〜立ち返る〜


「洗え。身を清めよ。

わたしの前で、あなたの悪を取り除け。

悪事を働くのをやめよ。」

                         イザヤ書1:16    

  人はすばらしいものとして神様が創られました。私たち一人一人は神様の作品です。神様はご自分に似せて造られた人間と交わり、 

会話されることが楽しみでした。神様はあるとき、人間に言われました。「あなたは(エデンの)園のどの木からでも思いのまま食べて良い。

 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」

ところが人間は蛇の形をした悪魔にだまされて、神様が食べては成らないと言う木から、その実を取って食べてしまいました。

そこから人類に死と罪が入り込んでしまいました。私たちは代々、罪の性質を持って生まれる者となりました。

その罪の故に神様から遠く離れ、神様と交わることができなくなったのです。


イエス様はあるとき、一つのたとえ話をされました。有名な放蕩息子の話です。


二人の息子を持つ一人の父親が居ました。弟息子は家から飛び出したいと思っていました。弟息子はあるとき父親に「お父さんの財産を

分けてください。」と持ちかけました。お父さんは言われるとおり財産を分けてあげました。 するとかねがね都会に出たいと思っていた弟息子は

金を持って出ていってしまいました。彼は大盤振る舞いをし、毎日たくさんの友達を呼び、遊び暮らしていました。

ところがその地域に飢饉があり、彼の財産も底をついてしまいました。 途端にそれまで取り巻いていた友達は彼から離れていきました。

彼はひとりぼっち。だれも相手にしてくれません。 金はなくなり、働く場所もありません。やっと豚かいの仕事にあり就けましたが、ひもじくて、

豚の餌を食べたいと思うほどでした。孤独で、惨めで、寂しい生活。何のためにここにいるかわからない。

彼は傷ついた心を休ませることができませんでした。


 そのとき彼は思いました。父のところには有り余るほどの食べ物があり、使用人もたくさんいる。自分も使用人の一人にしてもらい、

父のところで働こう、と決心しました。本心に立ち返ったのです。恥も何も置いて、彼は立ち上がりました。そして歩き始め、父の家の近くに来たとき、

向こうから、老人が駆けてきました。父親でした。


 私たちにはそれぞれ神様から離れて生活してきました。人生の中で様々な苦しみにあい、傷だらけです。 私たちが帰るところは神様のところです。

神様は今も叫んでおられます。「あなたはどこにいるのか」今こそ神様に答えるべき時です。「私はここにいます。助けてください」と。

神様は喜んで手を差しのばしてくださいます。あなたもイエス・キリストの安心の中に飛び込みましょう。


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