〜モーゼの脱走〜

「『かし我に返ったとき彼は、こう言った。

   「
父のところには、パンの有り余っている雇い人が大ぜいいるではないか。

   それなのに私はここで、飢え死にしそうだ。立って父のところに行ってこう言おう。   

『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

もう私はあなたの子と呼ばれる資格はありません。

雇い人のひとりにしてください。』」

                    ルカの福音書15:18,19
     

 1月7日正午少しすぎた頃、愛犬モーセが居ないことに気がつきました。私の60歳の誕生日に息子から送られた大切な犬です。

早速歩き回って探しましたが見あたりません。この日は午後から集会があり、夜も祈祷会があります。歩いたり、車で探し回ったりしましたが、

見つかりません。寒い夜で、モーセがどこに行ったか考えていると夢を見ました。

 モーゼが帰ってきた夢です。はっと目が覚め、犬小屋のある階下に耳を澄ませましたが、おりません。夜中を過ぎ、4時過ぎ頃でしょうか。

何か鳴き声が聞こえた感じがしました。今度は急いで降りていきました。するとドアの外でモーゼの声がします。ドアを開けると飛んで入ってきました。

妻も起きてきて様子を見ると震えていました。 声もまともに出ない様子です。その日は一日片隅にじっとしてうずくまっていました。

この逃亡記でモーゼがどんな目にあったか分かりませんが、相当怖い目にあったことは確かです。最初は自由になったうれしさで駆け回って

いたことでしょう。でもだんだん暗くなり、寒さが増してきて、しかも食べ物もないと言う状態でうろつき廻り、帰り道が分からないと言う状況は

想像できます。 私はこのモーセの一晩を想像しているとき聖書の有名な「放蕩息子」を思い浮かべ、私たちと同じだと思いました。


 放蕩息子のお話は「ある父のもとにふたりの息子がいました。兄は父に従い、黙って父を助け、父の野良仕事をしている平凡な孝行息子でした。

しかし、弟はそんな地味な生活が煩わしく、早く都会に出て、一旗揚げたい、と考える男でした。ある時弟は父に言いました。

『お父さんの身代を二つに分けて、半分を私に下さい。』父はそのようにしました。すぐに弟息子は飛び出して都会に向かいました。

そこでもらった身代を湯水のように使い、派手な生活をしました。 その後この地域に飢饉があり、たちまち弟息子は一文無しになってしまいました。

文無しの彼はお父さんのことを思い出しました。「父の元に帰ろう。雇い人の一人ぐらいにはしてくれるかも知れない。」そんな思いでとぼとぼと

帰ってくると、父親は向こうから走り寄って来るではありませんか。ずーと待っていてくれたのです。 


 私たちも同じように、神様から離れて、勝手な生活をしていました。でも、今私たちが「父の元に帰ろう」と決心するなら

天の父は受け入れてくださいます。 今、思い切って主の元に帰ろう。「私は勝手な生活を今までしてきました。お赦し下さい。

今からはあなたに従っていきます」と今ご一緒にお祈りしましょう。神様の祝福が穴田上に豊かに注がれます。アーメン!


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