〜救いの条件2〜


「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

                     ローマ10:13   
 

 警察はいろいろな情報から出動準備が整っていました。後は被害者から訴えが出て、逮捕状が出ることだけでした。

でも被害届が出てこないのです。いくら待っても被害届が出ませんでした。ついに警察は出動をあきらめました。

こんな記事が出ていたのを思い出します。

 神様は一人の御子を世に送られました。御子は世の人の全ての罪を負って、十字架で殺されました。もうなすべき全てのことは完了したのです。

神様の側では準備が整いました。あとは人が被害届を出すことだけです。 人は自分が被害をだれから、どのように、どんなに受けているか

知らないで過ごしています。先ず、自分が不自由で、束縛されており、不安があり、罪の呵責に悩み、心を悩ませ、人間関係に疲れ果てていても

それがどこから来ているか知らないことがたびたびあります。きっとあの人のせいでこうなったと思いこんでいることがあります。

でも本当の原因を知らなければ解決しません。

 次に私たちの不安がどこから出ているかわからないことがよくあります。何となく不安だと言うことです。前回言ったように、何かわからない重荷が

自分を不安に陥れることがあります。多くの場合は自分の過去の罪が不安をもたらし、罪責感をもたらします。

その不安をどのように取り除いたらいいのでしょうか。

 さらに、自分の状態がわからないと言うことがあります。有名な言葉に「奴隷が奴隷であるうちは奴隷であることがわからない」という言葉があります。

何かの奴隷になっていてもその本人が気が付かない限り、他の人が手を出すことはできません。その人が気が付くのを待つしかないのです。

 さて、神様の側はすでに準備ができていると言いました。神様は人を神に似たものとして創造されました。そしてエデンの園ですばらしい交わりを

していました。でも、人は神様の言うことを聞かずに禁断の木の実を食べてしまいました。そこから神様と人との交わりは断絶し、人は様々な苦しみ、

悩み、不安を味わうこととなりました。神様は何度も人をご自分の元に呼び寄せ、交わりを回復するようにと、呼びかけ、働きかけをしてこられました。

しかし、人は背を向け続けました。そこで最後に、ご自分の御子を送り、全ての罪の生け贄として、御子を十字架に送られました。御子は死なれましたが、

三日目によみがえり、勝利されました。これが神様の準備です。この事実を信じるだけで救われると神様は約束されています。この事実を信じることによって、

最初の人により断絶された神様との交わりが回復され、神の子としての身分が与えられます。

 私たちは自分の状態を知らなければなりません。奴隷の状態に留まる必要はないのです。神様に救いを求めることによって救われるのです。

「主の御名を求める者は、だれでも救われる。」のです。神様は私たちが被害届を出すことを待っておられます。

今日という日が救いの日です。 感謝します。


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