Home

 

◆法華経の話◆

 

●はじめに
これを書 いてる中のヒトの立場は、法華系のお題目を唱える宗派に所属している僧侶です。
ですが、TVや雑誌等に出るほど有名な所ではなく無名です。

●『法華経』の成立

釈尊が説かれたとされるたくさんのお経がありますが、経典として成立したのは、釈尊がご入滅
(亡くなる事)後、何百年も経ってからのことで、1〜2世紀頃に『華厳経』
(けごんきょう)などと同じ時期に成立したとされます。

法華経の原典(サンスクリット語・古代インドの文語体)は後に中国に伝わり、何人かの人が漢字に訳しましたが、
5世紀頃、
鳩摩羅什(くまらじゅう)という、天才的な僧侶の訳したのが妙法蓮華経(法華経)で、
これが一番すぐれているとされます。

法華経は、八巻(八部)の巻物で、二十八の章に分けられて、これを二十八品(にじゅうはっぽん)。
前半の十四品を
迹門(しゃくもん)、後半の十四品を本門(ほんもん)と呼びます。

お経には般若心経や阿弥陀経など、数え切れないくらいのお経があります。
でも、釈尊が本当に説きたかったのは法華経で、他のお経は法華経を
理解させる準備、方便の為に説かれたお経だとされます。

●なぜ『法華経』なの?

釈尊は自分が悟りを開いた後、それを自分だけではなく、他の人達を救おうとし、
さらに自分が死んだ後も含め、この世のすべての人達を救う為に、釈尊自身が
体得した法(真理)である、法華経を説かれました。

法華経というのは、釈尊が つくったというよりも、もともとこの世に存在している「真理」
(法則)というものを、釈尊が悟ってそれを体現したものです。

法華経は、歴史上のいろいろな人々に影響を与えてきました。
日本では、
聖徳太子が法華経の注釈書「法華義疏」を書かれています。
その内容一部の現代語訳です。

「妙法蓮華経という経典は思うに、さとりに向かうあらゆる善をおさめとって、
これをさとりを得るための一因となす実り豊かな田地であり、限りある寿命を
永遠の生命に転ずる不死の妙薬である。

 釈迦如来がこの人間世界に出現された意義を述べるならば、まさしく、
人びとにこの妙法蓮華経を説いて、あらゆる善がさとりの一因に帰するという
道理を身につけ、無二の大いなる仏果を得させようと願われたからである」

宮沢賢治は法華経を読んで大いに感動し、自分の周りの人々にも法華経の
信仰を勧められて、こうも書いています。

「南無妙法蓮華経と唱えることは、いかにも古くさく迷信らしく見えますが、
いくら考えても調べてもそうではありません。

どうにも行き道がなくなったら一心に念じあるいはお唱えなさい。
こっちは私の肥料設計よりは何億倍 たしかです。」

●『法華経』に帰っていく人々

 曹洞禅の祖、道元禅師という方は臨終が近づいて来た時、法華経の神力品を
唱えたり、またその一節を壁に書きとめた後、亡くなりました。

 ちなみに、今でもなぜかお通夜や葬儀などで、法華経の寿量品第十六を
唱えたり、中には棺にお題目が書かれたものを入れる人もいるという話です。

 いわゆる念仏をひろめた法然さんも、晩年には、「禅も念仏も救われない・・」と
いった意味のことを、
金剛宝戒章という書物に書き残されています。

 真言宗の開祖、空海さんも、最初は「法華経は大日経などよりも
劣っているお経だ」としてきましたが、晩年には東大寺の真言院という所で、
法華経の講義をされ『法華経釈』を書き下ろしました。これが最後の著作となりました。

 

ホームへ戻る