心臓移植といのちの論理のメモから (西谷修氏の講演=’08.07.03.小児循環器学会)
記:08.09.23 >[もどる↑]
講演メモより考えたこと

近代は、社会の共同性、一体性を軽視してきたが、”私”は人とともにでないと生成できない。

心臓移植をした=他者の心臓とともに生きる哲学者の言葉、
(元気かと聞かれることがあるが)「元気という概念は私にはない。」
移植した心臓は侵入者、異物(←病気の心臓)を取り除いて 違う人の心臓を受け入れないと生きられない。
人の心臓を受け入れる、医療のコントロール下におかれる→テリトリーの解体。(←ここまでが自分といった範囲が壊れる)
→「他者のネットワークの中、私は浮遊している」

人間が死ねない。
死は把握できることと違う。生きているから私は死ぬといえる。
死は看取る人にとり、終わらない出来事。
死は一人では完了しない、他者がいることによって完結。
死は生き残った人にとり、意味を持つ。絶対的な切断を分かち持つ。
生まれた、は受身。他者が関わる。
区切られることにより、独特のかたちを持つ。

(医学は)ライフサイエンス-生命現象を扱う。進歩し、密度多くなった。
life いのち、生命(は)、ライフとは違う感覚。
心体不可分=不可分(分かつことができない)・インディビディアル
ハートで感じるのは、インディビリディーで成り立つ。
モノではなく、生きているもの。
メカニズムではない。生きている次元が違う。
つなぐのは医療者。

現代の医師は大変。
生きる力を促すと回復していたが、(今は)技術のために、加工して生存を確保するようになった。
移植はその象徴。
いのちの論理から出たものではない。産業社会・工業的なものと親和。(←効率的、経済的に善いこということか?)
部品交換-人は機械ではない。
生きるために抑制(免疫抑制など)-身体を医療が管理(←ずっと管理が必要ということは、健康な人と生きる基盤が異なる気がする)
ひとりでは終わらない死をまたぐ。

社会全体で死をどう定義するか。
臓器提供するシステムつくる。身体の公共化。公共財としての身体。
いのちから離れる。
根本的改変を引き起こす。
生きたい・生かしたい、人間的願い。サポート。とは違う。(←サポートと、人間的願いの違いは?移植以外の医療はサポート?)

有限性が人間をつくる。
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考えたこと。

自分というものが、人といることで成り立っている、という話しの後、
全体主義に向かっているような話があった。(断片のメモ、内容うろ覚えで書くことができないが)
全体から個人を見るようになれば、いのちに関わる場面で生きるに値する人か評価されるように思う。
この人を生かしておくと社会の役に立つか、というように。
移植は、誰もが受けられる治療ではないと最初からわかっているから、
待機者へ渡すときに順番には充分注意を払っているけれど、
そうではないところで評価されることが起き、それが正当化されるようで怖かった。
生活するのに介助が必要で金銭のかかる人、働いて稼ぐことができない人に厳しい世になり、
障害が重い人に対してより重い負担になる福祉制度の変更なども、そういうことなのかもしれない、と。
では、切り捨てられやすいと思える立場の者として、どうしたらいいのか、考え込んでしまった。

「元気という概念は私にはない」・・・なるほど。
元気?と問われて、元気なんだろうかと、悩んでいた子どもの頃を思い出し、
こういう風に考えられる大人ってうらやましいと思った。
子どもは、言われたら言葉通りに考えて応えなきゃと思う。
私は、幼い頃から病気だとわかっていて、よその人と動きも違っていたから、
私の方が違うのだから、周囲に合わせないといけないように思っていたけれど、
一般的な元気と私の元気は違うから、どちらを言えばよいのか、とか
いや、いつも病気だといえばいいのか、とか。問う側は軽いだろうけど、考え込んでしまう。
最初から、そういう種類の元気というものはない、って思えれば、気がラクだったのだなあ。
周囲と違うということから、ささいなことに引っかかっていたりするもので。

移植は、根本的改変を引き起こす、に同感。死の定義だけでなく、生のありようも変わる。
人間がどういうものかも変わっていくことになる。
そういうことへの備えがないまま進んでいることに、危うさを感じる。

いのちを考えるには、死を見ることが必要なんだと、改めて思う。
死と対比することで、生の姿があらわになるというのか。
ホスピス関係の本、亡くなった人の本を読んだとき、生きるということを強く考えるように。

テリトリーの解体など、移植者独自の感覚を言葉で聞き、ハッとした。
移植をした方は、今までにないところ(立ち位置)にいるので、私が普段当たり前と思っていることも異なるものだと、改めて感じた。
そういう意味では、私のような生まれつきの病気の者も、今までにはない立ち位置にいると思う。
生まれつきかたちの違う心臓を持っている者が日常を過ごす時のの感覚、
自身で頼り始めたのではなく、大きな治療の決断も人に任せ、生涯にわたり医療と関わること。
3,40年前には心臓病者の感覚は違っただろうし、医療の部分もなかった。
だから、伝わるように言葉にできたらいいのだけれど。

そう、たとえば。
生まれた時から心臓のかたちが違う。そのために生きることが難しく、生きていくための治療が必要になった。
ごくシンプルに言うなら、それだけの事実だけれど。
先天性心臓病と聞いて、心臓の病気、直、命に関わる、と感じる人が多いと思う。
でも、小さい頃の私にとっては、そういう感覚はなかった。
家族や周囲、出会ったものの中で、様々なことを感じ、想い、動く日々だったように思う。
その日々がどこまで続くかということは、頭になかったと思う。
そして、自分というの枠の中で動いていた。制約の大きい枠なれど、誰しも必ずある枠というものの中で。
私は私の中で、私を通じてしか生きられない。それは誰しも同じこと。

心臓は、一本の血管からかたちづくられるという。
最初の血管から変化していく先行きが、私はどういうわけか違った。
その違いには善いも悪いもない。(だから、先行きを間違ったとは言わない)
生まれて生きて死んでいくこと、生きるべく努力を続けることが生命の本質、その流れはまったく変わりがないのだから。
そして、違いから生じたのは能力差だけではない。出会ったものもずいぶん他の人とは異なっている。
健康な人と違うとしたら、身体が違っていたからだけでなく、経験が違うせいでもある。

生まれた時からこの身体、という言葉は伝わっていても、先天性心臓病者に触れることの多い医療者であっても、
出会ったものと相まって いろいろな部分に影響があることを、感覚的にはつかめていないようす、
それだから、細かなところで戸惑ったり引っかかったりすることが多々ある。
これは、言葉をつくさないと伝わらないのだろうなあとも思ったりする。
(うーむ、でもちょっとしんどいなあ。まあ、折々に考えていこう)
多くの刺激を得た講演だったとつくづく。貴重な時間に出会えたことに感謝。
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