神輿について

祇園祭に神輿が出る事を知らない人は案外多いかもしれません。
ここではそんな祇園祭の神輿について少し説明をしたいと思います。
神輿の種類   ・中御座  ・東御座  ・東若御座(子供みこし)  ・西御座
神輿に関する神事を運営する団体 
   ・三若神輿会(さんわかしんよかい)
 三若とは三条台若中衆の略称で、神泉苑の南、三条通界隈の地主たち旦那衆のクラブのような団体です。以前はすべての神輿を三若が担当していましたが、現在では中御座のみを担当しています。
 組織は大きく事務所と舁き手に分けられています。
 事務所では中御座に関するすべての事務・財政を扱っています。舁き手は、現在大きく二分しており、中心の一つは松尾大社の氏子の人達で、毎年焼く100名が神輿会役員に頼まれてやってきます。もう一つは奥田会と呼ばれるもので、奥田氏という方が体力に自信のある人を集めているのである。彼らは後継者育成のために、毎週日曜に奥田氏宅の近くで丸太を使い舁き方の練習に励んでいるそうです。
   ・四若神輿会(しわかしんよかい)
 四若は京阪三条付近の若松町、若竹町の人々が中心になって運営しており、正式名は「八坂神社東御座四若神輿会」といいます。小学生および中学生は少年部、高校生が青年部、それ以上が正会員で、少年部が”子供神輿”である東若御座を舁き、正会員が”大人神輿”である東御座を舁きます。
 舁き手は1班から四班に分かれていて、15年前までは神輿を舁き位置を決めるためのもので、四つの班がそれぞれ右前、左前、右後、左後を舁いていました。しかし、若い人達は前へ行きたがるために班が崩れ、意味をなさないので、今では舁く位置は班に関係無く自由となっています。現在でもいちおう班はありますが、ただはんてんの紛失を防ぐだけの意味でしかないそうです。
 そのほかに定年制度があり、何十年か前までは定年は無く80歳の人も舁いていたそうですが、現在は65歳が定年となっています。また、巡行前や巡行中の飲酒は禁止されていて、以前は酒のせいで疲れて舁けなくなったり、酔った勢いで喧嘩をしたり、駐車してある車をへこませたりする事があって、今ではそれらを防ぐために、禁酒となったそうです。
 東若御座は神幸祭・還幸祭に参加する神輿の中で唯一の”子供神輿”です。神輿はもともと、さしいれをしてくれるところを通るたびに「さしあげ(神輿を高く持ち上げる)」をしていたのですが、戦後舁き手の力が弱くなり、これができなくなったため、東御座の場合そのかわりに子供神輿を、ということになりました。飾りの部分や細工が少し異なる他は、東御座と同じ形をしており、サイズが小さくなっています。
   ・錦神輿会(にしきしんよかい)
 最後に、西御座を担当するのが錦神輿会です。これは錦市場の人々で構成されています。錦市場商店街振興組合とは別の組織ですが、役員の多くは重複しています。また、商店街組合の青年部会も、事業の一端として神輿会に協力しています。
 実際の舁き手は、重い神輿を舁くには錦だけではまかないきれず、また、戦後になって初めて西御座の渡御をひきうけたために、縄のかけ方や舁き方を知らなかったので、舁き手の応援を兼ねて、西京極の川勝寺青年会に指導を依頼したそうです。これは初代会長の生まれが川勝寺だったのが縁だといいます。
御神酒 
昔は御神酒を神輿渡御の際に氏子の家の前で貰い受け、そのお礼にその家の前で”さしあげ”をしたそうです。今では神輿会のほうで「御神酒札」というものを作るようになって、渡御前にそれを配っておいて、渡御後に御神酒を集めるようになりました。昔は文字どおりお酒だったのですが、今では現金が多く、そのお金は神輿会の運営費などに使われています。御神酒は元来、神に対して献上するものであり、神輿会のほうで強制して金を集める事は、決して無いのですがなかには神輿会に要請されて仕方なくカンパするという人も出てきているようです。現実的には、この現金やお酒は神輿会にとっての大事な財源になっているのです。