用対象地を含む二風
谷地域が広範にわたりダムにより水没し(水没面積は全体で
約五三〇へクク|ルであり、その予定範囲は、別紙「二風谷
ダム貯水池平面図」のとおりである。)、また住宅等五〇戸が
支障物件になることが認められ、この事実と弁論の全趣旨を
総合すると、本件事業の実施がこの二風合地域に暮らすアイ
ヌ民族に離散をもたらせたり、そうでなくてもその生活やそ
の文化に大きな影響を及ぼすであろうことは容易に推認する
ことができる。
(2) アイヌ民族の文化的特色
証拠(甲二〇、四七、証人大塚、原告ら)によれば、アイ
ヌ民族は、主に川筋を生活領域とし、コタンと呼ばれる集落
において地縁集団を形成し、狩猟、採集、漁撈を中心とした
生活を営み、アイヌ語と呼ばれる独自の言語を用いるものの、
文字を持たず、その文化を口承伝承し、獣や魚などの自然物
との関係を重視し、これら自然の恵みを人間に与える神々と
共生するという自然崇拝の価値観を持っていたこと、アイヌ
民族は「イオル」と呼ぶ空間領域をひとつの単位として生活
を営んできたが、そこには、家屋があり、またイオルの人々
が共同で用いる生産の場や墓地などが設けられていたこと、
イオルには、それ以外に神話的な伝承を持つ山や川などの特
定の場も存在し、アイヌの人々の生活を体系づけてきたこと、
アイヌの人々にとって、イオルはそこで生まれそこで生涯を
閉じるという性格のもので、ここに生きる人々は「出自集団」
として結ばれていたこと、したがって、神話的な伝承を持つ
山や川などを含むイオルは、単に歴史的遺産に止まらず、民
族的な文化を現代に持続させるための手段となる極めて重要
なものであることが認められる。
(3) 二風谷地域におけるアイヌ文化
証拠一中三の二、四の一・二、セ、九、一一、一四、二0、
二八、二九、四七、乙一二、証人大塚、原告萱野)及び弁論
の全趣旨を総合すれば、次のアないしエの事実が認められる。
ア 二風谷地域の地域性について
二風谷地域を含む沙流川の周辺にはサルンクルというア
イヌ民族の中での有カなグル|プが生活していたといわれ、
このサルンクルの伝説等から、二風谷地域を含む沙流川流
域がアイヌ民族の聖地と呼ばれることがある。二風各地域
に住むアイヌの人々にとって、同地域は一つのイオルであ
り、自己の民族的アイデンティティを確認できる地域であ
る。また本件収用対象地近くの沙流川右岸には、アイヌ語
の地名が二三箇所もつけられており、その理由はアイヌの
人々がその一つ一つにカムイ(神)の存在を認め、水を汲
む場所,山菜の採れる場所各々においてカムイと対話して
いたからであるといわれている。鮭は、アイヌの人々が主
食を意味するシエペと呼び、アイヌ民族にとって重要な食
料であって、その採取方法、調理方法、食事の儀式等、鮭
に関する独特の食文化を数多く有している。また、鮭の皮
を用いて衣服や靴を作る等、食物以外においても鮭は生活
の重要な素材である、アイヌ文化の象徴ともいえる魚であ
る。沙流川は、このような鮭や、ウグイ、鱒等の豊富に獲
れる川であり、また二風谷地域は、その周辺にアイヌの
人々の食生活を支えたキノコ、シイタケなどの植物が豊吉日
に生殖し、北海道の中では気候も温暖で雪も少なく、居住
の条件に恵まれていたことなどから、前記のとおり、同地
域には多くのアイヌ民族が生活していた。そして、この二
風谷地域は、アイヌ民族の伝統的、精神的、技術的文化を
承継する人々を数多く輩出し、豊かな自然とあいまって、
アイヌ民族の伝統文化が保存されてきた地域である。アイ
ヌ民族の長編叙情詩であるユ|カラは、二風谷地域を中心
に育まれ、二風谷地域は、ユ|カラの優れた伝承者が数多
く、言語学者の金田一東助をはじめ国内外から多くの研究
者等がこの地域を訪れるなど、アイヌ文化研究の発祥地と
もいわれている。
イ チプサンケについて
チプサンケとは、もともとアイヌ民族に伝わる新造舟の
舟おろしの儀式のことで、昭和二三年ころまでは新造舟が
できたときに行われてきた。近年毎年八月二〇日ころ、二
風谷地域で行われているチプサンケの祭りは、昭和四七年
ころから原告萱野らがアイヌ文化の伝承と振興を意図して
始めたものであるが、以前から行われてきたチプサンケの
場所(別紙図面(一)のE付近)より上流側で舟を川に下ろし、
以前からのチプサンケの場所で祈りを行ってきている。そ
の具体的内容は、アイヌの人々がアイヌ民族伝統の丸木舟
に地域の住民らを乗せて沙流川を下ったり、事前にイナウ
と呼ばれるヤナギの内皮を削った祭具を作ったり、舟の安
全に感謝して川の神、舟の神などに祈りの言葉を捧げたり、
和人と一緒に盆踊りをする等して、アイヌ文化の伝承やア
イヌの人々と和人との交流を図り、アイヌの人々の主宰に
よる地域に密着した祭りとなっている。
本件事業計画が実施されると、チプサンケは、従来行っ
てきた場所で開催できなくなる(争いがない。)。
ウ チャシ等の遺跡について
チャシとは、水(河川や海、湖沼)にのぞむ高所に作ら
れ、砦、城、柵、見張所、聖なる地などといわれている遺
跡である。沙流川流域には、近世のチヤシ跡が多く、現在
二七箇所が知られている。二風谷地域には、ユオイチャシ
跡、ポロモイチャシ跡、ポンカンカンチャシ跡などの遺跡
が分布している。ユオイチヤシ跡及びポロモイチャシ跡は、
沙流川に面した段丘上に位置しており(別紙図面(二))、空堀
による区画と居住跡などによって構成されている。これら
のチヤシに付属する遺構からは、近世アイヌ文化を代表す
る多数の鉄製品などが発見された。また、ポロモイチャシ
跡からは、柱を立てる穴が多数見つかったことから、規模
の大きな建造物があったとも推定され、アイヌ民族の歴史
を知る上で重要な遺跡である。本件事業計画が実施される
ことにより、ユオイチャシ跡及びポロモイチヤシ跡を発掘
調査直後の状態で保存することは不可能となる。特にポロ
モイチャシ跡の場合は、本件ダムの建設に伴い完全に消滅
する。
エ チノミシリについて
チノミシリは、アイヌ語で我々が祭る場所を意味し、こ
れは、神がアイヌの人々に火事、水難、病気の流行等の吉
凶を教える場所であり、またアイヌの人々がそこにいる神
に対しお祈りをする場所であって、アイヌ民族にとって、
神聖な地であり、心の拠り所であるとされている。そして、
この他は、アイヌ民族以外の人に漏したり、汚したり、傷
つけたり、地形を変えたりすることをしはならないとさ
れている"二風谷地域におけるチノミシリは、別紙図画一
のAのぺウレプウッカのチノミシリ、同図面のBのカンカ
ンレレケへのチノミシリ、同図面のCの三箇所であるとさ
れている。
被告らは、これらのチノミシリの位置に関する証拠とし
ては、原告菅野自身の著作である「おれの二風谷」(甲一一)
の関係記事部分と同原告の供述しかないところ、両者は一
致していないことや、地元住民もチノミシリの位置を知ら
ないこと、更にはダム建設に当たってこれら住民から特に
異議がでなかったことを理由として、右図面の各位置にチ
ノミシリがあるとは認められない旨主張する。
なるほど、「おれの二風谷」の関係記事部分には、カンカ
ンレレケへのチノミシリについて、オポウシナイ沢とパラ
タイ沢の間にある山であると記されていて、それによれば
別紙図面(一)のBの位置ではないことが認められるが、これ
は原告萱野自身誤記であると自ら認めているところであっ
て、しかも右著書の該当箇所にはカンカンレレケへのチノ
ミシリについて「カンカン レレケウン チノミシリ」(か
んかんの向い側・我ら拝む所)との記載があり、カンカン
沢の向い側に位置すると明示されていることが認められる
から、そこが別紙図面(一)に表示されているオポウシナイ沢
とパラタイ沢の間ではなく、オポウシナイ沢とタイケシ沢
の間にあること、すなわち同図面Bの位置にあることが窺
えるのであり、この点の被告らの主張は理由があるとはい
えない。またぺウレプウッカのチノミシリの位置について
は:右著書の記事と原告宣野の供述に相異があると評する
程の違いはないと解されるから、この点の被告らの主張も
理由がない。また、原告萱野の指摘する右三つのチノミシ
リの位置について地元の人々が知らなかった点についても
(もっとも、甲七にはその後の工事進行の過程でチノミシ
リの一ケ所はクレ|ン設置のために剥土にされてしまって
いる、この工事をみた地元の古老たちは、神聖な場所をい
いかげんな扱いで工事したのだから、やがて事故が起きる
であろうと予言していた。」とあり、原告萱野らを除く地元
の人々すべてがこの点を知らなかったかどうか疑問があ
る。)、前記チノミシリの秘密性に加えて二風谷地域に居住
するアイヌの人々の年齢やアイヌ文化尊重の程度等の事情
によりこれを知る人が少ないとみられることが原告費野の
供述により認められるから、被告らが主張するこれらの事
情をもってしても、右認定を左右するには足りないという
べきである。
(四)本件事業により失われる諸価値に対しなされた配慮
(1)埋蔵文化財等

参加人は遅くとも本件事業認定申請時までには、二風谷地
域がアイヌの人々の多数住む地域であることを認識していた
が(乙ロ二〇の一ないし一五、証人田中、弁論の全趣旨)、更
に、証拠(乙ロ六ないし一二、一四、一五、二三、二四、二
五、証人田中)によれば、次のア、イの事実が認められる。
ア チヤシ等の埋蔵文化財について
北海道開発局内で本件事業を担当する室蘭開発建設部長
一以下「室蘭開運部長」という。)は、昭和五一年一一月及
び昭和五七年二月の二回にわたり、文化財保護法等に基づ
き北海道教育委員会一以下「道教委」という。)に対し、埋
蔵文化財包蔵地の確認調査を依頼したところ、道教委から、
ユオイチャシ跡及びポロモイチヤシ跡の本体部分につい
ては事前の調査が必要であり、また両チヤシの周辺部及び両
チャシ間についても遺跡の拡がりが予想される旨の回答を
受け、更に、昭和五八年七月二七日付けで、ユオイチャシ
跡及びポロモイチャシ跡の間に二風谷遺跡も存在すること
が確認されたので、工事計画の変更が困難な場合はこれら
の遺跡の発掘調査が必要である旨の回答を受けた。このた
め、室蘭開建部長は、道教委に対し、ユオイチャシ跡、ポ
ロモイチヤシ跡及び二風谷遺跡の発掘調査を依頼し、道教
委は、これを受けて、財団法人北海道埋蔵文化センタ|に。
発掘調査を依頼した。同センタ|は、右依頼「基づき発掘
調査を実施し、昭和六一年三月二六日、「ユオイチャシ跡ポ
ロモイチャシ跡二風谷遺跡」と題する報告書(乙ロ一二)
を作成し発行した。
また、室蘭開建部長は、本件事業認定の申請を行うに当
たり、道教委に対し土地収用法に基づく意見照会をしたが、
道教委は、昭和六〇年七月一一日、「当該起業地内に、周知
の埋蔵文化財包蔵地が別表のとおり所在していることが確
認されています。したがって、当該地域にかかる起業につ
いては、文化財保護法留意し取り扱われるよう願います。」
との回答をしている。
平取町長は、室蘭開建部長に対して、昭和五九年九月七
日付けの要望書(乙ロ一四)を提出し、文化財保存施設の
設置について要望したが、これに対し、室蘭開建部長は、
同年九月一二日付けの回答書(乙ロ一五)において、「埋蔵
文化財の保存施設については、地城の特殊性を考慮し実現
できるよう努力します。」と回答した。
イ チプサンケについて
平取町長は、前記要望書において、アイヌ文化の継承の
ために、チプサンケなどの行事を本件ダム直下の河川敷地
で行うことができるよう同所を公園広場に利用させてほし
い旨要望した。これに対し室蘭開建部長は、前記回答書に
おいて、「ダム直下のダム管理区域は、今後、河道整理をし
た後の高水敷で公園広場等に利用可能な敷地については、
ダム周辺環境整備として町と協議し実施します。」と回答し
た。
(2) 本件事業認定申請等
証拠(乙ロ二、三、一八)及び弁論の全趣旨によれば、本
件工事実施計画、本件基本計画、本件事業認定申請いずれの
中でも、本件事業がアイヌ文化へ及ぼす影響についての言及
は全くなされていないこと、本件事業認定は決定書が作成さ
れておらず、申請どおり認定がなされたことが認められる。
(3) 被告らの主張について
ア 被告らは、アイヌ文化に配慮した周辺環境整備を進めた
と主張し、その根拠として、開発局が昭和五六年及び昭和
七年に農学・文化人類学・経済学等の学識経験者や平取
町議会議員等を構成員とした二風谷ダム周辺環境整備構想
調査会を設置し、本件ダム周辺地域の生活文化、生活基盤
についての総合的な調査、研究をし、その報告を受け、昭
和六〇年には、二風谷ダム周辺地域環境整備調査会を設置
し、歴史的な文化を活かした地域振興を図るための地域整
備基本計画を作成し、開発局は、このような調査、研究を
踏まえつつ、地元平取町、平取教育委員会、二風谷自治会、
アイヌ文化保存会等とも協議を重ねてダム周辺環境整備事
業等を行ってきたことを掲げる。
なるほど、証拠(乙ロ二三、証人田中)によれば、被告
らが指摘する右事実は認められるものの、各調査会の調査、
研究の内容が判然としないのみならず、その主な目的は、
本件ダム建設を既定の事実として、地域振興を図ることに
ねらいがあったことが右証拠及び弁論の全趣旨により窺え
るのであり、前掲チヤシ等の埋蔵文化財の保護やチブサン
ケの代替場所等の配慮以上に、二風各地域におけるアイヌ
文化の十分な研究に基づいて本件ダム建設による古文化の
影響に対する対策を講じたことを窺わせる証拠はない,
イ 被告らは、アイヌ文化の象徴である鮭の遡上と本件ダム
の建設とは関係がなく一もともと鮭は沙流川下流で門別漁
業協同組合が捕獲していたことから、本件ダムの建設予定
地まで遡上していなかった。)、また本件事業認定時におい
て、本件ダムにおいては、ダムまで湖上した魚が更にその
上流に遡上できるように魚道を設ける計画が立てられ、そ
の設置により、鮭を含む魚類の遡上に大きな支障はないと
判断されたと主張し、この点もアイヌ文化に村する配慮で
ある旨主張する。
証拠(乙ロ一七、二〇の三ないし五・七、二三、証人日
中)によれば、門別漁業協同組合が従前から沙流川下流の
地点に鮭を捕獲するウライを設置しており、本件事業認定
時には、本件収用対象地付近の沙流川までは鮭が遡上して
いなかったこと、したがって本件用地交渉等の際、原告ら
が本件収用対象地付近の沙流川まで鮭の遡上を可能にして
欲しいと要望したこと、これに対し本件事業者側は漁業権
の回復は困難又はほぼ不可能であるとの認識を有していた
が、北海道や右漁協、更には平取町に陳情、相談したとこ
ろ、北海道条例等に照らして不可能であるとの結論は動か
なかったこと、本件事業認定時には主として遡河性の魚で
あるサクラマスの資源保護のため、本件ダムに魚道が設置
されたが、それは特に鮭を対象としたものではなかったこ
と、以上の事実が認められる。
そうすると、起業者たる参加人において、原告らの要望
を受けて鮭の遡上について関係機関に陳情したことは明ら
かであるが、その程度に止まるものであって、本件事業に
よつて侵害されたアイヌ文化について特に配慮して行動し
たといえる程の評価ができる事実ではないというべきであ
る。
ウ 被告らは、チノミシリの存在については一般に知られて
いなかったのみならず、本件収用裁決に対する審査請求時
にはじめて原告萱野から主張され、本件事業認定時には原
告らを含めて誰からも主張されたことはなかったのである
から、これを考慮することは不可能であった旨主張する。
なるほど、証拠(甲一一、乙ロ二二、二三、証人森田、
同田中、原告萱野)によれば、チノミシリについては、前
記「おれの二風谷」と題する書物(甲一一)に言及されて
いるだけで、一般にその存在が知られていなかったこと及
び本件事業認定時までに原告らを含めて誰からもチノミシ
リについては指摘されなかったことが認められる。しかし
ながら、アイヌ文化が明治政府の政策等により衰退を余儀
なくされてきたことは後記のとおりであり、このような経
緯やチノミシリの性格等もあって、二風谷地域のアイヌ民
族が神聖な場所であるチノミシリを一般にしらしめなかっ
たことや参加人に開示しなかったことが容易に推認できる
から、このこと自体無理からぬ事情があったといえるうえ、
むしろ後記のように、アイヌ民族の文化享有権の重要性に
照らせば、参加人は本件事業認定時までに本件ダム建設の
アイヌ文化への影響を十分調査、研究すべきであったので
あり、これを行っていれば、チノミシリの存在についても
確認できた可能性は否定できないということができるから、
被告らの主張を被告らに有利に掛酌することはできない。
2 比較衡量
(一)比較衡量に当たっての考え方
土地収用法二〇条三号所定の要件は、事業計画の達成によっ
て得られる公共の利益と事業計画により失われる公共ないし私
的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越すると認められる場
合をいうことは前記のとおりであるところ、この判断をするに
当たっては行政庁に裁量権が認められるが、行政庁が判断をす
るに当たり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易
軽視し、その結果当然尽くすべき考慮を尽くさず、又は本来
考慮に入れ若しくは過大に評価すべきでない事項を過大に評価
し、このため判断が左右されたと認められる場合には、裁量判
断の方法ないし過程に誤りがあるものとして違法になるものと
いうべきである。
本件において前者すなわち事業計画の達成によって得られる
公共の利益は、洪水調節、流水の正常な機能の維持、各種用水
の供給及び発電等であって、これまでなされてきた多くの同種
事業におけるものと変わるところがなく簡明であるのに対し、
後者すなわち事業計画により失われる公共ないし私的利益は、
少数民族であるアイヌ民族の文化であって、これまで論議され
たことのないものであり、しかもこの利益については、次のよ
うな点が存在するから、慎重な考慮が求められるものである。
(二) 少数民族が自己の文化について有する利益の法的性質について
被告らは、仮に少数民族の自己の文化を享有する等の権利が
尊重すべきものであるとしても、土地収用法上の要件に該当す
るか否かを検討するに当たって、これが他の考慮すべき事情に
比べて優先順位を与えられるものと解する根拠はない旨主張す
るので、少数民族が自己の文化について有する利益の法的性質
について検討を加えておきたい。
(一)B規約との関係
国際連合総会は、昭和四四年にB規約を採択し、我が国は
昭和五四年に国会の批准を受けて同年条約第七号として公布
している。
この規約は、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び
平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、
正義及び平和の基礎をなすものであり、またこれらの権利が
人間の固有の尊厳に由来することを確認するなどの前文の文
言の下に五三箇条から成り、本件のアイヌ民族の文化享有権
と関係する条文は、第二条一項、二六条、ニ七条である。第
二条一項は、「この規約の各締約国は、その領域内にあり、か
つその管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、
性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは
社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別
もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保
することを約束する。」と、第二六条は、「すべての者は、法
律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等
の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる
差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的
意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生
又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等の
かつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と、第二七条は、
種族的、宗教的文は言語的少数民族が存在する国において、
当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに
自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自
己の言語を使用する権利を否定されない。」とそれぞれ既定し
ている。
参加人たる国は、平成三年、国際連合人権規約委員会に対
し、B規約四〇条に基づく第三回報告を提出し、アイヌ民族
が独自の宗教及び言語を有し、また文化の独自性を保持して
いること等から、B規約二七条にいう少数民族であるとして
差し支えないとし、本件訴訟においても、アイヌ民族が同条
にいう少数民族であることを認めている(以上争いのない事
実又は当裁判所に顕著な事実)。
右によれば、B規約は、少数民族に属する者に対しその民
族固有の文化を享有する権利を保障するとともに、締約国に
対し、少数民族の文化等に影響を及ぼすおそれのある国の政
策の決定及び遂行に当たっては、これ,十分な配慮を施す責
務を各締約国に課したものと解するのが相当である。そして、
アイヌ民族は、文化の独自性を保持した少数民族としてその
文化を享有する権利をB規約二七条で保障されているのであ
って、我が国は憲法九八条二項の規定に照らしてこれを誠実
に遵守する義務があるというべきである。
もっとも、B規約二七条に基づく権利といえども、無制限
ではなく、憲法一二条、一三条の公共の福祉による制限を受
けることは被告ら主張のとおりであるが、前述したB規約二
七条制定の趣旨に照らせば、その制限は必要最小限度に留め
られなければならないものである。
(2)憲法一三条との関係
憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生
命、自由及び幸福追求に村する国民の権利については、公共
の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊
重を必要とする。」と規定する。この規定は、その文言及び歴
史的由来に照らし、国家と個人との関係において個人に究極
の価値を求め、国家が国政の態度において、構成員としての
国民各個人の人格的価値を承認するという個人主義、民主主
義の原理を表明したものであるが、これは、各個人の置かれ
た条件が、性別・能カ・年齢・財産等種々の点においてそれ
ぞれ異なることからも明らかなように、多様であり、このよ
うな多様性ないし相異を前提として、相異する個人を、形式
的な意味ではなく実質的に尊重し、社会の一場面において弱
い立場のある者に対して、その場面において強い立場にある
者がおごることなく謙虚にその弱者をいたわり、多様な社会
を構成し維持して全体として発展し、幸福等を追求しようと
したものにほかならない。このことを支配的多数民族とこれ
に属しない少数民族との関係においてみてみると、えてして
多数民族は、多数であるが故に少数民族の利益を無視ないし
忘れがちであり、殊にこの利益が多数民族の一般的な価値観
から推し量ることが難しい少数民族独自の文化にかかわると
きはその傾向はつよくなりがちである。少数民族にとって民
族固有の文化は、多数民族に同化せず、その民族性を維持す
る本質的なものであるから、その民族に属する個人にとって、
民族固有の文化を享有する権利は、自己の人格的生存に必要
な権利ともいい得る重要なものであって、これを保障するこ
とは、個人を実質的に尊重することに当たるとともに、多数
者が社会的弱者についてその立場を理解し尊重しようとする
民主主義の理念にかなうものと考えられる。
また、このように解することは、前記B規約成立の経緯及
び同規約を受けて更にその後一層少数民族の主体的平等性を
確保し同一国家内における多数民族との共存を可能にしよう
として、これを試みる国際連合はじめその他の国際社会の潮
流(甲四一ないし四人、証人相内)に合致するものといえる。
そうとすれば、原告らは、憲法一三条により、その属する
少数民族たるアイヌ民族固有の文化を享有する権利を保障さ
れていると解することができる。
もっとも、このような権利といえども公共の福祉による制
限を受けることは憲法一三条自ら定めているところであるが、
その人権の性質に照らして、その制限は必要最小限度に留め
られなければならないものである。
(三) アイヌ民族の先住性
B規約二七条は「少数民族」とのみ規定しているから、民族
固有の文化を享有する権利の保障を考えるについては、その民
族の先住性は要件ではないが、少数民族が、一地域に多数民族
の支配が及ぶ以前から居住して文化を有し、多数民族の支配が
及んだ後も、民族固有の文化を保持しているとき、このような
少数民族の固有の文化については、多数民族の支配する地域に
その支配を了承して居住するに至った少数民族の場合以上に配
慮を要することは当然であるといわなければならないし、この
ことは国際的に、先住民族に対し、土地、資源及び政治等につ
いての自決権であるいわゆる先住権まで認めるか否かはともか
く、先住民族の文化、生活様式、伝統的儀式、慣習等を尊重す
べきであるとする考え方や動きが強まっていること(甲四五、
四六、証人相内)からも明らかである。
(1) アイヌ民族の先住権について検討することとするが、その
前提として先住民族の定義について考えたい,そもそも「先
住民族」の概念自体統一されたものはなく(証人相内)、これ
を定義づけることの相当性について疑問がないわけではない
が(一口に先住民族であるとはいっても、その民族が属する
国家により、その民族が現在置かれている状況、歴史的経緯
等が異なり、そうである以上共通に理解することができない
ことは当然である。一、本訴においては、被侵害利益であるア
イヌ文化の重要性、その文化を享有する権利の保障の程度等
を検討することが必要であり、そのためにはアイヌ民族の先
住性に言及することが不可避であるといわざるを得ないと考
えるから、本訴において必要な限度で定義づけることとする。
証拠(甲四二、四三の二・三、匹四ないし四六、証人相内)
及び弁論の全趣旨を総合して考えるに、先住民族は、歴史
的に国家の統治が及ぶ前にその統治に取り込まれた地域に、
国家の支持母体である多数民族と異なる文化とアイデンティ
テイを持つ少数民族が居住していて、その後右の多数民族の
支配をうけながらも、なお従前と連続性のある独自の文化及
びアイデンティティを喪失していない社会的集団であるとい
うことができる。
(2) 次に、アイヌ民族が右にいう先住民族であるかどうかにつ
いて、考察することとするが、アイヌ民族が文字を持たない
民族であることは前述のとおりであり、そのため右のような
先住性を証する上で役立つアイヌ民族の手による歴史文書等
がなく、アイヌ民族がアイヌ民族としての社会集団を構成し
て北海道あるいは本州の北部にいつごろから定住し始めたの
かは、本件全証拠によっても明らかではない。ここでは主に
アイヌ民族以外の日本人(原告らの用法に従って、以下「和
人」という。)の手によって記された中世及び近世のアイヌ民
族に関する文献等を主たる証拠として右の意味での先住性を
判断することとする。
証拠(甲五、一九の一・二・三の一・四ないし六・八・一
二・一三、証人田端)及び弁論の全趣旨を総合すれば、鎌倉
時代の末期ころまでには、北海道に居住するアイヌ民族と和
人の交易商人との間で、北海道の特産品である魚類や獣類と
和人の物を物々交換する形で、北海道,おけるアイヌ民族と
和人との交易による接触は始まつていたこと、一五世紀の半
ばころは、私人の中小の豪族が函館等の道南を中心に北海道
に居住するようになっていたが、右豪族間あるいは右豪族と
アイヌ民族の間で争い事等が繰り返されていたこと(たとえ
ば、康正二年(西暦(以下省略)一四五六年)のコシヤマイ
ンの戦い)、一六世紀の中ころには、松前藩の前身である蠣崎
家と松前地方のアイヌ民族との間に「夷狄の商船往還の法度」
という交易秩序の維持のための御法度が定められたが、その
ころのアイヌ民族と和人との交易形態は、北海道の各地の居
住先からアイヌの人々が松前付近に出て来て、和人の商人が
本州からそこへ集まり物々交換をするというものであったこ
と、慶長九年(一六〇四年)には、松前藩は、江戸幕府によ
る幕藩体制の下に入り、同藩は、その家臣らに対し知行地と
して商場(交易をする場所)を与え、アイヌ民族と交易をさ
せ、それから生じる利益に関税を掛けることなどにより、藩
の財政基盤を確保していたこと、そのころは和人は北海道内
の自由通行を認められていなかつたが、アイヌ民族には許さ
れていたこと、寛文九年一一六六九年一、和人とアイヌ民族が
関係するシャクシャインの戦いが起こったこと、遅くとも一
八世紀半ばころには、和人の商人は、松前藩から近い地域に
おいて、独占的に漁場を経営したり、対アイヌ交易を行った
りする請負場所を設定し、その請負場所において、漁猟生産
の労働カとしてアイヌ民族を使い始めたこと、一八世紀の終
わりころにはその地域が北海道東部にまで及び、その請負場
所において、和人によるアイヌの人々の酷使が原因となって、
和人とアイヌ民族との争い事が発生していること(覧政元年
二七八九年)のクナシリ・メナシの戦い)、幕末期には、沙
流川周辺においては山田文右衛門という和人が沙流場所(現
在の苫小牧市から静内町にかけての漁場)を請け負い、右山
田はアイヌの人々の主要な働き手を厚岸等の請負場所まで出
稼ぎとして連れて行き、これを酷使していたこと、地域によ
っては家ぐるみで別の場所に移転させられたこと、安政五年
(一八五八年)、北海道(蝦夷地)の調査をしていた松浦武四
郎が二風谷地域を訪れ、同地域に居住するアイヌの人々の人
数、年齢、生活の状況などを記録していること、松前藩は和
人とアイヌの人々を完全に分離し、交易等を通じた接触に止
める政策をとったため、アイヌの人々は民族として和人とは
異なる文化、伝統を維持し得たこと、江戸幕府は、北海道の
地に対するロシア勢力の進出を危倶していたことなどから、
一八世紀後半から一九世紀半ばころまでの間、アイヌ民族を
和人化させるためにアイヌ民族に日本語を使用させることや
米を食べさせるようにすることなどのいわゆる同化政策を何
度か打ち出したが、アイヌ民族の強い反発などから、結局、
右政策は貫徹されなかったことが認められる。
右認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、江戸時代に幕藩
体制下の松前藩による統治が開始される以前に、二風合地域
をはじめ北海道には、アイヌ民族が先住していた地域が数多
く存在しており、その後も、松前藩による北海道の統治は全
域に及ぶものではなく、アイヌ民族は、幕藩体制の下で大き
な政治的、経済的影響を受けつつも独自の社会生活を継続し、
文化の享有を維持しながら北海道の各地に居住していたこと
が認められ、その後、後記(四)認定のとおり、アイヌ民族に対
し採られた諸政策等により、アイヌ民族独自の文化、生活様
式等が相当程度衰退することになつたことが認められる。
しかしながら、証拠(甲四七、証人大塚、原告ら一によれ
ば、現在アイヌの人々は、我が国の一般社会の中で言語面で
も、文化面でも他の構成員とほとんど変わらない生活を営ん
でおり、独自の言語を話せる人も極めて限られているものの、
民族としての帰属意識や民族的な誇りの下に、個々人として、
あるいはアイヌの人々の民族的権利の回復と地位向上を図る
ための団体活動を通じて、アイヌ民具の収集、保存、博物館
の開設、アイヌ語の普及、アイヌ語辞典の編さん、アイヌ民
族の昔話の書物化、アイヌ文化に関する講演等を行い、アイ
ヌ語や伝統文化の保持、継承に努力し、その勢力が実を結ん
でいることが認められる。
(3)以上認定した事実を総合すれば、アイヌの人々は我が国の
統治が及ぶ前から主として北海道において居住し、独自の文
化を形成し、またアイデンティテイを有しており、これが我
国の統治に取り込まれた後もその多数構成員の採った政策
等により、経済的、社会的に大きな打撃を受けつつも、なお
独自の文化及びアイデンティティを喪失していない社会的な
集団であるということができるから、前記のとおり定義づけ
た「先住民族」に該当するというべきである。
(四)アイヌ民族に対する諸政策
先住民族であるアイヌ民族が我が国の統治に取り込まれた後、
仮に少数であるが故に我が国の多数構成員の支配により、経済
的、社会的に大きな打撃を受け、これがため民族の文化、生活
様式、伝統的儀式等が損なわれるに至るということがあったと
すれば、このような歴史的な背景も、本件の比較衡量に当たっ
て斟酌されなければならない。
証拠(甲二一の三ないし六・八、証人田端、原告萱野)によ
れば、明治政府は、蝦夷地開拓を国家の興亡にかかわる重要政
策と位置付けて、これに取り組み、北海道に開拓使を送ったこ
と、明治五年九月、もともとアイヌの人々が木を伐採したり、
狩猟、漁業を営んでいた土地を含めて北海道の土地を区画して
所有権が設定され、アイヌの人々にも土地が区画されたが、農
業に慣れていなかったことから、アイヌの人々が農業で自立す
ることは困難であったこと、明治六年、木をみだりに切ること
や木の皮を剥ぐことが禁止され、また、豊平、発寒、琴似及び
篠路の川の鮭漁に関して、アイヌ民族の伝統的な漁法の一つで
あるウライ網の使用(川を杭で仕切って魚が上れないようにし、
その一部分のみを開けておいてそこに網を仕掛けて採魚する漁
法)が禁止されたこと、明治九年、アイヌ民族の従来の風習で
ある耳輪や入れ墨等が罰則を伴って禁止され、また毒矢を使う
アイヌ民族の伝統的な狩猟方法が禁止されたこと、明治一一年、
札幌郡の川における鮭鱒漁が一切禁止されたこと、明治一三年、
死者の出た家を焼いて他へ移るというアイヌの人々の風習等が
罰則を伴って禁止され、更に、日本語あるいは日本の文字の教
育が施されるようになつたこと、その後、千歳郡の河川におい
て鮭の密猟が禁止されたり、アイヌ民族の伝統漁法の一つであ
るテス網による漁が禁止されたりした後、明治三〇年には、自
家用としても鮭鱒を捕獲することが禁止されたこと、このよう
に魚類等の捕獲の禁止が強化されていったことや私人がアイヌ
の人々の開拓した土地を奪うようなことがしばしばあったこと
などからアイヌの人々の生活が困窮したため、明治三二年北海
道旧土人保護法が制定され、農業の奨励による生活安定のため
の土地給付等が図られたが、アイヌの人々に給与される土地は
法律で上限とされた五町歩をはるかに下回り、しかもその中に
二割近い開墾不能地があったことなどから、アイヌの人々の生
活水準は極めて低いままであり、生活の安定を図ることはでき
なかったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、前記のような漁業
等の禁止は、主に漁猟によって、生計を営んできたアイヌの人々
の生活を窮乏に陥れ、その生活の安定を図る目的で制定された
北海道旧土人保護法も、アイヌ民族の生活自立を促すには程遠
く、また、アイヌ民族の伝統的な習慣の禁上や日本語教育など
の政策は、和人と同程度の生活環境を保障しようとする趣旨が
あったものの、いわゆる同化政策であり 和人文化に優位をお
く一方的な価値観に基づき和人の文化をアイヌ民族に押しつけ
たものであって、アイヌ民族独自の食生活、習俗、言語等に対
する配慮に欠けるところがあったといわざるを得ない。これに
より、 アイヌ民族独自習俗、言語等の文化が相当程度衰退す
ることになったものである。
(五) 検討
(1)本件事業計画の達成により得られる公共の利益は、前記認
定のとおり、1 洪水調節を行うことによって、沙流川流域住
民の生命、身体及び財産を洪水から守り、住民の洪水に対す
る精神的不安を解消させ、2 正常な流水を維持することによ
って、流水地域へ安定的に流水を配給し、木不足の発生等を
防ぎ、木不足に対する住民の不安を解消し、また、河口閉塞
を防ぎ、河口付近での内水はん濫を予防するとともにシシャ
モ、サクラマス等の魚の遡上を容易にし、3 かんがい用水を
供給することによつて、周辺地域の農業生産の基盤整備及び
農業経営の安定を図り、4 水道用水を供給することによって、
平取町及び門別町の各水道計画に見合った水道用水を配給し、
5 エ業用水を配給することによって、北海道の試算した苫東
基地の昭和七〇年における工業用水の配給を可能にすること
により、地域の産業及び経済活動はもとより北海道全体の経
済社会発展に寄与し、6 本件ダムに併設される発電所に水を
供給すること,よって、沙流川周辺地域へ最大出カ三〇〇〇
キロワットの電カ供給を可能ならしめ、もって、同地域の電
カ需要の増加に対処するものであって・公共性が高いもので
ある。
他方、本件事業計画の実施により失われる利益ないし価値
として、本件収用対象地付近はアイヌ民族にとっていわば聖
地といえる場所であるうえ、住民のうち極めて多くの割合を
アイヌ民族が占めており、アイヌ民族の多く居住する北海道
の他の地域と比較してもその割合が突出して高い地域である
こと、同地域は、アイヌ民族の伝統的な精神的、技術的文化
が保存され、それを後世に伝える多くの伝承者が存在してき
たのみならず、多くの国内外の研究者等がこの地を訪れてお
り、アイヌ文化の研究の発祥地ともいわれていること、アイ
ヌ文化の基本的特色は、狩猟、採集、漁撈を中心とした自
然と共生する生活を送り、その自然の恵みを神と崇める中か
らその文化が生まれたところにあるから、当該地域のアイヌ
文化とそれを育む土地を含む自然とは切っても切れない密接
な関係にあること、二風谷地域におけるアイヌ文化も歴史
的には和人との接触を経て変容を余儀なくされ、また損なわ
れてきたが、今日でもなお、自然と密着したアイヌ文化の本
質また精神は受け継がれてきていること、具体的には、チ
プサンケの行事は、今日では、和人とアイヌの人々との交流
の場となって、和人によるアイヌ文化への理解を助けるのみ
ならず、アイヌの人々自身にとっても民族的帰属意識を再認識
し得る意義を有するものとなり、その本来的意義及びこれら
の現在的効果等に照らし、その開催場所は、アイヌ文化の伝
承にとって極めて重要な場所であると考えられること、本件
収用対象地付近に存在するユオイチャシ跡やポロモイチヤシ
跡がアイヌ民族の歴史を知る上で重要な遺跡であること、本
件収用対象地付近に三箇所存在するチノミシリが二風谷地域
のアイヌの人々にとって神聖な地であること等は前記認定の
とおりである。
(2)ところで、両者の比較衡量を試みる場合は、前記のとおり、
後者の利益がB規約二七条及び憲法一三条で保障される人権
であることに鑑み、その制限は必要最小限度においてのみ認
められるべきであるとともに、国の行政機関である建設大臣
としては、先住少数民族の文化等に影響を及ぼすおそれのあ
る政策の決定及び遂行に当ってはその権利に不当な侵害が起
こらないようにするため、右利益である先住少数民族の文化
等に対し特に十分な配慮をすべき責務を負っている。
アイヌ民族は文字を持たない民族であるから、形としての
こされたチプサンケ等の儀式やチャシ等の遺跡は、アイヌ民
族の文化を探求する上で代替性のない貴重な資料であって、
その重要性は文字を持つ民族における重要性とは比ぶべきも
ない程高いといわなければならない。そして、チノミシリは、
自然崇拝の思想を持つアイヌ民族にとって、心の拠り所とな
る宗教的意味合いを持った場所なのであるから、他民族に属
する人々は、あれこれ論ずることなく謙虚に敬意を払う必要
があるというべきである。そうすると、本件収用対象地付近
がアイヌ民族にとって、環境的・民族的・文化的・歴史的・
宗教的に重要な諸価値を有していることは明らかであり、そ …@ j
してまた、これらの諸価値は、アイヌ民族に属しない国民一
般にとっても重要な価値を有するものである。なぜなら、島
国である我が国においては、多くの民族の文化に接する機会
は比較的限られたものにならざるを得ないとみられることか
らともすれば単一的な価値に陥りがちであるところ、日
本国内においで先住少数民族の先住地域に密着した文化に接
する機会を得ることは、民族の多様性に対する理解や多様な ・i
価値観の醸成に大いに貢献すると考えられるからである。し
たがって、これらの諸価値は、アイヌ民族に対して採られ続
けてきたいわゆる同化政策などの影響により損なわれ続けて
きたアイヌの言葉、食文化、生活習慣、伝統行事、自然崇拝
の思想などを後世に伝えていく上でも、その維持、保存が将
来にわたりなされていくべきものである。
ところが、本件事業計画が実施されると、アイヌ民族の聖
地と呼ばれ、アイヌ文化が根付き、アイヌ文化研究の発祥の
地といわれるこの二風谷地域の環境は大きく変容し、自然と
の共生という精神的文化を基礎に、地域と密着した先住少数
民族であるアイヌ民族の民族的・文化的・歴史的・宗教的諸
価値を後世に残していくことが著しく困難なものとなること
は明らかである。公共の利益のために、これらの諸価値が譲
歩することがあり得ることはもちろんであるが、譲歩を求め
る場合には、前記のような同化政策によりアイヌ民族独自の
文化を衰退させてきた歴史的経緯に対する反省の意を込めて
最大限の配慮がなされなければならない。そうでなければ、
先住民族として、自然重視の価値観の下に、自然と深く関わ
り、狩猟、採集、漁撈を中心とした生活を営んできたアイヌ
民族から伝統的な漁法や狩猟法を奪い、衣食生活の基盤をな
す鮭の捕獲を禁止し、罰則をもって種々の生活習慣を禁ずる
などして、民族独自の食生活や習俗を奪うとともに北海道旧
土人保護法に基づいて給付地を下付して、民族の本質的な生
き方ではない農耕生活を送ることを余儀なくさせるなどして、
民族性を衰退させながら、多数構成員による支配が、これに
対する反省もなく、安易に自己の民族への誇りと帰属意識を
有するアイヌ民族から民族固有の文化が深く関わった先住地
域における土地を含む自然を奪うことになるのである。また、
本件収用対象地についていえば、同地は、北海道旧土人保護
法に基づいて下付された土地であるところ(原告萱野、弁論
の全趣旨)、このように土地を下付してアイヌ民族として慣れ
ない農耕生活を余儀なくさせ、民族性の衰退の一因を与えな
がら僅か一〇〇年も経過しないうちに、これを取り上げるこ
とになるのである。もちろん、このように北海道旧土人保護
法により下付した土地を公共の利益のために使うことが全く
許されないわけではないが、このためには最大限の配慮をす
引ることを要するのである。そうでなければ、多数構成員によ
る安易かつ身勝毛な施策であり、違法であると断じざるを得
ない。
(3)そこで、十分な配慮がなされたか否かの観点に立って本件
事案につき考察するに、起業者たる参加人は、遅くとも本件
事業認定申請当時には本件計画地域にアイヌ民族に属する住
民が多数居住し アイヌ文化が多く保存、伝承されているこ
とを認識しながら 右事業認定申請前に本件計画事業がその
文化にとのような影響を与えるものであるかについて、十分
な調査も研究も行っていないのである そもそも、アイヌ文
化は日本の一地方に在住する少数民族の文化であり、その内
容も一般に十分理解されているものではないことが明らかで
あるから、このような場合、環境評価を予め実施するが如く、
アイヌ文化に対する影響調査を十分時間をかけて行ない、そ
の結果を踏まえて慎重な比較衡量をすべきである。すなわち
右の調査結果に基つき、本件タムの建設そのものが二風谷地
域において許されるのかどうか、仮に許されるとしてもその
建設位置について本件で行われたように、単に地形、地質及
ぴ経済効果のみによって判断するのではなく、具体的なアイ
ヌ文化に与える支障との関係で、たとえばチャシやチプサン
ケの場所を避けるためには建設位置をどうしたらよいか等の
観点に立って比較衡量を行い、これに従って事業計画を策定
し、事業認定申請を行い、認定庁たる建設大臣も、そのよう
な慎重な比較衡量等がなされているかどうかを十分に検討し
た上で事業認定することが必要であり、またそれが責務とし
て求められていたというべきである。
しかしながら、参加人が本件事業認定申請時までにアイヌ
文化に対する配慮として実施したのは単に文化財保護法に基
づくチヤシ等の埋蔵文化財保護の手続とチプサンケの場所の
代替場所の検討程度に止まるのであって、しかも埋蔵文化保
護についていえば、和人文化に関する埋蔵文化財保護の場合
と全く同じ認識でいたとみられることから、とりたててアイ
ヌ文化について配慮したものとはいえない。のみならず、埋
蔵文化財保護の手続にしても、参加人は本件ダムを計画予定
場所に建設することを既定の事実として、関係行政機関への
依頼等の手続を行っているのであり、また本件工事実施計画
(乙ロ二)、本件基本計画(乙ロ三)、本件事業計画(乙ロ一八)
いずれにもアイヌ文化について言及されていないことからす
れば、本件事業計画策定時においては、アイヌ文化について
特に配慮していなかったことが窺われるのであって、これら
の点を併せ考慮すれば、参加人たる起業者側はアイヌ文化を
特に意識せずに本件事業計画を策定し、その後原告らアイヌ
の人々や地元自治体等からアイヌ文化への配慮や地域振興等
の要望があり、計画予定地の任意買収を円滑に実施する等の
目的から、これに応じられるものは応ずるという姿勢で臨み、
結局原告らの理解を得られず、本件収用裁決に至ったという
のが事の真相であったとみられる。
なお、被告らは、参加人たる国の地方機関である開発局が
昭和五六年以降アイヌ文化に配慮した周辺環境整備を進める
ことにし、学識経験者や地元町議会議員等の参加を得てその
ための調査委員会を設置して総合的な調査や研究をしたと主
張するが、前記のように、その調査結果が明確でないのみな
らず、これ自体地域振興が主たる目的であり、その意味では
社会福祉的措置に止まるのであって、特にアイヌ文化への配
慮と評価するには足りないというべきである。
被告らは、チノミシリの場所を知り得なかったのは、それ
自体一般に知り得ない事柄である上に、原告萱野が本件収用
裁決に対する審査請求時までその場所の位置を明らかにしな
かったことによるやむを得ないものであった旨主張するが、
前記のように、参加人において事前に本件ダム建設のアイヌ
文化への影響を十分時間をかけて調査していれば、このよう
な事態は避けられた可能性が否定できないというべきである
から、失当であるといわざるを得ない。
(4)以上のところを総合すると、本件において起業者の代理人
であるとともに認定庁である建設大臣は、本件事業計画の達
成により得られる利益がこれによって失われる利益に優越す
るかどうかを判断するために必要な調査、研究等の手続を怠
り、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当に軽視ないし
無視し、したがって、そのような判断ができないにもかかわ
らず、アイヌ文化にたいする影響を可能な限り少なくする等
の対策を講じないまま、安易に前者の利益が後者の利益に優
越するものと判断し、結局本件事業認定をしたことになり、
土地収用法二〇条三号において認定庁に与えられた裁量権を
逸脱した違法があるというほかはない。
したがって、本件事業認定は土地収用法二〇条三号に違反
し、その違法は本件収用裁決に承継されるというべきである。
3 事業認定後の事情
本件事業認定が右のとおり違法であるとしても、右処分の後に
事情により決缺していた処分要件を具備するに至った場合は処分
の瑕疵が治ゆすると解するのが相当であり、また、被告らは本件
事業認定後の事情として、次の(一)、(二)について主張してい
るので、検討する。
(一)遺跡の保存について
証拠(乙ロ一三、二三、証人田中)によれば、ポロモイチャ
シ跡については、平取町を窓口として、平取教育委員会及び地
元自治会と協議を行い、地元自治会の要望に基づいて縮尺模型
で復元し、ダム記念館に展示保存することになっていること、
ユオイチャシ跡については、平取町、平取町教育委員会と協議
し、一部を現状保存する方向で検討されていることが認められ
る。
(二)チプサンケについて
証拠(乙ロ一三、一六、二三、証人田中)によれば、チプサ
ンケについては、平取町や地元自治会からも要望に基づいてダ
ム下流の河川敷地で実施ができるように検討がなされているこ
とが認められる。
しかしながら、これらの措置が取られたとしても、失われた
チャシの遺跡等は復元不可能であること、チプサンケが従前の
場所で開催できないことに変わりはないことなどに加えて、侵
害されるアイヌ文化はこのような具現的なものに止まらず、侵
害された自然と密接な関係を有するより本質的に重要なもので
あるから、これらの事後的な事情が本件事業認定の違法性を治
ゆするものとは到底いえない。
四 本件収用裁決の違法
以上のように、本件事業認定は違法であり、本件事業認定後の事
情によっても右違法が治ゆされないから、それに引き続く本件収用
裁決は、右違法を承継し、その余について判断するまでもなく、違
法である。
五 行政事件訴訟法三一条一項の適用
本件収用裁決は、右のとおり違法であるから、本来これを取り消
さなければならないものである。そして、沙流川流域においては、
これまでの洪水により貴重な人命や財産を数多く失っているため洪
水調節の必要性があることは十分理解できるが、率直なところ、自
然豊かな山間に、堤高三一・五メ−トル、堤頂長五八〇メ−トルも
の巨大なコンクリ−ト構築物を建設しなければ洪水調節等の治水は
できなかったのか、アイヌ民族の自然を損なわず自然と共生すると
いう価値観に倣い、これに沿った方法はなかったのか、といった素
朴な疑問ないし感慨を抱かざるを得ない。これらの点のみからする
と、本件収用裁決を本来どおり取り消すことも考えられるところで
ある。
しかしながら、証拠(甲二五、三八、乙ロ一八)及び弁論の全趣
旨によれば、本件ダム本体は既に数百億円の巨費を投じて完成して
おり、またこれに湛水していることが認められる。仮に本件収用裁
決を取り消すとの判決が確定すると、原告らの所有する本件収用対
象地を水没させることは許されないから、本件ダムに貯水された水
を放流したうえ、今後湛水することができなくなることは明らかで
ある。そうすると、このように巨額を投じて建設された本件ダムは、
湛水できないことにより無用の長物と化すばかりでなく、潅水しな
い本件ダムが沙流川の正常な流水を妨げるであろうことは容易に推
認することができるから、かえって洪水等の危険性が増すことにな
るのである:また、沙流川において洪水調節等の必要性があること
は前記認定のとおりであるから、本件ダムを使用することができな
いことになると、更に洪水調節等を目的とする堤防等を建設する必
要が生じ、その建設のためには、本件ダムを建設するのに要した費
用以上の費用が必要となる(乙ロ一八、証人森田)。そして、沙流川
流域に居住する住民は、それらが完成するまでの間、せっかく完成
した本件ダムを目の当たりにしながら、その恩恵を受けることなく、
かえって生命、身体及び財産について、本件ダムが建設される前以
上の危険にさらされることになる。更に、湛水しない本件ダムによ
る危険を除去するためには、本件ダムを撤去することが必要となる
が、これに巨額の費用を要するであろうことは推測するに難くない。
これらの事実によれば、既に本件ダム本体が完成し湛水している現
状においては、本件収用裁決を取り消すことにより公の利益に著し
い障害を生じるといわざるを得ない。
加えて、ポロモイチャヤシ跡は本件ダムの建設に伴い消滅し、ぺウ
レプウッカ及びカンカンレレケへのチノミシリは本件ダムの建設工
事によりそれぞれ破壊されたことが認められ(証人大塚、原告萱野)、
本件収用裁決が取り消されたとしても、回復することはできないこ
と、チャシについて一定限度での保存が図られたり、チプサンケに
ついて代替場所の検討がなされる等、不十分であるものの、アイヌ
文化への配慮がなされていること、原告らにおいても今後参加人で
ある国や、北海道及び平取町等の自治体に村し、アイヌ文化の保存
伝承等について具体的な施策を求め得ること、そして、これら国等
も、今後においては、アイヌ民族の文化等の問題について、十分な
配慮をなすであろうことが期待できること(証人相内、原告萱野、
弁論の全趣旨)、その他本件に表われた一切の事情を考慮すると、本
件収用裁決を取り消すことは公共の福祉に適合しないと認められる。
そこで、本件においては、行政事件訴訟法三一条一項を適用する
こととする。
六 結論
以上の次第で、本件収用裁決は違法であるが、行政事件訴訟法三
一条一項を適用して、原告らの本訴請求をいずれも棄却するととも
に本件収用裁決が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の
負担について、同法七条、民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九
四条を適用して、主文のとおり判決する。

札幌地方裁判所民事第三部
                 裁判庁裁判官 一宮 和夫
                    裁判官 堀内  明
                    裁判官 小原 一人



当事者の主張
一 争点1について
(原告らの主張)

本件収用裁決は、憲法二九条三項に違反する。
憲法二九条三項は、私有財産は正当な保障の下にこれを公共の目
的のために用いることができると規定しているが、これは一般原則
を定めたものに止まり、憲法の他の規定は条約更には事柄の性質に
照らして、そもそも収用自体が許されない場合に収用を行うことは
憲法二九条三項に違反するというべきところ、本件収用は次のとお
り同条同項に違反する。
すなわち、憲法一三条所定の個人の中には少数先住民族たるアイ
ヌ民族に属する原告らが含まれることは明らかであるから、同条は
我が国政府が我が国内に共存するアイヌ民族に対しても民族の尊厳
を最大限尊重し、それを損なったり、その文化そのものやその伝承
にマイナスの影響を与えてはならない義務を負う。
また、我が国は、国連総会が昭和四四年に採択した「市民的及び
政治的権利に関する国際規約」一以下これを「B規約」という。)を
昭和五四年に批准し公布しており、その二七条は「少数民族の文化
享有等の権利を否定されてはならない」と定めている。それととも
に我が国は、条約法条約(いわゆるウィ|ン条約)を昭和五六年に
批准し、同条約は条約第一六号として公布されており、同条約二六
条には「効力を有するすべての条約は当事国を拘束し、当事国はこ
れらの条約を誠実に履行しなければならない」と規定されていて、
締約国の条約遵守義務を定めている。これらの規定と憲法九八条二
項の条約遵守義務の規定とを併せ考慮すれば、我が国政府は、少数
先住民族たるアイヌ民族の権利を侵害してはならないは切論として、
その権利行使が不十分でないよう諸々の政策を行うことを義務づけ
られているというべきである。
更に少数先住民族であるアイヌ民族は独自の言語と生活様式をも
っており、沙流川流域はアイヌ文化を育てた地であり、本件の土地
収用対象地である二風谷地域はその中心地域として、チャシなどの
遺跡が残存し、チプサンケなどの伝統行事が復活し毎年行われ、二一
つのチノミシりというアイヌ信仰の聖地が現存している。したがっ
て、性質上金銭で補償することが到底できない土地である。
以上によれば、本件収用裁決は、憲法一三条及びB規約二七条等
に違反する違法なものであるから、そもそも収用手続の限界を超え
憲法二九条三項に違反した処分といわざるを得ない。
(被告らの主張)
土地収用法の規定は憲法二九条三項に違反するものではないから、
本訴においては本件事業認定が土地収用法の規定に適合しているか
どうかを議論すれば足り、憲法二九条三項への適合性をあえて論じ
る意味はないというべきである。
しかしながら、なお念のため原告らの憲法二九条三項違反の主張
について反論すれば、次のとおりであり、結局右主張は失当である
というべきである。
憲法二九条三項の「公共のために」とは、一般に、単なる個別的
な利益を超えた社会公共の利益をいうと解されるところ、二風谷ダ
ム(以下「本件ダム」という。)が単なる個別的な利益を超えた社会
公共の利益のためにあることは、争点2において主張するとおりで
あり、仮に本件収用対象地が景観的、風致的、宗教的、歴史的価値
を有するからといって、それがために「公共のために用いる」こと
が許されないとする根拠はない。
また、原告らは、景観的、風致的、宗教的、歴史的価値等の面で
収用されるべきものではないと判断された場合には、補償の対象と
はならず、正当な補償によっては収用することができない言主張す
るが、このような価値等は物件の市場価値に反映しない限り原則と
して補償されないことが前提とされているものであって、それだか
らといって当該物件を収用できないことにはならない。更に、B規
約二七条は、少数民族の権利に対する侵害を禁止する趣旨であって、
民族的文化、宗教等にかかわる財産について、公共の福祉のために
財産権の内容が規制されたり、公共のために用いられたりすること
によって、反射的に自己の文化を享有する等の権利が一定程度の制
約を被ることを否定する趣旨ではなく、少数民族の権利にかかわる
財産であることをもって、「公共のために用いる」の例外を設けたも
のであると解する根拠はない。また、仮に少数民族の権利に公共的
性格を見出して尊重すべきであるとしても、「公共のために」や土地
収用法上の収用要件に該当するか否かを検討するに当たって、少数
民族の権利が他の考慮すべき事情に比べて優先順位を与えられるも
のと解する根拠はない。
本件においては、建設大臣が、チャシ、チプサンケ等のアイヌ文
化に対する影響を十分斟酌した上で、本件事業認定の判断をしてい
ることは争点2において主張するとおりであるから、本件事業認定
あるいは本件収用裁決が憲法二九条三項に違反するとの原告らの主
張は理由がない。
二 争点2について
(原告らの主張)

本件事業認定と本件収用裁決は、別個の機関による処分にみえる
が、先行処分たる事業認定と後行処分たる収用裁決は、一連の手続
における不可分一体の手続で、収用裁決はその最終処分であり、原
告らはその最終処分の取消しを求めて訴えを提起しているのである
から、事業認定の違法性は、収用裁決に承継され、本件収用裁決の
取消訴訟において、本件事業認定が土地収用法上の要件を充足して
いるか否かを判断できるのは当然である。また、事業認定は、名宛
人のない行政行為であり、公告されるとしても事業認定の時点で住
民に取消訴訟を求めるのは酷であるから、やはり収用裁決の取消訴
訟の中で土地収用法に定める要件が吟味されなければならないので
ある。
(被告らの主張)
本件事業認定については出訴期間が経過しているところ、土地収
用法上権利者に対する周知について十分な配慮がなされているし、
現実の事業認定申請は起業者が用地の大半を取得してからされる実
情に照らせば、事業認定の段階における救済は十分保障されている
といえるから、収用裁決の取消訴訟において事業認定の瑕疵の主張
をさせる必要はなく、違法性の承継を認めるべきではない。
のみならず、本件においては、訴外貝澤正は事業認定の手続に際
し、事業に反対する旨の意見書を提出しており、また原告萱野及び
右貝澤正は、事業認定が申請される以前から、開発局による用地取
得交渉を受けていたのであるから、自己の所有地が起業地に含まれ
ることは十分認識していたのであり、本件収用裁決取消訴訟におい
て本件事業認定の瑕疵の主張をさせる必要はない。
三 争点3について
(原告らの主張)

土地収用法二〇条三号違反について
(一)本件ダムの公共の利益の欠如
本件ダム建設の主目的は、苫小牧東部工業基地(以下「苫東基
地」という。)への工業用水の配給であったが、本件事業認定当時、
苫東基地計画はとん挫しており、本件ダムの建設の主目的は消滅
していたのである。それにもかかわらず参加人は、本件ダムを特
定多目的ダム法の「多目的ダム」と位置づけ、ダム建設の目的を、
(1)洪水調節、(2)流水の正常な機能の維持、(3)かんがい用水、(4)水
道用水、(5)工業用水道、(6)発電の六つに変更し、建設を強行した
のである。しかし、これらの目的は次に述べるとおり、ダム建設
を強行するに値しないものである。
(1) 洪水調節について
乙第四号証は、沙流川の本流のみならず、支流の被害を含め
ているばかりか、「沙流川の洪水調べ」という表題に反し、門別
川や厚真川といった他の水系の洪水被害も加えている。したが
って、沙流山の洪水被害については、その具体的状況が不明で
あるのみならず、実態とかなり異なっている可能性が高い。
ところで、沙流川においては、昭和二六年から改修全体計画
の基本調査が実施され、昭和二八年に沙流川改修全体計画が、
昭和三八年に沙流川改修計画が、昭和四四年に沙流川水系工事
実施計画が各策定されて改修工事が進められ、二風谷地域から
河口までの築堤は、昭和五〇年過ころには少なくともヌタップ
築堤を除いては完成した。その後は、二風谷地域から河口まで
の間で、外水はん濫や破堤は生じていない。被告らが昭和五〇
年以降発生したとする洪水は、いずれも内水はん濫である。ま
た、本件ダムが出来ても大雨の際の内水はん濫の発生そのもの
は防止できないのである。
そして、洪水調節効果はダムよりも河道改修の方が勝ってお
り、また、内水はん濫の防止策としては、排水樋管・排水樋
門・排水水門の設置・増設、排水機場の設定等が最も有効なの
であるから、これらを検討すべきであるのに本件においてこれ
らが検討された形跡はうかがえない。
したがって、本件ダムによる洪水調節効果は、絶対的なもの
ではないのである。
(2)流水の正常な機能の維持について
河口閉塞がおこると洪水時には洪水のはん濫の危険が生じた
りする可能性があるが、河口閉塞を防止するには、1 砂防堤・
導流堤等の突堤を出すこと、2 堆積土砂の浚渫などの方法があ
り、しかも、これらの方法は沙流川の河口で行われるから、二
風谷地域にダムを建設する以外に他に代替する手段・方法がい
くらでもある。
(3)かんがい用水について
かんがい用水は既に確保されているし、新たに需要を作りだ
す道営土地改良事業は、現在進展がなく、したがって将来こと
さら水需要があるとも思われない。
(4) 水道用水について
水道用水の確保は、現在でも十分確保されているし、参加人
は本件事業認定の申請に際して、将来、平取町、門別町の人口
が相当数増加し、それに伴って給水量が増えることを前提とし
ていたが、逆に現在に至って人口は相当数減少しており、もは
やこの前提自体が欠けている。
(5)工業用水について
苫東基地計画がとん挫したことは前述のとおりであり、もは
や二五万トンもの工業用水は必要とされていない。
(6)発電について
最大出力三〇〇〇キロワットとは、家庭用電気量にして、せ
いぜい一〇〇〇戸分程度であり、ほんの付け足しの目的にすぎ
ず、ダム建築の必要性という点では何の意味もない。
以上のように、本件ダムは本来の目的を失ったダムであり、
有用性の少ないダムと評価されるから、本件収用対象地収用に
よって得られる公共の利益は乏しい。
(二)本件ダムにより失われる利益
アイヌ民族は、歴史的にみて主に本州から北海道に渡ってきた
アイヌ民族以外の日本人(原告らの用法に従って、以下「和人」
という。)よりはるか以前に北海道に先住し独自の言語・風俗・風
習を有していた先住民族であることが明らかである。
ところが、明治に入り、明治政府は、そのアイヌの人々の土地、
言葉、宗教、習慣、食物、生活資料の取上げとアイヌ民族消滅政
策ともいうべき民族の同化政策により、アイヌ民族の民族として
の存在すら否定しようとしてきたが、アイヌの人々は抑圧され差
別され窮乏化しながらも、アイヌ文化を伝承してきた。二風谷地
域は、アイヌの人々が最も多く居住しているところであり、アイ
ヌの人々の居住人口の割合が高い地域で、民族の伝統的文化がよ
く保存されている地域であり、アイヌ文化の心臓部でもある。
元々文化は、目に見える形のあるもののみを指すものではなく
人の生き方人の生き様総体であり誕生から死亡までその
節々において様々な営みを行なう、その総体である。文化というも
のは、各構成要素が点で存在するのではなく、自然環境とリンク
して一体となった持続性のあるものである。そして、その中には、
自然と共生するという精神文化も含まれるし、イオルという空間
領域も含まれ、また民族に特有の神話的伝承も含まれる。
二風谷地域におけるアイヌ文化の要素等を掲げると、次のとお
りである。
(1)沙流州自体「サルンクル」と呼ばれる集団が多数居住してお
り、オキクルミのカムイ(神)がシンタと呼ばれた「揺りかご」
に乗って降りてきて、アイヌ文化を作った場所である。
(2)二風谷地域のアイヌの人々にとって、二風谷地域は「イオル」
空間であり、自己の民族的アイデンティティを確信できる空間
である。「出自集団」として小世界(小宇宙)を作っている。
(3)沙流川に遡上するシェぺ(鮭のこと)は、アイヌ民族の食文
化の中で最も重要なものであり、アイヌ民族は自然との共生を
考えた捕獲方式をとってきた。
(4)チプサンケという伝統的儀式は、これを通じてアイヌ民族の
若者がイナウ等の祭具の作り方を学び、儀式の意義と方法を学
び、その中で民族の自覚を得る重要な機会である。
なお、アイヌの人々は、チプサンケに限らず、季節や生活、
人生の節目にカイムノミという儀式を行い、この儀式に参加す
ることで民族的自覚も芽生える。
(5)二風谷地域にはチノミシリという心の拠り所として汚したり、
傷めたり、地形を変えたりしてはならない場所が三箇所ある。
アイヌの人々は、日常の中でチノミシリを意識しながら生活し
ている。
(6)二風谷地域は、民族に特有の神話であるユ−カラ伝承の地で
ある。
(7)アイヌの人々は一つ一つの地形を大事にしている。一つ一つ
の地形が小さい川であれ、小さい湧き水であれ、文化伝承の場
所とされている。
本件水没地の沙流川右岸には、アイヌ語の地名が二三箇所も
付けられており、その一つ一つにアイヌの人々はカムイ(神)
の存在を認め、水を汲む場所、山菜の採れる場所各々において
カムイと対話している。
以上述べたいくつかの要素等が総体としてアイヌ文化を形成
しているのである。
このように、二風谷地域は、アイヌ民族の歴史、伝説等に照
らし、高度の文化的価値を有する地域であり、その景観的、風
致的、宗教的、歴史的諸価値は、将来にわたり、長くその維持、
保存が図られるべきものである"本件ダムが建設されると、ア
イヌ民族の尊厳が否定されるばかりでなく、それまでの二風谷
地域の環境が損なわれ、土地の地形は著しく変更され、チャシ
の遺跡、神聖なチノミシリは破壊され、チプサンケの場所も水
没させられ、また、上流への鮭の遡上は不可能となる。参加人
は、前述したとおり、明治政府成立以来、先住民族であるアイ
ヌ民族の土地、言葉、宗教、習慣、食物、生活資料を取り上げ
てきたのであり、更に、本件事業認定において、右のような二
風谷地域におけるアイヌ文化の存在そのものを無視したのであ
り、アイヌ民族の尊厳は、本件ダム建設により蹂躙されている
のである。
仮に、事業認定の目的に沿うダムを建設する必要性があると
したとしても、これをアイヌ文化の心臓部である二風谷地域に
建設しなければならない合理的必要性はない。実際に、参加人
は、本件事業計画を立案するに際し、本件二風谷地域にダムを
建設する案の外、その上流あるいは下流に建設する計画案を検
討し、結局、コンクリ−トの体積が最も少なく、経済的である
という理由により、中流案ある二風谷地域を選択しているので
あるが、前述のような文化的価値の保全を重視するなら、いか
ほどの費用を要するにせよ、他の土地を選択するべきであった。
比較衡量の結果
土地収用法二〇条三号所定の「事業計画が土地の適正かつ合理
的な利用に寄与するものであること」という要件は、その土地が
その事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、
その土地がその事業の用に供されることによって失われる利益と
を比較衡量した結果、前者が後者に優越すると認められる場合に
存在するものであると解されるところ、本件においては前者の公
共の利益は前述したとおり乏しいといわざるを得ない一方、後者
の利益は;世界の先住民の自主的権利尊重の潮流の下で正当に解
釈されるべき憲法一三条、B規約二七条に基づく少数先住民族た
るアイヌ民族の何物にも代え難い民族的価値である自己の文化を
享有する権利に属するものであって、このことは、争点1の原告
ら主張において既に述べたとおりである。
そうであるとすれば、本件の認定庁たる建設大臣は、本件事業
計画の策定から、事業認定の申請、そして事業認定に至るまでの
間に、不当に軽視してはならずむしろ本来最も重視されるべきア
イヌ民族の尊厳や文化的価値を鋭意調査すべきであったところ、
次に述べるとおり、本件において二風谷地域にダムを建設するこ
とが持つアイヌ民族に対する民族的影響や文化的影響が考慮され
た事実はないのである(文化財保護法に基づく埋蔵文化財として
のチャシの調査を行ったのみであるが、この手続は法律上当然行
うべき手続であり、格別アイヌ文化とは関係がない。)。
以上からすれば、本件事業計画は土地収用法二〇条三号所定の
前記要件を満たすものとは到底いえず、本件事業認定とこれを前
提とした本件収用裁決は違法なものであり、取り消されるべきで
ある。
土地収用法二〇条四号違反について
土地収用法二〇条四号所定の「土地を収用し、又は使用する公益
上の必要があるものであること」の要件を充足しないことは、前記
1(一)において既に述べたとおりである。
(被告らの主張)
1 土地収用法二〇条三号の要件適合性について(被告ら共通)
(一) 本件事業計画の達成によって得られる公共の利益について
参加人は、本件事業認定に当たり、本件起業地が本件事業の用
に供されることによって得られる公共の利益として、本件事業に
よって建設される本件ダムがもたらす次の(1)ないし(6)に述べると
おりの洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道
用水及び工業用水の確保並びに併設の発電所による水カ発電とい
った種々の効果について考慮したものである"
そして、本件ダムは、昭和五三年に改定された本件工事実施計
画において、洪水による災害の発生を防止するために計画され、
そもそも特定多目的ダム法に基づいて建設された多目的ダムであ
り、本件ダムの総建設費用のうち治水部分の費用負担割合が七割
強となっていること、有効貯水容量二六〇〇万立方メTトルに対
し洪水期の洪水容量がその八割強に当たる二一六〇万立方メ|ト
ルであることなどからしても、本件ダム建設の主たる目的が治水
にあることは明らかである。
(1)洪水調節について
沙流川は、昭和三六年、昭和三七年、昭和四一年、昭和五〇
年及び昭和五六年と床上浸水等の洪水被害を出し、昭和三七年
には死者を含む大きな洪水被害をもたらしており、ダムによる
洪水調節の必要性がある。また、二風谷地域に築堤が完成した
昭和四二年の後であっても洪水の被害は生じており、ダムが必
要なことに変わりはない。
また、これらの洪水は、沙流川本流の水位を下げるため洪水
調節を行うことによって防止する必要があり、排水機場等の対
処療法的な方法で解決できるような問題でない。そして本件工
事実施計画では、沙流川のこれまでの洪水記録や両量を勘案し、
一〇〇年間という期間の中で起こり得る最大規模の洪水を想定
し、これに対して流域の安全に資するように計画されており、
この計画に基づいて本件ダム及び平取ダム等の建設が計画され、
これにより洪水調節を行うことができれば、開発が進む下流域
の災害を未然に防ぐことができ、流域住民の生命、身体及び財
産の安全に大きく寄与する。
(2)流水の正常な機能の維持について
沙流川は、日高町、平取町及び門別町の水源として広く利用
されているが、過去において、冬期には深刻な水不足に見舞わ
れたり、夏期には流量が少ないため河口閉塞を起こし、河口付
近市街地の内水排除に支障を来したほか、魚類の遡上を妨げる
などの弊害が発生していた。そこで、本件ダムは、沙流川の流
水を計画的にダムの貯水池に貯留、放流することによって不安
定な取水を解消し、一定の流量を確保することにより河道の維
持、河口閉塞の防止、漁業、景観、地下水の維持、動植物の保
護及び流水の清潔保持等を図るものであり、流域町対への流水
の安定的供給を確保し、河川本来の機能を維持する上で多大な
効果を与えるものである。
なお、原告らは河口閉塞の防止については、昭和五三年に河
口導流堤の建設に着手しており、ダムを造る必要はないと主張
するが、河口導流堤のみをもって河口閉塞を防止することはで
きないから、原告らの主張は失当である。
(3)かんがい用水の確保について
本件ダムは、平取町及び門別町の畑地及び草地に供給するか
んがい用水を新規に確保し、農業生産の基盤整備と農業経営の
安定を図り、もって地域の経済発展に貢献するものである。
(4)水道用水の確保について
平取町及び門別町では、本件事業認定のころ、簡易水道等に
よる給水の不足分を地下水やわき水に依存していたが、市街地
への人口集中や生活水準の向上等により、将来にわたる水道用
水の需要の増加が見込まれていた。両町とも、当時、昭和七五
年の計画給水量から現有水利権量を差し引いた量の水源を沙流
川に依存する計画を策定していた。本件ダムは、右計画中の沙
流川に依存する量の水道用水として、両町合わせて日量約五三
〇〇立方メ−トルを確保し、水道用水需要の増加に応じ、これ
を通じて両町の発展を図るものである。
(5)工業用水の確保について
苫東基地の開発は、北海道の産業構造の高度化を通じ、経済
社会の発展と基盤の整備を図るため、勇払原野に工業基地を設
け、港湾を核として、基幹資源型工業とこれに関する諸工業の
立地を推進し、周辺地域を含めた広域的、合理的な土地利用の
中で生活環境施設の整備を進めるものとして、昭和四六年八月
に基本計画が策定され、本件事業認定時ころには既に開発が開
始されていた。そして、このための工業用水として、北海道の
申請に基づいて、本件ダム及び平取ダムの二ダムで苫東基地に
対し、一日二五万立方メ−トルの工業用水を供給することが計
画された。なお、一日二五万立方メlトルの供給量については、
事業認定時において北海道から変更等の申入れはなく、基本計
画策定時と同様の需要が見込まれていたものであるし、工業用
水の需要量に影響を及ぼすと思われる事業計画の見直しが行わ
れたのは、本件事業認定の後である平成七年八月に至ってから
である。
(6)併設の発電所による水カ発電について
北海道における電力の長期的な需要の動向、エネルギ|情勢
を考慮し、本件ダムでは、最大出力三〇〇〇キロワットの発電
を行い、将来の都市の膨張、企業の大型化及び生活水準の上昇
等による電力需要の増加に一部なりとも対処するものである。
(二) 堤防方式とダムの比較
沙流川の治水の方法としては、堤防方式(堤防等の河道改修の
みによる方法)とダム方式(ダムと河道改修の組合せによる方法)
とが考えられるところ、堤防方式による場合には、ダムによって
洪水調節されない大量の水を安全に流す必要から川幅をかなり広
げなければならず、既に土地利用が進んでいる下流の市街地を含
む沙流川本流とその支流である額平川の両方の河川の大規模な河
川改修工事が必要となりそのための住家や公共施設等の移転が必
要となって多大の予算を必要とし、大きな社会的影響を及ぼす。
しかも堤防方式のみでは、洪水調節という問題は解決されても流
水の正常な機能の維持や都市用水等の問題は解決されないことに
なる。これらの点を総合的に考慮すると、沙流川においてはダム
方式が適している。
なお、原告らは、沙流川では既に築堤が完成しており、堤防方
式とダム方式を比較すること自体意味がないとの趣旨の主張をし
ているが、現在設置されている堤防は、ダムによる洪水調節が行
われることを前提として作られており、これのみで洪水に対処し
ようとしているわけではないから、原告らの右主張は理由がない。
また河道改修による洪水調節とダムによるそれとは二者択一の関
係ではなくて、沙流川でも両者を組み合せたダム方式を最も経済
的かつ合理的と判断した。
(三) ダムの建設箇所の各案の比較
本件ダムの建設位置の選定に当たっては、まず沙流川本流と額
平川の両方からの流水をためることができるように、両川の合流
点より下流の場所で、地形、地質等からみた安全性や洪水調節の
効果が高く、効率的に貯水量が確保できることや経済性といった
観点から、上・中,下流の三候補地を選定して、各案について調
査検討が行われた。そして、ダム建設には、河川の川幅が狭く、
両岸の位置が高く、強固な地質で、かつ、支障物件が少ない場所
が物理的にも経済的にも優れているので、これらの観点から検討
した結果、中流案である現在の位置が最適であると判断された。
(四) 本件事業計画の達成によって失われる利益
参加人は本件事業認定に当たり本件事業計画が達成されること
により失われる利益として、アイヌ文化の保存伝承にかかわる次
の(1)ないし(3)の諸点を考慮したものである。
なお、参加人もこの三点のみがアイヌ文化の全てであると考え
ているわけではなく、事業認定の適否を判断するに必要な限度で
本件事業によって影響があると考えられる右の諸点についての具
体的検討を行っており、原告らの主張をもってしても、これらの
諸点以外にどのような影響があるのかその具体的内容は明らかで
はない。
仮に少数民族の自己の文化を享有する等の権利が尊重すべきも
のであるとしても、土地収用法上の要件に該当するか否かを検討
するに当たって、これが他の考慮すべき事情に比べて優先順位を
与えられるものと解する根拠はない。
(1)チャシ等の埋蔵文化財
本件事業によってユオイチャシ跡及びポロモイチャシ跡等の
遺跡が発掘、調査され、ポロモイチヤシ跡については破壊され
ることとなったが、本件事業認定時までの状況は次のとおりで
あった。
まず、本件起業地内に埋蔵文化財があると考えられたので、
開発局内で本件事業を担当する室蘭開発建設部長一以下「室蘭
開建部長」という。)は、文化財保護法等に基づき、北海道教育
委員会(以下「道教委」という。)と事前協議を行ったうえで、
昭和五八年七月二九日付けで文化庁長官へ発掘調査の通知をし
た。これに対する文化庁からの特別の支持はなかったが、道教
委教育長から発掘調査が必要であるとの回答があったことから、
室蘭開建部長は、財団法人北海道埋蔵文化財センタ|に依頼し
て発掘調査を行い、右調査結果は、昭和六一年三月二六日、発
掘調査報告書として発刊された。また、室蘭開建部長は、本件
事業認定の申請を行うに当たり、道教委に対して土地収用法一
八条三項五号に基づく意見照会をしているが、道教委教育長は、
これらの遺跡を本件起業地に含めることについて異議を述べな
かった。更に、室蘭開建部長に対して地元平取町から昭和五九
年九月七日付けの文書で文化財保存施設の設置についての要望
が出され、室蘭開建部長は、同月一二日付けの文書で、右施設
を設置する方向で努力する旨回答した。
以上のとおり道教委や文化庁のみならず、地元自治体等から
も事業計画を変更してまでこれらの遺跡の現状保存を要求され
た事実は全くなく、これらの遺跡の文化財としての保護につい
ては、発掘調査及び古調査に基づく報告書の発刊等をもって必
要な配慮がされているものと判断された。
なお、ユオイチャシについては、発掘されたままの状態で保
存する方向で現在関係機関との間で協議が進められている。
(2)チプサンケ
本件ダムが建設されると現在行われている場所でチプサンケ
を行うことができなくなるが、この点については、平取町長か
ら、昭和五九年九月セ日付けの文書で、チブサンケを行うため
にダム直下の河川敷地に公園広場を設けて利用できるように配
慮願いたい旨の要望書が提出され、室蘭開運部長は、同月一二
日付けの文書で、公園等に利用可能な敷地については、ダム周
辺環境整備として平取町と協議して実施する旨回答した。なお、
本件ダムを建設するとチプサンケを行うことができなくなると
か、チプサンケは代替場所では行えないというような苦情や意
見が、事業認定時までに地元自治体や地元住民らから開発局や
室蘭開発建設部に伝えられたということはなかったし、この祭
りを復活させた原告萱野ですら、事業認定に先立つ用地交渉の
中において、代替場所で行えることを前提とした発言をしてい
た。
以上のとおり本件ダムの建設に伴い、現在行われているチプ
サンケを従前の場所で行うことはできなくなるものの、従前の
場所が代替性のないものであるともいえないうえ、本件事業認
定当時、チプサンケを行う代替場所として公園を整備する旨の
回答を直接にはしていないものの、実質的にはその趣旨を盛り
込んだとみられる回答をしており、従前の場所に替わる場所が
将来において整備されることが見込まれたことから、この点に
ついても必要な配慮がされているものと判断された。
(3)鮭の遡上
昭和四二年ころから、沙流川下流において門別漁業協同組合
が鮭を捕獲する設備を設置していたため、本件事情認定時、既
に鮭は本件ダム建設予定地まで遡上していなかった。したがっ
て、鮭の遡土問題と本件ダム建設とは無関係である。なお、本
件事業認定時において、本件ダムにおいては、ダムまで遡上し
た魚が更にその上流に遡上できるよう魚道を設ける計画が立て
られ、その設置により鮭を含む魚類の遡上に大きな支障はない
ものと判断された。
(五)得られる公共の利益と失われる利益の比較衡量
(1)参加人は、前記の本件事業計画の達成により得られる公共の
利益と失われる利益を比較衡量し、得られる公共の利益は、沙
流川流域の住民を洪水の被害から保護し、流水の正常な機能を
維持し、ダムに貯留した流水をかんがい、水道、工業用水及び
発電の用に供するという地域住民の生命、身体及び財産の保全、
用水需要への対応並びに地域経済の発展であり、これに対して
失われる利益は、アイヌの人々の遺跡やチプサンケという行事
であるが、遺跡については発掘調査等による保護がなされ、チ
プサンケを行う場所については代替施設の整備の方針が実質上
示されていたのでありしかも、鮭が遡上できないこととダム建
設とは関係がなく、これらを総合勘案すると前者が後者に優越
すると認めたのである。
(2)なお、チノミシリについては、本件ダムの建設によつて水没
したり、クレ|ンを設置されたりするような場所にあるとは到
底解されないうえに、これが本件起業地内又はその付近に存在
するとしても、その存在は一般的には知られておらず、かつ、
本件事業認定時までに、原告らを含めて何人からも主張された
ことはなかったのであるから、建設大臣としては、本件事業認
定の際に、本件ダムの建設によって失われる利益の一つとして
チノミシリについて考慮することは不可能であったといわざる
を得ない。したがつて、仮に、原告らが主張するようなチノミ
シリが本件起業地内又はその付近に存在するとしても、建設大
臣において、本件事業の認定に際し、右の点を土地収用法二〇
条三号の要件適合性についての衡量要素として採り上げなかっ
たことをもって、その判断に瑕疵があるものとすることはでき
ない。
(六)本件事業認定跡の事情
アイヌの人々の文化の保存に関する本件事業認定後の経緯は、次
の(1)(2)のとおりである。
遺跡の保存について
開発同はボロモイチャシ跡については、平取町を窓口として、
平取町教育委員会及び地元自治会と協議を行い、地元自治会の
要望に基づいて縮尺模型で復元し、ダム記念館に展示保存する
ことにしており、ユオイチャシについては、平取町、平取町教
育委員会と協議し、現在ある場所に発掘されたままの状態で保
存する方向で考えている。
切 チプサンケについて
開発局は、チプサンケについては、「ダム下流の河川敷地にお
いて実施できるように最低限度の護岸工事を行い、あとはでき
る限り自然な状態で保存したい。」との平取町や地元自治会から
の要望に基づき、ダム関連事業の中で支援が行えるように配慮
しており、順次整備を進めている。
2 土地収用法二〇条四号の要件適合性について(被告ら共通)
土地収用法二〇条四号の規定は、その事業がその土地を収用し又
は使用する公益上の必要があることを事業認定の要件とする趣旨と
解されるところ、前記1(一)ないし(三)において述べた諸事実に照らせ
ば、本件事業にっいて本件起業地を収用すべき公益上の必要があっ
たことは明らかであるというべきである。
四 争点4について
(原告らの主張)

土地収用法六六条二項は、裁決について理由の附記を要求してい
るが、これは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保にして、その恣
意を抑制し、かつ、処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便
宜を与えるという趣旨である解されるところ、本件収用裁決は、単
に「起業者からの要請があった本件土地の区域は、裁決申請及びそ
の添付書類並びに現地調査の結果から判断し、本件土地の収用は相
当と認める。」としているにすぎず、これでは、地権者は、被告がい
かなる事実関係を認定してその認定をした事実にいかなる判断を加
えたのかを了知し得ないものであって、右趣旨に照らして本件収用
裁決は、理由附記が不十分であることは明らかである,
(被告の主張)
被告には、収用手続を行うに際して、事業認定や事業自体の適法
性を判断する権限がないのであるから、本件収用裁決における収用
の相当性に関する部分の理由が簡単だとしても、これを理由附記の
不備ということはできない。

右は正本である
平成九年三月二七日
札幌地方裁判所民事第三部
裁判所書記官      井川 昌寛
物件目録(略)