〜愛の借り〜


  「「だれに対しても借りがあってはいけません。

ただし、

互いに愛し合うことについては別です

他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。」

                      ローマ13:8  

  私たちは人に借りをつくることがあります。でも、返すときになると大変です。2倍の苦労をしなければ成りません。

借金はついつい増えていきます。そんな経験はないでしょうか。ですからイエス様は借金をつくらないようにと警告されています。

しかし、愛の場合は違います。大いに借りが認められています。私自身のことでも、愛においてたくさんの借金があります。


 私がちょうど20歳の時、大きな交通事故に遭いました。 朝、学校に行こうと焦って国道に飛び出しました。

むこうがわにすでにバスが止まっていたからです。 そのバスに乗り遅れると今日の試験に間に合わない、と言うことでした。

 左右もちらちらと見ただけで走り出しました。そのとき、反対側からトラックが走ってきたのです。そのトラックに体当たりした私は

はじき飛ばされました。 それでも、立ち上がり、家まで歩いていきました。家にいた母に「怪我をした」と言って頭を見せました。

母は私の頭を見てびっくりしました。 頭が割れていると思ったのです。追っかけてきた救急車に乗って病院に行きました。

 それから私は意識不明になりました。医者は両親に「3日間意識が戻らないようなら、あきらめてください」と言ったそうです。

両親は付ききりで看病していました。二人は「敏雄が死んだら、私たちも死のう」と覚悟したと言うことです。

 ところが3日目の朝、私は意識が戻り、母親の呼ぶ声に目を覚ましました。それから順調に回復し、退院できました。

この時、多くの人が見舞いに来てくださいました。今考えると、何のお礼もしていないような気がします。また、自分の力では

何もできないことを知っています。

 私たちはそれぞれ、多くの人の愛によって生かされています。その愛を全て返すことは困難です。

ではどうしたらいいでしょうか。


 愛にはいくつかの特徴があります。その一つは愛の負債は私たちを縛らない、むしろ、力を与えると言うことです。

借金は人を縛ります。それは人を追いつめ、ある場合は借金によって滅ぼされることがあります。

実際に今の不景気の中で借金苦のために自殺している人がたくさんあります。

 でも、愛の借りがたくさんある人はその積まれた愛がちからとなり、人を愛することができます。

 次に愛の借金は必ずしも相手の人に返さなくても大丈夫です。もちろん借金をした人は他にどんなに貸しがあっても、

借りた人に直接返さなければ清算されません。


私たちはイエス様が十字架で私たちの罪を負って十字架に掛かられたことを知っています。この愛ははかり知れません。

この命を懸けた愛に応えることはできません。私たちができることはイエス様の愛を伝え、一人でも多くの人に伝えることです。

愛の借金はこのように、拡大し、成長するものです。あなたもたっぷり神の愛を受け、その愛を持って人々を愛そうではありませんか。


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