〜使命とは〜


  「「「それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、

神からの恵みをいただいていることです。

私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。

それは異邦人を聖霊によって聖なる者とされた、

神に受け入れられる供え物とするためです。」
                            ローマ15:16
     

 私たちにはそれぞれ使命があります。何の役にも立たないなどと言う人は誰もいません。何年間も寝たきりで、手足が全然動かない人がいました。

食べるにも、何をするにも人の手を借りなければならないと言う状態でした。 でも、ある時その人が何か言いたそうにしていることを見た母親が

五十音の表を持ってきました。 すると彼は目でその表を追いながら、自分の言いたいところに来ると瞬きをすると言うことを繰り返しながら、

示していきました。 後で母親がそれをつづり合わせると立派な詩になっていました。母親はびっくりしました。 この人はそれをきっかけに

たくさんの詩を書き、世界中で多くの人を慰め、励ましました。 この人こそ、瞬きの詩人という名前をいただいた水野源三さんです。


 また、生涯病気の問屋さんだと言われるほど、いろいろな病気に悩まされ、苦しまれた三浦綾子さんは使命についてこんな事を言っています。

そのときはすでにガンに冒され、ほとんど寝たきりの状態で、ご主人から、半日マッサージを受け、者を書くことはできず、小説は全て口述筆記で行っていました。

そんな中で、ある団体から講演を頼まれ、彼女は引き受けました。そのときの言葉ですが、

「人には使命があります。 私はものを書くという使命をいただいています。また、自分の考えていることや思っていることを伝えると言うことも私の使命だと

考えています。神様が私に与えてくれたものです。私がいま出かけていくことは本当に大変です。たとえ車でも痛くて仕方がありません。

でも使命ですから出かけていきます。使命とは命を使うと書きます。」

と言われ、楽しそうに人々の前で語っている姿をテレビで見たことがあります。


 パウロはクリスチャンを迫害する人でした。それは冷酷無惨な方法で迫害していました。でもキリストはそのパウロをあえて選ばれました。

そのときキリストはパウロに「わたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。」と言われました。

その後、パウロはキリストの故に多くの艱難に遭いました。

 でも、彼は自分の使命をはっきり認識し、この宣教に邁進しました。最期が近づいたとき、彼は言いました。

「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは義の栄冠が私のために用意されているだけです。」

私たち一人一人に与えられている使命を忠実に果たしていきましょう。 そこに私たちの生き甲斐があります。


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